田中三雄が勇者サードとして魔王討伐に向かう話。
三雄は13歳になっていた。
しょっちゅう女神を呼んで進捗やもう1人の勇者について聞くが進捗は「まだまだですね」で、もう1人の勇者に関してはある程度細かい情報を教えてくれて「港に居た大クラゲを退治して船で隣の大陸に行けるようになりましたよ」や「仲間を迎えて大砂漠を突破しました」等と教えてくれた。
そして女神は村長の元に神託を与え、今現在の勇者の後を追って2年半の間に鍛え抜いてから直接魔王の居城を狙うように指示を出した。
村長は信心深い性格で女神の言葉に従う。
まずは近くで評判の者たちを連れてくると三雄に様々な技術を叩き込む。
それこそ解錠技術や隠密の技術といった戦闘外の技術も叩き込み、最後には村の横にダンジョンと行っても過言ではない巨大な建物を作り始めた。
「サードが勇者として成し遂げられるかはお前たちの手にかかっている!」
そう言って老若男女問わず昼夜三雄の為に三交代制でダンジョンを作っていく中で農産畜産は怠れないとこちらも三交代制になり、付近で評判の腕自慢達も三雄が寝る時間以外は全て戦闘技術を叩き込む為に行動させられた。
勇者としてのポテンシャルを与えられた三雄からすれば訓練は過酷だがやれば結果が伴うので耐えられたが、1番キツいのは高齢で死を待つのみの老人達や先日まで遊び友達だった子供達までが三交代制で村の為に働いていた。
皆、女神からの神託をありがたいモノとして感謝すらしていた。
流石に病で死にかけた村民の行動には三雄は「寝ててよ!」と必死に声をかけたが「何言ってんだ、今は余裕かも知れないから心苦しいかも知れないが旅立てば辛いのはサードだろ?いいんだ。俺はここで働いて天国に行くんだ」と言って「女神様、最後にこの仕事を与えてくださった事を感謝しております!」と言って死ぬまで働いていた。
こうして異例の速さで出来上がった建物は村長監修の「わしの考えた最強の魔王城」というモノで各種トラップや謎解きがサードを迎えていた。
そして夜中は双葉と創一との戦闘訓練。
三雄の生活はもはや寝る時間以外は全て…否、寝る時間も食事も全て勇者になる為に徹底された。
寝る時はよく眠れるようにお香を焚かれたと思ったら夜襲の訓練を仕掛けられる。食事は好き嫌いは許されず栄養価の高い虫なんかが出てきたこともあった。
三雄は心の底から村長に打ち明けて村を出ようとした事を後悔していた。
だがその生活もようやく終わりを迎えた。
「明日ネツトを旅立ち、城へと向かい私と共に王に名乗りをあげて魔王城を目指しましょう」
どれだけ待ったかわからない言葉だったが遂に得られた事に三雄は心の底から喜ぶ。
実際、双葉と創一は「最強の村民」のせいで三雄が強くなった実感はないので心配だが村長が呼び寄せた強者達は「サードは間違いなく世界最強の勇者だ」と言っていたので信じる事にした。
「じゃあ皆!行ってきます!」
三雄の出発はそんな感じの軽いモノだった。
双葉と創一からすれば致し方ないが親子としては少し寂しさも残る。
「行っちゃった…」
「な…、無事に帰ってきてほしいな」
そんな横で村長が音頭を取って万歳三唱をしている。
見た目や食生活こそ違うが案外双葉達が暮らしやすいように手が加えられているのか村長達は日本人に近いのか普通に「やぶさかではない」や「くわばらくわばら」等を使う。
三雄は歩きながら姿の見えない女神に連絡をすると女神は三雄の前に姿を表す。
それは、あの日異世界トラックにはねられた日に出会ったままの姿であった。
「なあ、女神様。時間の猶予ってあるの?」
「ギリギリです。城に滞在を求められると間に合いません」
「…本当にギリギリなの?」
「はい。ギリギリまで修行をして貰いました」
「そんなに魔王って強いの?」
「はい」
「もう1人の勇者って大丈夫なの?」
「…まあ…、彼にはこの旅路で見つけた仲間達がいますから大丈夫です。3倍以上の大きさの人喰い鬼の拳に打ち負けない戦士ダイヴ。百の魔物を一撃で焼き尽くす炎の魔法使いレグオ。そして千切れた腕すら蘇らせる治癒魔法の使い手フロティア。人間最強と言っても過言ではありません」
「…そんなに強いのか?まあいいや、じゃあ飛ばすから着いてきてよ」
「は?サード!?」
三雄は本気で走り出すとあっという間に見えなくなる女神は慌てて追いかけて「サード?そんな無理をしてはいけませんよ?」と言うが三雄は無理をした覚えはない。
「基礎訓練とかいって創一に一晩中追いかけ回されたからこれくらいなら平気だよ」
「…このペースだと明日には城に着きますが…」
「あ、そうなんだ。じゃあそうなんだね」
「…では明日城に着くと言ってよろしいですか?」
三雄は「よろしいんじゃない?」と言って走り続けた。
三雄は片っ端から村や街を無視して城を目指す。
路銀は訓練で倒した魔物の素材を村長が売ってきたものや村一丸となって三雄の旅が楽に進む為のモノとして訓練に参加できないものがひたすら金策に走っていてひと財産あるのだが、あの爪に火をともすような日々を見てきた三雄からすると手をつけるわけにもいかない。
別に野宿のやり方も仕込まれていたのでなんとかなる。
夜になると女神がアレコレと声をかけるが「平気ですよ」「やれますよ」と返されて全部1人でやり切ってしまう。
「…せめて寝た後の防犯は任せてくださいね」
「平気ですよ。で一個いいですか?」
「はい?なんでしょう」
「なんで今まで声だけだったのに今は横にいるの?」
そう、女神は今までは呼びかけようが何をしようがたまに出てくることはあったが神託という形で声のみだった。
「魔王城を目指す勇者は今は平坦な一本道に居ますので事情を説明して今はサードを城に案内する道を選んでいます」
「女神様って神様でも同時にあっちもこっちもって出られないの?」
