文化祭の思い出
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
文化祭といえば、学校生活における大きな行事の1つ。
体育祭と並ぶ大きなイベントで、学年問わず各クラスが知恵を出し合い、それぞれに出し物や売店で盛り上げようと頑張る。
他校生や卒業生にも楽しんでもらえる、自由度の高いイベント。
催し物を考えるのが面倒くさかったり、準備にも時間がかかる。何もしない奴は、初めからいなかったように何もせず、真面目に頑張る者達は、放課後の居残り作業で恋が生まれたりもして…。
そんな文化祭当日を迎えた、とある高校での出来事。
★
生徒会副会長の清家美蝶は、自他共に認める【ガリ勉】っ娘。
文化祭の実行副委員長の任に就き、生徒会長を補佐しつつ、各クラスや部活毎に計画された催し物を取り纏めてスケジュールを組んだり、教室の割り振りなどの各種調整を行って、遂にこの日を迎えた。
「清家さん。お疲れ様」
文化祭開始直前、生徒会が会議に使う一室で、生徒会長の馬場崎くんに労いの言葉をかけられた。
高校最後の生活文化祭を成功させるために、生徒会は一致団結して活動してきた。さっきまで全員が集まって、今日の動きについて確認をしていた。
「馬場崎君こそ。それに、まだ終わってないからね」
「そうだね。無事に終わってくれるといいけど」
「一生徒として、私たちも楽しみましょう」
「あとは、先生達に任せようか。無事に終わったら、また此処に集合で」
「わかってる」
無事に文化祭が終わり、撤収まで済んだなら、生徒会だけでささやかな打ち上げをやろうと皆で決めていた。
さぁ、いよいよ開始時間を迎える。私も部室に行かなくちゃ。
英会話部に所属している私は、副部長も務めている。主に、ALTや英語教師と英会話の勉強をするだけの地味な部活。
そんな私達も、今日は部活動の成果を発揮するいい機会。学校近郊には、外国人が多く居住していて、文化祭に訪れてくれた人達の案内や、催しの説明を任されている。
部室に到着すると、部長であり友人の陽菜が、部員達のざっくりした担当を割り振っているところだった。
「というわけで、それぞれ文化祭を楽しみつつ、部活の成果を見せましょう!外国の方と話せる良い機会でもあります。失敗を恐れず、積極的に話して!」
「「「はい!」」」
「どうしようもないと思ったら、直ぐに私か美蝶にケータイで連絡して」
「「「わかりました!」」」
部員は3年生から1年生まで全部で10人。それぞれに動き出す。
「美蝶。遅いよ」
「ごめん。生徒会の話が少し長引いて」
「それは別にいいけど、美蝶も頑張ってね。生徒会と兼任で忙しいだろうけど」
「うん」
「基本的にこっちは任せなさい!でも、困ったときは頼むから!」
「できる限り頑張る!」
笑顔で陽菜と別れ、持ち場に向かうと既に開場していて、後輩達は訪れた外国人と会話していた。その姿は堂々としたもので、心配いらなそう。
今日のために準備していた飲食店も好調そうで、早くも列ができ始めている店も。
私達の学校はマンモス校で、生徒数は県内1位。プロスポーツ選手や、芸能人も多く輩出する有名校。
入場に制限も無く、多種多様な催しを計画するので、文化祭は毎年大きな盛り上がりを見せる。
さぁ、私も学校の一員として頑張ろう。
外国人の案内をこなしつつ、見える範囲で文化祭を楽しむ。
