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桜小路古都の日常  作者: 雅流
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肖像画の完成


放課後、いつものように四菱銀行の前に立っている北川くんを運転手の玲子さんに拾ってもらう。


北川くんは桜小路古都がアオハル学園にはいって始めたモブ男救済プロジェクトの対象第一号の男子生徒だ。


毎週金曜日に北川くんが私の肖像画を描きにくるようになってから既に一年以上が過ぎている。


4月になってクラス替えがあり、北川くんとは別々のクラスになってしまったけれど、それでも関係なく毎週の画家とモデルの時間は続いている。


桜小路古都もこの一年間、絵を描いてくれる北川くんの前に下着だけの姿で椅子に腰かけてモデルを続けてきた。


最初は「椅子に座っていればいいだけのモデルでしょ」と軽く考えていたのだけれど、実際に画家の前に肌を晒してそれが絵に描かれていると思うと、少しでもきれいに描かれたいと思ってしまうのが乙女心というものだ。


桜小路古都もモデルを始めてから今まで以上に、産毛の処理を丁寧にしたり、入浴のあとは化粧水とボディークリームで全身保湿をはかったり、朝のストレッチにヨガを取り入れたりとなんだかんだ大変だった。


けれども実は絵がどのくらい進行しているのか、いつ頃完成しそうなのか、うまく描けているのかというようなことを桜小路古都はまったく知らなかった。


絵を描き始めたころは、いつも時間が終わると北川くんはその日に書いたところまでの絵を見せてくれたのたけれど、ある日を境にいっさい見せてくれなくなってしまったからだ。


