婚約破棄を伝えられると自殺しちゃうような子が、陛下から慰謝料を取るような子になってしまいました。
知らない天井を見上げながら、自分の状況を分析してみた。
① 保健室・・・にしてはかなり豪華
② 誰かの家に連れてこられた。天蓋ベッド初めてみた。
③ まさかの異世界転移・・・鏡がないので自分の顔が見られない。
④ 誘拐されている・・・とても丁寧に扱われているような感じだけど。
⑤ 王城の客室にいる・・・これは転移も関係あるよね?
⑥ 記憶を失っているが、ここは私の部屋・・・。
私の名前は宍道翠胡(しんじみどりこ)。
あぁ・・・二つ名前があるよ。
転生か、転移かしているよね。これ絶対!!
そんな事ありえるの〜?!
掌のほくろに見覚えがあって、この体はジュリアーノのものだと思い出す。
そうだっ!!
婚約破棄をされている途中だったんだ!!
で、ジュリアーノの許容範囲を超えちゃって、気を失ったのよね・・・。情けない。
ジュリアーノはどこに居るのか、自分の中を探して見るけど、見当たらない。
まさか、人生悲観して消失しちゃったんじゃないわよね?
何度呼びかけても、返答はなかった。
ナイトテーブルの横にベルが置いてあったので、取り敢えず鳴らしてみる。
ノックして入ってきた人は、全く知らない人。
「お目覚めですか・・・」
「はい・・・。あの・・・ここはどこでしょう?」
「王城の客室でございます」
「私、婚約破棄されている途中だったと思うんですけど、私の家族は来なかったのですか?」
「いらしてらっしゃいます。ただ、今は真夜中なので、皆様お休みになっています」
「そう・・・状況を把握したいんだけど、ごめんなさい・・・あなた・・・何ていうお名前かしら?」
「シュアと申します」
「シュアはなにか知っているかしら」
「はい」
「知っていることのみ教えてもらえるかしら?」
「第一王子に婚約破棄され、儚まれたお嬢様が、通りすがりのウエイターからワイングラスを取り、テーブルにぶつけて割った後、喉を横に一閃されました!」
えっ?気を失ったんじゃなくて、自殺未遂だったの?
「詳しく、知っているのね」
「はい。ずっと見ておりましたので」
「そう、見てたの・・・それから何があったのかしら?」
「殿下にその血が降り注ぎまして、大騒ぎして、血みどろになって精神を崩壊させておられました」
シュアは物凄くいい笑顔をしている。
「医師が呼ばれまして、ジュリアーノ様の治療が優先されましたけれど、生命の危機だったために、治癒師が三名呼ばれ、掛かりっきりで治療され、命の危機は脱しましたが、それからも目を覚まされず、三日間眠り続けておられました」
「そう・・・傷跡は残っているのかしら?」
「いえ、治癒師により綺麗に治っておいでです」
すごく安心した。
「で、第一王子は?」
「精神の均衡を取り戻すことができないまま、放心状態が続いていると聞いております。精神的なものは時間が解決するのを待つしかありませんので、放置されております」
うわぁ・・・自業自得とは言え、少々気の毒。
「私と婚約解消してまで一緒になりたかった、男爵令嬢は側についていないの?」
「陛下がお認めにならず、王子は一人で北の塔で放置されております」
「放置って言ったの?」
「はい」
語尾にハートマークが飛んでいるのが見える気がした。
「そ、そう・・・。ここからはシュアの予想の話をしてほしいんだけど、この後どうなると思う?」
「陛下はジュリアーノお嬢様に謝られ、第二王子との婚約を提案されるでしょう。第二王子はお買い得だと思います」
「第一王子はどうなるかしら?」
「元々何の役にも立たない王子なので、北の塔に閉じ込められたままになるのが最有力で、まずありえませんが、寛容に許された場合は北の果の地、ピュゲタの領地を与えられ、開拓を命じられるかと思います」
「私は、どうなるかしら?!」
「当然何の問題もありません。ジュリアーノお嬢様に何の責もないことは調べがついています」
「男爵令嬢は?」
「第一王子と人生最後の日までご一緒にいられることになるのは、間違いないでしょう」
「そう・・・取り敢えず、私は今どうすべき?」
「朝まで休まれるのが、誰にとってもよろしいことかと思います」
「そうね、そうしましょうか。朝、そうね、六時には起こしてもらえるかしら?」
「かしこまりました。その他のことはお任せください。全てを手配させていただきます」
「ありがとう。お願いするわ」
「では、おやすみなさいませ」
「シュアも眠ってね」
「ありがとうございます」
はぁ・・・面倒くさそうなことになってる。
なんで自殺なんかしようとするかな?
失敗したときのことを考えていないの?ジュリアーノ!!
そんな風に考えている間にいつの間にか眠っていた私、翠胡は、ジュリアーノのような繊細な心は持ち合わせていなかった。
ジュリアーノと書いて繊細と読む。
翠湖と書いたらなんて読んだらいいのかしらん?
思慮がないとか、考えなしとか・・・ろくなものが思い浮かばない・・・。
ジュリアーノは第一王子の一挙手一投足に振り回されて、精神を病んでいたことは間違いない。
ジュリアーノは私にすべてを任せて、冬眠中なのか、それとも消えてしまったのか、まさか地球の私と入れ替わっているのかは解らないけど、とにかく見つけられない。
ってことは私の好きにしていいってことだよね?