そろそろ正午を迎えるけれど、今のところ大盛況で、それぞれ準備してきた甲斐があるだろうなぁ。交代で昼ご飯を食べる余裕があるかな。
私もお腹が空いてきたなぁ。ちょっと休憩して、何かしら生徒の売り物を食べようか……と考えたところで、あることを思い出す。
そういえば…そろそろ彼の出番のはず。
★
今から2カ月くらい前。
「清家さん。英語を教えて欲しいんだけど」
別のクラスで、話したこともない男子に突然廊下で話しかけられた。
彼が同学年の柴田拓也君だと知ったのは、彼と同じクラスの陽菜が教えてくれたから。陽菜曰く「全然喋らないし、よくわからない男子」らしく、私は見たことすらなかった。
私と同じく瓶底眼鏡をかけ、黒髪をピシッと七三に分けた地味な風貌は、真面目な学生に見えたけど、何故か親近感を覚えなかった。
「教えるのは構わないけど、なんで?」
「文化祭の出し物に協力して欲しい。嫌なら他の人に頼むから」
「嫌じゃないけど…」
『文化祭のため』と言われて断るのは、私の立場では勇気がいる。そもそも、嫌と言えない性格。
「教えるって、どんなこと?」
「英訳と、発音を教えて欲しいんだ」
「その位で良ければ」
「ありがとう。君ができる時だけでいい」
その後、柴田君とは放課後に何度か英語の勉強をした。今思えば、『教える』というより『依頼された』感じだったけれど。
柴田君は「英語の成績は良くない」と言っていたのに、驚くべきスピードで英訳と発音を修得した。だから、教えたのはたったの三日間だけ。きっと謙虚な性格なんだろう。
ほんとに口数が少なくて、何故英訳と発音を学びたいのか、最後まで教えてくれることはなかった。
それ以降、彼とは話してなかったけど、数日前に再び廊下で話しかけられた。
「文化祭当日、12時半から体育館で出し物をやるから、見に来て欲しい」
意外な誘いだった。
「私も当日は忙しいから無理かも」と正直に答えると、「構わない。伝えたかっただけだから」と彼は笑った。
★
時間はまだ正午過ぎ。今から体育館に向かえば間に合う。
どうしよう…。
休憩できる時間は少ない。来場者も増え続けて、ちらほらトラブルも起こってる。食事できるチャンスは今だけかも。
「美蝶。お疲れさま。そろそろ食事してくれば?まだ夕方まで長いよ」
丁度、陽菜が来てくれた。
これは……行けってことだ。
「陽菜。ちょっとだけお願い。見たい出し物があるの。何かあったらケータイ鳴らして」
「任せて。行ってらっしゃい」
陽菜に任せて体育館へ向かうと、演劇部による喜劇が上演中。学生と部外者で満員の熱気が外まで溢れてる。
スケジュール通りだ。一応、今日の催し物は全て把握してるつもり。けれど、12時半からは13時の間は空白だったから、休憩時間だと認識してたんだけど。
照明を落とした体育館の中で、いちゃつくカップルの声が聞こえてくる。
「ねぇ。マサキ~。次、やるんでしょ~?」
「おぅ。全員の度肝を抜いてやるからな」
「格好いい~!!」
「惚れ直すなよ」
暗くてよく見えないけど、話しているのはどうやらサッカー部のエース、久保マサキ君と彼女かな。
地元Jリーグチームへの入団が決定していて、Uー18日本代表にも選ばれた有名人。彼女がコロコロ変わるので、相手が誰なのか知らない。多分、他校生。
「先生達に無理言ったんでしょ?」
「おぅ。けど、俺がやりたいっつったら、一発でOKが出た。アイツらも話題性が欲しいんだろ。今日は、前座も使ってるぞ」
…前座?
