12・罪には罰を
ゆっくりと扉が開き、そこからアイリが姿を現す。
その顔には少しの困惑が滲んでいる。
「ごきげんようアイリ。今回の私の来訪が何の為かは理解なさっているかしら?」
ソフィーリアの有無を言わせぬ言葉にアイリはビクリと肩を震わせた。
ちょっと圧強すぎたかな? などと多少焦りながらもソフィーリアは更に続ける。
「先日、貴女がしでかした事への処罰を与えに来ました。それがソレイユ様の婚約者としての責務ですので。覚悟はよろしくって?」
「はい。ほかならぬソフィーリア様のお言葉。謹んで罰をお受けします。如何様にも。でも、オルレ家には関係ありません、全て私が悪いんです。どうかオルレ家には何もなさらないでください!!」
唐突に土下座をするアイリに驚いたオルレ家の当主アルバンは慌てて、アイリに駆け寄った。
「やめなさいアイリ!! 君が何か粗相をしたのなら、それは私たちの教育不足が原因だ、自分を責めてはいけない!! ソフィーリア様、アイリの代わりに私に罰をお与えください!! この子はまだ貴族になって日が浅いのです、この子が犯した罪は私の罪も同じ、どうか!!」
今度はアルバンがアイリに代わり土下座を始めた。
その光景に大いに困惑しつつ、どこかゾクゾクと快感めいた思いが湧き出てくるのを感じ、ソフィーリアは冷や汗をかく。
(やば、この感じ悪役令嬢としてのソフィーリアの行動原理に当てはまったせいかも。ゲーム内ではソフィーリアは本当に楽しそうにアイリや他の下級貴族を虐げ苛めていた。このままじゃあ、今の私もそうなっちゃうかも……)
深呼吸をして、心を落ち着けたソフィーリアはガタガタと震えながらも頭を下げるアイリとアルバンに近寄った。
「アイリ、王国の剣たる我が父、ランベール・アンドレアノス・フォン・イヴァノフに代わり私が貴女に罰を与えます。ついてきなさい」
「は、はい……」
どこか絶望にも似た表情でアイリはソフィーリアの後ろに付き従って、玄関に移動した。
アルバンが慌ててその後を追う。
「ソフィーリア様、アイリが平民上がりだからとは言え今は貴族ですぞ、独断で貴族を断罪するなど、王に対しての越権行為ではありませぬか!? 」
「黙りなさいアルバン・ド・オルレ。これは決定事項よ、逆らうなら貴方もアイリと同じく罰を与える必要が出てくるのだけれど?」
ソフィーリアの言葉にアルバンは構いませんと口にしようとして、アイリに止められた。
涙目で震えるアルバンの手を優しく握り、アイリはニコリと笑った。
「大丈夫です、アルバンお義父さま。ソフィーリア様はお優しい方ですから」
「ア、アイリ……すまない」
二人の様子を見て、快感と後悔の感情が押し寄せて色々とキツくなってきているソフィーリアはため息を一つついて、アイリの手を握り、無理やり立たせた。
「アイリさん、私、あの時の貴女の行動のせいで、王立学校の制服をまだ受け取りに行けておりません。色々と面倒な事になった罰として、荷物持つを命じますわ、よろしくて?」
ソフィーリアの言葉にアイリはきょとんとした顔になっていた。
荷物持ち、それは従者が行うべき事であり、貴族がする事ではない。
もし、そんな事を貴族に強要したとすれば、それは爵位を笠に着た横暴以外のなにものでもなく、弱みに付け込んだ、あまりに傲慢で、あまりに愚かな行為である。
ソフィーリアがいかに公爵家の令嬢であるとはいえ、他の貴族を従者の如く扱うなど、王族ですら許される事ではない。
だからこそ、とソフィーリアは考えたのだ。
ここまでの辱めを貴族に与えたとすれば、それはもはや同情されてしかるべき事。
しかもソフィーリアは王国の剣と謳われるランベール・アンドレアノス・フォン・イヴァノフ公爵の娘、ソレイユ王子を侮辱された事に怒り、貴族を従者の如く扱うという愚行に走ったのだと、納得すらされる可能性もある。
従者の如く扱われた貴族に更なる罰を与えるというのは、ソフィーリアの行動を肯定するに等しい。
ソフィーリアと同列に語られる事を恐れる貴族たちはアイリへの、ひいてはオルレ家への批判や誹謗をやめる、とソフィーリアは考えていた。
ただ、それがどこまでうまくいくか等、全く考えてはいなかったのだが。
「さ、貴族街に行くわよ。急がないと夜になっちゃうわ。早くなさいアイリさん」
「は、はい、わかりましたソフィーリア様!!」
(なんで、笑ってるのこの子!? 荷物持ちよ? 従者扱いされるのよ!?)
何故か笑顔のアイリに混乱するソフィーリア。
アイリにとって荷物持ちなどの力仕事は平民の時からよくしていた事でしかなく、それが辱めであるなどと言う感覚は持ち合わせいなかった。
むしろ、荷物持ち程度の事を罰であると言い出した、ソフィーリアの事を優しいお方だと確信すらしてしまっていた。
「おぉ、アイリ済まない……。そんな従者の如き扱いをさせてしまう、愚かな私を許しておくれ……」
ソフィーリアのあまりに傲慢な行為に悔し涙を流すアルバンと対照的にアイリはどこか浮かれていた。
「ソフィーリア様とご一緒にお買い物に行けるなんて、私、とっても嬉しいです!」
「え、えぇ……」
若干、引きながらもソフィーリアは自分の馬車にアイリと共に乗り込み、貴族街へと馬車を走らせた。
アイリは窓から身を乗り出して、膝をついて涙を流すアルバンに手を振っていた。
「いってきますーお義父様ー!!」
「アイリさん、貴女は貴族でしょ。はしたない真似はおよしなさい。あと、普通に危ないでしょ、おっこちたらどうするのよ、まったく。怪我じゃすまないわよ」
「あ、すみませんソフィーリア様」
ソフィーリアとアイリの様子を御者の横に座っている侍女が見ていた。
「ソフィーリア様は何をお考えなのでしょう。聖女であるアイリ様を従者の如く扱うと言ったと思えば、危ないからとその身を案じておられる。一体何がしたいのでしょうか……」
侍女の言葉に御者は肩をすくめてみせた。
「さぁてね、お貴族様のお考えはワシ達みたいな下々の者には分からんさ」
そして、数時間かけて馬車は貴族街に到着したのだった。