「神はそこまで万能ではありませんよ」
「そうなんだ。じゃあ城まで案内よろしくね」
サードは翌日から猛ダッシュで城を目指す。
その間は雑談なんかをするが女神が話した中で特徴的だったのは向こうの勇者達にサードを迎えに行く話をした所、「また生意気なガキが増えんのかよ」とレグオが言い、勇者が「酷いなそれ」と返すとフロティアが「仕方ないわ。あなた同年代というより親達と話してるような感じなのよ?」と笑い、最年長のダイヴが「違いない。だが5人目が来てくれたらフォーメーションの幅が増えるから間に合ってほしいな」と話していて、最後に勇者が「女神様が逆算してくれたから間に合うさ、今はその後輩が安全に着いて来られるように道を切り拓こう!」と言う話だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
三雄は城に着くと随分なもてなしを受ける。
早く到着した事に関してはネツトから走ってきたと言っても信用されずに「どうせ女神様のお力だろう?」と馬鹿にされた。
苛立つ三雄に「さあサード、王に謁見を済ませて旅立ちましょう」と女神が声をかけてその場を誤魔化す。
だが城の中はアウェイ感が凄くて皆三雄を異物のように見てくる。
そこには畏敬も何もない。
「女神様?敵視されてません?」
「…皆警戒心が強いのですよ」
三雄はものは言いようだなと呆れながら着いていくと謁見の間に王と妃、そして姫が家臣達と三雄を待ち構えていた。
「お前が女神様の言う勇者か」
「遅く生まれてきた為に遅れています。遅れを取り戻すように」
そんな喧嘩腰の言葉に三雄は苛立ちながらも「ネツト村のサード。これより勇者として旅立ってきます」と挨拶をした。
ここで敵視の理由がわかる。
姫が「ああやだ、また?子供らしくないわ」と言う。
先行してる勇者も転生者なら多分40前後になる。それが13歳の姿で謁見してきて子供扱いしたらやり返されて面白くないのだろう。
さらに兵団のトップ、団長的な奴が「この勇者が本物か見極めさせてください!」と言い出す。
「どう見ても小童!以前の勇者ルークスには遅れを取りましたがこの小童相手に負けはしません!」
「おいおい、何仲間内で消耗するような事を言ってんですか?」
「ふはははは!怖気付いたか小童!どうせ名声目的で勇者を名乗っただけで戦いの覚悟もあるまい!それにネツト?どこだそれは?国王陛下の温情で大陸に在籍させてもらっているだけの辺境であろう!お前のような子供を恥ずかしげもなく送りつけてくる恥知らずの村に逃げ帰るが良い!」
この言葉に三雄はキレた。
心はいまだに日本人田中 三雄だと思っていたが13年生きたネツトを悪く言われて面白くない。
三雄を鍛える為に、十分な路銀を持たせる為に村の皆は死にものぐるいだった。
それを馬鹿にされて許せるはずもなかった。
「おい、オッサン。取り消せ。百歩譲って俺がガキだってのは構わねえ。だがネツトを悪く言うな。取り消せ」
三雄の放つ圧力に身じろぐ団長であったが団員や国王の前で退く訳には行かずに去勢を張る。
「ほう、そこそこやるようだ。眼力もいい。だが歴戦の戦士である私に挑むのであれば怪我を覚悟するんだな!出発が出来なくなるかも知れんぞ!」
「はぁ…、御託はいらねえよ」
三雄は横で困り顔の女神に「女神様?とりあえずコイツをシメてから出発な。その時間くらいあるだろ?」と聞く。
「…構いませんが殺さないでください」
「努力はするよ」と言った三雄は女神との話を済ませた事で臨戦体制になる。
今まで以上に身体を襲う圧力に団長は逃げ出したくなる。
「どこでやる?」
「お前如きに決闘場は勿体ない」
せめて負けるにしても人目につきたくない団長の虚勢だったが三雄はそれを見抜く。
「いや、決闘場にしようぜ、お前の負け姿を皆さんにご披露だ」
「何!?」
「それに負けた瞬間丸坊主な。別に俺が負けたら罵られながらネツトに帰ってやるよ」
「…な…!?丸坊主…、そんな…」
カチカチのリーゼントがトレードマークの団長はドン引きするが姫がそれを許さない。
「貴方は兵団長!勇者とはいえ子供にいいように言われてなんになります!戦いなさい!」
この言葉で決闘場に通されると、訓練用だろう。安物の木剣と木の鎧が渡される。
見物人達もドン引きだったのは三雄は木製装備なのに団長は本気のフル装備、金に輝く剣と鎧で現れる。
「おいオッサン。なんだそれ?」
「貴様が勇者であればこの程度の戦力差等は気にならないはず!それに魔物達は貴様の装備に合わせるわけも無かろう!」
「散々ガキ扱いしてそれかよ?ダセェ。それで?ネツトを悪く言った謝罪は?」
「あるか!そもそも挑発に飲まれた貴様が悪い!」
「本当に口ばっかだな」
「ふっ!学の無いガキが!」
こうして始まった戦いは一方的だった。
初めこそ身軽に団長の懐に入って一太刀浴びせた三雄だったが剣は三雄の力に耐えきれずに折れる。
外野からは「無理だ!あれは剣を折らないように訓練する時の松の剣だろ?鎧だってかさばるだけで邪魔な防御力なんて有りもしない!」と聞こえてくる。
だが内心団長は逃げ出したい。
今の剣撃一つで内臓が悲鳴を上げていた。
「…マジダセエ。そうまでして勝ちたいのか?」
「言いがかりをつけるな!全部貴様の弱さが招いた結果!田舎者らしく辺境に帰って惨めに生きよ!魔王討伐に貴様のような子供は必要ない!」
「テメェ、またネツトを悪く言いやがったな?骨の2、3本は覚悟しろよ?」
「丸腰が笑わせるな!」
団長は大人気なく剣を振るう。
よく見ると剣には刃がついている。
何がそこまでさせるのか、明らかに殺意のある行為だった。
「甘いんだよ!スーパーモード!」
そう叫んだ三雄はポーズを決めると団長の剣を受け止める。
