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遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第一章 ここは百五十年後の世界
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018 帝都散策

 シャローゼ様とお買い物をしてからちょうど三日後。

 私はついにエメル殿下と帝都に出かける事になった。


 エメル殿下からの施しを受け、新調した服に初めて袖を通す。


「やっぱり同じようなシンプルなワンピースでも、毛羽立ってないってだけで、とってもお洒落に見える気がする」


 私は鏡に映る自分を満足気に眺める。


 今日の私はお出かけという事もあり、肩下まで伸びた髪の毛をおろし、メイドのケイトさんにサイドをゆるく編み込んでもらった。


 いつもは自分で適当に髪を二つに結んでいる。それから比べると、今日の私はどこぞの令嬢のよう。ずいぶんとイメージが変わった気がする。


「でもケイトさん、そんなにしっかりお化粧をする必要はある?」


 私は頬にペタペタとパフを押し付けられながら、鏡越しにケイトさんに問う。


「殿下とお出かけになられるんですから、失礼のないようにしないと。それに誰に目撃されるかわかりませんからね」


 やたら気合のこもるケイトさん。


「この街の人間は噂好きで、容赦ないですからね。小汚い小娘を連れていただなんて噂が立ったら殿下がお可哀想ですもの」


 それはつまり、常日頃の私はケイトさんの目に「小汚い小娘」だと見えているということだろうか。わりとショックだ。


「女性は笑顔が一番。ニコニコしていれば誰だって美人に映りますからね。ほら笑顔」


 パンパンとケイトさんに威勢よく背中を叩かれ、私の支度は終了した。


 それから玄関で待ち合わせたエメル殿下と、揃って魔導車に乗り込む。


「こういう時、同じ屋敷に住んでいると、待ち合わせ時間ゼロで便利ですね」


「確かに無駄がないな。皆が結婚相手を決めろと急かすのは、時間を有効に使えるからなのか?」


「たぶん違うと思います」


 しっかり訂正しつつ、内心殿下は「急かされているんだ」とインプットしておく。


 私たちが乗り込むと、すぐに魔導車が軽快に走り出す。


 本日行きたい場所は、すでにリストアップし、エメル様に渡してある。


 つい先日シャローゼ様と帝都をお出かけしたばかり。だから今日は急遽予定変更。帝都探索といいつつ、郊外のとある場所に向かっている。


 私がずっと訪れたくて、だけど勇気が出なかった場所だ。


 今から訪れる場所の事を考えると、複雑でなんとも言えない気分になる。だから少しでも気分を紛らわそうと、私は隣に座り新聞を広げているエメル殿下に話しかける事にした。


「そういえば、エメル殿下はおいくつなんですか?」


「そんなこと聞いてどうする」


 新聞から目を逸らさず、エメル様が探りを入れてきた。


「実のところ、私は正式には百七十二歳です」


「何だ急に」


「年齢を教えてくれないのは、意外に歳をとっているから言いづらいのかと」


 一応気を使ったつもりだ。


「いらぬ気を使うな」


 だったら何歳なのか教えろと言わんばかり。私はエメル殿下をジッと見つめる。


「……俺は今年二十三になる」


「えー、全然年下じゃん」


「いきなり上から目線とは。というか、あくまで君が百歳超えを主張するのであれば、君が我が国の最年長者で決まりだ。つまり俺だけじゃない。全ての人間が君より年下だということになる」


「私はやっぱり二十歳です」


 私は即座に訂正したのであった。


「エメル殿下はモテないんですか?」


「は?」


「だって二十三歳になるのに、婚約者もいないなんて、それってモテないって事じゃ」


 シャローゼ様は、エメル殿下を狙う女の子が多いと言っていた。

 けれどもしかしたらそれは勘違いなのかも知れない。


 現に家に連れ込む女性はいなかったらしいし。それは連れ込みたくても、連れ込めなかった可能性がなきにしもあらずなのでは?


「全く君はくだらない事ばかり質問するんだな。それに二十三じゃまだ結婚には早い」


「えー、私なんて二十歳なのに、行き遅れに壁のシミ確定ですよ?」


「何だよそれ。いいか今の時代、二十歳なら行き遅れでも何でも無い」


「えっ、そうなんですか?」


「現在帝国では「男女雇用機会均等法」という法律が制定されている。よって女性が働きやすい環境の整備が急ピッチで進められている。その結果、結婚をして子育てをするよりも、そのエネルギーを仕事に向けたいという意識を持った女性が増えているのが現状だ。つまり能力さえあれば、女性は結婚しなくとも自立できるような社会になったというわけだ」


「だとしたら、結婚していないからといって、世間から後ろ指をさされないで済むってことですか?」


 それが本当ならば、随分と生きやすい世の中になったと高評価だ。


「そう単純な問題ではない。そもそも未来を考えた時、人類は子孫を残す事が必要とされている。そのためには結婚し、子を成す事は人類にとっての義務とも言えるからな。その義務を果たさない者に、一定数文句が出るのは仕方がないとも言える」