「前座ってなに?」
「俺らの前に、会場を盛り上げる奴だよ」
「そんなの要らないっしょ!」
「バカだな。サッカーもそうだろ?引き立て役がいて、最後にゴールを決めた奴が目立つ。地味な仕事をする奴がいて、決定的な仕事をするのが俺の役目だ!」
「さすがマサキ!」
「地味な奴にも、たまにはスポットライトを当てないと腐っちまう。何の芸もないだろうから、かなり前に頼んでやったんだよ。時間があれば、どんなバカでも考える。俺って優しいだろ?」
「惚れ直した!優しすぎ!」
「俺の他にも、バスケ部の阿部とかイケメンばかり揃えてっから、盛り上がらないわけねぇよ。っつうか、お前…浮気すんなよ?」
「するわけないし!ていうか、ソイツ公開処刑になるんじゃない?」
「そりゃ俺のせいじゃない。自分の魅力が足りてないからだ。そうだろ?」
「間違いない~!」
…勝手に言ってろ、って感じだ。
でも、話が真実なら、柴田君は無理やり何か芸をやらされるってこと…?彼は、久保君と同じクラスだから可能性はある。断れそうな性格にも見えなかった。
もしそうなら、説得して止めよう。知ってしまった以上、晒し者になるのを見ていられない。
演劇部の公演が終わり、挨拶のあと緞帳が下りて館内は拍手に包まれる。この後は、柴田君の出番のはず…。
「ちょっとごめんなさい…!通して下さい…!」
人をかき分けながら最前列へと進む。
なんとか辿り着くと、ボン、ボンと重低音が館内に響く。続けて、ダムダムと音が響く。
これは…何の音…?
ゆっくり緞帳が上がり始めると、足が見えた。少し離れて、男女で二人立っている。
緞帳が上がりきると、ステージ上には楽器を持ってライトの光を浴びる柴田君の姿があった。
けれど…私の知る柴田君とあまりに風貌が違う。瓶底眼鏡もかけてないし、ボサボサの髪に制服を着崩して、ゆっくり観客を見渡している。
目が合うと、私を見て柴田君が笑った。他にもあちこち見渡しては、柔らかく微笑んでいる。
私も周囲を見渡して気付いた。
今、前列に並んでいるのは、文化部の部員達ばかりだ。なんで…?
ダダン!とドラムが鳴らされ、皆がステージ上に注目すると、袖から書道部員が駆け出してきた。
「ハァッ!」
大きな筆を抱え、ステージ上で躍動しながら字を書き始める。角度的に見えないけれど、ドラムセットの奥にある大きなスクリーンに映し出された。
高校名と『文化祭へようこそ!』の前衛的な文字が完成し、拍手に包まれる。書道部員は、恥ずかしそうに声援に応えながら袖に帰っていく。
中央に視線を戻すと、カッ!カッ!とリズムよくスティックの音が鳴る。
一拍おいて、耳をつんざくギターの爆音が響き渡り、思わず耳を塞いだ。こんな音量は初めての体験。
鼓膜がっ…破れそうっ!!
周囲も耳を塞いでる。ステージ上に目をやると、柴田君とベースの女子、そしてドラムの男子は激しく頭を振って演奏していた。
同じフレーズが繰り返される中、体を激しく揺らしてギターを弾いていた柴田君は、マイクに近づく。
そして、叫ぶように歌い始めた。
耳を塞いでいるから、何を歌っているのかわからない。でも、微かに聞こえるのは……英語の歌詞。
これは…私が教えた単語…。
そっと耳から手を離すと、音量に慣れたのかちゃんと聞くことができる。
やっぱり間違いない…。英訳の勉強は、歌詞を書くためだったんだ。発音の練習は、上手く歌うために。
