10・絶望と諦めと
アイリがソレイユ王子への暴行の罪で処刑された。
転がる首が私の足元で止まる。
アイリの恨めし気な目は私に何かを訴えかけているようだった。
頭だけになったアイリが口を開く。
「なんで助けてくれなかったんですかソフィーリア様」
違う、助けようとした、私は貴女を救おうとしたの。
「じゃあなんで私は処刑されたんですか?」
それは、お母様が……、でも私は止めようとしたの、頑張ったの!!
「でも、私は死んだ。貴女は何もしなかったと同じです。人殺し人殺し人殺し」
違う違う違う、私は、貴女を――。
「自分が死にたくないから私を助けようとしてただけですよね。自分が死なないなら、私なんてどうなってもいいんじゃないですか?」
首だけのアイリが冷酷な口調でそう言い放つ。
アイリの切断された首から大量の血が溢れ出し、辺り一面が血の海に変わる。
そう、これはアイリを助けられなかった事で今後流れる血、この国に住まう者たちすべての血なのだ。
血の海に飲み込まれ、怨嗟と絶望の声が頭の中で木霊する。
「貴女もこうなるんです。それは避けられない運命なんですよ」
首に冷たい金属が触れる感覚、この感覚はほんの一瞬だったけれど鮮明に覚えている。
これは私の首を落としたあの剣の……。
コンコンと扉がノックされる音でソフィーリアは目を覚ました。
寝汗で寝間着が体に張り付いた気持ち悪さを感じつつ、荒く息を吐いたソフィーリアは自分の首筋に手を這わせ、ちゃんと首が繋がっている事を確認した。
繋がっている首に安堵しつつも、昨夜の件で母であるフロランスを説得出来なかった不安からあんな悪夢を見たのだろうと、ソフィーリアは大きなため息を吐く。
「最悪ね……」
更にコンコンと強めにノックされ、ようやくソフィーリアは誰かが扉の前に居る事に気付いた。
「どうぞ」
扉を開けて中に入ってきたのは父であるランベールだった。
「おはよう、ソフィーリア。その、なんだ、大丈夫かい?」
「おはようございます、お父様。もう大丈夫ですから」
昨日の事で気を使ってくれている様子のランベールにソフィーリアはなんとか笑顔で挨拶を返した。
ランベールは無理に笑顔を作っているソフィーリアに気付きながらも昨日の件を口にする事はしなかった。
「もう朝食の準備は出来ている。少しでも食べておきなさい」
「はい、分かりました。着替えてからすぐに向かいます」
「……」
何かを言いたげなランベールだったが、何も言わずに扉を閉める。
ソフィーリアは隣の部屋に控えている侍女のロテュスを呼び、寝汗でべとつく体を軽く拭いてもらい着替えを手伝ってもらってドレスに着替えた。
「ロテュス、お母様はどうしていらっしゃるかしら……」
「お、奥様はその、朝早くから馬車で王宮に向かわれました。火急の用向きがあるとかで」
「……そう」
終わった、ソフィーリアはそう思った。
フロランスはゲーム内にほぼ登場しないキャラクターだ。
プレイヤーとしてのソフィーリアはフロランスが何を考えているか分からずにいる。
そして、娘としてのソフィーリアから見たフロランスは貴族然とした母であり、記憶にある母は常に無表情であり、笑顔など見た記憶のない氷の様な人というイメージしかなかった。
だから、その二人の意識が混ざっている今のソフィーリアはアイリが助かる道はもうないと、諦めてしまっていた。
自分の懇願は意味がなかった、意味のある相手ではなかったとソフィーリアは絶望し、数年後の処刑、いやそれ以上の惨劇を思い打ちひしがれてしまった。
「ロテュス、ごめんなさい。ちょっと気分が悪いの、朝食は食べれそうにないわ。お父様に謝っておいてくれるかしら」
「……かしこまりました」
ロテュスが部屋を出て行ってから、ソフィーリアはドレスのままベッドに横になり、両手で顔を隠してゴロゴロと転がり出した。
「あぁああああああああ!! なんでこうなるのよぉおおおおお!! 私頑張ったのにーー!! お父様や怖いお母さまにだって頑張って説得しようとしたのにーーー!! ソレイユ王子が良いって言ってたんだからいいじゃないのよーーー!! 聖女のスキルを持つアイリが居ないと国が大変な事になる事くらい分かるでしょー!! 王族のメンツより国の存亡の方が大事でしょ!? いやだぁああああ死にたくないいいいい!!」
