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遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第一章 ここは百五十年後の世界
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010 いざ、市民登録へ

 私は現代魔導技術の洗礼を受けつつも、見事五十二階に到着した。


 見た目の無機質感に恐れを抱いたりもしたが、思ったりあっという間で、上昇速度も恐れるほどのものではなかった。


「頂上付近にいる仲間に合流しようと、魔法の箒でエレスト山の崖を爆速で登った速度に比べたら、ちょろかったわ」


「……それは何より」


 魔導エレベーターを降り、パッと私の手を離すエメル殿下。もしかして私が怖がっていたから、ずっと手を繋いでいてくれたのだろうか。


「殿下って、意外にやさし」


「ほらいくぞ」


 殿下は私の言葉を遮り、勝手知ったると言った感じでスタスタと廊下の奥へ進んで行く。前を歩く殿下の耳がピンクに染まっている。


 いいとこあるじゃん。

 私は少しだけ浮かれた気分で殿下の後を追う。


 殿下は頑丈そうな木で作られた扉の前で立ち止まる。それから徐に扉の脇に設置された装置に手をかざす。


 するとガチャリと目の前の扉が自動で開いた。


「やっぱりエメル殿下も魔法を使えるんですか?」


 目の前の人物は、聖騎士エリオドア様と聖女クラリス様の子孫。そんな事実が頭をよぎる。


 確かにエーテルの扱いに長けた二人の子孫ならば、魔法を扱える事にも納得だ。


 遺伝ってすごい。なんて感心したのも束の間。


「いや、俺はそこまで得意ではない。というかこの時代、昔のように魔法を扱う事ができる人は、片手で数えるほどしかいないと思う」


 驚くべき事実が判明した。


 とはいえ、私がいた時代であっても、魔法使いと呼べるほど、魔力操作に長けた人は少なかったような。


「でも、だったらなぜ自動で扉が開いたんですか?って、まさかそれも魔導式……」


「その通り。私達は魔導技術の発達により、魔法使いだけが受けることが可能だった恩恵を、市民みな平等に受け取る事が出来ている」


「ええと、つまり……」


「わかりやすくいえば、今や全ての人間が魔法使いのように、魔導具のお陰で簡単に魔力操作が可能だということだ」


 エメル殿下は涼しい表情で告げた。それから驚き固まる私の背を押し、部屋の中に無理やり押し込んだ。


 そしてすぐに背後でガチャリと扉が施錠される音がして。


「こちらが例の」


「まぁ、そういうこと」


「思っていたよりもずっと」


「小さくて普通の女の子だよな」


「ええ。まぁ、普通の女の子……ですね」


 部屋に入った途端、室内の様子を確かめる間もなく、私は突然現れた人物とエメル殿下に無礼な視線と言葉を浴びせられた。


「あなたは誰なんですか?」


 小さいと言われた事に反発し、グイッと背筋を伸ばし、眼鏡姿の男性に尋ねる。


 エメル殿下とそんなに変わらぬ年齢に見える、比較的若い男性だ。


 身につけている黒いスーツは、シワひとつないピンとしたもの。つま先の尖った革靴もツヤツヤと輝いている。


 事務仕事をテキパキと正確にこなしそう。

 そんな印象を受けた。


 ま、勝手な憶測だけれど。


「あ、失礼しました。私は今回、陛下よりティアリス様の市民登録と住民台帳登録を一任されたローラットと申します」


「彼は建国以来市民管理局に携わる、アリスター伯爵家の者だ。信用できる男だから陛下も君に一任したのだと思う」


 エメル殿下に褒められたローラット様は、眼鏡をクイと持ち上げ、得意げに微笑む。


「ありがとうございます。確かにこの件は内部の者にも秘密裏に進めておりますのでご安心下さい。では、どうぞこちらにお座り下さい」


 ローラット様に勧められるがまま、私とエメル殿下は部屋の中央に置かれた、モスグリーンのソファーに並んで腰を下ろす。


「防音装置も作動しておりますし、ここでの会話は録音しないよう、設定も変更済みです」


 ローラット様は私達の向かい側に腰を下ろしながら、この会合が秘密裏に行われている事を強調する。


「助かるよ。で、ティアリス様の住民登録は完了したのか?」


「ええ。ご指示された通りに」


 ローラット様は封筒から取り出した一枚の書類を、エメル殿下に手渡す。


「なるほど。って、待て。年齢が百七十歳だと?」


「渡された資料の通り帝国暦を入力したところ、そのようになりました」


「まあ確かに自動計算だと、そうなるか」


