映像研(2)
放課後、桜小路古都は千葉くんと二人で学校からさほど遠くない小さな公園にやってきた。
千葉くんは桜小路古都と二人でかなり緊張しているようだ。
漫画オタクで友達も少ない千葉くんは女の子と二人で歩くことなんて初めてなのに違いない。
しかも相手は全校で一番人気の女子なのだ。
さらに、なぜか桜小路古都は手を繋いでくるのだ。
校舎を出てから校門を出るまで学校中の生徒の注目を浴びてしまった。
いきなり手を繋がれて、びっくりして千葉くんは桜小路古都を見た。
「あの、桜小路さん、手。。。」
「千葉くんはいつも漫画のことで頭がいっぱいで、歩いていてもどこに行っちゃうかわからないからね」
「でも、子供じゃないから」
「何? 私と手を繋ぐのがそんなに嫌なの」
「嫌とか、そういうのじゃないけど、みんな見てるし」
「私は嫌なのかどうか聞いたの、まず聞かれたことに答えなさい、嫌なの、嫌じゃないの」
「嫌じゃないです」
「そう、嫌じゃないのね。 私は手を繋ぎたいの、千葉くんのほうはどうなの」
「どうなのって。。。」
「私と手を繋ぎたいの、繋ぎたくないの」
「それは繋ぎたいけど」
「けどはいらいわ、繋ぎたいなら男らしく、そう言いなさいよ」
「男らしく、とかそういう差別みたいな言葉は今は言っちゃいけないんじゃ」
「私はいいの。 で、どうなの繋がせてほしいの、欲しくないの」
「繋がせてほしいです」
「そうよ、それでいいのよ。これからは最初から正直にそう言いなさい」
「でも。。。」
「でも、じゃない。 男子のほうが私に手を繋がせてくれって頼む方が普通なのよ」
「それは確かにそうかも、桜小路さんと手を繋げるならクラスの男子はみんなお願いすると思う」
「なんだわかっているんじゃない、千葉くんも私とつきあってだいぶ成長したわね」
「えっ、桜小路さんと僕が。。」
それには答えず桜小路古都は千葉くんを引っ張るようにして公園へとずんずん進んでいった。
千葉くんも何故か顔を赤らめながらついてくる。
「本当にその変態くんは公園にいるんでしょうね」
「うん、たぶんいるはず。 前は屋上で撮影してたんだけど、屋上でイチャイチャしている奴らに文句言われて撤退してからは、公園で撮影しているって言ってたから」
繋いでいた手を離して千葉くんの手汗で濡れた手をハンカチで拭きながら、桜小路古都が公園のほうを見ると数人の高校生が何やらやっているのが見えた。
「いたわね」
制服を着た女子が一人、その至近距離に一眼デシカメのでっかいのを構えた生徒、それからその近くに二人の男子学生がいる。
ちょうど撮影が終わったところのようだ。
カメラを構えた男子が女子に何かを言っている。
「だからもうちょっと怖がっている演技をしてよ、君は怪人に襲われているところなんだから」
「そんなの知んないよ、ただ撮らせてくれればいいって言ったじゃん、俳優じゃねえし」
「それじゃあ、もう一回だけ、もう少し怖がった感じで」
「え~っ、もう約束の2時間過ぎたよ、帰るから時給ちょうだい」
その後も何か言い合っていたけれどカメラ男子は根負けしたのか最後には渋々と千円札を3枚出して渡していた。
女子のほうは礼も言わずに、さっさと帰って行く。
周りにいた男子二人がカメラ男子に寄っていった。
「須賀くん、でも今のテイクでいいんじゃないかな」
どうやら彼ら3人が映像研らしい。
「監督って呼べって言ってるだろ、しかし2時間で3000円は高いな、すっからかんだ。 またバイトしないと」
桜小路古都に脇腹をつつかれて、千葉くんがカメラ男に声をかけた。
「須賀くん、お疲れ~、撮影は順調みたいだね」
声をかけられてカメラ男は桜小路古都たちに初めて気づいたようだった。
「なんだ千葉じゃないか、女連れとは珍しいな、バイトで雇った漫画のモデルかなんかか?」
周りにいた男子二人がカメラ男の肘のあたりを引っ張っている。
「監督、あれは桜小路さんですよ」
「なんだお前ら、あの女と知りあいなのか」
「知り合いじゃないですけど、うちの生徒ならみんな知ってますよ」
どうやらアオハル学園で唯一、桜小路古都を認識していない男子のようだった。
周りの二人の男子は小柄でメガネ、絵に描いたようなオタク系の生徒だ。
けれども須賀くんは想像していたのとは少し違っていた。
映像オタと言うから他の二人と同じようなのをイメージしていたのだけれど、中肉中背でどちらかというとガッシリしてスポーツマンタイプの感じだ。
さっそく千葉くんが用件をきりだした。
こいつ、だいぶ役にたつようになってきたなと桜小路古都は思った。
「違うよ、この人は桜小路古都さん、僕のクラスメイトでうちのクラスが文化祭でやる演劇のプロデューサーをしているんだ」
「なにっ! プロデューサーとな。それは便利だな、雑用は全て任せて撮影と監督に専念できる。 君、ぜひ映像研に入らないか?」
