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遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第一章 ここは百五十年後の世界
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017 美味しい

 シャローゼ様に手を引かれるまま歩くこと数分。

 彼女がいきつけだという、ドアマンが常駐するお店の個室に通された。


 店内の床に敷かれた赤い絨毯はあり得ないほどふかふか。部屋まで案内してくれた定員さんは、見た目的にも、内容的にも未分不相応な私に対し、嫌な顔ひとつしなかった。


 たぶん、いや絶対。

 このお店は高級店に違いない。


「ここもエメルの奢りだから、好きなものを頼んでいいわよ」


 どうやらシャローゼ様はエメル殿下に奢らせる事に対し、後ろめたさをまったく感じていないようだ。


「でもま、私の面倒を押し付けられている時点で、シャローゼ様は奢って貰う権利があるか」


 思わずつぶやくと。


「だから、気にし過ぎよ。それにどうせ奢るなら、喜んでもらった方が嬉しいものよ。エメルだってきっとそう思ってるわ」


 確かにその理論は一理ある。


 申し訳ない気持ちで恐縮してばかりだと、奢った方も気分が悪いに違いない。


「では、遠慮なく」


 私はテーブルに置かれたメニュー表を手にとった。

 よし食べてやると意気込んで開いたメニュー表には、聞いたことのない横文字や料理名が並んでいた。


「これはなんですか?」


 その中で特に気になったものを私は指さす。


「それはパフェね。今の時期だとイチゴパフェかメロンパフェがオススメよ」


 シャローゼ様は微笑んで「私はイチゴパフェにしょっと」と口にした。


 その表情がパフェなるものが、美味しいに決まってると決定づけていた。


 間違いない、ここはパフェ一択だ。


「私もパフェ、食べてみたいです!」


 気合が入りすぎたせいか、若干前のめり気味に告げる私。

 少々恥ずかしい。


「了解。イチゴ?それともメロン?」


 シャローゼ様はイチゴを選択していた。

 ならば私は。


「メロンにします」


 どうせなら違う方がいいかなと思ってメロンを選択した。


 ちなみにメロンもイチゴも百五十年前からある、安心安定のフルーツだ。


「飲み物はどうする?コーヒ、それとも紅茶?」


「えーと、紅茶でお願いします」


 エメル殿下はコーヒー中毒だと自分の事をそう表現するくらいコーヒーが好きみたいだ。けれど私はどちらかというと、昔から飲み慣れた紅茶派だ。


「注文いいかしら?」


 シャローゼ様は近くを通りがかった店員に、手慣れた様子で注文してくれた。そして個室のドアがピタリと閉じたのを確認し。


「たいむわーぷってなんですか?」


 私は先程からずっと気になっていたことを尋ねた。


「それはね、時間を超える魔法のことよ」


「あー、そういうこと。なるほど、タイムワープ。ふむふむ」


 確かに昔から転移魔法の可能性について、それなりに論じられていた。


 現にこの時代ではすでに、高濃度エーテル結晶体のエネルギーを利用し、短時間で他の場所に人間が転移する方法が確率されているらしい。


 とはいえ、時間を百五十年も超える技術は流石にこの世界でも解明されていないだろう。


 経験者である私ですら、どうして百五十年後に飛ばされてしまったのか。


 その理由も原理も、未だ謎なのだから。


「とにかく、ティアリス様はあの、賢人ティアリス様なんでしょ?」


 シャローゼ様は、こちらに身を乗り出し小声でたずねた。


「どうですかね……。私の口からはなんとも」


 エメル殿下から、混乱を招くので誰にも言うなと固く口止めされている。


 その言いつけを忠実に守り、私は言葉を濁した。


「やっぱ、エメルに口止めされてるか。でもまだいいわ。そもそもエメルがあなたに肩入れしているって事が答えみたいなものだから」


「どういうことですか?」


「あの人、ああ見えて皇子殿下でしょ?だから世間体を気にして、公での行動にはそれなりに配慮してるっていうか」


 シャローゼ様は先に続く言葉を探しているのか、コップに継がれた水に口をつけた。


「簡単に言えば、特定の女の子と親しくならないように気をつけてるって感じ」


「え、じゃシャローゼ様は……」


 ずっと感じていたけれど、エメル殿下と随分親しそうだ。だからてっきり、エメル殿下の彼女だと思っていた。


「私は彼のいとこなの。祖母が現皇帝の姉なのよ」


「えっ、すごい」


 私はシャローゼ様の素性を知り、素直に驚く。


「数々のご無礼を」


「そういうのなし。あなたとは友達になれそうだし、身分なんて気にしないで。それよりエメルの話だったよね。あいつは私が知る限り、今まで女性を家に連れ込むような事は一度もなかった。だから今回は大事件なのよ」


「家に連れ込んだ?も、もしかして私のことですか!?」


 思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。


「もしかしなくても、ティアリス様のことよ。因みにあなたの事は、社交界でも色々と噂になってるのよ」


「もう、ですか?」


「エメルは気づいてないだろうけど、彼を狙っている女の子の情報収集能力はすごいんだから」


 シャローゼ様はあきれたように苦笑する。


「それって、どういう風に噂されているんですか?」


 正直私の存在が外部に漏れるのは時間の問題だと思っていた。それに結婚適齢期に見えるエメル殿下を狙うであろう女性がいる事も想定範囲内。


 問題は、その女性たちに私という存在が、どのように伝わっているのか。


 それが一番気にかかるところだ。


「エメルが女の子と一緒に住んでいるらしい。ただそれだけよ。だけどそれだけだから、噂に尾ひれがついて、「愛人との間に出来た子を引き取った」だとか、「孤児を見初めて愛人として住まわせている」だとか。言いたい放題言われていることは確かね」