ちゃんとできてる…。
バックでは、演奏している柴田君達が色々な角度から撮られて、スクリーンに映し出されてる。
ライトアップから逆行を使った演出まで…。まるでコンサートのような演出は、放送部の皆が協力してるんだと気付く。
途中で映像が切り替わった。
映し出されるのは…文化部の活動について新聞部が作成した記事と、それぞれの活動写真…。見事な編集で映し出されていく。
ロボット部の大臣表彰や、生物部の飼育風景、料理部の活動の様子まで…。皆の笑顔が弾けている。もちろん、私たち英会話部の光景も。
歌が途切れ、間奏に入ると袖から何人か走ってきた。
彼等は、吹奏楽部だ。
ステージの前方ギリギリに陣取り、トランペットやトロンボーンを奏でる。柴田君達は後ろに下がって、静かにリズムをとるような演奏。
主役は彼等だ、と云わんばかり。
矢継ぎ早に予想しないことが起こって、会場も凄く盛り上がってる。
吹奏楽部が退場しても演奏は続き、再び書道部員が出てきた。また、何やら書き始めたけれど、今回はスクリーンに映らない。
激しい書道部の動きに合わせるように、柴田君達の演奏も激しさを増し、遂にクライマックスなのだと理解した。
人間業とは思えないほどの速さでギターを弾き、お腹の底に響くようなベースと、激しくも正確に連打されるドラムの音。
音楽のことはよく分からないけど、熱い気持ちが伝わってくる。
墨だらけになった書道部が文字を書き上げると同時に、長かった演奏も終わりを告げた。
スクリーンには『文化部が目立って何が悪い!!』という文字が大きく映し出されて、歓声が上がった。
大歓声と拍手の中、柴田君は前列の私達を見ながら、また優しく微笑みかけ、ギターを肩から降ろし、他の二人と笑い合ったあとマイクを握る。
「次は、サッカー部の久保と仲間達が演奏します。僕等は前座を任されたので、あくまで盛り上げ役です。もの凄い演奏が見れるので、皆さんお楽しみに」
最後まで会場を沸かせて、3人はステージから下りた。
★
一言でもいいから感想を伝えたくて、直ぐに舞台裏へ向かうと、久保君が柴田君に絡んでいた。
「柴田っ!!お前……どういうつもりだっ?!」
「何が?」
「誰がこんなに盛り上げろっつったよ!ふざけんな!」
「俺に「盛り上げてくれよ」って前座を頼んだのはお前だろ。要望通りに場を盛り上げて、文句あるのか?これが俺の限界だ」
「やり過ぎだろうが!他の奴まで使いやがって…!!」
「知るかよ。観客が待ってるから、さっさと行け。お前が出ないと治まらない。まさか…逃げるつもりじゃないだろ?」
「舐めやがって…。お前らより盛り上げてやる!おら、行くぞ!」
「あ、あぁ…」
久保君とイケメン達はステージに出て行く。
「あ、あの、柴田君…」
呼びかけて、目が合うと笑ってくれる。
「清家さん。来てくれてありがとう」
「ううん。演奏も演出も凄かったよ」
「沢山の人が協力してくれたおかげで、想像以上に盛り上がった」
「皆で練習したんだね」
「まぁね。ホントは…この時間は文化部の為に空いてたんだ。内容は未定だったけど。知ってた?」
「知らなかった…」
「なのに、久保が「バンドやりたい」って先生達に交渉したら、取り上げられた。その上、俺には「何かやれ」って意味不明だろ?」
「ひどい…」
先生達は何を考えてるんだろう…。目立つ成績を残す生徒の意見が優先なのかな…?