ひとしきり喚いて多少スッキリしたソフィーリアは深呼吸してベッドから起き上がり、アイリへの処罰をどうにか出来ないか思案する。
あごに手を当て、ぐぬぬと唸りながらソフィーリアは部屋の中をぐるぐると歩き回った。
「そもそもアイリがソレイユ王子をビンタした理由ってなんなのかしら、ソレイユ王子は自分が悪いとしか言わなかったけど。王子自身が非を認めてるのになぁんでお父様もお母様もアイリに罰を与えたがるのかしらね。あぁ、そう、そうよね、王族や貴族のプライド、メンツってやつよね。アイリは今は貴族と言えど元は平民、元平民が王族に手をあげて無罪放免じゃあ、舐められるって事よね。なるほど、そう言う考え方なのね」
ぶつぶつと独り言ちながら異なる意識としてソフィーリアの記憶と知識を参照に現状を再確認し、情報をまとめていく。
フロランスは王宮に向かった、それは国王にアイリについての処遇を問いただしに行ったのだとソフィーリアは考えた。
「ソレイユ様の言葉通りなら、ソレイユ様はアイリの件を誰にも報告していないはず。でも、お父様、ひいてはお母様の耳にはすでに入っている。なら国王陛下の耳に入っていないはずはない。国王陛下はソレイユ様の意向を汲んで、アイリに何もしない可能性が高い。でもそれは王族の権威の失墜、そして貴族の横暴を許すような事態に繋がりかねない。お母様がアイリへの罰を強く考えているのは納得は出来る。出来るけど、それでアイリが死んだりしたら、国そのものが遠くない未来に滅ぶ。はぁ、ジレンマってやつねぇ」
アイリがソレイユを平手で叩いた事が一部とは言え知られている以上、他の貴族の耳に入るのは時間の問題、王族の権威を守る為にはアイリに厳罰を与える必要があり、だがアイリに厳罰を与え、万が一死なせてしまったら遠くない未来に魔人によって国は滅亡する。
「はぁ、どうすればいいのかしら、お父様はお母様が説得するとは言ったけれど、そのお母様自体の説得は私には無理だし……。いや、違うわね。お母様を説得なんて不可能な事をする必要はないんだわ。お母様はあくまで王族の権威の失墜を懸念してるんだから、アイリを罰したと言う事実があればお母様は納得してくれるんじゃないかしら?」
ソフィーリアはそこまで考えて、王子であるソレイユを害したアイリに死なない程度の罰を与えれば、他の貴族は何も言えなくなるのではないかと考えた、が。
「じゃあ、誰がアイリを罰するのかって事よね。お父様やお母様は論外、ソレイユ様は自分でアイリを責めないと言った以上、罰なんて与えるはずはない。国王陛下も甘い方ではあるけれど、王として王子に危害を加えた相手が誰であれ、裁かなくてはならない。半端は罰は恩情を与えたとして、権威の失墜い繋がる。だからお母様は王宮に行って釘を刺しに行ったのでしょうけれど、あーもう、どうすれば――」
部屋の中をぐるぐると歩き回っていたソフィーリアはふと壁に掛けられている自分の肖像画に目を止めた。
そして、ポンと手を叩いた。
「そうよ、イヴァノフ公爵家令嬢、王国の剣の娘である私がアイリを罰すればいいんだわ!! 王家とも関係があって、ソレイユ王子とも婚約状態にある私ならアイリを罰する正当な理由がある!! 私が納得のいく罰をアイリに与えれば誰も文句は言えないはず、お父様はもちろんお母様だって!! 元々わがままで高慢ちきな私だもの、アイリに罰を与えたってみんな納得するわ、私がちょっと悪役になればアイリを助けられる!!」
他の誰でも自分自身がアイリを先に罰する事で他の誰かがアイリに厳罰を与える口実を奪う。
ソフィーリアの父ランベールは王国の剣であり母フロランスは現王妃の従妹、王家との繋がりは十分であり、ソフィーリア自身もソレイユの婚約者である以上、アイリを罰する資格は十分にある。
ならば、とソフィーリアは行動を開始した。
部屋を飛び出し、駆け足で食堂に向かう。
バーンッと勢いよく食堂の扉を開け放ち、ソフィーリアはいきなりの出来事に呆気に取られているランベールに対して、満面の笑みで言い放った。
「お父様!! 私ちょっとアイリに罰を与えてきますわ!!」




