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遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第一章 ここは百五十年後の世界
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012 新たな住まいでSОS

 私の身元引受人はエメル殿下と決まった。

 他に頼れる人もいないのだから、仕方がない。


 そんなこんなで、色々あったけれど、私の市民登録は正式に完了した。


 百五十年前、世界を救う英雄だと持て囃されたティアリス。その名が知れ渡ると共に、厄介なこともたくさんあった。


 けれど振り返って見れば、圧倒されるくらい人々から好意的に思われていたと思う。


 しかしそれは過去の栄光だ。


 現在は、古代魔法研究所に勤務する職員。

 ただの行き遅れ、二十歳のティアリスとして、私は新たにこの時代に誕生したのである。


 と同時に、私は晴れて城内から脱出。帝都にあるエメル殿下のお屋敷へと居を移すことになった。


「こ、こんなに広いお部屋を一人で使っていいんですか?」


 私は新たな居住場所として案内された部屋の広さに驚き、目を白黒させた。


「もちろんです。殿下からティアリス様には、このお部屋を不備なくご用意するようにと申し付けられておりますので」


 私を新たな新居となる部屋まで案内してくれたのは、レイモンと名乗る老執事だ。なんでもエメル殿下には幼少期より仕えているらしい。


 たぶん、この屋敷で一番敵に回してはいけない人物。そんな気がする。


「他にはどんな方がこのお屋敷には住んでいるんでしょうか?」


 私は部屋の中を見回しながら、さり気なくレイモン様に尋ねる。


「こちらはエメル殿下のお屋敷ですので、お住まいになられているのは殿下の他にはティアリス様のみです」


「え、殿下お一人のために、こんなにいくつも部屋があるんですか?」


「はい。ご友人などを屋敷に招待される事も、ごくごく稀にありますので」


「なるほど。ごくごく稀に……」


 レイモン様から、あまりこの屋敷には人が来ないという圧を感じる。しかしそれなのに、両手で余るほどの部屋数を有する屋敷を持っているだなんて、さすが皇子殿下である。


「ちなみに、部屋数が多くつくられているのは、交友関係のためだけではございません」


「へー、そうなんですか」


「ゆくゆくはご家族が増える事を見越した上で、このような屋敷の構造になっております」


「なるほど。ところで、エメル殿下にご結婚の予定は?」


「残念ながら今のところは……」


 なんとなくどんよりした空気をレイモン様から感じる。


 見たところエメル殿下は結婚適齢期っぽい年齢な気がする。


 だとすると、殿下の婚活を邪魔しないためにも、早くこの家を出られるよう、私はもっと割の良い仕事を探し、お金を貯める事に専念した方がいいかも知れない。


「目標が一つできると、頑張れる気がする」


 色々あったけれど、ここまで来たら前向きに進むしかない。


「私は事情があって、世間の常識に疎いところがあります。ですから色々とご迷惑をおかけすると思います。それで、私がおかしな事をしていたら、ちゃんと教えて下さいね」


 レイモン様に頭を下げる。


「もちろんでございます。このレイモン、誠心誠意お仕えさせていただきますので」


「ありがとうございます」


 微笑んだ私の顔を見て、レイモン様は柔らかく微笑み返してくれた。


「何かございましたら、いつでもお呼び下さいませ」


 最後まで親切に、そう言い残して部屋を退出していったレイモン様を、私は感謝の気持ちを込めて見送ったのであった。


 そしてその数時間後。


 レイモン様の「いつでもお呼び下さい」という有難い忠告を無視した私に悲劇が起こった。


「一体何が起こったんだ?我が家でアラートが鳴ったと報告が上がったから来てみれば、家の前に物凄い数の消防車が止まっていたのだが」


 私を屋敷に残し、アルカディア城内にある、古代魔法研究所にて勤務していたエメル殿下が血相を変えて部屋に飛び込んできた。


「だって、一応設備の確認をしようとしてお手洗いに入ったら、見たこともないボタンがあったんです。だから試しに押したら急に水がぶわーって!!」


 私は身振り手振りを添え、恐ろしい目に遭ったとエメル殿下に伝える。


「ウォシュレットか……」


「それで何をしても止まらないから、水を止めようと氷魔法を使ってみたんです」


「すると消防法により設置義務化されておりましたエーテル報知器が作動し、要人であるエメル殿下のお住まいということもあり、エーテル管理局の皆様が揃って出動されました。わたくしの注意管理不足です。大変申し訳ごさいません」


