バレンタンデーの手作りチョコ
冬休みが明けて3学期が始まったけれど桜小路古都の今年は一か月があっという間に過ぎようとしている。
なぜあっという間に1月も終わりに近づいているかというと桜小路古都にしては本当に珍しいことだけれど課題に悪戦苦闘しているのだ。
ことの起こりは桜小路古都の中の前世の人格である私がモブ救済プロジェクトの一環としてバレンタインデーにモブ男どもにチョコレートをプレゼントしようと思いたったことにある。
前世の私はその35年の人生の中でバレンタインデーに義理チョコ以外のチョコレートをもらったことがない。
バレンタインデーこそはカースト男子とモブ男がはっきりと選別される残酷かつ厳正な儀式といえるだろう。
桜小路古都に本命はいないので本命チョコを渡す相手はいないけれど、本命っぽい手作りチョコでも渡してあげればモブ男たちの元気づけにはなるだろう。
ということで桜小路古都はバレンタインデーにチョコをプレゼントすることに決めた。
ところで実際のところ桜小路古都は人生のなかでバレンタインデーで誰かにチョコレートを渡したという経験が全くない。
誰に対しても無駄な媚は売らない性格なのだ。
義理チョコさえも誰かに渡したという経験がなかった。
女の子なら父親に義理チョコくらい渡してもよさそうなものだけれど、なぜか桜小路古都の両親はバレンタインデーになると山盛りのベルギー産高級チョコを娘にプレゼントするという習慣を慣行としていて、逆に自分のほうがプレゼントするという機会に一度も恵まれなかったのだ。
35歳素人童貞の前世の私の考えでは手作りチョコレートとは市販のブロックチョコレートを溶かして型に流して整形したりしたものを言う。
モブ男相手であればそこまでしなくともトリュフチョコレートで買ってきて手の上で転がして少し不格好にしたやつを包み紙だけ替えた程度でも十分だろうと思う。
桜小路古都からのバレンタインチョコとなれば、それでもモブ男たちは狂喜乱舞するはずだ。
けれども私の中にいる元からの桜小路古都の考え方はそれとは全く違っていた。
手作りチョコというからには正真正銘「手作り」しなければならない、それが正義というものだ。
それが今まで誰にもチョコをプレゼントしたことがない、もう一つの理由だった。
そんなわけで二つの人格が融合した桜小路古都の結論としてバレンタインにはカカオ豆から製造した正真正銘の手作りチョコを渡すということになってしまった。
しかし、素人がカカオ豆からチョコを制作するなどということが可能だろうか?
簡単にはいかないだろうということだけは明白だった。
いきなり本番ではなくて試作は絶対に必要だろう。
いまのところ、その場合に製造に要する日数すらもわからないのだ。
そういうわけで新年早々から手作りチョコレートの制作にとりかかったのだった。
調べてみると原料のカカオ豆は意外と簡単にネット通販で購入できることがわかった。
チョコレート用のカカオ豆は収穫してから発酵させたり、カラカラに乾燥させたりということが必要なのだけれど、そういうのは全部終了した、そのままチョコ作りに使用できる状態のカカオ豆が売っている。
カカオ豆が届いたので作業を始める。
最初にカカオ豆を焙煎する。
コクと苦みを出してチョコレートらしくするためだ。
ネットではフライパンなどで焙煎する方法なども載っていたが、それではどうも上手くいきそうもないので、コーヒーや茶葉を焙煎するのに使うロースターをネットで買って使用した。
ドラムの中にカカオ豆を入れて、商店街の抽選機みたいにハンドルでガラガラと回しながら下から携帯ガスコンロで加熱する。
90℃で30分くらいというのが目安らしいのだけれど90℃というのがどんな感じなのかがそもそも良くわからない。
カカオ豆は5kgで2万円というのを買ってあるので多少の失敗では足りなくなることはないだろうと試行錯誤してみた。
慣れるとコツがわかってきて出来具合も香ばしい良い匂いがしてきたら完成ということで時間を計るよりもその方が良さそうだった。
次はそれを冷ましたカカオ豆の皮を剥くのだけれど上手にローストされていれば皮はパリパリと簡単に剥けるので楽しい作業だ。
このローストされた果肉を砕いて湯煎にかけて温めながら、すり鉢ですり下ろしてドロドロになってきたのを根気よく練り上げればチョコの原液が完成する。
しかしこれが大変な作業だった。
すり鉢にスリコギで潰していくのにけっこうな力がいる。
ずっと摺っていると段々と熱で油分が溶けてドロドロになっていくのだけれど、それが滑らかになるまで6時間くらいかかった。
腕はパンパンですでに感覚がない。
このドロドロのやつをカカオマスというらしい。
これに砂糖を加えて型に入れて冷まして固めればチョコレートの出来上がりだ。
思いのほか恰好よくできた。
お店で売っている高級チョコと言ってもバレなそうなくらいの出来栄えだ。
試しにお味のほうは・・・・・・・。
苦い!!!
