013 逃げるが勝ち
屋敷に来て早々、大失態を犯した私は、好奇心を押し殺し臆病になっていた。
「わからないボタンは押さない。魔法はむやみに使わない」
その二つを合言葉に、私は出来るだけわからない物には触れないように気をつけている。
それに加え、いつも暇を持て余していると勝手に思い込んでいたエメル殿下が多忙を極めているらしく。
『しばらく、屋敷で今流行りの小説でも読んで、暇つぶしをしていてくれ。もちろん一人で外に出るのは、オススメしないからな』
そんな風に身勝手に私に言いつけると、私の前から消えた。
エメル殿下を煩わしいと思う事もある。しかしこの時代にきてから今のところ、私が一番一緒にいて、お世話になっている人でもある。
だから正直、広い屋敷に何日も放置された私は寂しい気持ちを感じていた。
それでも言われた通り、エメルチョイスな本を私はしっかりと読破した。その結果、またもや暇を持て余す事になり。
「一人で外に出るのはオススメしないって言ってたけど、絶対にダメとは言ってなかったような」
都合よくエメル殿下の言葉を解釈し、私は城下を散策することに決めたのである。
私が外出するにあたり一番の問題は、エメル殿下の命令を忠実に守り、過保護すぎるほど私を監視する屋敷に仕える面々だ。
しかし私はどこぞの令嬢ではない。世界各地を股にかけた旅を経験済みだし、封印の塔で二年間ほど自給自足の生活を送っていたという実績もある。
だからメイド達の監視の目をかいくぐるなんて、朝飯前というもの。
「ふふ、私の諜報能力はまだまだ健在ね」
メイド達の行動範囲と時間を確認し、完全に彼女達を巻いたと浮かれていた。
ところが、門の前で一人のメイドと遭遇してしまう不運に見舞われる。
「申し訳ございません。娘が熱を出したので遅れてしまいました」
なんというタイミングの悪さ。しかし、娘の具合が悪いという理由を責めるわけにもいかない。
なんてったって、それは一大事なのだから。
「お嬢様の具合は大丈夫なのですか?」
「はい、おかげさまで。今は母が面倒を見てくれています」
「それなら安心ですね。では、私はこれで」
私は笑顔のまま、門の外に出ようと足を進める。
「ティアリス様?どちらへ行かれるのですか」
メイドは私を行かせまいと、開きかけた通用口をパタリとしめた。
「くっ」
私は拳を握りしめる。
しかし、こんな時のために、しっかりとそれらしい嘘を用意してある。
なんてったって、私は世界を救った魔法使いなのだから。
「エメル殿下に呼ばれたんです」
みんながひれ伏すエメル殿下の名を使えば、誰も文句が言えないし、疑いもしないはずだ。
「殿下にですか?一体どちらへ?」
「アルカディア城の、古代魔法研究所です」
「本当にお一人で向かって良い。そうお許しがでたのですか?」
「ええ。駄目とは言ってなかったです」
勿論いいとも言ってなかったし、そもそも出かける計画をエメル殿下には伝えていないけれど。
「とにかく、エメル殿下にすぐに来て欲しいと。なんでもこの前のエーテル管理局絡みの件で、緊急を要するとかなんとか」
「あの件ですか。けれど本当にお一人でお出かけになることを殿下はお許しになられたのですか?」
私の行く手を遮る彼女は、わりと疑り深い性格のようだ。
先ほどからあの手この手で言い訳を口にしているのに、一向に私を信じようとしないし、外へつながる門を通してくれる気配がない。
となれば最終手段。
「あ、見て」
大げさに空を指さす。
「え、どうされ……って、ティアリス様!!」
私はメイドが空を見上げた一瞬の隙を見逃さなかった。
メイドが守る門の扉に体当たりし、全速力で外に向かって走り出す。
「ティアリス様!お待ちください!!」
後ろからメイドの声が飛んでくるが、私は振り返らない。
こういうときは逃げるが勝ちなのだ。