観客達は三雄の死を確信していた。
それは団長も同じで一気に振り抜こうとしたが剣はポーズを取った三雄の腕で止まっている。
殺してしまったと思ったがピンピンしている三雄を見た団長は「何!?」と驚きを口にし、三雄は「オーラアーマーだよバカヤロウ」と言う。
「オーラアーマー!?なんだそれは!?何故剣が通らない!?」
「知らねえよ、溢れる闘気かなんだか知らねえが鎧化させてみたんだよ!」
団長は「バカなぁ!」と叫びながら何回も剣を振るう。だが一度として三雄は傷つかない。
「ば…バカな…?この剣はかつて曽祖父が地獄谷から持ち帰ったヘルチタニウムから作り上げた豪剣だぞ…」
「お前…、それできて俺には松の木かよ…」
呆れる三雄に団長が「だがお前には剣はない!私の鎧も同じヘルチタニウム製!このままでは引き分けだな!うはははは!」と笑って勝負を終わらせようとしたが三雄は「剣?あるって…」と言って団長を睨みつけた。
「へ?」
「目をかっぽじって見やがれ!オーラソード!」
三雄の全身を覆っていたオーラアーマーから少しずつオーラが右手に集まるとそれは剣の形になる。
「んな!?」
「にひひひひ、動くと死ぬぞ?」
三雄は一気に距離を詰めて心臓の位置にある鎧を切り裂く。
団長ご自慢のヘルチタニウムの鎧はいとも容易く切り裂かれる。
そしてそれだけでは済まずに「あー…なんか後から言われてもやだから殴るわ」と言って鎧越しに団長を殴ると切り裂かれていない鎧には三雄の拳の形に凹み団長は壁まで殴り飛ばされていた。
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兵団長を殴り飛ばした三雄は「約束は約束だからよ」と言ってオーラソードを小ぶりにして兵団長の頭を丸坊主にして「あースッキリした」と言う。
そして姫を見て「終わりの号令は?」と聞く。
姫は悔しそうに「勇者サードの勝ちです。そのお力で是非このバトラバトルズをお救いください」と言った。
再び謁見の間に通された三雄はとりあえず兵団長の謝罪を要求する。
中々謝らない兵団長に呆れながら「キチンと謝罪もできない部下を持って国王陛下達は大変ですね」と三雄が言う。
この発言に王達は三雄を睨むが三雄自身は知った事ではなく「部下の躾も出来ないと周りから陰で何を言われるか分かったものではありません。それに国王陛下が愛している国民を愚弄する部下なんて以ての外、更に言えばそんな行動をしたのが兵士の皆さんを纏め上げる団長なのだと知れてしまえばさぞかし国民達はショックを受けましょう」と言う。
間違ってはいないがそれを13歳の子供が言うのだから腹立たしい。
「本当ですわ。カオロ兵団長は団長に相応しくないのかも知れませんわね。勇者サード、間違いを正してくれてありがとう」
そう言ったのは妃で、我先に兵団長の切り捨てに入り、親そうな臣下達も「確かに」と言い出す。
どうやら王と妃はあまり仲が良くない。
ここで姫がコロリと国王を裏切る形で「本当ですわ。兵団長、誠心誠意の謝罪をしなさい」と言う。
兵団長は真っ赤な顔でプルプルと震えながら「勇者サード様、大変な御無礼を働き申し訳ありません」と謝る。
「俺にじゃない。俺の故郷に謝ってください」
「くっ……」
カオロは三雄を睨みつけるが三雄は痛くも痒くもない。
それどころか坊主頭が情けなさを強調している。
「姫様、なんか反抗的じゃないですか?あの態度って王様にも失礼ですよね?」
「確かに、今の行動は全て陛下や我々にしているものと同義ですよカオロ?」
「…国王陛下が愛してやまないネツト村の方々を愚弄して大変申し訳ありませんでした」
「如何ですか?勇者サード」
「はい。ありがとうございます。それで、俺は丸腰だから何か武器とか持たせてくれませんか?無ければさっきのヘルチタニウムの剣でもありがたいんですけど」
これには団長が必死に拒否をして何とか同じヘルチタニウム製の剣を分けてもらう。
剣を構えた三雄は「ありがとうございます」と言うと姫は「やはりバトラバトルズの方が持つとサマになりますね」と言い、妃は「申し訳ありませんが勇者ルークスが持って行った女神様が授けてくれた勇者の剣と鎧に比べるとヘルチタニウムは劣る金属で申し訳ありません」と言った。
何か違和感がある。
だが三雄にはそれはいまいちわからなかった。
今大事なのは早く勇者ルークスに合流する事だった。
「じゃあその勇者ルークスを追いますのでここで失礼します」
三雄は早々に城を後にする。
先程の戦いを見ていた兵士達は三雄に友好的に声をかけて見送る。
外に出ると夕方だったが気にする事なく女神の指示通りに魔王の居城を目指す。
だがすぐに着くわけではなくこの先には最短でも海を越える必要がある。
勇者ルークス達は砂漠を越える為に巨大な蟻地獄型の魔物を蹴散らし、太陽に偽装した魔物を倒して砂漠の気温を下げたりしたが三雄はただルークスが切り開いた道を進むだけでいい。
それでも合流には何日もかかる。
この日も金を惜しんで野宿をする。
焚火の火を眺める三雄に女神が「サード、ひとつ聞かせてください」と話しかけた。
三雄は枝を放り込みながら「ん?何?」と聞いた。
「何故あの兵団長相手に本気を出したのですか?」
「はい?」
「そこまで許せませんでしたか?人間同士で潰し合いをしてはなりません。それに力を見せつけるなんて…」
悲しそうに話す女神に三雄は「え?本気なんて出してないよ」と言った。
「…………え?」
「え?」
「確かにヘルチタニウムは私の生み出した剣には劣りますが簡単に防げたり破壊できるものではありませんよ?」
「え?そうなの?」
ここで女神と三雄の会話に食い違いがある事に気付き、今度は三雄から女神に質問をした。
