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14・不穏な影一つ

箱や紙袋をいくつも持つアイリを見て、ソフィーリアの侍女であるロテュスは代わりに自分が荷物を持つ事を提案したが、アイリはそれを拒否した。


「これはソフィーリア様が私に与えてくださった罰です、なのでロテュスさんに持たせる訳にはいきません。手伝いの申し出はとても嬉しいです、とてもお優しい方なのですね、ありがとうございます」


「あ、あぁぁアイリ様、頭を下げてはいけません!! 靴やカバンの入った箱が、倒れ、あぁあああ!!」


ロテュスに対して思い切り頭を下げたせいでアイリが手に抱え持っていた幾つも積まれた箱が崩れ落ちそうになり、それを見たロテュスは慌てて箱が崩れないように支え、ふぅと息を吐いた。

アイリは元が平民であれ、今は聖女であり特別貴族の一人。

荷物持ちなどと言う下働きをさせていい存在ではない、ロテュスはそれが分かっているが故に気が気でなかった。


「いいのよ、ロテュス。私が罰としてアイリに荷物持ちをさせているの。貴女が手伝う必要はないわ。手伝ってはいけないと私が貴女に命令したの、私の命令に逆らっちゃダメよロテュス」


先頭を歩くソフィーリアは軽く振り返って、荷物を持つアイリと崩れ落ちそうな荷物を支えるロテュスを見て、プッと噴き出した。


「貴女らしいわね、アイリ。まぁ、そのままじゃあ歩くのも大変かもしれないわね。いいわ、ロテュス、少し持ってあげなさい」


実は『恋は乙女を最強にする』のゲーム内にアイリが荷物を山積みにして通りを歩く、というシーンがあるのだ。

それはゲーム序盤にたびたび発生する好感度稼ぎの出来るイベントだった。

学校の寮生活で使う生活用品をのみの市が開かれている広場で買い、山積みにして歩き回るアイリを見て、ランダムに選ばれた男性キャラがそれを見かねて大半の荷物を持ってあげるというものだ。

今はロテュスがアイリの荷物を持ってあげたのだから、ロテュスの好感度が上がったりしたのだろうか、とソフィーリアはつい噴き出してしまったのだ。

ゲームを思い出し、なんとなくご機嫌なソフィーリアは次に入る店を品定めしてキョロキョロと辺りを見回す。

そんなソフィーリアを見て、アイリは柔らかな笑顔を浮かべた。


「ソフィーリア様、なんだかとても楽しそうですね」


「あの、アイリ様はソフィーリア様に対して何か思う所はないのですか? 侍女である私が言う事ではないのですが……」


「思う所、ですか? そうですね、いきなりオルレ家に来られた時は何事かと思いましたが、やはりソフィーリア様は私の思うソフィーリア様でした。とてもお奇麗でお優しい方です」


「は、はぁ……?」


アイリの返答にロテュスは困惑する。

ソフィーリアは確かに相当な美人ではあるが、今この状態でよくもまぁ優しいなどと言えるものだと。

悪い人ではないが、公爵令嬢という立場を鼻にかけた高慢ちきな女、と怒りの一つでもわかないのだろうか。

ロテュスはそう心の中で思いながら貴族は分からないと結論付けて、早く来なさいよと大声を出すソフィーリアの後を追った。


「次はここね」


「え、いや、あのソフィーリア様? ここって……」


「最近できたっていう宝石店よ。アクセサリーにもしてくれるそうだから、気に入った宝石があれば言ってちょうだい。ロテュスもどう?」


「御冗談をソフィーリア様。私は侍女ですので。そのような事は侍女としての分を越えます。どうかご理解のほどを」


「堅いわねぇ。まぁいいわ、貴女らしくて好きよそういう所」


「お褒め頂き光栄です」


ソフィーリアの軽口を適当に流すロテュス、アイリはぽかんとした様子で二人を見ていた。

アイリの様子がおかしい事に気付いたロテュスはあぁ、とアイリが何を考えているのかに思い至り苦笑いを浮かべた。


「アイリ様、今のソフィーリアのお言葉はただの冗談でございますので、本気になされないように。一部の者にはああいう軽口を仰る事があるのです。ソフィーリア様にそういう気がある訳ではございませんのでご安心ください」


「え、え? あの、えっと? あ、あわわわわ!? そ、そうですよね、あぁ、びっくりしました!! すみませんロテュスさん。あんなにも滑らかに誰かに好意の言葉を伝えられる人が他にいるなんて思わなかったものですから」


「他にもソフィーリア様のように軽口で好きだの愛してるだの仰られる方が居たとして、その方が殿方なら話半分に受け取った方がよろしいかと。殿方はみなケダモノですので、そこに関しては平民も貴族もございません。偏見塗れの私見ではありますがね。さ、ソフィーリア様がお店の中でお待ちです、参りましょうアイリ様。それと私の事はロテュスと呼び捨てで構いませんので」


「は、はい。分かりましたロテュスさん」


意外と頑固なのか、それとも抜けているのか、アイリの人物像を掴みかねるロテュスだった。

店内ではすでにソフィーリアがアイリの事を聖女だと吹き込んでいた為、最初から店員の態度は媚び媚びしており、アイリは若干苦笑いを浮かべていた。

店員が見せる宝石を無視して、ソフィーリアは自らの目で宝石を見定めていく。

今ソフィーリアが見ているのは自分の為の宝石ではなかった。


「これなんかアイリさんに似合うんじゃないかしら? このエメラルドの吸い込まれるような緑は貴女の深紅の髪色に映えると思うんだけれど、でもちょっと地味かしら。アイリさん顔に似合わず胸が狂暴だから、少し派手めな装飾の方が映えると思うのよね」


「い、今私の胸は関係なくありませんかソフィーリア様ッ!?」


両腕で大きな胸を隠すが、大きな胸がアイリの小さな手で全て隠れる事はなかった。

むしろ、小さな手が食い込んだ胸は、よりその大きさを見せつけているようだった。

アイリの狂暴な胸を見てロテュスは自分の胸に視線を落とす。

つま先が見えた、その事実がロテュスの心を抉る。


「デカけりゃいいってもんじゃないんですよ……」


ぼそりと呟いたロテュスの言葉は誰の耳にも入る事なく、虚しく響くのだった。

そんな三人の様子を店外の物陰から覗き見る影が一つ。

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