文化祭直前
文化祭でお披露目する予定の人狼劇だけれど練習はとても順調だ。
それというのも一週間ほど休んでいた東野さんが復帰してからは、その分を取り戻すかのようにヤル気満々で周囲もそれに引っ張られているからだ。
役者たちもすっかりコツを掴んだようで最近は全員での通し稽古をしている。
毎回、人狼ゲームのスタートから終わりまでを行って、舞台監督の近藤くんから毎回の反省点や良かったところなどが指摘される。
最初はただ人狼ゲームをしているだけで演劇というにはほど遠い感じだったけれど、役者たちもすっかり余裕ができてきて、ただ人狼ゲームをするのではなくて与えられたキャラクターらしく振舞えるようになってきている。
たしかに演劇っぽくなってきた。
週に2~3回くらいのペースで通し稽古を続けて、もう何十回やったかわからないくらいになった時に揉め事は起こった。
医者役の本田くんが怒っている。
本田くんはスポーツも勉強もできて明るい性格なので女子にも人気の男の子だ。
人狼の練習が始まってからも最初は目立たなかったけれど推理が鋭くて、今では村のお医者様は人狼を殲滅するためのエース級のキャラクターだと皆から認められている。
もちろん本田くんに人狼があたった時の人狼チームの強さも半端ない。
そんなこともあって最初は人狼チームに警戒されていつも初日の夜とかに襲撃されてしまっていて実力が発揮できなくて可哀想だった。
でもそんなことが続くうちに舞台監督の近藤くんから「強い人だからという理由だけで無暗に襲撃しないで、人狼チームもよく作戦を考えて、作戦に基づいた襲撃をするように」という厳重な指示があった。
それからは医者が生き残ることが増えて、中盤で鋭い推理を披露したりするので劇全体が引き締まってきている。
そんな本田くんは優しくて性格も温厚なので滅多に怒ったりしないのだけれど、その日は違った。
原因は舞台監督の近藤くんにある。
すっかり舞台がいい感じになってきて、みんながこれなら文化祭本番もなんとかいけそうと思い始めたある日、その爆弾は投下された。
その日の練習が終わったあとで近藤くんはこう言ったのだ。
「通し稽古も何十回もやってきて、みんなもわかったと思うけど人狼ゲームという特性上、とてもスリリングな展開になった回もあれば、以外にあっけなく勝負がついてしまう回もあったと思う」
「文化祭本番でぶっつけでやった時に、あっけないほうの展開になってしまう可能性も低くないと思うんだ、これだけ練習してきてそれはちょっと残念かなと思い始めてる」
自警団長役の徳永くんがそれを聞いて言った。
「でもリアルな人狼ゲームだからそれは仕方ないんじゃねえの、そうならないように皆が頑張るしかないだろ」
三枝さんもそれに続く。
「そうだよ、みんな上手くなってきてるし、きっと大丈夫なんじゃないかな」
それを聞いて女子たちは何やら目くばせしている。
本人たちは気づかれてないと思っているらしいけど徳永くんと三枝さんがつきあい始めたらしいことは今ではみんなが知っている。
ある日、女子の一人が「役柄とはいえ、あの二人いつも張り合っちゃって子供みたいだよね」と言うので女子たちで笑っていたのだけれど。
いつものようにガールズトークには参加せずに近寄るなオーラ全開で本を読んでいた桜小路古都がポツリと呟いたのだ。
「そうでもない。あの酒場の娼婦と自警団長が客で体の関係がある感じ、あれは演技だけであそこまでできるほど秋良は上手じゃないと思う」
その場にいた全員がサッと桜小路古都のほうを振り向いた。
クラスメイトなど全く眼中にないような桜小路古都だけれど、人間観察力が誰よりも優れていることは全員が知っているのだ。
クラスでもまったく存在感のない男の子が漫画オタクで舞台役者のコンテを描くほどにイラストが上手だなどということはクラスの誰も知らなかったけれど、桜小路古都は当り前のように知っている。
その桜小路さんがそう言うってことは、あの二人できてるってこと?