「えっと…さ、一応聞くけどこれまでって俺達に姿を見せないで話だけしてたよね?」
「はい。勇者ルークスが仲間達と出会うお手伝いをしたり冒険の協力をしていました」
「それで女神様は2カ所同時降臨とか無理なんだよね?」
「はい。私にはその力はありません」
「それで一応聞くけどさ…」
三雄は2度一応聞くけどと言う。
「はい。何でしょうか?」
「頻繁に呼んで魔王討伐に行けるか聞いたら女神様は「まだです。まだサードは弱い」って言ってたよね?あれ、本気で俺の事を見てから答えた?」
バツの悪そうな女神が「……それは…」と言うと三雄は間髪入れずに「もしかして見てなかった?」と聞いた。
そう、女神は三雄を見る事なく他の勇者達が10歳だった時の強さを基準にして「まだ弱い」「もっと鍛えろ」と言っていた。
「そ…それは仕方がなかったのです!3年前は分刻みで仲間を迎える大事な時期で!戦士ダイヴはたまたま同じ街に居たタイミングで出会わなければ縁が生まれませんでした!あの街は複雑で!魔法使いレグオも親友に騙されて奴隷契約の書類にサインをしてしまった所で助け出さなければ!」
女神は必死になって弁明を始め、しまいには「サード、そもそも貴方が異常です!勇者の素質は与えましたがその力は何ですか!?オーラソード?オーラアーマー?闘気?そんな技は見た事もありません!」と言い出す。
「オーラアーマーとかは魔法を使う時に手に溜まる力を勝手に闘気とかオーラって呼んだだけだよ」
「あ…あれだけの魔法を物理に変えたのですか?」
「やったら何とかなったよ。まあ纏うだけで形作れないから本当なら仮面デストロイヤーデジタルのメガチェンジ、ギガチェンジ、テラチェンジをやりたかったんだよなぁ…」
三雄は特撮ファンで創一の言うように小さな憧れはあった。
だからこそ将来は悪路を走るのに適した車に鋲付きの革手袋に革ジャンで世界中を旅したいと思っていた。
「…そ…そうですか」
「あれ?もしかして相当鍛えられてる?」
「…はい。恐らく勇者の装備を身に纏い私の加護を受けた存在と同じくらいやれるでしょう」
「おお、よかった。これで魔王を倒せれば皆も平和になるな。じゃあ明日からは決めポーズの練習でもしておこうかな…」
そう言って笑う三雄を見て女神は頼もしさを感じながらもコレジャナイ感に苛まれていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
勇者ルークスが切り拓いた道とはいえ、どうしても物理的な時間はかかる。
今はネツト村と城のあった中央大陸を発って魔王城のある北大陸を船で目指しているのだが、いくら三雄が中央大陸を早く走っても船の発着スケジュールには敵わないし、航海も潮の流れと風に左右されていた。
一度女神が「サード、一応言いますが泳いで渡るには無理のある距離ですからね?いくらサードでも無理ですよ?」と言うと「それは無理。俺泳げない。川遊びはできるけど泳げないよ」と返してのんびりと甲板掃除を手伝っていた。
そんな船暮らしを満喫していた三雄の真価が発揮したのは魔物の襲撃があった時で、食後の貝殻を遠投で魔物達に投げつけて倒してしまう。
三雄は「くそっ、貝殻終わった!なんかない?」と言って飲み終わった酒瓶を貰って投げつけたりと活躍をした上に「…おっちゃん!命綱付けるから持ってて、海に落ちたら引き揚げてよ!」と言って足にオーラと勝手に呼んでいる魔法力を纏わせると板切れや浮いている酒瓶の上に飛び乗って「イケる!接近戦!」と言って巨大なタコの魔物を倒してしまった。
三雄はタコの魔物を倒すと女神に「タコってなんかこの世界のイメージじゃないよね」と言うと女神は「…魔王の影響かも知れません」と返した。
「女神様、あのタコ食べられる?毒とかある?」
「いえ…ありませんが…、あの醜悪な魔物を食べるのですか?」
「タコだよ!?タコ刺しも焼きダコも食べる!そんで帰ったら双葉と創一に自慢する。…なんちゃってタコ焼きとか作れるかも。帰りも出るなら凍らせて持って帰ってやろうかな」
三雄はさっさとタコを切り取ると船に持ち帰ってさばいて食べ始める。
やはり食べる習慣のないバトラバトルズの人間達にはドン引きされたが「美味い!刺身サイコー、醤油ほしい!でも無いから仕方ない!とりあえず焼いて塩振って食べる!」と言って船旅を満喫していた。
3週間後、無事に船は北大陸に到着した。
船が無傷な事に港の人間は驚いた。
船員達から三雄が何とかした事を聞き、勇者に感謝をして北にある砂漠を越える為のマントや水なんかを持たせてくれた。
だがやはり1人タコパーティだけは受け入れられずに三雄は「旨いのに」と不貞腐れた。
「女神様、魔王城まで後どれくらい?後は勇者ルークスはどこら辺?」
「勇者ルークスは魔王城手前の水晶の谷に居ます。そこを越えると取り残された人間の村があり、その先が魔王城です」
「すげえ村があるんだな」
「魔王も脅威にならないからと放置しているんです」
「余裕かよ…。俺の足で何日で着くかな?」
「砂漠はいくらサードでも2日はかかるでしょう。その後の魔の湖に関してはルークスが火山の溶岩を使って魔の湖を埋め立てたので直進できます。まあ1週間と言ったところでは無いかと思います」
「OK、じゃあある程度で女神様はそっちに行ってあげてよ。向こうも心細いと思うよ?」
「…サード、ありがとうございます」
だがこの考えは甘かった。
大砂漠には再び蟻地獄と偽太陽の魔物が生み出されていた。
「マジかよ?何でだ!?」
「きっと魔王が海での戦いを見ていたのでしょう。それで合流されると危険と考えて魔物を再配置したのかも知れません!」
「くっそ…、魔王ってのはチマチマやんないで堂々と待ち構えるもんだろうが!蟻地獄をぶちのめしたら進む?」