 つまり昔と変わらないというわけか。


「でも結婚なんてしようと思ってできるものでもないし。したくたって、出会いやチャンスがないまま時間だけが過ぎていく場合もありますよね?」


 私はあくまで他人の話といった風を装う。


 実際のところ、目の前の問題を解決する事に必死で、今まで誰かと結婚をするなんて考えたこともなかった。けれどこうして一人、時代に取り残されてみると、隙を見て早めに家族を、子孫を作っておけばよかったといまさら後悔しなくもない。


「人の心が絡むゆえに、いつの時代もそこが問題だ。いっそ法律で相手を勝手に決めてくれればいいのにと思うよ」


「えー、それはちょっと嫌かもです」


 流石にそこまで家族というものを、割り切って考えることはできそうもない。


「あ、もしかして今って殿下みたいな考えが主流なんですか?」


 私の知らぬ百五十年の間に、結婚システムも変化したかもしれない。そう思って一応確認してみたのだが。


「それはない。今の時代、たとえ一族の利益のために周囲が結婚相手を選んだとしても、最終的には当人の意志が何より尊重されるはずだ。まぁもちろん、人によって様々なケースがあるだろうが……」


 エメル殿下は即座に否定しつつ、後半は微妙に濁した。


「だとすると、昔の人よりずっとマシですね。昔は貴族同士の結婚なんて、家の利益が最優先。政略結婚は当たり前って感じでしたよ?しかも子供さえ作ってくれたら後はどうでもいいと言わんばかり。恋愛は愛人とするものなんて、そんな風に言われてましたし」


 その話を聞いた時、私は庶民である事を心底喜んだと記憶している。


「まぁ、今の時代も貴族絡みの結婚は何かと成約が多いのは変わらないけどな」


 エメル殿下はうんざりとした表情で大きくため息をつく。


 どうやら私の知らぬところで、貴族は貴族なりの悩みがあるようだ。


「いつかきっと、素敵な人が現れますよ。私にも殿下にも……」


 私は自分を含め、まるっと希望的観測を述べておいた。


 それからエメル殿下が話はおしまいと言わんばかり新聞を広げたのを合図に、私は窓の外を眺める事にする。


 かつてこのあたりには大きな平原が広がっていたはずだ。けれど今は競うように大きなビルがそびえ立っている。空には飛空艇と呼ばれるものが、あちこち飛び交っており、賑やかな光景だ。


「いつの間にか景色が変わっちゃった」


 まるで見知らぬ世界に迷い込んだような、そんな不思議な感覚に囚われる。


 でもそれは間違ってはいない。

 ここは私の知る景色のずっと先の未来なのだから。


 私は昔の風景を思い出すようにそっと目を閉じる。


 すると瞼の裏に映し出されたのは、いつまでも続くかと思われるほどのなだらかな緑の絨毯。そして青い空と、遠くに広がる穏やかに波打つ海。


『あーあ、目的地まで一瞬で移動できたら楽なのにな』


 木の幹に半分こずつ。私と共に腰掛けたウィルマーが、愚痴を漏らす。


『そしたら旅がすぐ終わっちゃうじゃない』


 私はまだ帝都をでたばかりで、元気いっぱい。

 新たな仲間と共に、旅をする事にワクワクした気持ちでいっぱいだった。


 なんせメンバーの中には、目の保養になり得る聖騎士エリオドア様がいたのだから。


 僅かに恋心を抱いていた私は、むしろこの旅がずっと続けばいいなと思っていたくらいだ。


『お前ら、魔法でなんとか出来ないのか?』


 ウィルマーが立ち上がるメレデレクに声をかけた。


 メレデレクは私と同じ、魔法の扱いに長けた冒険者だった。しかも彼は私と違い、すでに帝国領土内で名の知れた魔法使いとして、その名を轟かせていた。


 けれど口数も少なく、いつも話しかけるなと言わんばかり黒いフードローブを目深に被っている、少し……いやだいぶ変わり者だったと記憶している。


 だから私は最初の頃、彼に話しかけるのにいちいち勇気が必要だったくらいだ。


『なぁ、メレデレクならさ、俺たち全員を魔法で目的地に転送するくらい朝飯前なんじゃないか?』


 己の拳を武器とする、拳闘士であったウィルマーは魔法がてんで苦手だった。


 そのせいか魔法が万能だと思っている節があったようで。

 さらに言えば、魔法は枯れずにずっと使えるものだと勘違いもしていた。


『目的地までずっと箒を飛ばしたら、いざって時にへとへとで役に立たなくなるけどいい?』


 宙ぶらりんになっているウィルマーの問いに、私はメレデレクのかわりに答える。


『それはまずいな』


『だったら、歩く。ほら、立って』


 私はウィルマーの手を引っ張って、無理やり立ち上がらせたっけ。


 つい最近のことのように、しっかりと覚えている記憶。だけど実際は百五十年前の出来事だ。そのことを実感すると、なんだか急に切なくなってきた。


「もうそろそろ到着するぞ」


 エメル殿下に声をかけられて、私は記憶にそっと幕をおろしたのであった。

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