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桜小路古都の日常  作者: 雅流
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肖像画の完成(2)

休み時間にクラス委員長の東野洋子さんが話しかけてきた。


桜小路古都は休み時間の間も持参した本をこれみよがしに机にのせて読み、近づくな、話しかけるなオーラを全開にしている。


それを気にしないで、なんでもないことのように話しかけてくるのは東野さんくらいのものだ。


東野さんには小学生時代の悪行を知られているという負い目がある。


一年生の時も同じクラスだったし、二年生になってクラス替えがあったというのによりによって絶対に一緒になりたくない東野さんとまた同じクラスになってしまった。


「桜小路さん、なんだかこの頃すごく機嫌がいいわね。何かいいことでもあったの?」


「別にいつもと変らないわ、なんだかその言い方だと私がいつも機嫌の悪い顔をしているみたいに聞こえるじゃない」


「別にいつもが機嫌悪そうっていうわけではないけど、なんか嬉しそうな顔をしているって言うか、もしかして先週、三年の相沢先輩に告白されていたっていう噂だけど、そのせい?」


「ああ、あの猿顔の男、相沢っていうのね、受験シーズンだっていうのに後輩女子に告白とか暇にしても程があるわ、だからK大くらいにしか入れないのよ」


「もちろん秒でおことわりさせていただきましたわ、名前も知りませんでしたし」


「そうかあ、やっぱりゴメンナサイしたんだ。親も病院経営しててK大医学部の優良物件なのに勿体ないなあ」


「親の職業やどこの大学に入ったかで人の価値は決まりませんわ」


桜小路古都の最後のセリフを聞いて遠巻きに聞き耳をたてていたクラスメイトたちが目をキラキラうるうるさせながら、うんうんと頷いているのに、桜小路古都自身は全く気付いていなかった。


「桜小路さんなら、まあそう言うわよねえ。どんだけハードル高いんだか」


「でもそれなら、そんなに機嫌がいい理由はなんなのよ、気になるじゃない、意地悪しないで教えてよ」


東野さんはいつもは優しくて気遣いのできる天使のような生徒なのだけれど、どうしてこうも私にだけは押しが強いのだろうと桜小路古都は溜息をつきたい思いだった。


機嫌がいいと言われる理由には実は思い当たるふしがないではない。


毎日、帰宅して食事や勉強に向かう前に最初にあの絵を眺めている。


そうするとなんだか気持ちが明るくなって、すっきりした気持ちで食事や勉強に向かえるのだ。


だけれどそんなことを東野さんに教えてやるつもりはサラサラない、それでなくても弱みを握られているというのに、男子と二人きりで下着姿でモデルをしていたなどと知られたら、どんな無理難題を押し付けらるかわかったものではないのだ。


「別に理由なんかないわ、しいて言えばクラスが変わって皆さん気持ちの良さそうな方ばかりだからではないかしら」


まったく心にもないことを平気でいえるのも桜小路古都の才能のひとつだ。


けれども桜小路古都のその一言でクラス中がパッと明るくなったような感じがした。


「そう、確かにいい感じのクラスよね、イジメとかしそうな人もいないし」


東野さんはなんとなく納得していない表情だったけれど、次の授業が始まるので席にもどっていった。


桜小路古都はこの一週間、毎日帰宅すると真っ先にあの絵を眺めている、今日も家に帰るのがとても楽しみだった。


いつものように学校の近くの駐車場で運転手の玲子さんが待っていた。


本業は家政婦だというのに玲子さんの運転は本当に滑らかで安全運転だ。


うっかりして考え事などしていると気づかないうちに家に着いてしまっているくらいなのだ。


それが今日は車を運転しながら、なぜかキヨロキョロしている。


桜小路古都は早く帰って絵を眺めることしか考えていなかったのだけれど、玲子さんに絵が完成したことを伝えていなかったことを思いだした。


今日は金曜日、玲子さんは四菱銀行のあたりに北川くんが見当たらないのでキョロキョロしているのだ。


「ごめん玲子さん、言い忘れてた。 実はあの絵完成したの。」


「だから今日からはもう北川くん家には来ないから」


「あっ、そうでしたか。それは残念ですね。あっ、いえ、絵が完成したのでしたら「よかったですね」でしたか、失礼いたしました]


「玲子さんには見せてもいいかなあ。すっごくいい出来栄えなのよ、毎日帰って眺めるのが楽しみなの」


「なるほどそれでここのところとても機嫌がよろしかったのですね」


「それ友達にも言われたわ、私そんなに機嫌がよさそうだった?」


「そうですね、家に帰られるのを楽しみにされているのは判りました、車の中ではいつも本を読まれたり考え事をされたりしているのに、ずっと前を向かれて信号などを気にされていたので余程早くお帰りになりたいのだなとは思っていました」


「そんなにその絵が気にいられたのなら、それは機嫌がいいわけですね、でも完成したとなるとあの男の子がもう来なくなるというは寂しいですねえ」


「なんで? 北川くんは絵を描くために家に来ていたのよ、絵が完成して、しかもとても良い出来栄えだったのなら役目は果たしたわけだから来なくなるのは当然で寂しいとかそんなことはないわ」


「そうでしたか、それならよろしいのですが。でも絵を見せていただくのはご遠慮させていただきます、本当はとても見てみたい気持ちはあるのですが、そこまでプライベートに踏み込むのは家政婦の領分を超えていますので」


