019 きちんと挨拶を
エメル殿下から声をかけられた数分後、魔導車は丘のふもとで静かに停車した。
車から降りれば、海から吹き込む潮風が全身を撫でては去っていく。
「ここにみんなが……」
天高く昇る太陽の光が海面に反射し、キラキラと輝いている。
「ここが英雄達の眠る、東墓地だ」
景色をぼんやり眺めていた私の隣に、エメル殿下が並び立つ。
「とても手入れが行き届いていますね」
綺麗に刈り取られた芝に、道に沿って咲く色とりどりのお花。
墓地でありながら、明るい雰囲気のするこの場所は、ここが墓地だと知らされなかったら、普通に公園だと思うかも知れない。
「管理人や庭師が常駐しているからな。毎日欠かさず手入れをしているのだろう」
「なるほど」
「さて、少し歩こうか」
私はエメル殿下と並んで東墓地の敷地内を歩く。
しばらく道なりに歩けば、ひときわ大きな白い石碑が見えてくる。
「あれが英雄達の墓だ」
エメル殿下の視線の先には、手の込んだシンボルが掘られた、全部で六個の石碑があった。
私は石碑に呼ばれるように、静かに歩み寄る。
「みんながここにいるんだ」
私はそれぞれの名が記された石碑をジッと眺める。お墓には名前と共に生没年も刻まれていた。それによると、一番長生きをしたのはメレデレクのようだ。
「なんか、そんな気がしてた」
飄々とした人で、マイペース。そんな調子のまま、帰還した後ものんびり暮らしていたに違いない。
「ウィルマー様に関しては当人の希望もあり、全てが終わったのち、当時の陛下より任された帝国領にある共同墓地に奥様と共に埋葬されている」
「そうですか……」
一瞬、寂しいと思ってしまった。
しかし晩年の彼を支えてくれる奥様がいた。それは彼にとって代え難い幸せだったはずだ。
明るいウィルマーのことだから、その命が尽きる瞬間まで、奥さんを楽しませたに違いない。
私と別れた後、ウィルマーは第二の人生をちゃんと幸せに過ごしていたと知り、肩の荷が一つ降りた気がした。
「エリオドア様とクラリス様は、皇族の墓地ではなくこちらに埋葬せよと、事前に周囲に指示されていたようだ」
エリオ殿下の言葉に、思わず泣きそうになる。
「それって」
「あぁ、君たちの事をずっと大事な仲間だと思っていた証拠だろうな。もちろんウィルマー様もここに石碑を建ててあるのだから、奥様、そして仲間共にどちらも大事だったのだろう」
エメル殿下は、ポンと私の肩を叩く。
「君にはいい友人がいたんだな」
付け足された言葉で、私の涙腺は崩壊する。
「うわぁぁぁぁん!!」
走馬灯のようにみんなの顔が浮かんでは消えていく。
楽しかったことも、辛かったことも。
両手で数えきれないくらい沢山あった。
「私は別にこの世界なんて救いたいわけじゃなかった。でも、みんなの希望を背負わされてしかたなく旅に出たんです。そんな私が頑張れたのは、みんながいたからだったのに」
とめどなく流れる涙を拭いながら、私は吐き出す。
「みんなに生きてて欲しいから、私が一人で残ったのに。どうしてみんなもういないの。うわぁぁぁぁん!!」
まるで子どもみたいだと自覚しつつ、それでも堪えきれず、私は人目もはばからず泣いた。
「みんなに会いたい。でも、もう会えないなんて嫌。私一人じゃなにも頑張れない」
塔を出てからずっと、弱みを見せまいとピンと心に張っていた糸がプツンと切れた。
私は年少者だからと、いつも甘やかしてくれたみんなが眠る墓跡を前に、涙が止まらなくなる。
「……ほら」
エメル殿下が困った顔で私にハンカチを差し出す。
「俺はあっちに行ってるから。好きなだけその、泣いたらいいんじゃないか?」
困惑したまま所在なさげに立ち去ろうとするエメル殿下。その姿を見て、私は少しだけ冷静をとりもどす。
「ごめんなさい……でもいかないで」
