3・主人公との出会い
「あ、あの初めまして。わ、私はアイリ、アイリ・ドートリッシュと申します、仲良くしてくださいね!!」
王族の血を引く証である金色の瞳、セミロングの夕焼けを思わせる赤毛、そして小柄ながら主張の激しい胸部。
何度もゲーム画面で見た存在、何度も一緒にゲームを周回した自分自身の分身ともいうべき存在、『恋は乙女を最強にする』の主人公アイリ・ドートリッシュが目の前ではにかんだ笑顔を浮かべて手を差し出している。
その光景にソフィーリアは心の中で天を仰ぎ大きなため息をついた。
(なんでこうなるのよ。しかもこの子、初対面であるはずの公爵家令嬢である私になんで唐突に声かけてくるのよ!? あーそう言えば……)
手を差し出しているアイリを見てソフィーリアは呆気に取られていた。
身分差を考慮しないその行動ははたから見て、分を弁えない失礼極まりない愚行だったからだ。
何故そうしたのかソフィーリアは知っている、というか声をかけられてから思い出した。
ゲームのプロローグ、神授の儀が行われる大教会の場でアイリは自分と同じ目の色をしたソフィーリアを見て、仲良くなりたいと思った事がモノローグで書かれていた事を。
「あー、全ルートクリアとか全スチルコンプとか目指してたからプロローグは面倒でスキップしまくってたんだった。この流れがあるのすっかり忘れてた……」
ソフィーリアは自分のマヌケさに軽い頭痛を覚えた。
そして、さてどうしたものかとソフィーリアは考える。
無礼だと言って、この手を払いのけるのが通常のソフィーリアだ、だがそれをすると処刑に近づいてしまう可能性が高い。
せっかく時間稼ぎまでしたというのに、アイリと出会ってしまった事を嘆きつつ、ソフィーリは小さくハァと息を吐き、アイリの手を取った。
「私はイヴァノフ公爵が長女、ソフィーリア・フォン・イヴァノフ。アイリさん、この意味をよく考えていただけたら助かりますわ」
握手をしている間、ふつふつと湧いて来る苛立ちにイベントの強制力を感じながら、なんとか笑顔でこの場を切り抜けたソフィーリアだったが、なぜかついて来るアイリを目にして困惑してしまう。
「何でこの子、ついてきてるの??」
侍女を魔法協会の外で待機させるのではなく、中まで連れてくれば引き離してくれたのにと後悔しつつ、ソフィーリアは努めて冷静にアイリに声をかけた。
「アイリさん、何故私について来るのですか?」
「あ、あの、お恥ずかしいのですが、あたしスキルの制御が上手くいかなくて、もう何日もここに通っているんです。ですから、その、どういう風にすればスキルを制御できるのか、見学したくて、でも顔を知ってる人もいなくて、ほとんどの人は私の事を避けるので、誰にも頼れなくて、それで……」
スキル制御の場は魔法協会で行われるが、貴族と平民では場を分けられる事になっている。
アイリは聖女のスキルを得た結果、特別貴族としての立場を貰っている為に貴族用の場に通されたのだ。
アイリの立ち居振る舞いを見れば平民である事は見て取れる、そのような人物と関わりたいと思う貴族はいない。
誰も相手にしてくれなかったからこそアイリは見覚えのあったソフィーリアに声をかけたのだ。
「はぁ、元平民の相手をしたい貴族なんていませんわ。第一、聖女のスキルなんて百年に一人でるかどうかという程に希少。他人に聞いたところで制御のコツなんて教える事はできませんわよ」
「あたしのスキルをご存じなのですか? あの場で神授の儀を受けたのはあたしが最後で残っている方は誰もいなかったはずなのですが」
しまった、という表情をなんとか出さないように歯を食いしばり、ソフィーリアは扇子で口元を隠す。
アイリが聖女のスキルを持っている事はゲームをプレイしたプレイヤーなら誰でも知っている。