「家政婦の領分とか関係ないのに、父や母は全然家にいないし、よっぽど玲子さんのほうが家族のようなものだわ」


「ありがとうございます、もし私が家政婦をやめた後に、それでもお嬢様が同じように思っていただく時があったなら、その時には是非見せていただきたいと思います」


「えっ、玲子さん家の家政婦辞めちゃうの? 私はそれは絶対に嫌だわ」


「辞めませんよ、私はお嬢様にお仕えさせていただくのが楽しくてなりませんから。今のはもしそういうときが来たらという仮定の話です」


「よかった、びっりした。北川くんなんか来なくなっても全然平気だけど玲子さんがいなくなったら死ぬほど寂しいもの」


「ありがとうございます、でもお嬢さま、もうお屋敷につきますよ」


車を降りると一目散に玄関の門へと走っていく桜小路古都を見て片桐玲子は微笑んで目を細めていた。


毎週モデルをしていたので慣れてしまったというか、金曜日だというのに帰宅しても予定が何もないというのはなんだか変な感じね。


そんなことを考えながら、桜小路古都はいつものように肖像画の前にたった。


自分の絵だというのに何度見ても見飽きない不思議な絵だ。


なんだろう、この絵の私って本当に天使みたい。


昨日まではそれが逆にとても楽しく思えたのだけれど、なんだかそう思ってみると気になってくる。


書斎の大きな鏡の前に椅子を持っていって座ってみた。


あの絵と同じポーズをとってすましてみる。


あの絵の中の自分とそっくりそのままの自分がそこにはいた、あのとりすました笑っているような怒っているような、とぢらともいえない微妙な表情もそっくりそのままだった。


もう一度、絵の前に戻ってじっくりと眺めてみる。


全く同じだ、なんという写実的な絵なんだろう。高校生が描いたとはとても思えないくらいだ。


「でも、なんか違う。実物の私とこの絵は何かが違う気がする」


何度も鏡と絵の前を行き来して比べて見たけれど、何が違うのかはわからなかった。


気のせいなのかもしれない。


そう考えて、桜小路古都は入浴のために浴室へと向かったけれど、湯舟のなかでくつろいでいても、食事をしていても、勉強をしていても、何かもやもやとしたものが心の中に渦を巻いているような気がした。


その週末は本当に久し振りに両親が揃って家にいた。


日曜日の午後には二人とも出かけてしまう予定だけれど、土曜日だけでも一日両親が揃って家にいるなどというのは何年ぶりのことだろう。


桜小路古都が絵のことを話したので、そのせいで両親とも他の予定をキャンセルまでして土曜日をあけてくれたようだ。


母は絵はそんなに一生懸命見ている感じではなかったけれど褒めてくれた、それよりも娘のクラスメイトがどんな奴なのかということのほうが気になったようだ。


「とても素敵な絵ね。良く描けていると思うわ。でもこの絵を描いた男の子ってどんな子なの? 古都ちゃんと特別なおつきあいをしているのかしら」


「ただのクラスメイトだよ、前にも言ったじゃない」


「それは聞いたけど子供の遊びのようなものだと思っていたのよ、こんな本格的な絵だとは思わなかったから。 ここまで本気で描くって古都ちゃんに特別な気持ちとか持っているのではないかしら」


「それは向こうはそうよ、私はモテるのよ、クラスの男の子で私に特別な気持ちを持っていない男の子なんて数えるほどしかいないわ」


「でも特別じゃないわ、毎週絵を描きに来ていたってだけ。学校とここ以外で会ったことも一度もないし」


父親は母よりはずっとしげしげと絵を観察するように見ていた。


「本当に高校生の絵とは思えないな。美大を目指していると言ったか。」


「もちろんとてもよく描けていると思うけれどそれだけじゃない、なんというか古都の人間性というか素晴らしさが溢れてくるような絵だ。 いい絵だね。」


「プロの画家を目指しているのなら、本人が希望するのなら専門家に紹介してあげてもいいよ。この絵のお礼だ」


「お父さんありがとう、でも本人は今は美大の受験でいっぱいいっぱいみたいだから、それはいつか機会があったらでいいと思うわ」


「そうか、それならそういう機会があったら遠慮しないで言いなさい」


「うんわかった」


「でもお父さんお母さん、この絵って、何か私と雰囲気違わない? なんだか違う気がするのよ」


「いや、そんなことはないと思う。何というか外面だけでなく内面まで本人そのままだと思わせるような絵だよ」


「私もそう思うわ、可愛らしい古都ちゃんそのままの絵よ」


「そうかなあ、まあ二人がそう言うのならそうなんだろうね、自分のことだから変な感じがするのかな」


両親はそれを聞いて頷きながら微笑んでいた。


忙しくてすれ違いばかりだし、もしかすると浮気とかも時にはしているかもしれないけれど基本的には仲のいい夫婦なのだと思う。


「まあコンテストに出すとか売るとかでもないなら必要ないだろうけど、専門家に見てもらいたいとかがあったら言いなさい」


「お父さんありがとう、でもそれは必要ないかな。私だけの絵だから」


土曜日の夕食は久しぶりに超豪華版だった、なにしろ母が全部準備して料理したのだ。


なんのパーティーか晩餐会だと思うような料理が食べきれないくらい並んだ。


父は一本何十万円もするワインをあけて、母に悪趣味だと非難されていたけれど、母が一番うれしそうに飲んでいたように思う。


こんな団欒が久しぶりに味わえるなんて、それだけでもあの絵には感謝だなと桜小路古都は思った。


でも、あの絵に違和感を覚えるのは自分だけなのだろうか、それはやはり気になるところだった。


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