「今日からは完成するまで誰にもこの絵は見せない」と宣言されてしまい、制作の時間が終わって帰る時には絵には布をかけてしまい見せてくれなかった。


もちろんここは桜小路古都の部屋なのでこっそり見ようと思えば見ることは簡単にできた。


でも桜小路古都には何かをこそこそと行なうという思考そのものが頭の中にになかった。


もし本当に見たいのなら「いいから見せて」と宣言するだけだ、生まれてからずっとそうしてきたし、それで希望のとおりにならなかったことは一度もない。


「完成するまで誰にもこの絵は見せない」と北川くんが言ったときに、桜小路古都はそれを嬉しく感じたのだ。


桜小路古都に対して本人の意志も確認しないで何かを宣言する人間は滅多にいない。


あの宣言を聞いて、ああ北川くんはもうモブ男ではないのだなと思った。


それが嬉しかったので桜小路古都は北川くんの意志を尊重したいと思ったのだ。


そして桜小路古都は一度決心したことは余程のことがないかぎり意志を曲げない人間だった。


制作部屋に入ると、いつものように北川くんは架台に乗せたキャンパスを覆った布をはずした。


「それじゃあ着替えてくるね」


桜小路古都は最初のころはその場で服を脱いでいたのだけれど、いつからか北川くんが着替えをガン見していないのに気づいて、それからは別室で着替えてくるようにしていた。


けれども今日は珍しく北川くんが声を発した。


この一年間ほとんどずっと無言で、ひたすら絵に向かって没頭していたのだ。


彼のほうから声をかけるというのは本当に珍しいことだ。


「桜小路さん、今日は着替えなくていいから、そのまま椅子に座ってくれる?」


「いいけど、どうして?」


「うん、実は絵はもう先週に完成しているんだ、今日は絵の具が乾いたところで本当にもう手をいれるところがないか確認したいだけだったから」


「えっ、完成したの?」


「うん、完成した。 今、最後のチェックをしたけどこれで完成で問題ない、というか僕にはこれ以上は手がいれられない」


「本当に完成したんだ。 今までありがとう」


「お礼を言うのは僕のほうだよ、桜小路さんをモデルに描けるなんてピカソだって羨ましくて涎をこぼすと思う」


「あいかわらず大げさね、それに随分とお世辞も上手になったじゃない」


「でも桜小路さん、本当はお世辞だと思ってないんでしょ」


「あら、良くわかってるわね。そうよ私をモデルに描けるなんて誰にでもさせることじゃないわ」


「それはそうだね、僕の一生の思い出になるよ」


「それじゃあ完成したのなら出来栄えを見せてもらってもいいかしら」


「もちろんいいよ、光の加減もあるからこの場所のままがいいと思う、こっちへ来て見てもらえるかな」


桜小路古都は椅子からたちあがるとキャンパスの架台の向こうへと回り込んで絵の正面に立った。


そこにもう一人の桜小路古都がいるのではないかと思うような写実的な描かれ方でキャンパスの中に静かに椅子に腰かける桜小路古都がいた。


桜小路古都はしばらくの間無言でじっとその絵を見つめていた。


「さすがね、北川くんに頼んでよかったわ」


「そう? 気にいってくれたのならよかったよ」


「でもひとつだけ言わせて、なんで服を着てるのよ?」


キャンパスの中ではいつもの制服姿の桜小路古都がすました顔で椅子に腰かけていた。


「桜小路さん、高校生は女の子が一番美しい時間だから、その絵を残したいと言ったでしょ」


「僕にとって一番美しい桜小路さんそのものを描いたらこうなっちゃったんだ」


そうか、制服姿で教室にいる私が一番きれいなのか、そう言われると満更悪い気もしない。


だけどそれだと今まで恥ずかしいのを我慢して下着姿でモデルやってたのは無駄だったってこと?


「でも、それなら毎週毎週、下着姿になる必要なかったじゃない。あんたが見たいだけの為に騙して下着姿を続けさせてたってことだよね?」


「桜小路さんが下着姿を描けって言ったのに、制服姿を描いていると知れると、もう描かせてくれないんじゃないかと思って制服のままでいいって言えなかったんだよ、本当にごめん」


「なるほどそれで途中から絵を見せてくれなくなったのはそういう理由だったのね、だけど下着姿のも途中までかなり進んでいたと思うんだけど、あの絵はどうしたの? まさか捨てちゃったんじゃないでしょうね?」


「桜小路さんが下着姿のモデルまでしてくれたんだ、あの絵はあの絵でちゃんと完成させたよ」


「この絵に負けないくらいの自信もある」


「それじゃあ、その絵も見せてよ」


「ごめん、でもあの絵はもうないんだ。 実は去年の終わりくらいには完成して僕としては桜小路さんの美しさをそのまま描けたと思ったんだけど、誰にも見せたくなくなっちゃって」


「完成したあの絵の上に今の制服姿の絵を描いたんだよ、あの絵は今の絵の下にある」


「上塗りしちゃったってこと? あんなに一生懸命に描いてたのに勿体ないじゃない、なんでそんなことしたのよ」


「だから誰にも見せたくなかったんだよ、あの絵の桜小路さんはこの世界で僕だけが知っている桜小路さんだ、だから誰にも見せたくなくなっちゃった」


「何それ、嫉妬ってこと? 誰に見せたいか見せたくないかは北川くんじゃなくて私が決めることよ、嫉妬とかそんなくだらない理由であんなに一生懸命に描いた絵を消しちゃったの? 馬鹿じゃない?」


「嫉妬と言われるとそうかもしれないけれど、もうひとつは嘘じゃなくて本当に今の、高校生の今の桜小路さんが一番輝いているのがあの制服姿だと思ったからどうしても描きたかったんだ。それと画家が本当に一番自分にとって大切な作品を別の絵の下に隠すのは昔からある方法なんだ」


「そう、わかったわ、今の高校生の私を北川くんの高校生の目で描いてほしいと言ったのは私だからね、それが制服姿だというならこれ以上は文句は言わないわ」


「ふうんこの下に下着姿の絵があるのか、そう思うとちょっとドキドキするね、まあこの制服の絵も自分以外の誰にも見せるつもりはないんだけどさ」


桜小路古都はそう言ってもう一度じっとその絵を見つめた。


鏡を見るように制服姿のもう一人の自分がそこにいる。


確かにデフォルメもされてもいない過美にも描かれていない写実的な絵だと思う。


でもじっとその絵を眺めていると、なんだか現実の自分とは違う気がしてくるのだ。


すましていて微笑んでいるわけでもない、それなのにどことなく優しいというか、自分で言うのもなんたけれど、なんというか天使のような感じがする。


ふうん、これが北川くんに見えている私なんだ。


「ありがとう、気にいったわ。 それじゃあ制作は今日で終りね」


「お茶をいれるわ、最後に一緒に飲みましょう」


北川くんが帰っていったあとも、勉強をするのも忘れて桜小路古都はずっとその絵を見つめていた。

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