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遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第一章 ここは百五十年後の世界
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014 百五十年間のブランク

 屋敷を飛び出した私は、無我夢中で通りを走り、何度も角を曲がった。そしてこれ以上走れないと立ち止まり、膝に手を置き呼吸を整える。


 キョロキョロと辺りを見回すが、当たり前のように見知った顔はいない。


「ここまでくればもう追い付いてくることはないわよね」


 とりあえず屋敷からの脱出は成功のようだ。


 ホッと一息ついた私の目に映るのは、空を突き抜けそうなほど高い建物だ。


 しかもそれが、所狭しと立ち並んでおり、街全体が窮屈そうに見える。


「空ってあんなに狭かったっけ……」


 あちこち競ったようにそびえ立つ大きな建物。

 その影にかくれた空はとても狭く感じた。


「ちょっと、危ないわね」


「あ、ごめんなさい」


 空を見上げることに夢中になっていた私の体が、通行人にぶつかってしまったようだ。


「というか、歩くスピードはやっ」


 私がぶつかった人は、人混みの中をスタスタ歩いて行ってしまう。


 私の良く知る帝都も人が多いイメージだ。


 けれど人々が歩く速度は、もう少しゆるやかだったように記憶している。


「魔物もいないし、便利になった世の中で、一体みんなは何に追われているんだろう」


 私の口から素朴な疑問がこぼれだす。


「すみません。コスプレイヤーさんですか?」


 突然、メガネをかけた青年に声をかけられた。


「こすぷれいやーさん?」


「黒いワンピースに、黒いフード付きローブ。それって古の魔法使いのコスプレですよね」


「いにしえ……」


「いいっすよね、その余計な肌は見せないぞ的な防御力高そうな格好。今はみんな露出度高めなコスが多いですけど、僕は隠されている方がいいタイプで」


「な、なるほど」


 私をジロジロ見つめる青年の口から飛び出す言葉。それはまるでなにかの呪文のようだ。


「写真、一枚だけいいっすか?」


「えーと」


 写真とはなんだろうか。


「まさか、魂取られるから無理とか言わないでくださいよ」


「えっ、魂!?」


「はい、ポーズをお願いします」


「ぽ、ぽうずですか?」


 青年は四角い箱をこちらに向けた。


「あ、その困惑した表情たまらないっす」


「ははは」


 思わず引きつった笑みを浮かべた瞬間。


 カシャリ。


 やたら小気味よい音がして。


 カシャリ、カシャリ、カシャリ。


 ものすごい速さで謎の音が連続しはじめた。


「あざーっす。この写真。エーテルネットにあげてもいいっすか?」


「えーてるねっと?」


「めちゃくちゃいい感じに撮れてるんで」


「は、はぁ」


「じゃ、ありがとうございました」


「いえ、こちらこそ」


 青年は私に軽く手をふると、人混みの中に消えていってしまった。


 なんだか圧倒されている間に、全てが終わった感じだ。


「ねぇ見て。あの格好」


「うわ、ダサっ」


 青年とのやりとりのせいか、どうやら注目を集めてしまったようだ。


 通り過ぎる人達から、明らかに私は奇異の目を向けられているような気がする。


「もしかして」


 私は初めて自分の格好が、この時代にそぐわないものなのかも知れないと気づく。


 そのことに気付いた私は改めて周囲を歩く人々の服装を確認する。


 男性に多いのは、黒いシンプルなパンツスーツスタイルだ。


 なんとなくスーツの下。襟元から覗くブラウスにヒラヒラとしたレースがついていない気もする。けれど全体的にみると私の知る時代とそう変わらないような……。


「いや、決定的に足りないものがある!!」


 私のいた時代における大ヒット商品。シルクハットを誰一人被っていないではないか。


「くっ、あの帽子は廃れちゃったのか」


 個人的にはシルクハットは物を隠せるという点で、結構好きだったのに残念だ。


「女性の方は……って、なんてこと!!」


 目の前を通り過ぎる女性は、ありえないくらいスカートの丈が短い。


 もはやパンツが見えそうなくらい。大変危険な状態だ。


「この風紀の乱れはいったい……」


 百五十年の間に、女性に何が起こったのいうのだろうか。


「……ッ、もしやスカート丈を短くすることによる生地代の削減的な?」


 スカートの生地の種類はピンキリだ。勿論木綿よりシルクの方が高いなど、生地のランクによって値段設定は変化する。けれど共通するのはたくさんの生地を使えばそれだけドレス代がかさむということ。