「だから、俺達の部活と、他の文化部の皆に協力してもらって、アイツらより目立ってやりたかった」
「柴田君の部活?」
「軽音部だけど、知らなかった?」
「ごめん…」
メンバーの二人も苦笑してる。ちょっと考えたら分かるよね…。恥ずかしい…。
「マンモス校じゃ、同じ学年の奴を全員知らないのが普通だよ」
それはそうだけど、文化祭実行委員なのに事情を知らなかったのも私の怠慢。
「アイツら、よくあれで目立てると思ったな」
ステージを見ると、流行の曲を必死に演奏する久保君達。素人が見てもちぐはぐで、音がズレてる。期待していた観客も戸惑っている風で、全く盛り上がってない。
「気合いと練習が足りてない。今日って文化祭だよな?」
「そうだね」
「アイツらは運動部で、体育祭や体育の授業で誰より目立てる。俺の中では、その名の通り文化祭は文化部の晴れ舞台なんだ」
「でも、全校生徒で取り組むものだよ?」
「まぁ、アイツらも同じ学校の生徒で、目立つのを楽しみに練習したんだろうから、やるなとは言わない。けど、目立ちたいから他人の邪魔するのは違う。全部、俺の個人的な意見ね」
ちゃんと自分の意見があるんだなぁ。それだけで偉いと思う。私は、流されることが多いから…。
「清家さん。もう、ここから出て行った方がいい。他の皆も」
「なんで?」
「多分、面倒くさいことになる」
柴田君の視線の先には、楽器を投げ捨ててこっちに向かってくる久保君の姿。他の皆はステージ上に置き去りでポカンとしてる。
凄い形相で柴田君を睨む。
「柴田ぁ~っ!お前のせいで散々だっ!!」
「人のせいにすんな。ちゃんと諦めず最後までやりきれよ。エースストライカーなんだろ?」
「…お前に何がわかる!!」
久保君は拳を振りかぶって、柴田君に殴りかかった。
「きゃあっ!」
思わず目を逸らす。
「……がぁぁっ!」
勇気を出して視線を戻すと、柴田君は額で拳を受け止めてた。痛がっているのは久保君の方。
「…ぐぅっ……この野郎っ……がっはっ!!」
柴田君は、右手に持っていたギターで久保君を殴りつけた。
「ミュージシャン志望なめんなよ」
恐怖で体がすくんで動けない。
「やめろっ!痛ぇっ!!」
「お前、何か勘違いしてないか?先に殴ったのはお前だろうが。体鍛えてるのは飾りかよ」
「…コノヤロ~!!……ぶふっ!!」
ボディで顔面を殴り、ギターは首が折れたような無残な姿に。
「うるさい奴だ。自慢の足を潰してやろうか」
壊れたギターを大きく振りかぶる。
「や、やめろ…」
久保君は、尻餅をついたまま後退る。
「コラ~!何やってるんだ、お前達!!」
騒ぐ声が聞こえたのか、先生達が舞台袖に入ってきた。
「く、久保!どうしたんだ?!…柴田!お前、何やってんだっ!?」
「コイツに殴られたから、殴り返しました」
「なにぃ~!久保、ホントか?!」
「い、いや!柴田が先に殴ったんです!俺はやってません!」
「そうか!柴田ぁ~!職員室に来い!」
これは…流石にひどい。
「先生!違います!先に殴ったのは、久保君です!」
「そうです!ステージから向かってきていきなりです!」
周囲で見ていた皆も同調してくれる。これで信用してもらえるはず。殴り返した柴田君も悪いかもしれないけど、切っ掛けは違う。
ちゃんと正しい判断をしてもらわなきゃ。
「お前達は…何で柴田をかばうんだ?」
は…?
「久保がそんなことするわけないだろ。勘違いだ。問題を起こすような奴に見えるか?国を背負うような選手だぞ?」
先生は…何を言ってるの…?
「とりあえず、柴田は職員室に来い……ぐはっ!!」
柴田君は、背後からギターで先生の頭を殴りつけた。
「あんま、がっかりさせるなよ」
気を失って倒れた先生。完全に折れたギターを放り投げ…恐怖に歪む顔をした久保君を、顔が変形するまで滅多打ちにした。
私は…他の先生が止めに来るまで、黙って見ていることしかできなかった。
★
今日は…柴田君が学校を去る日。
結局、今年の文化祭も滞りなく終了した。舞台裏での騒ぎは公になることなく、内々で処理された。
けれど、生徒間のケンカだけでなく、先生まで殴ってしまった柴田君は、ほぼ強制的に退学が決定して、本人も異議を申し立てなかった。卒業まで、あと半年足らずだったのに。