超ビターだ。
これはミルクチョコレートにしたほうがいいかもしれない。
そして。。。食感がザラザラだ、なんだか粒が残っているような感じ。
あれだけ練ったけれどまだ足りなかったようだ。
味のほうはともかく、まずこの粒粒ザラザラ感をなんとかしないと、とても他人にプレゼントするような代物ではない。
ということですり鉢で徹底的に練ることにした。
自分一人では到底無理なので我が家のお手伝いの玲子さんにも手伝ってもらって、延べ12時間くらい練ってみた。
見た目は本当に滑らかな感じ、良さそうかも。
食べてみる。
ザラザラ粒粒だ。
多少はましになったけれどショコラティエへの道は簡単ではないらしい。
いよいよ本格的に調べてみた。
結論としてお店で売っているような滑らかなチョコレートはすり鉢では無理だということが判った。
コンチングマシンという温度を40℃~℃に保ちながら攪拌して練る機械で72時間とか練る必要があるらしい。
そしてそのカカオマスを抽出機にかけて油分だけを抽出する。
その油がカカオバターというらしい。
原液のカカオマスにカカオバターを加えて混ぜることで滑らかさが増すということらしい。
コンチングマシンを調べたら1億円くらいするということがわかった。
父に頼めば買ってもらえるかもしれないが、モブ男への義理チョコのために1億円のマシンはいくらなんでもやりすぎだろう。
気持が挫けそうになったけれど更に詳しく調べてみた。
その結果、メリンジャーという湯煎と撹拌機を組み合わせた調理器で代用ができることがわかった。
業務用の大量生産は無理だけどご家庭の少量生産ならこれで十分だ。
しかもなんとチョコレート製造に特化したチョコレートマシンなるものまである。
これなら15万円くらいでネットでも買えるらしい。
抽出機も5万円くらいで小型ののものがネットで買える。
慌てて1億円のマシンを買わないでよかった。
ついにチョコレート製造一式が揃った。
ローストして皮を剥き、すり鉢で砕いたカカオ豆をチョコレートマシンに入れて72時間練る。
いったい電気代はいくらかかっているのだろう?
練りあがったドロドロのカカオマスの半分を抽出機にかけてカカオバターを抽出する。
カカオマスとカカオバター、それに粉乳、大量の砂糖を加えてさらにチョコレートマシンで練る。
さあいよいよだ。
それを型に詰めて冷やして出来上がり。
・・・ん?
なんだこれは。
白い皺のようなものが。
どうやら冷却するときに成分が分離して白いひび割れみたいな縞々ができてしまったらしい。
何回やっても同じだ。
それでまたもう一度調べてみる。
チョコレート製造の仕上げにはテンパリングなるものが必要だということがわかった。
そう言えば映画の中の美人のショコラティエが広いテーブルの上でチョコレートを長いヘラみたいなもので延ばしているのを見たような気がする。
つまり温かいチョコレート液を冷ましていくのに微妙な温度管理が必要ということらしい。
そんな職人芸が素人にできるわけがない。
しかしネット通販は万能だ。
テンパリングマシンなるものがネット通販で手に入る。
3万円くらいとけっこう安い。
それからもなんだかんだと試行錯誤を繰り返し、ついに満足いく出来の手作りチョコレートが完成したのは2月のはじめだった。
カカオ豆、ロースター機、チョコレートマシン、抽出機、テンパリングマシン、すり鉢その他の各種調理器具。
なんだかんだで30~40万円はかかっている。
そして何よりも私の人件費が膨大にかかっている。
たぶん百貨店の特設コーナーで売っている数量限定・予約必須のベルギー人有名ショコラティエ作成の高級チョコレートよりも断然に原価はかかっているだろう。
最初はモブ男5人くらいにあげるつもりだったのだけれど、一個あたりの単価を下げるために大量作成したのでクラスの男子全員にあげることにした。
クラス委員長の東野さんがやってきて、他の女子の本命チョコが渡しにくくなるから来年からは義理チョコはやめてくれと言われてしまった。
言われなくても、もう二度と手作りチョコはしないだろう。
もしどうしてもバレンタインにプレゼントしなければならないとしたら、手作りチョコレートよりもエッチ一回にするほうがよっぽど楽だなどと思ってしまう。
セイント先生にもプレゼントしてあげたかったけれど、オンラインではなくてリアルで会うとチョコレートだけではなくてエッチもプレゼントさせられてしまいそうなのでやめておいた。
いつもバレンタインデーは無視していた元の桜小路古都のほうが正しかったと思い知った一か月だった。
でもモブ男たちは喜んでいたから良しとしよう。