だが、アイリのスキルが聖女であるとソフィーリアが知るのはストーリー展開的には王立学校に入学した後の事、今の時点でソフィーリアがアイリのスキルが聖女であると知っているはずはないのだ。
このミスがイベントやストーリーにどんな影響を及ぼすのか未知数。
誤魔化した方がいいのか、それとも、気にする必要はないのか、ソフィーリア脳内会議を開催しとりあえず、誤魔化す事にした。
「あーそのー、聖女のスキルは国にとって重要な物。だから、ほら、王族の傍系であるイヴァノフ家にその情報が入るのは当然必然ですわ。つまりそう言う事ですのよ」
扇子でパタパタと顔を仰ぎ、冷や汗をごまかすソフィーリア。
「まぁ、そうだったのですね! いまいち実感が湧いてませんでしたが、ソフィーリア様の耳に入るくらいにあたしのスキルって重要な物なのですね!」
どうやら誤魔化せたと、ソフィーリアは胸を撫でおろす。
それはそれとして、自分自身のスキルである循環の制御を完璧にしなければとソフィーリアは魔法協会ホールの奥の部屋へと歩を進める。
ソフィーリアはアイリが付いてきているのに気付いたが、これ以上変に関わるとアイリへのいら立つが敵意に変化するかもしれないと、あえて声はかけず無視する事にした。
ソフィーリアの循環のスキルは回転する円をイメージし、グルグルと回る円の中に自分の魔力を注いでいく事でスキルが発動する。
魔力水晶はそのイメージをより明確にする手助けをしてくれる魔法が込められていた。
魔力水晶に手を当て、円をイメージし魔力を込めていく。
すると、魔力水晶から光が溢れ、光がぐるぐると円運動を始める。
同じようにスキル制御の為に魔法協会に来ていた王立学校の生徒がソフィーリアの様子を見て驚嘆の声を上げる。
「さすが、イヴァノフ家のソフィーリア様だ、あれほどまでに魔力水晶が反応しているなんて! これほど強い魔力光は滅多にみれないぞ!」
「ホントだわ、さすが王国の剣とうたわれるイヴァノフ公爵のご令嬢、スキル制御のセンスがずば抜けていらっしゃるわ」
口々に称賛の声をあげる周りの生徒たちに混ざってアイリも笑顔でソフィーリアを見ていた。
そして、そんなアイリを見てヒソヒソと陰口を言う者も少なからずいる事にソフィーリアは気づく。
「誰だ、あいつ。ソフィーリア様のあんな近くに控えて、侍女じゃなさそうだが……」
「よく見なさいな、あの大きな口を開けて笑うなんてはしたない。ソフィーリア様の侍女ならあのようなはしたない事しないわ。成り上がりの平民でしょ」
「あぁ、王立学校の特別入学枠の特別貴族か。道理で礼節を弁えていない顔をしている訳だ」
「特別貴族とは言え、元平民の分際で貴族用の部屋に臆面もなく来るだなんて、恥を知らないのかしら。これだから成り上がりの平民は」
アイリはその陰口に気づいてはいないようだった。
確かにアイリは貴族としての礼節は持ち合わせていない。
なにせ特別貴族になったのは神授の儀で聖女のスキルを得た後であり、貴族の礼節を勉強し始めてまだ十日もたっていないのだから。
それをソフィーリアはプレイヤーとして知っている。
アイリが平民と貴族の生活様式や価値観の違いに悩み、苦しんでいる事を、これから先、公然と差別やいじめに合いながらもアイリは誰を恨むでもなく貴族として聖女として努力を続ける事を誰よりも知っている。
だから、なのかは分からないがソフィーリアはアイリへのイライラとは別の苛立ちを覚えた。
アイリの事を何も知らないくせに、と。
「アイリさん。スキルとは自身の心の在り方を映す物でもあります。貴女のスキルがどんな物か貴女はご存じかしら?」
無視をしていればこれ以上関わる事もなかったというのに、ソフィーリアは自らアイリに声をかけるのだった。