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7・戻らない過去、戻りたくない過去

ソフィーリアは夢を見ていた。

幼い日の夢、何もかもが思い通りだったキラキラと輝いている夢。

誰も彼もがそれは正しい事だと教えた、間違いなどないと言い聞かせた。

奇麗な服も一度着れば飽きて捨てていた、美味しい食事も嫌いな野菜が一欠片でも入っていたら捨てさせていた。

大人たちはみな、自分の顔色を窺いこびへつらっていた幼少期、ソフィーリアにとってそれはごく当たり前の事でいつまでも続く事だと信じて疑わなかった。

だが、将来を誓い合っていたソレイユは自分の元から去り、親しかった友もみんな消えた。

そんなソフィーリアの元に集まって来るのはソフィーリアの公爵令嬢という立場を利用しようとする者、その威光のおこぼれに預かろうとする者ばかりだった。

自身の歪みを加速させ、自分が世界の中心で絶対に正しいと思い込んでいたソフィーリアはソレイユを奪ったアイリを憎み、妬み、恨んだ。

そして、魔人に取り入られ、最後には――。


「……最悪な夢ね。せめて夢の中くらい幸せでいさせなさいよ」


そう愚痴を言ってからソフィーリアは自分がベッドで寝ている事に気付いた。

しかも、自分のベッドではない。

何がどうなっているのか理解できないソフィーリアは記憶を呼び起こす事にした。


「えぇと、まずアイリがソレイユをビンタしてて、私はそれにびっくりして話を聞きにいったのよね。それで、アイリの事を擁護した訳だけれど、その後確かソレイユに頭を撫でられて……」


そこまで思い出して、推しに頭を撫でられた事に感動してついベッドの上をゴロゴロと転がりまわる。


「いや、まさか、推しのソレイユに頭を撫でられるなんてねー、前世思い出してよかった!! いや待って、ちょっとこれヤバくない?」


にやけた頬をパンと叩き、ソフィーリアは現状を改めて把握してある事実に思い至る。

それはアイリとソレイユのフラグが消えた可能性だ。

本来のイベントでは、あの場面でソレイユはアイリに一目惚れし声をかけ、会話の中でアイリもソレイユの人となりに触れて好意を抱く場面のはずだった。

だが、アイリは何故かは分からないがソレイユの頬をビンタしており、好意など抱いている様子はなかった。

ソレイユの含みのある言い方から、聖女としてのアイリに何か言ったのだろうが、アイリがビンタするほどの事をソレイユが言うとは考えにくいし、何よりもアイリは他者に対してそうそう暴力を振るうタイプでない、ソフィーリアはそこまで考えてうーむと唸った。


「私が処刑されない、トゥルーエンドに行きつく為にはアイリが攻略対象者全員にある程度の好意を持っていないとダメなのよね。その上で誰とも恋仲にはさせない……。下手したら攻略対象者同士で決闘とか始めちゃうのよね。このルートを書いたシナリオライターいい性格してるわ」


シナリオライターに文句を言いつつ、ソフィーリアはベッドから降りて、部屋の中をキョロキョロと見まわした。

意匠のこらされたベッド、部屋の作りや調度品の数々、普通の家ではないのはもちろんそこらの貴族の家でもないだろうとソフィーリアは考えた。

そして、部屋に飾られた絵に目を留め、ここがどこかを理解した。

その絵には幼い頃のソレイユとその両親、つまりエスターライヒ国王と王女が描かれていた。


「つまり、ここって……」


その時、コンコンと扉をノックする音がした。

ビクリと身を震わせたソフィーリアが返事をする間もなく、扉が開きソレイユが姿を現した。

そう、ここはソレイユの暮らす邸宅、つまり王宮の一室であった。

ソレイユはソフィーリアを見ると、心配そうな顔で近寄ってソフィーリアの頬を優しく撫でた。


「ソフィ、もう立ちあがって大丈夫なのか? 治療魔法の使える医師をよんである。まだ寝ていた方がいい」


「い、いえ、ソレイユ様、それには及びません。わざわざ介抱してくださった事、深く感謝いたします。そして、見苦しい姿をお見せして申し訳ありません、これ以上醜態を晒す前に、私はおいとまさせていただきたく思います」


スカートの裾を軽くつまんで膝を曲げ、軽く頭を下げた後にソフィーリアはすぐにこの場を去ろうとした。

このままここに居て、ソレイユへの愛情、推しへの愛がアイリへの嫉妬に変わりなどしたら斬首にまっしぐらだからだ。

ソレイユに心配そうな顔で頬を撫でられた時点で正直ソフィーリアは限界に近かった。

また鼻血など出したら、恥ずかしさで死んでしまう。

そんな事を思いつつソフィーリアはふとアイリの事が脳裏に浮かんだ。

あの時、ソレイユはアイリを責めるつもりはないと言ったが、ソフィーリア以外の者があの場面を見ていたら、ソレイユの意思とは別にアイリになにかしらの行動をとるかもしれない。

何もないとは思いたいが、もしアイリに何かあったらソフィーリアどころか国が亡びる可能性がある。

ソフィーリアは扉に手をかけた所でソレイユに向き直り、頭を下げた。


「ソレイユ様、今回の件でアイリの事は責める気はないと仰られましたが、他の者がもしあの場を見ていたなら、いくらソレイユ様のお言葉があったとはいえ、その忠節から何かしらの行動を起こす可能性があります。できれば、あの子を、アイリを守る為にどうかお力添えをお願いいたします」


「……」


ソレイユは何も言わず、頭を下げるソフィーリアの姿をジッと見ていた。

数秒の沈黙、ソフィーリアは返事がない事に困惑しつつ、ゆっくりと頭をあげた。


「……あの、ソレイユ様?」


「アイリ、アイリと随分あの娘を気にかけているようだな、思わず――。いや、分かった、ソフィの意を汲もう。騎士団長であるジェロムをあの娘の警護につかせよう。それで良いか?」


騎士団長ジェロム・ロアン、右目に魔物との戦いで負った傷を持つ、寡黙で長身のソフトマッチョな影のあるイケメン。

この人物もまた攻略対象者である。

ソフィーリアは意図せずアイリとジェロムを近づけさせる事が出来た事に内心喜んだ。


(怪我の功名ってやつね、アイリとソレイユの関係はおいおい修復するとして、騎士団長との好感度も上げて、他の攻略対象者とアイリの接点も作っていかないと)


また一歩、自分の斬首から遠ざかったとソフィーリアは満面の笑みを浮かべ、改めて頭を下げた。


「ありがとうございます、ソレイユ様!! 感謝いたします、それでは失礼いたします」


ソフィーリアが部屋から去った後、ソレイユはソフィーリアの笑顔を思い出していた。


「お前は、あんな顔で――。いや昔はヒマワリの様な笑顔を浮かべていたな。その笑顔を引き出したのはあの娘、アイリ……か、妬けてしまうじゃないか」


「あ、あの」


ひょっこりと扉から顔を出したソフィーリアにソレイユはビクリとして、コホンと咳払いをした。


「どうした、ソフィーリア? やはりどこか体調でも悪いのか?」


「い、いえ、その、私が乗っていた馬車の場所が何処か分からなくて……」


赤面し恥ずかしがっているソフィーリアを見て、ソレイユはたまらず噴き出してしまう。

幼少の頃はこんな所もあったなと、過去を懐かしみながら、ソレイユは馬車の場所までソフィーリアを案内するのだった。



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