「いえ、出来れば倒してください。これでは誰も大砂漠を越えられません!ただ偽太陽は魔法使いレグオが大魔法で辛勝した相手、とてもサードお一人では…」
「大魔法?何やって倒したの?」
「超大型のアイスランスを高出力のウインドブラストで発射しました。とりあえずポイントは偽太陽の熱で溶けないアイスランスとアイスランスが溶け切る前に命中させるウインドブラストです」
この説明に三雄は「んー…、溶けない氷と届かせる風ね…。うん。仕方ない!隠し球、出しますか!」と言った。
「はい?」
「まあ見ててよ。蟻地獄はその後でいいからまずはあのクソ暑い偽太陽をぶっ壊ーす!」
三雄は楽しそうにポーズを取ると女神は心配そうに「サード?暑さでおかしくなりましたか?」と聞く。
「いやぁ、やっぱりネツトの皆に感謝だよね。敵が超長距離からの攻撃を仕掛けてくる場合を想定した訓練とかアレコレ追い込んでくれたからね!」
この言葉通りなら偽太陽を倒す事も可能になる。
三雄はさっさと決めポーズを取って「ハイパーモード!モードチェンジ!氷!」と言って決めポーズを変える。
「ちなみに今の俺氷属性ね」
「…は?」
「設定って大事よ?」
「はぁ…」
三雄の真剣な説明にも女神はどう答えていいかわからずにいると三雄は女神を無視してさっさと始めてしまう。
「大きいのは飛ばすのが大変だから…アイスランス!」
三雄の生み出したアイスランスはレグオの生み出したアイスランスには少し及ばない程度だがそもそも勇者の能力にここまで魔法の才能は与えていない。
間違いなく後天的な三雄の訓練の賜物だった。
だが三雄はここで終わらなかった。
「超圧縮!」と言ってアイスランスに手をかざすとアイスランスはバキバキと音を立てて縮んでいき豪華な装飾の槍に変わる。
「け…形状変化?」
「これ、大変だったんだぜ?やっぱり不恰好よりは格好いいって大事じゃん?見てよココ、この曲線が中々綺麗にならなくて散々練習したんだよ」
三雄は槍の装飾を指差して説明をするとそのまま宙に浮かぶアイスランスを手に取って「オーラランス!」と言ってオーラという名の魔法力を纏わせる。
「せー…の!…あ…技名…」
慌てて決めポーズを取り直した三雄は「究極投擲!アルティメットスロー!」と叫ぶと偽太陽に向かってアイスランスを投げる。
女神は「また無茶苦茶な」と呆れつつ「流石にあの超高度には届かないだろう」と高を括るが甘かった。
アイスランスはぐんぐん上昇を続けていき、三雄は「追い風要らねえな。さすが俺のオーラパワーだぜ!」と言ってニコニコソワソワしている。
あっという間に偽太陽を貫いたアイスランスは燃え尽きる事なく飛んでいく。
それを見た三雄が「女神様は落下計算とかできる?」と聞く。
「は?え?」
「流れ弾、人に当たるの嫌だからさ、落下地点に人とか居たら逃してあげてよ」
「…え?…はい」と言って女神が離れると三雄は「その間に蟻地獄をなんとかするよ」と言っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
三雄の投げた槍は魔王城に当たり、城門を破壊していた。
出てきた魔王が「おのれ勇者め…偽太陽の仕返しか?」と言ってから「ヘルファイヤー!」と唱えて偽太陽の熱でも溶けきらなかった氷を溶かしてしまう。
女神は落下地点が魔王城とわかってからは水晶の谷を攻略中の勇者一行に合流をした。
「女神様?どうされました?」
「もうもう1人の勇者が追いつくの?早くない?」
「それともまさか勇者に何か!?」
慌てるダイヴ達に女神はネツト村を出てからの事を話す。
「村から城まで走って」
「兵団長をボコボコにシメて」
「船は無傷」
「空き瓶や板切に乗ってタコと近接戦?」
「タコを美味いと食べる?アレを!?」
「それでアイスランスを作って偽太陽に投げた?」
「…魔王城に当たったのですか?」
勇者ルークスは信じられない能力の勇者の登場に驚いてしまう。
それを察した女神は微妙な顔で「少々手違いがありました」と言って三雄の3年間を説明した。
「女神様がその子供勇者を見ずに」
「まだだもっと修行しなさいって言って」
「言われるがままに修行したんですか?」
「そんな…まさか」
「どのような修行をしたのかわかりませんが彼は魔法を放つのに必要な魔法力を勝手にオーラと呼んで身に纏ったりします。しかもその威力は兵団長のヘルチタニウム製の剣を防ぎ、逆に容易くヘルチタニウムの鎧を切り裂きました」
「ヘルチタニウム?嘘だろ?」
「だって、この前までダイヴさんのバトルアックスはヘルチタニウム製で、今でこそ鍛治王の手でヘブンチタニウムと合わせて貰ったカオスチタニウムのバトルアックスですよ?」
「魔法力を物理の力に変える?」
「…女神様、本当にその彼だけ特別な加護を付与したりは…」
女神はルークスの言葉に「していません」と答えてから首を横に振って「規格外過ぎます」と言った。
「まあ気にすんなよルークス。ソイツはソロ勇者。俺達はチームだろ?」
「そうだよ。ダイヴさんの言う通りだよ?」
「私達はチームです!」
「皆…。そうだね」
「それによう、先輩方がキチッとしてやらねえとな。さっさと道を切り拓いてやろうぜ」
「確かに!さっさと水晶の谷を越えて魔王城を目指そう」
「はい!頑張りましょう!」
「女神様、僕たちは先に進むからその勇者サードには気をつけて来るように伝えてください」
「ありがとう。皆さん」
女神は美しい友情を見て尊い気持ちで三雄の元に戻る。
三雄はどこまで進んでいるか怪しく、直線距離を慎重に進むと三雄は未だにかつて大砂漠だった所に居た。
あまりの非常識さに女神は言葉を失って三雄の顔をみる。
「あ、女神様だ。お帰りー」
「…サード?貴方は何をしでかしたのですか?」