「もしかして、今って景気が悪いとか?」


 帝国の経済状態を心配しはじめた時。


 私はより女性にとって、問題になりかねない状況に気付いた。


「あのスカート丈の短さ……」


 きっとスカートに使う生地の経費削減には成功したのだろう。しかし成功したがゆえに。


「く、くるぶし、見えちゃってるし」


 私の知る時代では、くるぶしを見せていいのは、家族と将来の旦那さまだけだったはずだ。


 しかも今目の前を通り過ぎた女性に至っては、素足にサンダルだった気がする。


 一体百五十年の間に、女性に何が起こったのか。


 倫理観どこいった?と私は目をパチパチさせた。


「あ、あの」


 居ても立っても居られなくなった私は、ちょうど目の前で立ち止まった女性に声をかけた。


 彼女もまた、驚くほど丈の短いスカートを着用している。


「はい?」


「つかぬ事をお聞きしますが……女性がくるぶしを露出する事は普通なんですか?」


 私は声をかけた女性の足元に視線を落とし、小声でたずねる。


「くるぶし?」


「えぇ。皆様とてもスカートの丈が短いなと思いまして」


「やだ、くるぶしって、このくるぶしのこと?」


 女性は足を少しあげ、自分のくるぶしを指さした。


「だ、駄目です。足をあげたら下着が見えちゃいますって」


 私は自分のローブを広げ、周囲から女性の足元を隠した。


「やだ、あなた一体どこの時代からきたの?見せパン履いてるから大丈夫だって。それに今はくるぶしなんて誰も気にしないわ。好きな服を着て、各々の個性を表現するほうが大事だもの」


「個性……ですか」


「そうよ、個性は大事。あなただって、目立ちたくてわざと古めかしい魔女のコスプレしてるんでしょ?」


「魔女のこすぷれ」


 先程、私に声をかけてきた青年の口から飛び出した謎の単語に似た言葉が、今度は女性の口から飛び出した。


「でもあなたにとても似合ってるわ。ちょっと暑そうだけど。ま、おしゃれは我慢だって言うしね。じゃ信号変わったから行くね」


 女性は私に微笑むと、短いスカートを揺らしながら、軽やかに道路のシマシマを横断していった。


「百五十年か……」


 時代が変われば、常識に対する考え方も変わる。

 どうやらそういうことらしい。


「しかし、どうしたものか」


 私は自分の格好を見下ろしたまま途方に暮れる。


 個人的にはしっくりくる格好だ。

 百五十年前なら、むしろ誰も気に留めないくらいの格好だろう。


 しかしこの時代、黒いワンピースに黒いローブという格好は、逆に人目を引きすぎてしまうようだ。


「それで、百五十年後の帝都は満喫できたのか?」


 見知った声が背後から聞こえた。

 どうやらもうバレてしまったようだ。


「そうですね。百五十年前よりずっと、女性は生き生きしているような。そんな気がしました」


 くるぶしを出してもいい。


 なぜなら、各々の個性を洋服で表現するほうが大事だから。


 そう言い切れる女性がいる時代は、周囲の目を気にしてお洒落を楽しんでいた時代より悪くない。


 そんな気がした。


 軽やかな気持ちになり私が振り返ると、腕組みをして壁に背をつけたエメル殿下がいた。


「あと少しでひとまず封印の塔関連業務が一段落する。だからその間、君の大いなる好奇心と行動力を封印し、いい子にしていてくれ。そうしたら、必ず俺が帝都を案内するから」


 エメル殿下は、私の顔を周囲から隠すよう、ローブフードの前を引っ張った。


「ほんとですか?」


 視界不良になりつつ、私は隣を歩くエメル殿下を見上げる。


「あぁ、約束する。だから帰るぞ。ケイトなんてお前を逃した事に責任を感じ、「責任をとって辞職したい」なんて言い出してるし」


「ケイト?」


「君に、目前逃亡を許したメイドだよ」


 私の脳裏に娘が熱を出し、遅刻出勤したと話す気のいいメイドの姿が浮かぶ。


「私が騙したからで、彼女は悪くありません」


「そうだとしても、彼女は自分のミスだと言って、譲らないだろう」


「でも……」


「彼女に申し訳ないと思うなら、これからは嘘はつかない事だな」


「了解です」


 私は二度と同じ迷惑はかけないようにしようと誓う。


「じゃ、迷惑をかけたお詫びとして、みんなにクッキーでも買って帰るとするか」


「代金はエメル殿下もちで」


 初任給すら出ていない私は一文無しだ。

 払いたくても払えないので、仕方がない。


「全く、自分で迷惑をかけたくせに、調子がいいな」


「気にしない、気にしない」


 一人で街に出た時より少し軽い足取りで、私は殿下と屋敷に戻ったのであった。

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