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桜小路古都の日常  作者: 雅流
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肖像画の完成(3)

「桜小路さん、なんだかこの頃は機嫌が悪いわね、彼氏と喧嘩でもしたの?」


あいかわらず東野さんは遠慮もせずに気安く話しかけてくる。


「この学校に私にふさわしい彼氏になれるような男は存在しないわ、それに別に機嫌も悪くないし、他人の機嫌ばかり観測して東野さんは気象予報士でも目指しているのかしら」


「やっぱり機嫌悪いじゃない、先週まではあんなにご機嫌だったのにどうしたのよ?」


「どうもしないって言ってるでしょ、それより東野さん中間試験の準備は順調なの? 一年生のときより順位が下がっている気がするけど」


「まあ、桜小路さんがそんなことを言うなんて地震でも来るんじゃないかしら? 人の成績なんて気にすることもないのかと思ったわ」


そう言いながらも東野さんは慌てて席へと戻っていった。


桜小路古都は学年トップ以外はとったことがないし、他人の成績など気にしたことは一度もなかった。


東野さんには弱みを握られて何かと学校行事などにつきあわされたりするので、成績とかで何かつけいる隙があれば天敵の攻撃を反撃する材料になるかもしれないと考えて覚えていただけだ。


別に機嫌が悪いわけではない。


ただ確かに少しイライラはしているかもしれない。


あれ以来ずっと、あの絵のことが喉に棘でも刺さったままになっているかのように気になっている。


毎日あの絵を眺めるたびに、その気持ちはどんどん強くなっていた。


金曜日になるとイライラは最頂点に達していた。


遠慮し続けていた玲子さんにも半ば無理矢理にあの絵を見せてみた。


日頃の桜小路古都を一番良くわかっているのは玲子さんだ、両親にはわからない違和感も玲子さんならわかるかもしれない。


「とても良く描けていますね、お嬢様そのものだと思います。私は違和感は全く感じませんがお嬢様はそうではないのですか? 確かすごくいい出来栄えだと仰られていたと思いましたが」


「それは最初はそう思ったのよ、でも絶対この絵って何か違うじゃない。描きなおさせなきゃと思うんだけど、どこが違うのかがわからないのよ」


「そうですか、でも私にはやはりこの絵はお嬢様そのもののままとしか思えません。お役にたてず申し訳ありません」


玲子さんに謝られてしまった。


もうこうなっては、これ以上誰も相談する相手がいない。


でもきっと何か違うはずだ、もうこれは専門家に相談するしかないのかもしれない。


父に相談してみるとすぐに専門家の先生に連絡をしてくれた。


もう70歳を過ぎて今はあまり仕事をされていないということで、時間はあるらしい。


以前は父の仕事の関係で親しくしていたらしく、すぐに絵を見に来てくれることになった。


村森さんは70歳を過ぎているというが実際に会ってみると実際の年齢よりは随分と若く感じられるお爺さんだ。


写実的な画風で知られる画家で、以前は芸大などで教鞭をとっていたこともあるという美術教育者としても著名な先生らしい。


お爺さんは偉ぶったところなど全くない気さくな人でにこにことしながら桜小路古都に挨拶した。


「桜小路さんのお嬢さんというからどんな難しい顔をした娘さんかと思ったら、本当に物語の中から現れたかと思うような妖精のようなお嬢さんですな」


「お嬢さん、桜小路さんは事業は凄腕らしいが美術のほうはさっぱりだからね、私は桜小路さんよりはちょっとは絵のこともわかるから、まあどれほどお役にたてるかはわからないけれど、もし良かったらお嬢さんがモデルだという絵を見せていただこうかね」


「正直に言うと実はそんなに気乗りしないで来たんだけど、妖精のようなお嬢さんに会って、これは今の若い人が貴女をどんな風に描いたのかとても興味がでてきましたよ」


桜小路古都は小柄で気さくなお爺さん風の村森先生からただならぬオーラのようなものを感じていた。


「村森先生ありがとうございます、父が無理を言ってしまったようで申し訳ありませんでした。 でも私がどうしても気になってしまって父に無理を言ったのが原因なので悪いのは私です、お忙しいのに本当に申し訳ありませんでした」