「酷っ…。蟻地獄が倒せなくて仕方なくやったんですよーだ!」
女神は目の前に広がる広大な沼地を見て唖然としていた。
三雄の話はこうだった。
蟻地獄を野放しには出来ないと意気込んだものの、蟻地獄は三雄を狙う事をやめて、トコトン無視する作戦に出てきた。
それでも三雄流のオーラパワーを用いたオーラダッシュ…本人は「出来るならブーストフォームって名前にしてエナジー臨界までフル加速する技にしたかったのに身体を纏えないから諦めたんだよ」とボヤく。
そのオーラダッシュで一気に距離を詰めて一匹始末したがすぐにまた新しい蟻地獄が現れた。
無視作戦をやめた蟻地獄は挑発&逃亡作戦に切り替えて顔を出す→三雄が迫る→隠れる→真逆の方向から顔を出す→エンドレスの流れになったという。
「それでさ、隠し球中の隠し球オーバーブーストを使ったわけよ。あれなら一瞬でかなりの距離が詰められるからこれで逃さないぞと思ったら蟻地獄が二匹だった訳ですわ。
奴らは砂の中を超高速で移動してなかったんですよ!初めから何匹も居てモグラ叩きさせられてたんです!昔ゲーセンでやったサメサメパンデミックを思い出したんですよ!」
ヒートアップして話す三雄に女神は頭がクラクラしてきながら「…サード、落ち着いてください」と言う。
「それで?どうしたら大砂漠が沼になるんですか?」
「いやー、頭来ましてね。蟻地獄を何とかしないと皆が困るって言ってたし、俺も勇者だからなんとかしたくて考えたわけですよ。それで、考えついたのが2つ!隠し球のオーラボム…本当ならボンバーフォームになって使いたかった奴です。それを使って砂漠の砂を全部吹き飛ばしてしまって蟻地獄どもを一匹ずつ倒そうと思ったんですが、ここで俺は気付きました!大量の砂が撒き上がればバトラバトルズに終わらない冬が来て寒くなってしまう事に!俺は寒がりだからそれはダメだと思い留まりました!」
三雄のドヤ顔に女神は「…ありがとうございます」と返す。
「いえいえ。それでもう一つの案が水責め!水魔法で大砂漠を水没させて蟻地獄を殺してしまう事にしました!それがコレだよ!」
三雄は大砂漠を水没させて沼地に作り替えてしまうとご丁寧に土魔法で頑強な橋まで作っていた。
「…どれだけの水を放ったのですか?そもそもこんな出力を…」
「オーラソード作るより楽ちんだから平気」
本当に楽そうに話す三雄を見て女神は意を決して「…サード。申し訳ないのですが教えてください」と言った。
「はい?何をですか?」
「ネツトで何を行われていたかです」
女神は今こそ三雄に何があったかを聞くべきだと思っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
女神は遂に規格外すぎる三雄のこれまでを聞く事にした。
「何って修行だよ。もう一日中主義。死ぬかと思ったよね。でもどんだけ強くなっても双葉と創一には勝てないし、女神様も「まだだめだ。修行しろ、修行しろ」しか言わないしさ」
ここで初めて双葉と創一に与えた村民最強の祝福で三雄にとって永遠に越えられない壁が生まれていた事に気付く。
「それで村長は女神様に心酔してるから言葉に従ってなんでもいいから俺を強くする方法を探すし、人も招くし、ネツトの皆は三交代制で俺を鍛える係、村に儲けを出して俺に持たせる係とかに分かれて3年間何人も死にながら俺を鍛えたよ」
「…はい?」
女神は早速耳を疑った。
「女神様、双葉でも治せない病だったトーマスって天国に行けたかな?トーマスも死ぬだけの命に価値が生まれたって言って喜んでいて死ぬまで止まらなかったよ」
「…え…ええ…トーマスですね。幸せをお約束しますよ」
正直トーマスと言われても女神は会った事もなければ知りもしなかった。
高次の存在からすれば人間一人一人に目をむけるのはとてつもない労力であった。
「それで村長がスカウトしてきたやつの中にとんでもないのが何人もいて、思いつきで修行メニューを決めるレイジーって奴がさっきのアイスランスの超圧縮を思いついてやらせてくるし、他にもモンディってオッサンが口癖の「限界なんてない!やれば出来る!」って言いながらすげえトレーニングをやらせるし、ラックィってオッサンも「無理は嘘つきの常套句」って言って無理難題を仕掛けてくるんだよ」
「…え…あ…えぇ…。ではサードは3年間毎日鍛えに鍛えて、さらにツインとアインを倒そうとしていたのですね?」
「そうですよ。双葉も創一も俺のオーラアーマーをぶち抜いてダメージ与えてくるし、オーラソードをへし折るんですよ。兵団長にやったのと違って本気でやったのにですよ?」
女神はその言葉を聞いてイメージをする。
あのオーラソードとオーラアーマーを破壊する双葉と創一。その2人に勝つ為に徹底管理された中で鍛えられた三雄。
それは強いだろう。
何というかようやく三雄の強さに納得が出来た女神は投げたアイスランスが魔王城の城門を破壊した話と勇者ルークスは三雄が楽に来られるように水晶の谷を踏破すると言っていたと伝えた。
「うわ、なんか嬉しいな。早く行かなきゃ!」
そう言った三雄は足早に大沼地を後にした。
その後も三雄の非常識な進軍は続く。
魔王も三雄を危険視し始めたのか、中央大陸では強敵と称される魔物達が続々と送り込まれるが、三雄は「現れたな戦闘員!」と言うと剣を抜いて片っ端から蹴散らしていく。
「必殺のデストロイキックをオーラパワーでやってみるかなぁ」
三雄はそんな事を言いながら巨体を誇る人喰い鬼に向けて「とう!デストロイキーック!」と言って飛び蹴りを放ち、地面に叩きつけた時に三雄曰くオーラパワーで地面に「成敗!」と掘り込んでいた。
「サード?その力はどのくらいの出力ですか?」
「え?アイスランス10発くらい」
「勿体…」
「なくない!」
