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遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第一章 ここは百五十年後の世界
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015 白旗をあげる

 現在私は古代魔法研究所内にある、エメル殿下の執務室で仕事中。

 封印の塔内から持ち出した多くの本の目録を作成している最中だ。


 塔から持ち出した本は古めかしいものばかり。そのため背表紙に表題がついていないものが多い。


 その結果、本の中身を開けてみないと、内容がイマイチわからないという不親切仕様。


 その上今や使われなくなった古代語で書かれている本ばかり。

 辛うじて古代語が読める世代の私が大変重宝されているという状況だ。


「はぁ……」


 私は本の内容を軽くまとめ、紙に書き写しながらため息をつく。


 衣食住は与えられている。

 上司は難ありだけれど、とりあえず仕事はある。


 あと私に足りないのは、ずばりお金だ。


 いつの時代にも精神安定剤として共通するもの。

 それはお金だ。お金は全てを解決する。


「エメル殿下、正直なところ、私は百五十年前に世界を救った魔法使いです」


「急にどうした?」


 脈絡なく話し始めた私に、エメル殿下は書類から顔をあげてこちらを見た。


「当時私は、高濃度エーテル結晶体を封印したのち、帝都にて報奨金を受け取る約束でした」


「ふむ」


「けれど私は塔に閉じ込められ、報奨金を受け取る事ができませんでした」


「なるほど。その金が欲しいと」


「もらえるものなら是非」


 切実な私の願いを聞き、エメル殿下はしばし無言で考え込む様子を見せた。


「報奨金の支払いに関し、陛下に頼んでみることは可能だ。しかし急に金が欲しいなんて、また何かよからぬことを」


 エメル殿下は私に探るような視線をよこす。


「企んでいませんよ。でも殿下のお屋敷にいつまでもお世話になったままってわけにもいきませんし」


「そんなに一人暮らしがしたいのか?」


「どうしてもって訳じゃないですけど」


 この時代にきてから。何だかんだエメル殿下にはお世話になっている。だからせめても、結婚適齢期であるエメル殿下の婚活の邪魔だけはしないようにしたい。


 そのためには、一刻も早い自立が必要。

 つまり、部屋を借りるお金が必要というわけだ。


「それに問題はお部屋のことだけじゃありません。この服とかだって」


 私は魔法をかけずとも、スラスラと文字を書く事ができる便利なインク内蔵型ペンシル。ボールペンを紙の上に置く。


「服?何か不具合でもあるのか?」


「不具合じゃないですけど、目立ち過ぎちゃうかなと」


 私の脳裏に「こすぷれ」という謎の呪文が蘇る。


 こすぷれがいいのか悪いのか、許されるのか駄目なのか。

 それは未だ良くわからない。


 ただ、圧倒的に街の中で私の格好が浮いていたのは確かだ。


 しかも着古して着心地の良さは抜群だが、流石に色褪せてきたし、生地も毛羽だってきている。


 キラキラとした大都会である帝都をうろつくには、少し恥ずかしい。そんな気がしている。


「その格好は俺からすればすぐに君だと判明するし、好都合なんだが。まさかまた屋敷を抜け出そうとしてるんじゃないだろうな」


 エメル殿下はまたもや疑い深い視線を私に向けてきた。


「違いますって。殿下に帝都を案内してもらう時、流石にこの服はないかなぁと思って」


 私はいつ叶えてもらえるのか未だ不明な、エメル殿下とのお出かけを密かに楽しみにしている。


 ここは百五十年前。色々なものを犠牲にし、私達が救った未来だ。


 つまり今生きる人達の生活は、あの時の私達の頑張りの上に成り立っていると言っても過言ではない。


 だから、幸せそうに暮らす人々の姿に触れ、こんなに沢山の人の未来を紡げたのだと思えれば、この世界に来てから何をやっても失敗ばかり。


 少し挫けた私の自己肯定感も潤うというもの。


 そんな貴重な機会に、人の目を気にしながら、コソコソ散策するなんてちょっと嫌だ。


「別に俺は君の服に違和感を覚えないが」


「それはエメル殿下がおかしいのでは?」


「俺がおかしい?」


 エメル殿下はわかりやすく、ムッとした表情を浮かべる。


「お洒落とか、興味ないんですか?」


 それともあれか。スタイル抜群で顔の見た目がいいと、何を着てもサマになるから気にしないと。そっちのタイプの人間なのか?


「だとしたら、平々凡々な見た目に産まれた私の気持ちなんて、一生わからないでしょうよ」


「一体どうした?何をそんなにぷりぷり怒り出したんだ?」


 困惑した様子のエメル殿下。


 これは乙女心が一生伝わらないタイプ。

 手のかかる男性に違いない。


「そもそも君が過ごした時代の魔法使いは老若男女、みなそのような服を着ていたんじゃないのか?」


「馬鹿にしてます?」


「いや、残された文献から察した感想だ」


 だいぶ誤解された状況に、思わず深いため息をつく。


「いいですか?これは最低限の仕事着です。私だって旅の合間にそれなりにワンピースやローブを新調したし、ドレスだって一度は着てみたかったなと思う気持ちくらい、しっかり持ち合わせていますから」


