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遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第一章 ここは百五十年後の世界
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011 市民登録完了

 確かあれは湯治場のある地域を訪れ、久々湯船につかりまったりしていた時のことだったように思う。


『ティアはまだ十七歳だよね。この旅が早く終わればギリギリセーフでいいな』


 頭にタオルをのせたクラリス様が、ため息混じりに突然そんなことを言い出した。


『何がセーフなの?』


 私は湯船で足をもみながら、何の気無しに尋ねた気がする。そしてあの時帰ってきた答えが確か。


『結婚よ』


 そう、そうだった。それから「結婚なんてまだしないし」と答えた私に対しての答えは。


『そういう考えはまずいってば。十七なんて結婚適齢期真っ盛りじゃない。すでに二十歳になった私なんか、社交界では「行き遅れ」とか「壁のシミ」とか言われちゃうんだから』


 クラリス様はそう言って口を尖らせていた。


『それはひどい陰口ね。でもクラリス様はこうして旅をしてるから、社交界なんて当分無縁な世界だし、気にしなくて大丈夫だよ』


『確かに今の私は聖女なんて呼ばれて、世界を救うなんて大それた目的を背負わされて旅をしている。だけどこれが終わったら、普通に幸せになりたいわ』


『普通に幸せってどういう意味?』


『好きな人と結ばれて、共に家庭を築いて、まったりのんびり暮らすこと』


『まったりのんびりはまさに今してることじゃん』


 湯船に浸かり、これ以上ないくらいまったりのんびりしていると思った私は、笑いながら指摘した。


『ティアリスだって私くらいの年齢になって独身だったら、きっと焦るわよ。だから常に恋の準備はしておかなくちゃ』


『恋の準備って。クラリス様って意外と乙女思考だったんだ』


『そりゃそうよ。将来有望な男性が同じパーティに三人もいるわけだし』


『えー、まさかクラリス様、あの中に誰か好きな人がいるの?』


 私の無邪気な問いかけのあと。


『実はね』


 エリオドア様が好きなんだと、私はクラリス様に告白されたんだった。


 なんとなくエリオドア様をいいなと思っていた私は、少しだけ動揺しつつ。


 ふわふわと夜空に登る白い湯煙に包まれ、年頃の娘達がそうであるように、クラリス様と恋の話で盛りあがったと記憶している。


 今思えば、あの時クラリス様が語った夢は、ごくごく普通のありふれたものだ。


 でもあの時、普通だとか、ありふれた夢なんてものからあまりにかけ離れた環境にいたせいで、クラリス様と話しているうちに「好きな人と家庭を築いて」という部分が、まるでそれこそが幸せの究極の形であるかのように感じていた事も確かだ。


 ならば。


「帝国暦を信じて、二十歳で」


 そう、私は二十歳だ。今後「好きな人と家庭を築いて」という夢を持てるのであれば、一歳だって若い方がいいに決まっている。


 だから塔で過ごした二年。

 あれはノーカン。私は二十歳だ。


「かしこまりました。では年齢については訂正なしと。それから身元引受人はエメル殿下となっておりますので、現住所もエメル殿下のご自宅となります。勤務先は古代魔法研究所と」


「ちょっと待った!!」


 業務連絡のように淡々と、書類内容を読み上げるローラット様の言葉に割り込む。


「何か問題でもございましたか?」


 シレッとした表情のローラット様。

 けれど私は聞き逃さなかった。


「今、現住所はエメル殿下がどうとかって、言ってましたけど」


 一体それはどういう事なのだろうか。


「身元引受人。つまり責任をもってティアリス様の身柄を引き受ける人の事です。帝国では昔からそういう制度があったと記憶しておりますが」


 ローラット様が訝しげな表情を私に向けた。


「確かにそういう制度はあったように思います。けれど討伐に出る際、私の身元引受人はハンナ先生だったと思うのですが」


 孤児院で育った者は、よっぽどの事がない限り、育った孤児院の院長や先生が身元引受人として登録されていたように記憶している。


 だから私の身元引受人はハンナ先生で、それは故郷を出てからもずっと変わらなかったはずだ。


「百五十年前はハンナ先生とやらもご健在だっただろうし、それで良かったかもしれない。しかし現在は流石にハンナ先生もお亡くなりになられているだろう」


「それはそうですけど……」


 エメル殿下の指摘は正しい。

 流石に百八十歳超えの人間が元気にご存命しているとは、考えづらいからだ。


 改めて私は一人ぼっちだという事実を実感し、どうしてもしんみりとした気分になってしまう。


「こちらとしましても、ティアリス様の血縁者が残っていないか。それは今なお確認しております。ですから本来の血縁者が判明するまで当面の間、エメル殿下で我慢して頂くのが現実的かと」


「おい。俺で我慢とはどういう意味だ」


「ティアリス様が引っかかっておられたので。私からは深い意味はございません」


 ローラット様は涼しい顔で言い切った。


「正直なところ、帝国政府といたしましても偉大なる功績をお持ちであるティアリス様の事を放置しておくわけには参りません。ただ、ティアリス様がご自分で身元引受人を探されるのであれば、その時はその方に訂正させて頂きますが」


「それは……」


 だいぶ困る提案だ。


 そもそも私の両親にも身寄りがいなかったと聞いている。だから私は両親亡き後、孤児院に引き取られたわけで。


「ええと、当面の間、エメル殿下で我慢します」


 私はそうするしかないと、諦めの境地で了承したのであった。

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