2・目指す未来について
「ソフィー、もう起き上がって大丈夫なの? 神授の儀からまだ日がたってないから、無理はしてはいけないわよ」
「はい、お母様。ご心配をおかけしました。神授の儀で乱れた魔力の流れも、授かった『循環』のスキルで整えましたので、だいぶ落ち着いております。あと数日もたてば問題ないかと思います」
「そう。別室に医師も控えさせています。何かあれば侍従たちを呼びなさい。春の月の初めには王立学校への入学もあるのです、何度もいいますが無理はしないよう。ただイヴァノフ家の令嬢として恥ずかしくないように」
そう言うと、ソフィーリアの母であるフロランスは部屋を後にした。
娘に対する愛情はあるのだろうが、それ以上に家の格式に重きを置くのは公爵という地位を持つ貴族の妻として仕方ない事だろう。
広い部屋に一人残されたソフィーリアはふぅと息を吐き、起こしていた体をベッドに横たえる。
ソフィーリアは本来ならスキル制御や王立学校への入学に向けての準備などをしていなければならないのだが、神授の儀で体調を崩している事にしてそれらを回避していた。
何故なら、ゲームのストーリーラインにおいて、スキル制御や入学準備の為に貴族街で買い物をするという行動は主人公である聖女との接触イベントでもあるからだ。
「まさか、自分が主人公じゃなくて恋敵であるソフィーリアになるとはねぇ。……まずはおさらい、私はよく知っていても私はそれを知らないから、意識と記憶の齟齬を埋めておかないと」
現在のソフィーリアは今と前世の記憶、意識が混ざっている状態であり、前世である田名加智子の意識が強く表出している。
どちらも自分であるという感覚はあるし、記憶の共有も出来ているが完全に同期している訳ではなく、どうにも齟齬がある部分があり違和感がぬぐえない。
そこでソフィーリアは同期されていない記憶を言葉として出す事で改めて記憶を認識し、意識の齟齬を埋め、違和感を少しでも消す事にしたのだ。
「『恋は乙女を最強にする』の主人公アイリ・ドートリッシュは平民の田舎娘、実は先々代国王と平民との間に生まれた落胤の血筋、王族の血を引く証である金色の目を持つ、セミロングの赤毛、性格は純朴で裏表がなく天然気味、小柄なのに意外とおっぱいがでかい。神授の儀で聖女のスキルが発現した事で特別貴族として王立学校に通う事を許される事になる」
ここまではゲームのプロローグであり、落胤の部分は後々発覚する事なのだが、まあよいかと更に記憶を辿り、ゲームの流れを思い出していく。
「えーっと、後は……、主人公は第一王子を初めとしたイケメン貴族たちや騎士団長、はては暗殺者にすら惚れられる。そして誰かに恋する事でその力を何百倍にもする第二スキル『恋する乙女』に目覚め、そのスキルのおかげで国を滅ぼそうとした魔人を消滅させ、攻略対象とくっつく事でハッピーエンド。いくつかあるグッドエンドの一つだけど、いずれのグッドエンドルートでも私ことソフィーリアはあらゆる悪事の黒幕として処刑される事になる。その記憶は……あまり思い出したくはないわね」
あの処刑は未来の事と分かっていながらソフィーリアは自分の首に触れ、繋がっている事を確認して深く息を吐く。
「そして、これが一番重要な事、この処刑は回避が可能だという事。ちょっと面倒な条件をクリアする事でトゥルーエンドを迎え、そのルートでは私は処刑されずに済む。トゥルーエンドを迎えるための前提条件として一回はゲームをクリアする必要があるんだけど、これは前の私が処刑された事を考えれば、すでに前提条件はクリアしていると考えていいはず」
長い独白をしているうちに段々と違和感が晴れていくような感覚を覚えたソフィーリアは更に考える。
どうすれば、トゥルーエンドに至れるのかを。
ゲームでは攻略対象全員のルートを攻略し、トゥルーエンドも当然のように迎えた事はあるが、かなりシビアな好感度調整が必要でかなり面倒だったという記憶が残っていた。
その中で一番面倒だったのが私自身であるソフィーリアの存在だ。
数々の嫌がらせや呪いじみた行為で攻略対象の好感度を下げてくるものだから、攻略サイトとにらめっこしながら徹夜した事もあった。
「ゲームをプレイしてた時は邪魔だとしか思ってなかったソフィーリアを生かす為にトゥルーエンドを目指す、か。なんとも複雑な気分ねぇ」
正直、トゥルーエンドに至る為にはゲームの主人公であるアイリの行動に注視する必要がある。
極力接触したくはないが、攻略対象全員の好感度を高くさせつつも恋仲にはさせない、というなんとも面倒な事をしなければならない。
ただ、スキル制御と貴族街での買い物のイベントではアイリと接触しない方がいいだろう。
主人公視点での情報しかないが、この二つのイベントでソフィーリアはアイリの事を婚約者である第一王子を狙う成り上がりの平民であり邪魔な存在、と認識し嫌悪する様になるのだ。
それからは主人公の行く先々に現れ、事あるごとに嫌がらせをするキャラとして振舞っていく。
この世界がゲームの世界と同じである以上、イベントの影響は無視できない。
イベントを通してアイリを嫌悪する状態になった場合、この先ゲーム内のソフィーリアと同じ行動をとってしまう可能性がある。
そうなれば、処刑がどんどん近づいて来るだけ、それだけは避けたい。
現在ソフィーリアは体調不良という事で部屋に籠って過ごしている。
このまま部屋に籠っていればアイリとの出会いのイベントを発生させずに済む、とソフィーリアは考えていた。
出会いのイベントがスルー出来たのなら、ソフィーリアはアイリを無駄に嫌わなくて済むはず、それはきっとトゥルーエンドへの足掛かりになるはずなのだ。
だが母からの圧が日に日に強くなっており、ずっとこのままという訳にはいかないだろうとも考えている。
「アイリが先にスキル制御を終えていてくれたらいいのだけれど。時間も稼げてあと二、三日かしらね。アイリにさえ出会わなければ、アイリを嫌いになる事もないはず。そうなったら、処刑へのルートが変わるかもしれないわ。まずは時間稼ぎを頑張りましょう」
ソフィーリアは一人でえいえいおーと手を上げ、自分を鼓舞する。
しかし、ストーリーという運命はそう簡単には変えられないらしい。
ソフィーリアがスキル制御の為に三日後に魔法協会に出向いた際、出会ってしまった。
『恋は乙女を最強にする』の主人公であり、ソフィーリアを死の淵へと追い込むきっかけとなる存在、アイリ・ドートリッシュその人に。
「あ、あの初めまして。わ、私はアイリ、アイリ・ドートリッシュと申します、仲良くしてくださいね!!」