「あれ?清家さん」
校門で待っていると、柴田君から話しかけてくれた。
「どうしたの?」
「あれから話せなかったから、少しだけ話したくて」
退学を予想していたのか、柴田君はずっと学校に来ていなかった。まるで、そうなろうとしているようにも思えた。
今日は手続きのためにどうしても来る必要があるのを知って、待ち伏せした形。だから、久しぶりの再会。
「別に良いけど、つまんないよ?」
「それでもいい」
「じゃあ、目立たないとこ行くか」
「なんで?」
「俺と話してて、君に変な噂が立ったら良くない」
「…ふふっ。柴田君がそんな人なら、目立たないところに行く方が危ないよ」
「それもそうか」
ということで、歩きながら話すことになった。柴田君は電車通学なので、駅に着くまでの間。
「清家さん、俺の為に証言とかしてくれたんだろ?ありがとう」
「だって、久保君が先に殴ったのは事実なんだから。向こうは無実みたいなのはおかしい」
結果、久保君はお咎め無しだった。顔が変形するほど殴られたのもあって、皆は同情していたし、これから世界で活躍する人材だという理由で。
私も含めて、目撃者の意見は無視されたに等しい。でも、皆が受験や就職を控えた時期に、学校の周囲が騒がしくなるのは望んでない。
それは、おそらく柴田君も。
「高校最後の文化祭だったのに、思い出を台無しにしてごめん。それだけ謝りたかった」
「謝るくらいだったら、やらなきゃいいのに」
「あそこでそれは無理。俺にとっては、良い思い出になった」
「良い思い出に?」
「いつか、皆でこんな文化祭をやったって、胸を張って言える。先生や久保を殴ったのも、後悔してないし」
「肯定できないよ」
「否定して当然だと思う。清家さんは、そもそも巻き込まれただけで、忘れてくれるのが一番いい」
「……音楽は続けるの?」
「もちろん。いつか売れたら、優しい同級生がいた、って何処かで話すよ」
「照れるからやめて欲しい」
「じゃあそうする」
「文化部の皆も…「あのライブは楽しかった」って言ってた」
他の部活と一緒に、何かを作り上げるなんてやったことがなかったからと。
「結構凄いことをやってるのに、文化部には控え目な奴が多いから、もっと目立って欲しいかったんだよ」
「それも勝手な意見?」
「俺のは全部そう。あの時も、「皆で主役になろう」って説得するの大変だった。皆、謙虚だからさ」
「それでも、動かしたから大したものだと思う」
話したいことはまだ沢山あるのに、もう駅に着いちゃった。早いなぁ…。
「ほんじゃ、清家さんも元気でね。最後にお礼言っていい?」
「なんの?」
「英訳と発音を教えてくれてありがとう。いきなり頼んだのに、親切にしてくれて嬉しかった。おかげで、気持ち良く歌えた」
「どういたしまして。私からもお礼言っていい?」
「なんの?」
「舞台裏で、先生にがっかりしたの…。……少しだけ、スッとした」
こんなこと思っちゃいけないんだろうけど…。柴田君は優しく笑う。
「絶対真似しないように。でも、誰かの胸がスッとするような歌を歌いたいから、また何処かで英語を教えてもらうかも」
「その時は、お金もらうからね。あと、ヴォォォ~って低い声で歌われても、よく聞き取れないよ」
「はははっ!そうじゃなきゃ格好良くないんだ。でも覚えとく!じゃ、元気で!」
「うん。元気で」
改札に入って、柴田君は振り向かずに歩く。
私も振り向かないと決めて歩き出した。
★
数年後。
人気急上昇中のバンドについて、偶然ネット記事を目にした。
写真の真ん中には、少し大人びた柴田君が写っていた。
簡単なインタビュー記事だったけど、バンドの顔であるボーカルなのに、柴田君だけコメントが載っていなかったのは、「余計なことを言うな」とメンバーが制止した気がしてならない。
きっと、未だに『何かをやらかす』と思われてるんじゃないかって。
あの日から彼には会ってないし、連絡先も知らないから、どんな風に成長しているのか。いや、してないかも。
あとで、曲をダウンロードしてみよう。
胸がスッとするような歌を歌っていたら、きっと彼は変わってなくて有言実行。
『school festival』というバンド名だけでわかるんだけどね。
読んで頂きありがとうございます。