女神は人選を間違えたかなと思いつつも三雄の規格外にどこか期待をし始めていた。
魔王の三雄を危険視する認識は増え続けていて休みなく魔物を送り込んでくる。
「サード!多勢に無勢です!ここは一度撤退するべきです!」
いくら三雄が規格外だとしてもこんな物量戦や消耗戦をしかけられて三雄が耐えられる道理はない。
「まああれくらいならなんとかなるよ。女神様。助けてもらうのってダメだけどさ、倒した数をカウントってしてもらっちゃダメ?」
「は?」
「この出方ってさ、the無比ってゲームに似てるんだよね。主人公が戦闘員どもを蹴散らしてゴールを目指すんだけど倒した数が100になったら「100成敗!」って声が出るんだ。やってよ」
女神は三雄の提案に「…いいですけど」と返すと「キリ番で読み上げとゾロ目でよろしくね!」と言って三雄は前に出ると「戦闘員どもめ!かかってこい!」と言って千切っては投げる。
三雄は数を数えて居たのだろう。
「女神様?」と言いながらゴブリンの群れに「かまいたち!」と言いながらウインドブレイドを放つ。
「ひ…100です!」
「違うよ!100成敗!って言って!」
「100成敗!あ…200成敗!」
「それそれ!やる気出るぞーっ!」
結局三雄は2000程いた魔物の群れを蹴散らすと「お腹減った。さっき倒した中に牛型のホルタウロスが居たからステーキ作ろう…。豚型のキンカーも居たらハンバーグにしたかったのに…」と言ってステーキを作って食べてしまう。
「また追加が来るなら倒しておくから勇者ルークス達を見てきてあげてよ」
「わかりました。間も無く水晶の谷です。ルークス達が道を切り拓いてくれているので迷わずに済むと思いますが気をつけてください」
女神は言うだけ言うとさっさとルークスの元に向かって行った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
勇者ルークス達はようやく水晶の谷を踏破した所だった。
こちらはこちらで問題で、ルークスはとにかくダンジョンを端から端まで歩きマッピングをする。
そして二股で最初に選んだ方が行き止まりでないと「ダメだ!こっちは正解だ!」と言って戻る。
フロティアが「ルークス?正解は素晴らしいわよ?」と言っても「ダメだよ!キチンと踏破しないと!最後にこのマップを清書して皆に配って安全にダンジョンに入って貰うんだ!」と言う。
「…なんで普段は物腰の柔らかい男の子なのにマッピングには容赦が無いんだろ?」
「まったくだ。お陰で俺はダンジョンが嫌いになった」
そんな会話をして魔王城が見えた時、レグオが「ルークス?一応言うけどさ、魔王城は魔王を倒したらマッピングしようよ」と提案をすると、ルークスは目を見開いて「何!?何という不埒な発言!?」と言って殺気を放つ。
「いや、早く魔王を倒さないと追いついてくるちびっ子勇者の負担が増えるよ?」
「そうですよルークス?」
ルークスはサードの名前を出されると大人しくなり「…致し方ない。耐え難き苦痛…」と言って我慢をした。
そう、本来ならこの旅路は大海原と大砂漠の物理的な問題を抜かせばこんな3年もかかるような旅路ではない。
時間がかかった要因は全てルークスの正確なマッピングを行いたいと言うワガママから来ている。
本当に苦しそうな顔をするルークスの前に女神が現れる。
「踏破できましたか!良かったです!」
「女神様?何かあったんですか?」
女神はアイスランスで城門を破壊してからの経緯を説明した。
「蟻地獄が逃げて倒せないから大砂漠を大沼地に作り替えた!?」
「その力を危険視した魔王が魔物の群れを2000から送りつけてきて1人で倒した?」
「魔物は倒しておくからこちらを見てくるように女神様は言われたのですね」
「化け物だな…。僕はこの女神の剣が無いと無理だぞ」
それに関しても女神は三雄が過ごした地獄の日々を説明する。
「なんかそれだけ鍛えれば強くはなるよな」
「生き延びられればですよ」
「本当、3年も良く保ちましたね」
ルークスは14歳になる時に故郷を出たがそれまでは簡単な訓練だけだった。
この事に愕然としつつも三雄に同情していた。
「まあとりあえず今は魔物の群れはそのサードが面倒みてくれてるなら…ルークス、俺達は最短で魔王を倒そうぜ」
「そうね。まずは見捨てられた村に行って困った人が居ないかを確認してから魔王城を目指しましょう」
「わかった。女神様、勇者サードにはこちらもこの隙に魔王城を目指すから無理せず追いついてくれと伝えてください」
「…え…。私がサードの元に帰るのですか?」
女神はまたあの非常識さに付き合わされるかと思うと何となく女神の威厳が損なわれそうで少しでいいから距離を置きたかった。
「女神様?」
「ルークス?あなたはthe無比をご存知ですか?」
「前世の話ですね。名前くらいですが知っていますよ」
「…成敗…した…」
「は?」
「2000の魔物を倒す時に勇者サードの願いにより「100成敗!」や「777成敗!」と言わされました!」
「ああ、そういう作品でしたね」
「今度は何を言われるかと思うと…せめて今は向こうに行きたくありません」
悲痛な女神の表情にルークスは「えぇ…」と言う。
「まあ行きにくいなら少しこっちに居ればいいんじゃないですかね?」
「ありがとう!戦士ダイヴ!」
だがこれが完全な悪手だった。
1人ホルタウロスパーティをした三雄はひと眠りして目を覚ますと戻ってこない女神を見て「…まさか向こうはピンチなのか!?女神様って瞬間移動とか緊急時のテレパシーとか無理そうだからなぁ…」と言うと走り始めた。
