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16・噂の公爵令嬢

「王国騎士団長ジェロム・ヴァクト、ここは引きなさい。私はこの子をオルレ家に連れて帰るわ。もし、私がこの子が気絶してる間に何かするとでも思うのなら貴方も一緒に馬車に乗っても良いのだけれど?」


籠手を外し、血を垂れ流す腕に布を巻き付けて止血をするジェロムを見て、アイリへの好感度うんぬんどころではないと判断したソフィーリアは一旦、アイリをオルレ家に連れ帰る事にした。

ソフィーリアは自分を信用していないだろうジェロムの事を考え、一緒に馬車に乗る事で間近で自分を見張る口実を与える。

だが、ジェロムは首を横に振った。


「……いえ、貴族の馬車を軍人の血で汚す訳にはまいりませんので。イヴァノフ公爵令嬢、一つよろしいでしょうか」


腕に布を巻き終わり、軽く腕を動かして怪我の具合を見ながらジェロムはソフィーリアに向き直った。


「何かしら? 別に貴方が私の腕を掴んだ事くらいは気にしてはいないわよ? とーっても痛かったけれど、ホントに気にしてないわよ、ええ本当に」


嫌味ったらしくジェロムに強く掴まれて赤くなっている腕をこれ見よがしに見せつけるソフィーリア。

ジェロムはその言葉に少し困ったように顔を伏せ、深く頭を下げて謝意を示した。


「……申し訳ありませんでした、罰はいかようにも」


「いいわよ別に、本当に気にしてないわ。頭をあげなさい」


ジェロムの謝罪を適当に受け入れたソフィーリアはジェロムに頭を上げるように言い、それを受けて頭をあげたジェロムは改めて口を開いた。


「……先ほどの聖女アイリの力、あれは本当に聖女の力なのですか? 伝え聞く聖女の話にはあの様な力の事は一切ありませんでしたので」


一般的には聖女は癒しと結界の力を持つとされている。

ゲームプレイヤーだった記憶を持つソフィーリアはそれはあくまで聖女というスキルの一つの側面でしかないと言う事を知っていた。

聖女のスキルの真の力は第二スキル『恋する乙女』であり、通常スキルである治癒や結界の力はその副産物に過ぎない、本来のゲームシナリオではこんな序盤にその第二スキルがほんの少しとは言え、発動するはずがないのだが何故かアイリはそれを発動させていた。

それが知られ広まるとアイリに妙な噂が立ち、風が吹けば桶屋が儲かる的な事になり、もしかしたらトゥルーエンドが遠のく可能性が出てくるかもしれないソフィーリアは考え、すっとぼける事にした。


「えーっと、何の事かしら? 私は何も見てないし、何も知らないわ。あぁ、異常に脆い籠手だったのかしらねぇ、そうでもなきゃ非力なアイリが鋼の籠手を素手で壊せる訳ないでしょ?」


少し冷や汗をかきつつ適当な事を言ってのけるソフィーリアをジッと見つめるジェロム。

ジェロムはソフィーリアの言葉の裏を勝手に考えて、そして。


「……話す事は出来ないと。貴女が何を知り、何を隠しているのかは存じませんが、人には言えぬと言うのなら、先程貴女が叫んだ言葉は今はわたくしの胸の内に秘めておきましょう」


ソフィーリアが咄嗟に口にした聖女の第二スキルという言葉を聞き逃さなかったジェロムはソフィーリアが何か聖女に関する秘密を知っているが、口に出来ない、それには何か理由があるのだろうと深読みをし、人にこの事を広められたら困るのだろうと結論付けた。


「あー、そうしていただけると助かるわ。何が助かるかは言えないけれど」


何とか誤魔化せたと息を吐きつつ、ソフィーリアはホッと胸を撫でおろした。

気を失っているアイリを馬車に連れていく為にソフィーリアはアイリの脇に手を回し、アイリを抱えようとしたが、思いのほかアイリが重かったので侍女であるロテュスに声をかける。


「ロテュス、そっちを持ってちょうだい」


「い、いえ、ソフィーリア様、私がアイリ様を抱えますので」


わたわたとしているソフィーリアとロテュスを見て、ジェロムはコホンと小さく咳払いをした。


「……僭越ながらわたくしが馬車まで運びましょう。元はわたくしの行動に起因する事ですので」


その申し出にソフィーリアはアイリの豊満な胸部に手を置いて軽く一揉みした後、ジェロムをキッと睨みつけた。


「仕方ないからその申し出を受け入れるけれど、アイリのおっきいおっぱいに少しでも触ったら、軍法会議にかけてその首ちょん切るわよ」


「……肝に銘じておきましょう」


ソフィーリアの本気か冗談か分からない言葉に真面目に返答し、ジェロムはアイリに極力触れないようにお姫様抱っこで抱え上げてソフィーリア達の乗ってきた馬車の留めてある場所まで移動して馬車の座席にアイリを優しく寝かせた。


「……ソレイユ殿下の命ゆえ、馬車を後ろから追わせていただきますが、ご容赦を」


アイリを座席に寝かせた後、ジェロムは馬車から降りてそう言った。

ジェロムの言葉にソフィーリアは大きくため息をつく。


「命令に忠実なのは良い事だけれど、もう少し融通をきかせる事ね。いきなり手を掴む前に一声かけるとか手もあったでしょうに。せっかくのアイリとの買い物も中途半端になってしまったけれど、まぁいいわ。あぁ、その怪我あとでアイリに治療してもらいなさい。ちゃんと説明すればアイリは分かってくれるはずだから」


「……意外ですね」


「ん? 何がかしら?」


「……噂に聞く貴女はイヴァノフ公爵令嬢という立場を利用し、他の貴族を見下す高慢ちきな鼻持ちならない方だと。わたくしもそう思っておりました」


ジェロムの歯に衣着せに言葉にソフィーリアは呆れ顔で頭に手を当てる。


「貴方ね、それを本人の前で言う?」


「……噂は噂でしかないと、思い直した次第です。噂の貴女と目の前に居る貴女、まるで別人のようでしたので、噂を鵜呑みにしていた自分の愚かさに腹が立つ。大変失礼いたしましたイヴァノフ公爵令嬢」


まるで別人、前世の記憶を思い出し、性格と記憶が混ざっている今と以前とでは正に別人だろう、その事を意図的ではないにしても言い当てられた事でソフィーリアは大いに焦り散らかし、目を泳がせ始めた。


「そ、そうかしら、案外、噂通りかもしれないわよ? ほら、私って自分のわがままでアイリを引っ張り回したし……」


「……フ、そう言う事にしておきましょう」


そんなソフィーリアの様子を見てジェロムがほんの少し笑顔になったが、焦り散らかすソフィーリアはそれに気付く事はなかった。

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