「まあまあ若いのに随分としっかりしたお嬢さんですね、でもまあ挨拶はもういいでしょう、さっそくその絵を見せていただきましょうかね」


父がとりなすように横から言った。


「すみません、村森先生に高校生の絵を見ていただくとか失礼なお願いとは重々承知しているですが、つい親バカで」


桜小路古都は肖像画の置いてある部屋へと村森先生を案内して、北川くんの絵を見てもらった。


村森先生は絵の前に立つとしばらくの間じっと絵を見つめていたが、すっと絵に近づいて顔がつきそうな近距離から何事か調べるようにして見ていた。


それからまた少し離れて、しばらく見つめていたあと、桜小路古都のほうを振り向くとニコッと微笑んで訊いた。


「なるほど興味深い絵だね、それでお嬢さんはこんな爺さんにこの絵について何が訊きたいのかな?」


桜小路古都はまっすぐに村森先生を見つめて言った。


「この絵って、なにか私と違うと思うんです、でも誰に聞いても私そのままだというので納得がいかなくて、なんだかこの辺りに棘でも刺さっているみたいに気になってしまって」


「なるほどそういうことですか、そうでしたらお嬢さんへのお答えになるかはわかりませんが、私がこの絵を見て思ったことを率直にお話ししましょうかね、それでいいですか?」


「はい、なんでも思ったことを言っていただければそれだけで、この違和感が何なのか考える参考になるかもしれません」


村森先生はもう一度、桜小路古都にニカッと微笑んでから話し始めた。


「まずこの絵ですが高校生が描いたということですが、ざっくりと言うと、とても良く描けていると思います」


「ただしテクニックとか色使いという意味ではまだまだ勉強することがたくさんありそうですね」


「高校生でも、もっと色々な技法を駆使して描ける学生はたくさんいますよ」


「まあでも問題はないでしょう、この絵は商品にしたりコンテストに出すような絵ではないでしょうから」


「つまり、良い絵というのはテクニックとか色使いのうまさとかだったりだけではないということですね」


「それでは何か?ということですが、一言で言えば観る者に伝えたいことが伝わるように描かれているかということにつきるのではないかと私は考えています」


「そうですね、こんな絵を見たのはミュンヘンでカディンスキーの描いたガブリエレを見たとき以来でしょうか」


桜小路古都は興味深そうに訊いた。


「その絵はどんな絵だったのでしょう?」


「まあ皆さんはご存じないかもしれませんが、カディンスキーはたくさんの抽象画を描いた画家です」


「それなので彼が描いた肖像画というのは大変珍しい」


「カディンスキーとガブリエラは絵画の教師と教え子という関係でしたが、しだいに仲が深まって恋人となりました」


「とても清楚に美しく描かれた作品で、決して情熱的なイメージの絵ではないのですが、画家の彼女への深い尊敬と愛情、そして一切そのような表現はないのにそこはかとない欲情を感じさせる作品ですね」


「とても有名、と言える作品ではありませんが私は好きな作品ですね、でもたぶんカディンスキーはその絵を売る目的で描いたとは私には思えません」


父が急に憤然としたように横から口を出した。


「つまり、そのカディンスキーと同じように、この絵を描いた少年はうちの古都に恋していて欲情も持っているということですか先生?」


「それはご本人に会ったことがないので私にはわかりませんが、この絵は先ほども言ったように専門的な意味でいうと全く話になりませんが、私には一目で描いた人間のモデルに対する深い尊敬とかすかな欲情を感じますね」


「そしてそれは父親である桜小路さんが憤慨されるような関係ではないと思いますよ」


「こんな静かに美しく、それでいて燃えるような気持ちを表していて、この程度の技量しかないというのに、これだけ明確に伝えたいことを伝えてくる作品は珍しい」


「画家とモデルが肉体的な関係ではなく、もっと高い次元で触れあっている、それが一目でわかる作品です。お嬢さんは良いお友達をもたれているようだ」


父はそれでも不満そうだったけれど村本先生相手にそれ以上は言えないようだった。


村本先生が帰られて、肖像画を眺めながら桜小路古都は考えていた。


「北川くんの恋心は当たり前で、それは最初からよく判っているけれど、かすかすな欲情というのはこの絵の下に下着姿の絵があるからかしら? いくら専門家でもそこまではわからないわよね?」


「ふうん、ただすまして座っているのをそのまま描いただけに見えるけれど専門家にはそういう風に見えるのね」


それにしても、どうして私はこの絵を見ると違和感を感じるのかしら?


この絵に恋心が描かれていたとしても、男の子に恋心を抱かれるのなんて空気を吸うくらいに日常茶飯事のことだし。


村本先生のお話はわかりやすかったけれど、やっぱりこのモヤモヤの原因はわからないわ。


ただ「そうかそんなにも私のことが好きなのか」と考えると悪い気はしなかった。


そう思って見ると、なんだかまた気持ちが明るくなってきたような気もする。


「でもやっぱり何かモヤモヤするわね」


そんなことを考えながら桜小路古都の夜はふけていくのだった。



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