すぐに水晶の谷にたどり着くと丁寧に道は切り拓かれていて勇者ルークスの仕事の細かさに感謝をすると同時に「あっ!手頃なサイズのクリスタル!いいな!出来るならクリスタルを構えて変身したかったよなぁ。オーラを極めたら出来るかも知れないしお土産で持って帰ろうかな、後は同じ形で割れたのあったら棺桶にくっ付けてその中で変身とか…」と言う。
そしてさっさと水晶の谷を抜けると三雄は見捨てられた村を無視して魔王城に突入していった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
見捨てられた村は女神と勇者の来訪に沸き上がる。
女神は目を潤ませて「皆さん、今までよく耐えられましたね」と言いながら脳内は「コレだよコレ!勇者パーティーと女神が来たらこう!大砂漠を沼地に変える?投擲で偽太陽を倒す?オーラパワー?意味わからん!」になっている。
ちなみにルークスをはじめ村人達も女神の涙は愛すべき民達を思う涙と思って皆感動してる。
「あの水晶の谷を越えられるなんて凄いです!」と村長は喜び「急に魔王の手口が代わり、水晶の谷が出来て13年。こんな日が来るなんて!」と続ける。
「13年も!?そんな…」と驚くルークスに村長は「わずかばかりのもてなしをさせていただきます!今日は疲れを癒して明日に備えてください!」と言った。
ここでレグオとフロティアがある事に気付く。
「あの…13年も水晶の谷を越えられなかったんですよね?」
「はい!あの水晶竜が邪魔をしていました」
確かに水晶竜は強敵だった。
ダイヴが本気で斬り込んでも尻尾を切る事も出来ず、女神の加護が備わったルークスの一撃と合わせてようやく尻尾を切断する事ができた。
レグオの火炎魔法でもあの水晶の鱗は溶かす事も焼く事も出来なかった。
フロティアに言わせると直撃されると回復も追いつけないとの事だった。
「あの…?それにしては肌ツヤがよろしいような…」
フロティアはそう言いながら村人達を見る。
見捨てられた魔王城側の村なのに300人くらいの村民が居て、村人は皆肌ツヤが良く、言い方は酷いが肥満体まで居るし乳飲み子も居る。
とても困窮とは縁遠い村に見える。
「そもそも13年間何を食べてたんですか?」
フロティアの問いに村長は「人間、死ぬ気になればなんでもやれるものですね」と言った。
「はい?」
「食べていたものはホルタウロスやキンカー、後はヘルチキンがこの辺りは徘徊しているので村総出でブチ殺してやりましたよ!」
村長はニカっと笑って力こぶを見せてくる。
弱々しい老人の腕なんかではない。
明らかに歴戦の傷跡が残る戦士の腕だった。
女神は「え?」と思ってしまう。
ホルタウロスといえば牛型魔物の中ではかなり強力な個体で村民如きになんとかなるものではない。
そもそも世界の澱を魔物に変えるシステムを採用したのは女神なので魔物もある程度は女神が用意をした。それが長い年月で独自進化を遂げていき新種が生まれる。
キンカーも元はノラブタンと言う豚型の魔物から始まっていた。
だからこそホルタウロスの危険性は知っている。
「勇者様!勇者様に言うのはお恥ずかしいのですがホルタウロスの野郎は背後と真上の攻撃に対処出来ないんですよ!」
「なので我々がフォーメーションで倒します!まずはあのか弱そうに見える娘を立たせて接近したところで村長が脳天にズドン!」
「それで振り返った所で囮役の娘が背後からガツン!」
「後は振り向くたびに背後から痛めつければ3時間もあれば倒せますよぉ!」
「な!しぶといだけの肉だよな!」
「あはははは!」
「わはははは!」
何と言って良いかわからなくなったルークスが「あの…お野菜なんかは?」と聞くと「ああ!勇者様達はマンドラ大根なんかが食べられるのはご存知ですか?」と言われた。
「は?」
「顔の周りにだけ毒があるのと、引き抜く時に泣き叫ぶ声量に勝てれば無毒になりますよ!」
「…小麦は…」
「まさか麦奪いですか?」
「ええ!奴は食べるわけでもないのに腹に麦を溜め込んでますからね!」
「両手両足をへし折って仰向けにすれば女子供が腹かっさばいて回収してくれますよ!」
ここで女神は真剣な顔で村人達を見た。
初めは見捨てられた村の悲痛な村人と思っていたがよく見ると肌ツヤも良く腕なんかは戦士を彷彿させる。
「やれば何とかなりますよ!昔村に居た村長の甥っ子が残した言葉は本物でしたよ!」
「格言ですよ!勇者様達も是非覚えてください!」
「その言葉とは?」
「「無理は嘘つきの常套句」です。出来ないなんて嘘ですよ!やれば出来ます!」
この瞬間に女神は戦慄した。
その言葉は三雄からも聞いていた。
この村も異常者の村だと即座に理解をする。
なんとか関わらずに済む方法を模索していると村長が「これこれ、勇者様達はお疲れなのだ。ゆっくりとしてもらうぞ?食宴の用意だ」と言う。
村長の言葉に村人達は沸き、小さな子供が「勇者様、僕が倒したキンカー食べてくれる?」と聞いてくる。
小さな子供がキンカーを倒す?
女神は頭がクラクラとしてきてしまう。
そしてこれが三雄ならば喜んで食べたがルークスにその耐性はない。
なんとか魔物を食べる事から逃げようとした時、魔王城からは爆音が鳴り響いて来た。
「何の音だ!?」
「女神様!?」
女神は飛び上がって魔王城を見て「げ…」と言った。
その視線の先には三雄が「待ってろよ皆!今行くからな!」と言って魔王城の壁をぶち抜いていた。
「勇者サードが何故か我々が魔王城にいると思って救援に向かっている音です」
「何!?単身突っ込んだのか!?」
「そんな!無茶だ!」
「早く行ってあげなければ!」
勇者ルークスはこれは好機だと思った。
村長の前に行き「申し訳ありません。後から来ていた勇者が単身魔王城に乗り込んでしまいました!僕達は援護に向かいます!」と言う。
その間も魔王城からは破壊音が聞こえてくる。
村長達はルークス達に「ご武運を」と言って送り出した。