「嫌よ。 こっちのほうが君にうちの演劇のメイキングビデオを撮影してほしいの」
後ろのほうで他の映像研二人がヒソヒソ話している。
「おい、すごくない。あの桜小路古都が撮影できるとか・・・」
そんな二人にかまわずに須賀くんが言った。
「断る。素人の舞台演劇に撮る価値などない」
桜小路古都はあからさまに驚いた顔をした。
桜小路古都に何かを頼まれて二つ返事で拒否する男子がいるとは夢にも考えていなかったのだ。
それで慌てたのもあって、思っていたことがそのまま口をついて出てしまった。
「映像オタクにしてはガッシリした体つきをしているわね」
「バイトのために鍛えているからな、男を描く画家どもは筋肉が目当てだからな、ボディービルとまでは言わなくても鑑賞に耐える多少の筋肉は必要だ」
「ふうん、なるほどね。顔もまあまあだし、雑用なら頼めばマネージャーくらいやってくれる女子もいるんじゃないの」
「芸術を解する、そんな賢い女はこの学園には一人も存在しない、嘆かわしいことだ」
横から映像研の一人が口を出した。
「クラスの女子は全員、監督に出演を頼まれて。 怪人に襲われてパンチラするとこを撮りたいって頼んだので、それ以来誰も半径1m以内に近づかないんです」
「なるほど、噂どおりの変態のようね」
須賀くんは変態と言われても全然気にならないようで眉ひとつ動かさなかった。
「そういうお前は吉沢桃花に似ているな」
桜小路古都は千葉くんに聞いた。
「誰? 吉沢桃花って?」
「知りません、聞いたこともないです」
その様子を見て映像研の一人が教えてくれた。
「恐獣戦隊ジャッカルーの隊員ピンクルーの変身前をやっている女優さんです」
桜小路古都も千葉くんも、そもそも恐獣戦隊ジャッカルーというもの自体を知らなかった。
たぶんかなりマニアックなメジャーではない戦隊ドラマか何かなのだろう。
もう一人の映像研は須賀くんにとりなしていた。
「監督、確かに似ていますが吉沢桃花よりずっと可愛いですよ、プロの女優でもそうそういない美人です」
「ここはひとつメイキングを撮ってやってバーターでうちの映画に桜小路さんに出てもらうのはどうでしょう」
「不要だ。あんな女を撮っても仕方がない」
内緒話は小声で言って欲しい、桜小路古都はそう思った。
「私に撮る価値がないっていうの? 君は脳が腐っているのじゃない? 有名なプロの画家だって私のことを描きたいと言うのよ」
「確かに画家ならそう言うだろう、あいつらは綺麗な女ならなんでもいいんだ」
「採れたての果物や花瓶にいけられた花、それと同じように綺麗な女も物としてしか見ていないからな」
「ふうん、私が綺麗だってことは認めるのね」
「お前みたいなのはな映像殺しなんだよ。主役が映っているバックに伏線になる証拠とかを映しても誰も見やしない、誰もが見ているのはお前だけだ鑑賞者が人物しか見ない映像は撮っても意味がない」
桜小路古都は珍しく思案顔をした。
これは褒められているのだろうか? それとも貶されているのだろうか? よくわからない。
「うちの舞台は私だけじゃなくて出演者はみんな魅力的よ、なんといっても史上最強の頭脳戦だからね、撮るのを断る前に一度舞台を見てからにしなさいよ」
「史上最強の頭脳戦だと? それには悪の怪人や正義のヒーローも出てくるのか? 」
「そんなもの出てくるわけないでしょ、娼婦や未亡人なら出てくるけどね」
「娼婦や未亡人が戦闘をするのか。。それは思ったよりも面白そうだな」
こいつわかってないなと桜小路古都は思ったけれど言わないことにした。
「やっと興味がでたようね、それじゃあ明日の放課後。体育館で通しの舞台稽古をするから見に来てちょうだい」
「まあ仕方がない、そこまで頼むなら千葉に免じて見にだけは行ってやろう、勘違いするなよ、撮るとは言っていないからな」
「いいわ、どうせ舞台を見ればきっと自分から撮りたくなると思うから、約束だからね、ちゃんと来なさいよ」
「心配するな、正義のヒーローは約束は破らない。必ず見にいってやる」
映像研の一人が須賀くんの脇腹のあたりをつついて囁いた。
「監督、バーターですよバーター」
須賀くんは面倒くさそうに小さく頷くと桜小路古都に言った。
「ただし、もし私が撮影することになった場合には、吉沢桃花もどきのお前、お前には私の映画でピンクルーをやってもらう」
「嫌よ」
桜小路古都は即答した。 嫌に決まっている。
須賀くんの目が細くなった。
「そうか、それではこの話はなかったことにしよう」
「そうね、でも約束は約束よ、明日は舞台練習見に来なさいよ。 その後のことはお互いにその後で話しましょう」
「そうしよう、残念だな。 お前のピンクルーが怪人にやられてボコボコにされるところを撮ってやろうと思ったのに」
その返事を聞き終わらないうちに桜小路古都は踵を返して公園から出ていった。
「噂通りの。。いえ、確かに噂以上の変態のようね」