「あ、愛人……」


 的外れもいいところだけれど、そんな風に噂されているとは困ったものだ。


「で、ぶっちゃけどうなの?」


 シャローゼ様は意地悪く、私にそう問う。


「どうも何も、古代語が読める私をエメル殿下は利用している。その流れで、身寄りのない私の面倒を見てくださっているだけです。それに私はいずれ一人暮らしをしますし」


「やっぱりまだそんな感じなんだ……」


 がくりと肩を落とすシャローゼ様。


「エメルって昔から古いものが好きっていうか。いつか自分の発掘したものが、歴史の謎を解明する大きな手がかりになるかもしれないとか言って、暇さえあれば土を掘ってたのよね」


「なんというか、エメル殿下らしい幼少期ですね」


 私は小さなエメル殿下を想像し、くすりと笑みを漏らす。


「だから今回女の子を家に連れ込んだって噂を耳にして驚いたし、しかも噂のその子に服を選んであげて欲しいなんて私に頭を下げてくるもんだから、もしかしてエメルもついに好きな子でも出来たのかも知れないなんて、私なりに少しは期待したんだけど。でも未だ変わらず。彼は遺物オタクのままってことか」


「でしょうね……」


 残念ながら私の知る限り、エメル殿下の周囲に女の影は感じない。


「ま、いいや」


 シャローゼ様はしばしの沈黙の後、ため息を吐き出した。


「つまりは現在のところ、エメルがティアリス様を利用しているって事でいいのよね?」


「ええまあ。私と殿下は、あくまで利害関係で成り立っていますから」


 私は力強く断言した。と同時に部屋の中にノックの音が響き渡る。


「おまたせしました。メロンパフェとイチゴパフェをお持ちいたしました」


 ガチャリと扉が開き、黒いスーツに身を包んだ店員さんが注文した料理を運んできた。


 氷の模様に綺麗に切り抜かれたコースターの上に、どどんと大きな背の高いグラスが置かれた。透き通るグラスの中は何層かに分かれ、メロンがどっさり詰まっていた。


「さ、遠慮なく召し上がれ」


「いただきます」


 やたら細長いスプーンをグラスの中に突き刺す。カラフルな何かとシャリシャリとする氷のようなものをどかし、メロンの果肉を掘り出す。そして私は思い切って口の中にスプーンでメロンを放り込む。


 驚くほど甘い果汁と爽やかな甘さの氷が舌の上で溶けあい、食感の良い果肉を噛むと、ほのかな酸味が後味として残った。


「シャローゼ様!」


 思わずスプーンを握りしめたまま立ち上がってしまう。


「ティアリス様。お行儀が悪いわ」


「あっ、ごめんなさい」


 私は慌てて席に座りなおす。


「それでパフェの感想はいかがかしら?」


「こんなに甘みの強いメロンは初めて口にしました。それになんだかシャリっとしてひんやりとした、この溶けかかった塊が最高です!!」


 私は舌触りの良い、ひんやりとした物体を見つめる。

 何となく甘い氷のような気がする。


「それはヨーグルトシャーベットね」


「しゃーべっとですか?」


「そう。果汁やシロップ、香料などを凍らせて出来た夏の食べ物よ」


「夏なのに凍らせておけるんですか?」


 私は素朴な疑問を投げかける。

 涼しい森の湖畔ならともかく、ここは街中だ。


 一体どうやって凍った状態を維持しているのか……まさか。


「魔導式冷凍庫に入れておけば溶けないわ」


 案の定といった感じ。シャローゼ様の口からこの時代特有「魔導式」という単語が飛び出した。


 全く便利な世の中になったものだ。


 そんな感想を改めて抱きながら、私はもう一口シャーベットを食べる。しゃりしゃりとした氷の触感とメロンの甘みが重なりあい、口の中いっぱいに幸せが広がる。


「メロンパフェは気に入ってくれた?」


「それはもう……毎日食べたいくらいです!」


 私は今日一番、気持ちを込めて断言する。


「そう……お気に召していただけて何より。そんな風に美味しそうに食べてもらえたら、きっとエメルも奢った甲斐があったって、大喜びするわね」


 シャローゼ様は上品な動作でスプーンを使いながら私を見つめる。


 そしてふと、何かを思い出したような表情を浮かべると、華奢なカバンから薄くてピンクの箱を取り出した。


「ティアリス様、こっち向いて」


「え?」


「パフェ、美味しかった?」


「もちろんです」


 私は満面の笑みで答えた。

 すると、カシャカシャカシャと何処かで聞いた音がした。


「何の音ですか?」


 私はキョロキョロと辺りを見回す。


「カメラの音。ティアリス様があまりに幸せそうな顔をしているから」


「それはまぁ、美味しいものを食べる事は、人間が感じる幸福度に直結していますから」


「確かに。それじゃ、今感じた幸福の瞬間を、出資者に共有してもいいわよね?」


「共有ですか?」


 私は意味がわからず、首をかしげる。


「ほら、シャーベットが溶けちゃうわ。どうぞ召し上がれ」


 何となくはぐらかされた気がしたが、貴重なシャーベットが溶けるのは勿体ない。私はシャローゼ様の言葉に従い、スプーンでシャーベットをすくい、口に放り込んだ。


 シャリっと口内で溶ける冷たい氷と甘酸っぱいメロンの味わい。


「美味しいです。これを味わうために、私は生かされていたのかも知れない」


 心からそう思ったのであった。

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