差し出されたハンカチを受け取り、目元にあてれば涙でしっとりしていた。
「いや、でも」
少し気まずそうに、エメル殿下は私を見つめる。
「まだ確認してないから」
私はみんなの石碑の間を通り抜け、自分の名が刻まれた石碑の前に立つ。
「私のだけ、書いてない」
メレデレクと並んで立つ石碑には、確かに私の名が刻まれている。けれどその下に刻まれているのは、生まれた年のみ。横棒の後は空欄だ。
「今話すべきかどうか、迷ったんだが」
エメル殿下がボソリと呟く。
「なにをですか?」
私は振り向き、背後に立つエメル殿下に顔を向ける。
「ほら。メレデレク様の年表のここ」
エメル殿下が遠慮がちに指さした部分に記されていたのは。
「古代魔法研究所設立。初代所長就任」
掠れた私の声が響く。
「君がいま所属する機関を作ったのは、メレデレク様だ。俺は君と彼がどのような関係だったかは知らない。だけどきっと、君がこの世界にいつか戻ってくると信じ、その時のために彼はこの機関を設立したんじゃないかと思ってる」
エメル殿下は私を見つめる。
「現に当時は……まぁ今もだが、古代魔法の研究より魔導技術の研究に予算を割くべきだという声が大きかったそうだ。残された研究資料からもメレデレク様は最後まで、封印の塔の解錠方法について研究した事が判明しているし。だから……」
エメル殿下は言葉を区切り、私の頭に手を置いた。
「君は頑張って、この時代を最後までしっかりと、生きぬくべきなんじゃないのか」
力強くかけられた言葉に、私の涙腺はまたもや崩壊しかける。けれど何とかそこは踏ん張った。
代わりに私はみんなの石碑を目に焼き付けるようしっかりと見つめた。
最後にメレデレクの石碑の前に立ち、恐る恐る手を伸ばし触れてみる。それから私はメレデレクの墓にコツンとおでこをつけた。
「ありがとう、私は外に出れたよ。百五十年かかっちゃったけど。でも頑張る。だから私がそっちに行くのはもう少し遅くなっちゃうけど、大目に見てね」
天国にいるみんな、メレデレクに届きますように。
そんな願いを込め、私は小さくつぶやく。
「彼らはここにいる。だからいつでも会いにくればいい。車ならいつでも用意してやるからさ」
エメル殿下が励ましの言葉をかけてくれる。
上から目線気味なのが気になるけれど、それも含めて彼の優しさだ。
私は最後にもう一度、みんなの石碑に触れ、「またくるね」と約束した。
「ハンカチを汚しちゃってごめんなさい。洗ってお返ししますね」
私は振り返り、エメル殿下に告げる。
「別に返す必要はない」
「でも……」
さすがに泣きべそでべちょべちょになったハンカチは、洗濯して返されても困るのかも知れない。それよりは、ケイトにあまり布がないか聞いて、ハンカチを一枚縫って返す方がマシかもしれない。
そうひらめいた私は観念し、ハンカチをありがたく頂戴することにした。
「では、遠慮なくいただきます」
私はポケットにハンカチをしまい込む。
「彼らより役に立つ自信はない。けれど今は俺が君の身元引受人だ。困ったことがあったら遠慮なく俺に頼れ」
ぶっきらぼうに口にすると、エメル殿下はスタスタと歩いていってしまう。彼の耳が赤くなっているのは、見なかったことにしよう。
「ありがとうございます」
私はエメル殿下の背中に声をかける。
すると彼は振り向きもせず、右手をヒラヒラと揺らした。
今日まで私は、この時代にいながら百五十年前を引きずっていた気がする。
けれど、今からは違う。
「みんなにちゃんと報告できたから」
私は先を行くみんなに追いつくため、平和になった世の中で、第二の人生を歩み出すと決めた。
「よし、先ずは自立に向け、お金を貯めなくちゃ」
エイエイオーと天高く伸ばした私の拳は、昔みんなとふざけてやった時のまま。
明るい未来を掴む気満々の、とても貪欲で力強い拳だったのであった。