そう思って見るようになると確かに三枝さんと徳永くんは、なんだか妙に距離が近い。
「あの二人やってるよね」
「うん、絶対やってる」
「ええ~、私もまだなのに三枝に先を越されるとかショック~」
そんなガールズトークがクラス中でされていることに当の本人たちだけは気づいていない。
そして女子たちは「私も経験したら桜小路さんには即バレなのかも」と戦々恐々としている。
近藤くんはデキていると噂の二人に反論されたけれど気にしていないようだ。
以前はあんなにいつもオドオドしていた感じの近藤くんなのに、いつからこんなに物怖じしない高校生になったのだろう? 誰もがそう思う。
「う~ん二人のいうこともわかるけれど、文化祭での舞台は初日の午後、二日目の午前と午後の3回だけ」
「その3回のなかで少なくとも1回は、人狼ゲームって最高に面白い! って観客に思ってもらえるような舞台を見せたいなと思うんだよ」
徳永くんは納得していないようだ。
「じゃあ、どうしろって言うんだよ」
「そうだね舞台監督として言わせてもらうと、今まで通し稽古を何十回かしたけれど、これはいい試合だったなと心から思えるのは2回か3回くらいしかなかった」
「なので本番では、その2回か3回のなかのどれかを再現してはどうかと思う」
徳永くんがキョトンとした顔できいた。
「つまりその場で人狼ゲームをやるんじゃなくて、もう結果のわかっているやつを脚本に基づいて演じるってこと?」
「そういうことだね、ただ脚本って言ってもフィクションじゃなくて実際にみんながやった真剣勝負を見せるってことだから」
二人の会話に本田くんが割り込んできたのはその時だった。
「ふざけんなよ近藤! 舞台監督だか何だか知んねえけど、それってヤラセじゃねえか」
「客は真剣勝負だと思って見てるのに、実は決められた台本で演じてるだけでしたとか詐欺だろ」
普段は温厚な本田くんが怒り心頭だ。
本田くんはただ優しいだけではない、ものすごく正義感が強いのだった。
でも近藤くんは顔色も変えなかった。
「真剣勝負ってそんなに大事? アスリートじゃないんだから。」
「桜小路さんがこれを始めたのは人狼ゲームの真剣勝負がしたいためではなくて、人狼ゲームの楽しさや面白さを文化祭に来た沢山の人に教えてあげたいという気持ちからだと僕は思っている」
舞台監督の近藤くんの口癖は「僕と桜小路さんが・・」だ。
実はそれを面白くないと思っている男子も少なくないのだけれど、当の本人の桜小路さんが平気で言わせているようなので、誰も面と向かって「その言い方やめろよ、桜小路さんはお前なんかとのペアじゃねえし」と言えないでいる。
本当は言いたいけど、言えないでいる。
本当は自分が「僕と桜小路さん・・」と言いたい。
できれば「僕の桜小路さん」と言いたいけれど、それはちょっとハードルが高すぎる。
男子の誰もがそう思っている。
本田くんもそのうちの一人だ。だから余計にムッとなる。
「それなら普通の演劇でいいじゃん、人狼劇は演者にも先がどうなるかわからない、いつもその一回きりのストーリーだからいいんだろ。ヤラセとか論外だよ」
近藤くんはまったく気にしていないようだ。
「ヤラセじゃないし、脚本があっての劇じゃなくて、本当にみんなが真剣勝負でやったオリジナルを本人たちが再現するんだから」
徳永くんも横から口をだす。
「俺は本田に賛成だな、やっぱり現場でのリアル人狼じゃないと」
それをきっかけにクラスのみんなが口々に意見を言い始めて収拾がつかなくなってきた。
本田くんの味方をする者のほうが圧倒的に多い。
まあ本田くんと近藤くんの人気指数を考えると妥当なところかもしれない。
それでも近藤くんは頑として意見を変えるつもりはなさそうだった。
「東野さんはどう思ってるの?」
「そうだよ東野さん、近藤にガツンと言ってやってくれよ」
「えっ、私?」
急に話を振られて東野さんが驚いた顔をする。
どちらの意見も一理あるなあと思って迷っていたのだ。
「ごめん、私は正直どっちがいいのかわからなくて」
「本田くんは演者の立場でリアルが一番面白いと言っているんだよね、それは私もわかる」
「でも近藤くんは演技には参加してなくて外から観てるわけだよね、言わば観客と同じ?」
「観客目線で一番面白かった回を、実際に見に来る観客にも見せてあげたいっていうのも舞台監督らしい意見だなって思うから、どっちが正しいとかじゃないかなって」