「ドレス?」


 まさか全女子の憧れ。ふわりと裾がお花のように広がるドレスまでもが、個性アピールの波にのまれ、消え去ってしまったというのだろうか。


「腰の細さイコールモテ度のドレスです。スカートが恐ろしく広がって、そのスカートに暖炉の火が燃え移り大惨事になったりする、動きにくいドレスです」


 私は立ち上がり、身振り手振りでドレスの形状を説明する。


「流石に俺もドレスくらい知ってるさ。しかし君のその説明だと、ドレスを着たいのか、それとも貶したいのか。イマイチよく分からない」


「ドレスの存在を否定はしないし、むしろ憧れてます。けれど実際問題、毎日着るのは遠慮したいですね。貴族の皆様はほんと毎日良く我慢できるなと、密かに思っていました」


 それでもやっぱり、庶民の私からしたら、お姫様気分になれるドレスの煌びやかさには憧れるというもの。


「ふむ。報奨金の件は陛下に相談してみよう。それに君の服の件も、そういった事に得意そうな人間に声をかけておこう」


「ありがとうございます!」


 臨時収入が見込めるとなれば、問題は全て解決したも同然。

 やはりお金は大事。ないよりあった方がいいもの、ナンバーワンだ。


「だが一人暮らしの案は却下だ」


「え、どうしてですか?」


 思いもよらぬ回答に、私は首をかしげる。


 てっきりこの流れ的に、まとめてするっと解決されると勝手に思っていたからだ。


「百五十年間の知識のブランクを埋めるべく、アップデート中の君を野放しにすると、トラブルが起こる未来しか想像出来ないからだ」 


「うっ」


 そこを指摘されると、悔しいが何も言い返せない。


「ウォシュレットという名の、素晴らしい文明の力に対し、戦闘を挑んだ人間は誰だ?」


「私です」


「街の人間の服装に驚き、一般人にいちゃもんをつけていたのは誰だ?」


「あれは別に、いちゃもんをつけていたわけじゃありません」


 それこそ行動力の塊となり、現地の生の声から古い知識をアップデートしていただけだ。


「しかしそのせいで、屋敷の者に心配をかけた」


「それは、その。だけど一人暮らしをする権利は私にだってあるはずです」


「俺は君の保護者みたいなものだ。つまり、君が独り立ち出来るかどうか判断するのは俺の役目だということになる」


「でも私は二十歳を超えてますし、お酒だって飲める成人ですよ?」


「まさか遅咲きの反抗期なのか?」


 何が反抗期なものか。先程も告げた通り、私はもう成人しているし、れっきとした大人だ。


「いいか?君はこの時代に関する知識だけで見たら、小学生レベルだ。そして俺は君の身元引受人だ」


「しょうがくせい?」


 初めて聞く言葉だったせいか、つい反復してまう。

 すると「ほらみたことか」と言わんばかり、エメル殿下は勝ち誇った表情を浮かべる。


「現在の帝国では子ども達に対する義務教育科が進み、保護者となる国民は、満六才から満十二才まで小学校に、その課程修了後、満十五才まで中学校に就学させる義務がある」


「つまり学校へ行くことが義務化されているって事ですか?それって女の子もですか?」


「勿論そうだ。男女問わずだ。ちなみに男女別学もあるが、ほとんどの場合共学。つまり男女共に机を並べ、同じように学ぶことになる」


「男の子と女の子が机を並べて、同じように勉強する……」


 私の時代では、あり得ない光景だ。


 そもそも家庭に入る事が幸せとされた女子が学ぶのは、せいぜい簡単な計算方法と家事全般のみ。それに加え、男性より知識が上回るだなんて、生意気な女性だと思われ、結婚できなくなる。そんな風潮があった気がする。


 もちろん、クラリス様や私は「世界を救う」という大変大きな目的を背負わされたメンバーの一員だったから、多少男勝りでも許されていた。けれど普通の女子は、男性と肩を並べ旅に出るだなんてあり得ない状況だったと記憶している。


「でも、勉強したくない子も中にはいると思うんですけど」


「そうだろうな。しかし学校は勉強だけを学ぶ場ではない。生きる力を備えた市民となる基礎を学ぶ場所だからな。それに同世代の友人を持てる、絶好の場でもある」


「あー、なるほど」


 確かに本を片手にする勉強だけではなく、学校へ通えば様々な恩恵が受けられそうだ。


「とにかく、俺が君の身元引受人となった以上、義務教育終了課程くらいの知識を君につけてもらうつもりだ」


「え、子ども達と学校へ行かされるってことですか?」


「流石にそこまで鬼畜なことはしないさ」


 エメル殿下の返事に、私はホッと胸をなでおろす。

 流石に自分より十も年下の子と机を並べるのは恥ずかしい。


 それに私はこう見えて読み書きもできるし、魔法関連の理解力は人よりある。何ならサバイバル知識だって多少は兼ね備えているつもりだ。


 とはいえ、時代が変われば常識も変わる。

 数日前、屋敷を抜け出した時にそのことは痛感したばかりだ。


「君には最低限、不自由なく暮らせるようになって欲しい。なぜなら、今この時代があるのは君や、君の仲間達のお陰でもあるのだからな」


 突然私を持ち上げるような事を口にしたエメル殿下。何か裏があるのでは?と私は身構える。


「この時代に生きる者として、せめて英雄である君に何か恩返しがしたいと、俺は君の身元引受人になったわけだし、その責任は君にうざがられても果たしたいと思っている」


 エメル殿下は、自分で口にした言葉に恥ずかしくなったのか、プイっと顔を背ける。


 かく言う私はなんだか感動してしまい、胸がじんわりと熱くなった。


「ありがとうございます」


 そう呟いた後、私達はしばらく黙り込む。


 悔しいけれど、エメル殿下が私を野放しに出来ない気持ちはわからなくもない。私には圧倒的にこの時代に対する知識が足りていないからだ。


 そして身分を保証してくれる人がいなければ、私がこの時代で真っ当に生きるのは難しいのも確かだ。


「確かに私には学びが必要なようです。百五十年のブランクを頑張って埋めますので、今後もどうぞ、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」


 悔しさは残ったままだけれど、私は静かに白旗をあげたのであった。

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