4・聖女の真実
「アイリさん。スキルとは自身の心の在り方を映す物でもあります。貴女のスキルがどんな物か貴女はご存じかしら?」
ソフィーリアの問い掛けにアイリは驚きつつも、自分なりの答えを返す。
「あたしのスキル『聖女』は苦しむ人々を慰撫し、その心に寄り添い、安らぎと救いを与える物だと思っております」
魔力光を星のように煌めかせる金の瞳でアイリはまっすぐにソフィーリアを見ていた。
ゲームの攻略対象の誰しもがこのまっすぐで純粋な瞳に撃ち抜かれ、その心を奪われたのだと実感できるほどの清らかさとどこか蠱惑的な魅力をアイリに感じながら、ソフィーリアはニコリと笑みを浮かべ、口を開く。
「まーったく違いますわ。学校のテストならいざ知らず、真実と理想は正しく区別するべきですわ。貴女の語ったそれはあくまで伝説として語られている聖女の偶像に過ぎませんわ」
「え、えぇえええ!!」
「まったく。大口を開けて大声を出さない、はしたないでしょう。元は平民であろうと、今は貴族。常に貴族である事を意識し気品ある行動をなさい。相手が誰であろうとも、その品位を貶めるような事はあってはなりません。よろしくって?」
「す、すみません。ソフィーリア様」
凛と通るソフィーリアの声はアイリだけでなく周囲の生徒の耳にも当然の如く届く。
その物言いにアイリの陰口を言っていた者たちは自然と口をつぐんだ。
ソフィーリアはアイリの手を取り、その手を魔力水晶に触れさせる。
そして、アイリだけに聞こえる優しい声色でソフィーリアは語り出した。
「遠い昔、この国に降りかかる数々の災厄をその身一つで排除し、国を狙う魔人と拳で殴り合い打ち滅ぼした希代の女傑アン・オルレ。その偉業を以て聖女と謳われた彼女の死後、その高潔なる魂を引き継ぐように現れるようになったのが聖女というスキル。ゆえに貴女が持つ聖女の認識では、スキル聖女はその力を正しく発揮する事ができなかったのよ」
「そ、そうだったのですね! あたし、アン様の絵物語はたくさん読みましたが、その様なお話は見た事も聞いた事もありませんでした! ソフィーリア様は何でもご存じなのですね!」
「あ――」
アイリの元気の良い返事に、ソフィーリアはしまった、という顔を浮かべた。
実はこの聖女のエピソード、ゲーム中盤でのイベント王立学校の隠し図書館のシーンで発覚する事である。
あまりに肉体派の逸話が多いアン・オルレを王家に迎え入れるに当たって、事実そのままを知られると聖女のイメージが崩れるからと、より聖女らしい柔らかな物に改変、捏造、脚色を加えた物がアイリの、ひいては今現在の世間一般に伝わっている聖女像の元になっている。
無論、この事を本来のソフィーリアが知るはずはない。
プレイヤーとしての記憶を持つがゆえについ口を滑らせて、この時点では王族の中でも極々一部の者しか知り得ない真実をアイリに伝えてしまったのだ。
勢いあまって、またやらかしてしまったと冷や汗を流すソフィーリアだがもう遅い。
憧れの眼差しで自分を見ているアイリを見て見ぬフリしつつ、またも誤魔化しの言葉を言い放つ。
「現在のエスターライヒ王家にとって聖女は直系の祖先、だから、ほら、その王族の傍系であるイヴァノフ家にその情報が入るのは、さっきも言ったように、当然必然なのですわ。つまりそう言う事、深く詮索するのは無粋というものですわ!!」
つい声が大きくなり、先程言った自分の言葉がブーメランの様に突き刺さる。
「はい、わかりました! あたしも小さい頃から力が強くて、野原を駆け回ったり、熊や猪、魔物の類と戯れたり、たびたびお母さまに迷惑をかけておりました。絵物語に出る聖女様の様なお淑やかで美しい存在にはなれないと思っておりましたが、ソフィーリア様のおっしゃられた聖女様になら、あたしは近づけるかもしれません」
そう言って、アイリはソフィーリアの語った真実の聖女像を元にスキル聖女を心に思い描き、ありったけの魔力を込める。
その身一つで国を襲う災厄を排除し、国を狙う魔人と拳で殴り合う、そんな自分自身とどこか通じる物を感じアイリはより一層、聖女への想いを理解を深めていく。
アイリにとっての聖女像がスキル聖女と合致した時、スキル聖女はその力を発現させる。
魔力水晶はその正しい聖女の膨大な魔力を受け、すさまじい光を放ちながら、ドカンッと大きな音をたて、唐突に爆発し砕け散った。
粉々に砕けちった魔力水晶を前に、ソフィーリアもアイリも、その場に居た誰しもが呆然とした。
「え?」
「……は?」
目の前の光景を見て、ソフィーリアはゲームの内容を高速で思い出していたが、魔力水晶を破壊するようなシーンはついぞ思い出せなかった。
つまりこれは、本来中盤以降に発生するイベントを強制的に引き起こした事に起因する事象であり、つまりバグを発生させたのと同義だと、ソフィーリアは思い至る。
(くっそやっべぇええええですわ!! やらかしましたわ、これ!!)
本来のスキル制御のイベントではスキル制御に苦労するアイリに対して、自身のスキルを披露してマウントを取るソフィーリアとの対比、平民と貴族との差を見せつける顔見せ程度のイベントだったはずである。
こんな結果になるはずはなかったのだ。
特大のやらかしに心の中で滝の如く冷や汗を流すソフィーリアの手をアイリは嬉しそうに握る。
「ソフィーリア様、ありがとうございます!! ソフィーリア様のお言葉のおかげで初めてちゃんとスキルを発動させる事ができました!! さすがソフィーリア様です!!」
「え、えっと、その……、と、当然必然ですわ!! なんたって私は王家の剣と謳われるイヴァノフ公爵が長女、ソフィーリア・フォン・イヴァノフなんですもの!! おーっほっほっほっ!!」
もはや自棄である。
そんな自棄になって高笑いをするソフィーリアへ、周囲の生徒たちはキラキラと輝く眼差しを向けている。
その目には尊敬と畏怖の念が込められていた。
「な、何て凄いんだソフィーリア様は!! 他人のスキルの発動をほんの少しの助言で達成させるなんて!!」
「魔力水晶を破壊するだなんて、そんなすごいスキル聞いた事ないわ!! そんなすごいスキルをわずかなお言葉だけで発動に至らせるなんて!! さすが王家の剣イヴァノフ公爵のご令嬢だわ!!」
「公爵家令嬢でありながら平民上がりの特別貴族になんてお優しい方なんだ!!」
凄い凄いとソフィーリアを褒め称える喝采の渦の中、ソフィーリアはだらだらと冷や汗を流す。
ゲーム内でソフィーリアがこれほどに称賛される描写はない。
高飛車で高慢、公爵家の令嬢という立場から他の貴族を下に見るような態度で嫌われてすらいたのが本来のソフィーリアという少女の姿なのだ。
何故か喝采を浴びているこの状況、この状況が処刑という未来を遠ざけたのか、はたまた近づけてしまったのか、今のソフィーリアにはまったく判断できなかった。