東野さんの意見を思案顔で聞いていた何人かは近藤派に意見を変えたみたいだ。
それで近藤派が盛り返して余計に収拾がつかなくなってきてしまった。
どうにも収拾がつかなくて誰ともなく、桜小路古都のほうを見た。
それにつられて皆が桜小路古都のほうを見る。
学園で一番の美少女は、さっきから全く議論に加わらないで「邪魔するな」オーラを満開にして自分の席に座って本を読んでいた。
この喧騒の中で平気で本を読んでいるというのも普通ではないけれど。
そこは桜小路古都なのでクラスの誰も驚かない。
みんなの目線を感じて東野さんが仕方なさそうに桜小路古都に訊いた。
「桜小路さんの意見はどうかな? リアル派、再現派?」
「何が?」
「えっ! さっきからのみんなの議論聞いてたでしょ」
「人が本を読んでいるのに煩いなとは思ったけど、本に集中していたから聞いていなかったわ」
これだけ騒いでいるのに全く聞いていないとはさすがわ桜小路さんだ。東野さんは目を丸くした。
「文化祭の人狼劇、リアルでやるのがいいか、今までの練習で一番よかったのを再現するのがいいか、今みんなで相談していたの」
「桜小路さんはどっちがいいと思う」
桜小路古都は思った。
自分も劇に参加するのだ、どちらにしろいい舞台になるに決まっている。
「どっちでもいいんじゃないの」
「えっ、そんなつれないこと言わないで、どっちがいいと思うか教えてよ」
「だからどっちでもいいと思うわ。私も頑張るつもりだしどちらにしろいい舞台になるんじゃない」
それを聞いて大半の者がうんうんと頷いている。
東野優子は思った。
こうこいう時の桜小路さんだけはあんまり好きじゃない。みんな桜小路さんの意見が聞きたいのに。
それで少しだけ意地悪に言ってみた。
「それじぁ私は桜小路さんの意見に従うわ、みんなもそれでどう?」
ほぼ同時にクラスの全員が頷いた。
本田くんも「桜小路がそれでいいって言うなら、俺はそれでいいよ」
近藤くんも「桜小路さんはプロデューサーだ、それが決めたことなら舞台監督としても反対はしない」
東野さんはにっこりと笑って桜小路古都に言った。
「ということで桜小路プロデユーサーの言う通りにするから決めてください」
桜小路古都は初めて面倒くさそうに本から目を離して、東野さんを見て、それから本田くんと近藤くんを見た。
「それじゃあ、本田くんと近藤くんでジャンケンして決めなさい」
東野さんがあわてている。
「ちょっと待って桜小路さん、いくらなんでもこんな大切なこと決めるのにジャンケンとか」
「もっとちゃんと意見を言ってよ」
桜小路古都はまったく表情も変えないで東野さんを見た。
「私の言う通りにするって言ったのは嘘だったの?」
「嘘って・・・、嘘じゃないけど、もっとちゃんと考えて欲しいというか」
「その言い方だと私が何にも考えていないと言いたいみたいね」
「いえ、そういうわけじゃなくて」
「近藤くんが舞台監督だよ、舞台のことは舞台監督が決める、プロデューサーじゃないわ」
「それじゃあ再現でやるってことでいいのね?」
「でも本田くんはこのチームでは人狼ゲームのエースでしょ、その看板役者がヤル気がでないのではいい舞台にはならないと思うわ」
誰もが看板役者は桜小路古都だと思ったけれど、口は挟まない。
「だから二人がジャンケンして決めたらと言っているの、そのほうが後腐れがないでしょ」
「本田くんも近藤くんも意見には信念もってるけど、ルールを決めてそれで決定したことなら自分の考えと違ってもそれでヤル気をなくすような男子じゃないことは私が知っているわ」
「タイプは違うけど二人とも爽やかな男子だからね」
「そういう二人ならジャンケンで決まれば、その方針の中で全力で取り組んでくれると信じてる」
心なしか本田くんも近藤くんも顔が赤い。
東野優子は思った。 桜小路さんは狡い。
そんなの桜小路さんに言われたら私だって尻尾ふっちゃうよ
クラス全員が見守るなか二人のジャンケン勝負が行われた。
結果は近藤くんの勝利。
本田くんは右手を出して握手を求めた。
「負けたのは残念だけど納得してした勝負だからな、俺も全力でやるから最高の劇にしてくれ舞台監督」
「本田くん、ありがとう。絶対いい舞台にしよう」
クラス中が拍手をして、ちょっとクサい芝居みたいな雰囲気になっているなか、桜小路古都はもうとっくに席に戻って、何事もなかったように読書に集中していた。