 レイモン様がエメル殿下に深くお辞儀をした。


「レイモン様は悪くないんです。私が変なスイッチをつい押したくなる性分だったから」


 そう。お手洗いの壁に張り付いた謎のスイッチを興味本位で押さなければ、こんなふうに大事にはならなかったはずだ。


「好奇心のバカッ!!」


 私は自分で自分の頭を殴りつける。

 もちろん手加減ありで。


「頭を叩くな。それ以上おかしくなったら困る。それに無闇矢鱈に魔法を使うなと注意しておかなかった俺も悪い」


 エメル殿下はため息混じりにそう言うと、部屋の中に集まる青いローブで揃えた謎の集団に向き直る。


「すまないな、彼女はこの国の要人なんだ。訳あって私がその身を預かっているが、この事は国家機密レベルS級となっているため、できれば内密に処理してもらえると助かるのだが」


「国家機密レベルS級ですか……。となると私達では判断しかねますので、上司と相談の上、殿下にご報告とさせて頂く感じでもよろしいでしょうか?」


 エメル殿下と会話をしている青いローブに身を包む青年が、困惑した表情でこちらにチラリと視線を送ってくる。


「その対応で構わない。一応ホランド家のブライアンには私からも報告をしておこう」


「助かります」


 よくわからないけれど、エメル殿下の権力的な何かを持ってして、事態は収束に向かっているようだ。


「ブライアン様はホランド伯爵家の方で、現在エーテル管理局の局長補佐をなさっている方です」


 レイモン様がこっそりと耳打ちし、教えてくれた。


「では、何事もなければ我々はこれで」


 エーテル管理局を名乗る人物は部屋をぐるりと見回した。


「無駄足を踏ませてしまい、すまなかったな。もしよければ、皆で一杯やってくれ」


 エメル殿下はスーツの内ポケットから一枚の紙を取り出す。それからエーテル管理局の人間の手に、有無を言わさぬ勢いで取り出した紙を握らせた。


「むしろ何事もなくてよかったです。それと、せっかくですからこれはありがたく頂戴いたします」


 賄賂の匂いがプンプンする怪しい紙をしっかりと懐に忍ばせるエーテル管理局員。


 案外ちゃっかりとした性格のようだ。


「では、失礼いたします」


 エメル殿下にしっかりと頭を下げ、部屋の中にいた青いローブの集団が綺麗さっぱり去っていく。


 そして残されたのは、エメル殿下とレイモン様と私。それからやたら白い粉がまき散らされた無惨な状態の部屋。


「ええと」


「しばらくこの部屋は使えないな」


 はぁと肩を落とすエメル殿下。


「でもまぁ、今回ばかりは俺も悪い。いいか、今の時代魔法を使うには最新の注意が必要だ。なぜなら、大気中のエーテル濃度は常に観測され、おかしな濃度になると、先程のようにエーテル管理局の人間が飛んできて、即座に適切な濃度になるよう調整する」


「あ、もしかして高濃度エーテル結晶が生活の一部として使えるのって」


「そうだ。帝国全土でエーテル濃度に異常な変化がないか、常に定点観測しているからでもある」


「なるほど……くしゅん」


 エメル殿下の講義をありがたく聴講したい気持ちはある。


 しかしながら、現在の私の状態は最悪だ。

 服はびしょびしょだし、変な粉を頭からかぶってムズムズする。


「殿下、先ずはティアリス様に着替えとお風呂の用意をされた方がよろしいかと」


 レイモン様が絶妙なタイミングで私が必要とする事を提案してくれた。


「確かにそうだな。悪いが彼女をよろしく頼む。俺はひとまずブライアンに事情を説明してくるよ」


「かしこまりました。ついでに水回り関連の業者も手配しておきますが、何かご要望はございますか?」


「そうだな……」


 エメル殿下は顎を撫でながら、ジッと私の顔を見つめる。


「どうせ取り替えるのであれば、魔導式の最新のものをとも思うが……案外古いタイプの方が彼女は使いやすいのかも知れない。業者が取り揃えてある中で、一番古い、昔ながらのタイプで水回りを揃えてくれ」


「かしこまりました」


 エメル殿下は満足気な顔をしている。


 けれど「一番古い、昔ながらのタイプ」という言葉は、この時代に順応できていない私の事を表しているようで、少しだけ悲しい気持ちになった。


「じゃ、あとは任せた」


 ひと仕事終えたといった感じ。

 エメル殿下は爽やかに部屋を出ていった。


「くしゅん!!」


「お風邪でもひかれたら大変です。さ、はやくこちらへ」


「ありがとうございます。ほんと、すみません」


 情けない気持ちいっぱいで、私はめちゃくちゃになった部屋をあとにしたのであった。

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