嫌だと言うなら、さっさと出てこないと本当に好き勝手するからね。
両親はジュリアーノよりかはマシだけど、やはりどちらも繊細。私と第一王子の婚約打診があっただけで、両親は一週間寝込んで、頑張って断ってくると言ったその足で、婚約を取り結んで帰ってきた。
両親の言い訳は、陛下に逆らうことなどできないだろう。
だった。
娘の気持ちはどうでもいいのか?と今の私なら聞いていただろう。
なんせ第一王子は・・・図体のでかい子供だった。
王子なんだから何でも思う通りになると信じ込んでいるし、命令さえすれば、父王以外は思う通りにできると思い込んでいた、お馬鹿さんだった。
翌朝、両親との再会をして、両親の涙で明け暮れ、陛下に呼び出されて謁見すると、シュアが言っていた通り、第二王子との婚約を打診された。
が!!「お断りします!!」とはっきり答えた。
「ジュリアーノなら受け入れてくれると思っていたのだが・・・」
と、陛下はオロオロと言ったが、私はきっぱりさっぱりお断りした。
「自殺未遂で臨死体験をしましたら死んだら終わり、と気が付きました。それなのにまだこの上、わたくしに幸せでない結婚を強要しようとなさるのでしょうか?陛下は?!」
とじろりと睨みあげる。
「私に死ねと?!」
「いやいや!!そんなことは言ったりしないよ!!」
「でしたら、わたくしのことはそっとしておいてくださいませ。またいつグラスの破片で首を突くかも解りませんから」
「第一王子はあれだったけど・・・、第二王子はちゃんとしているから大丈夫だよ」
と言われたが「王族とはもう関わりたくありません」と私が言うと、両親は気を失った。
私は両親を横目で眺め「これで静かになりましたね」と陛下に答えた。
さっきからずっと「陛下に逆らっては・・・」とか「ジュリアーノだまりなさい」とか「陛下の望まれるようにしなければなりませんよ」と五月蠅かったので。
「第一王子との婚約に我慢してきた慰謝料をいただきたいです。色々含めて、金貨六百枚程を請求させていただきたいと思います。本来なら、婚約してから私に使われるはずだった金額掛ける婚約年数で計算していただきたいのですが、そうすると国庫が破綻する可能性があるかもしれませんので、それは諦めます」
陛下が物悲しく「たすかるよ・・・」と私に答えた。
「男爵家の皆様。本来私が受け取るべきだったものを、御令嬢が受け取ってしまった全てを、男爵家へと請求いたします。それに関しても、型落ち、他人の手に渡ってしまってお古になってしまったことへの補償金も請求いたします。陛下、男爵家がきちんと払うように、陛下が保証人になってくださいませ。お願いしますね」
「鋭意努力する・・・」
「努力ではなく結果を求めます」
「わかった・・・」
私は王家から金貨八百枚と、男爵家からは金貨四百枚せしめて、これで結婚しなくても一生生きていくだけのお金は手に入れた。
何故かシュアが「ジュリアーノお嬢様にお仕えいたしたく存じます」とか言って、私の斜め後ろの位置から離れない。
第一王子は結局正気を取り戻せないまま、私の自殺のシーンを毎日見続けているらしい。男爵令嬢は、平民になり、第一王子のお世話係になっているらしい。
シュア調べなので、間違いないのだろう。
男爵家は、爵位を返上して、領地を私に差し出した。
男爵家領地なので、狭いし、儲けは少ないけれど、私一人が生きていくには丁度いい大きさで、私は満足している。
私の権限で、父には引退してもらって、三番目の弟がまだ使える子だったので、その子を我が家の嫡子とし、学園を卒業と同時に爵位を継がせることになった。
弟が卒業するまでは、一番上の兄が中継ぎという名のお飾りになっている。
私達兄弟には毎日多くの釣り書が送られてくるが、浮気した場合は、殺されることを認める誓約書にサインしてから、お付き合いするかどうか考えましょう。というと、引きつった笑顔で大半は逃げ出していく。
残った者達は、シュアが徹底的に調べてくれるので、弱みのある者達は、しっかり弱みを握って、揺さぶると、私の後方当たりでウロウロするようになる。
今回の一件でシュアを手に入れられたのは僥倖だった。
シュアの調べに逃げ出さなかったのが、一人いて、辺境伯のコールダン辺境伯嫡子、ウエルターだった。
「お前、学生時代とは性格が正反対になったのだろう?」
「正反対かどうかは解りかねますが、性格が変わったことは間違いありません」
「なら、私と婚約してみないか?昔は私の顔を見ただけで逃げ出していたのに、本当に人が変わっていて面白い」
「ですが、私がコールダン令息と婚約すると、両親が気絶すると思うので、お断りしたいのですが・・・」
「追々、なれるさ。婚約してしまえば、諦めるしかなくなるしな」
結構強引だったけど、嫌な感じはしなかったので「婚約は嫌なので、取り敢えず友人としてのお付き合いから始めましょうか・・・」
不満そうだが、コールダン令息は納得してくれた。
「ですが、困ったことに、わたくし、男爵の爵位と領地をいただいているので、辺境伯に嫁入りはしたくないのですが・・・」
「取り敢えず友人づきあいなのだから、そんなことを気にしても仕方ないだろう。もし、結婚することになったのなら、子供の誰かに継がせればいいんだ」
「なるほど!!そういう方法もあるのですね。解りました」
「取り敢えず、友人として、今から流行りのカフェにでも行くか?プルプルフルフルのホットケーキが人気らしいぞ」
「行きますっ!!」
「チョロい女だな」
「放っといてくださいっ!」
ウエルターとどうなるのかはまだまだ解りません。
ウエルター曰く、私はチョロいそうです。
ジュリアーノは相変わらずどこに居るのかわからないまま、私がジュリアーノとして生きています。
この先も私の好きなように生きたいと思っています!!
こんな気の弱い令嬢が第一王子の婚約者に選ばれることなどありえないと思いますが、選ばれちゃったんです。
都合がいいと誰かが思ったのでしょうか?!www