 何とも微妙な二人の視線が同時に私に注がれた。

 丁度いいので、私は疑問を口にする。


「私は今、正確には百七十歳って本当なんですか?」


 たかが年齢だが、女性にとってはされど年齢だとも言える。若くなる分には得した気分なので黙っておこうかと一瞬思ったが。


「私の記憶だと、二十歳の時に塔に封印され、そこから二年経ちました。そしてここは百五十年後の世界。だとしたら今私は百七十二歳のはずなんですけど」


「ふむ。君は帝国暦七百四十九年の生まれで間違いないか?」


「はい」


「だとすると、現在が帝国暦八百九十九年だから、やはり君は百二十歳で間違いない」


「どういうことですか?私は二年くらいあの塔の中にいましたけど」


 自分で作ったカレンダーに毎日バツ印をつけていたのだから間違いない。


「確かに君の感覚ではあの塔に二年いたのだろう。けれど実際は、君が塔に籠ってから百五十年ほど経っていた。それが事実だ」


「つまり、塔の中と外では時間の流れが違う。そういう事でしょうか」


 ローラット様の問いかけに、エメル殿下がその通りだと言うように頷く。


「ただし、正式な手順で施錠された場合、時間の流れが塔の中と外では違う。と言うのが正しい」


「なるほど。今回の調査で塔に入った人間は特段、年月の認識にズレは感じなかったと」


 ローラット様が謎を解き明かす探偵のように、こめかみをトントンと叩く。


 意外にお茶目な部分を兼ね備えた人のようだ。


「その通りだ。実際、あの塔に関しては不思議な事だらけ。塔の心臓部と呼ばれる部分に、今は失われたとされる古代魔法の痕跡があった。だから時の流れに差異が起こる。それもまぁ納得は出来なくもないんだが……」


 古代魔法と呼ばれるそれは、私達の時代ですらすでに伝承レベルの代物だった。


 だからそれがどんなものであったのか。

 未来を進む私達には永遠に解明出来ないものなのかも知れない。


「まさに、古代魔法。それこそあの塔で一番の遺産って感じですね」


 私は自分でもうまいことを言ったなという感想を抱きながら、みんなの同意を待つ。


「あぁそうだ。あの塔を正式な手順で開錠すれば、中に残された古代魔法の痕跡から、一体それがなんだったのか、どんなメカニズムの魔法だったのか。それこそ世紀の発見。謎に包まれた魔法技術の解明に繋がる可能性もあった。しかしながら血の気の多い荒っぽい連中が無理矢理塔の扉をこじ開けたせいで、全てが無駄になってしまった」


 エメル殿下は悔しそう肩を落とす。


 なるほど、だからあの時エメル殿下はあんなに激怒していたというわけか。


「嘆願書二万文字。その意味がようやくわかりました」


 確かに古代魔法のメカニズム解明のチャンスをミスミス逃したとあっては、二万文字すら少ないくらいだ。


「だろ?それでも許せないくらいだ」


 当時抱いた怒りを思い出したのか、エメル殿下は拳を左手の平に打ち付けた。


「話が盛り上がっているようですが、そろそろ本題に戻らせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 ローラット様の言葉に、エメル殿下と私はうなずく。


「先程お見せしたティアリス様に関する嘘偽りのない正規の書類は、帝国政府管理の極秘情報システムで厳重に管理されておりますのでご安心を」


「ありがとうございます」


 いまいちよくわからない。けれど自信たっぷりローラット様が管理すると言うのだから、任せて大丈夫なのだろう。


「そしてこちらが、ティアリス様が実際に生活するにあたり、ご使用になられる書類となります」


 ソファーの前に置かれたローテーブルの上に、ローラット様の手により新たな書類が置かれた。


「本名はエメル殿下より変更するなとの指示を頂きましたので、そのままティアリス様となっております。問題の年齢の方ですが、流石にその風貌で百七十歳と言うのは、無理があります」


「確かにな」


 エメル殿下とローラット様の視線が、またもや私に集まる。


「ですからこちらは百五十歳ほどおまけして二十歳にしておきました。もし二十二歳と記載したほうが都合よければ、すぐに訂正させていただきますが、どうされますか?」


 ローラット様が私に今後、重要になるであろう問題を投げかけてきた。


 塔で過ごした二年をノーカンとし、帝国暦通り二十歳とするか。それとも自分の感覚を信じ、二十二歳とするか。


 年齢は実に悩ましい問題だ。


「どっちがいいんだ?」


 エメル殿下に急かされ、ふと「行き遅れ」という言葉が私の脳裏をよぎった。

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