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重い始まりと日本の今と何もなかった男の話。

その男には何も無かった。

静かにしていれば暗い、怖いと言われ、明るく賑やかに振る舞えばうるさい、気持ち悪いと言われた。


親は男には興味がなかった。

だが一応最低限の金だけは出てきた。


本当に最低限だった。

どの教材も1番安い物を買い与えられた。

金は潤沢にある。男のために使うから貯めたと周りに吹聴していたが金のかかる事は何一つしなかった。

最低限の安物を与えて「何とかしろ」と言われてきた。


男はこの状況を何ともできず…教材なんかを教師がツテで手に入れると親は得をしたと喜んだ。


進学先も男は決められなかった。

教師達がアレコレ動いてようやく候補の中から通学費と学費が1番安くなる所に通う事にした。


学校生活は淡々と過ぎた。

自由参加のモノは全て断る。

そうするとすぐに輪から外れた。


そんな男が就職を果たした先は俗に言うブラック企業だった。金払いはマシだが金払いだけで過酷な過密労働だった。


仕事を始めると親は生活費の名目で男から金を搾り取った。

男の金で家が潤っても男の立場は改善されない。

そんな中、職場結婚をして家を出た。


貯金なんてモノはロクに出来て居なかったがそれでも家具一つない中で部屋に布団のみの中で結婚生活が始まる。


妻になった女との2馬力と言うこともあったが3ヶ月もすると一般的な生活が手に入った。

ようやく男にも平和と幸せが訪れたと思った。


だがそれは3年しか続かなかった。

妻になった女は不倫をした。

元々は夫婦でブラック企業に使い潰される必要はないと言って妻は妊活を理由に転職をした。


転職先にいた上司の男と関係を持った。

理由はお決まりの「男が忙しいせいで寂しかった」というモノだった。


そして相手の男が問題だった。ある日妻が連れてきた男は40も年上の老紳士で「安心してください。私は老齢で男性機能を失っていますので身体の関係はありません。プラトニックな関係です」と言い始めた…。


プラトニック・ラブ。

精神的恋愛。

男からすれば尚の事タチが悪い。


まだ無理矢理身体の関係を迫られたならば許す隙もあったかも知れない。

だが肉体的な関係のない精神的な関係の何処に隙があるのか?


しかもここで話は終わらない。

妻はこのまま老紳士との関係を続けつつ男の妻で居たい。金とたまの性的欲求の解消と子を持ちたい気持ちを男で済ませて、心は全て老紳士と共にありたいと言い出した。

老紳士も妻に死水を取って貰いたいと思っている。死後の遺産は妻に相続させると言い出した。



最早これは相談ではなかった。

2人で話した結果の報告で男に残された道は「YES」という事、受け入れることだけだった。


男は壊れた。

その場から走って逃げた。

どこをどう逃げたか、どれだけ走ったかわからない。


男は1週間後、地方の観光地…自殺の名所で保護をされた。

捜索願は老紳士と妻の名で出されていた。


このことで男は完璧に壊れた。

動かない男に価値はなかった。




世界は困窮していた。

水や食料、燃料が高騰し枯渇するようになると死刑制度の反対論者達は始めから存在していなかったようになりを潜めた。


そして安楽死や尊厳死が認可合法となった。

世間は死にやすい風に変わっていく。

連日テレビでは安楽死や尊厳死を褒め称えるような番組や特集が組まれ「今日は有名歌手の⚪︎×さんが安楽死の施設に笑顔で手を振って入って行きました」と言うアナウンサーの言葉の後に若い頃は高音域の歌声が自慢だったが50を目前に声の出なくなった歌手が自分を終わらせると言って安楽死の道を選んでいた。

国は安楽死、尊厳死の際には葬儀費用を国から出していた。これによって遺族に残せるお金も増えるとあって予約が殺到するようになる。


そして介護疲れでの殺人も事件として処理されなくなると途端に死者の数は増えた。

緩やかにだったが世界の困窮は緩和され始めた。



そんな中、嘘か真か異世界からの帰還者を名乗る男が現れた。


「私は16の時、居眠り運転のトラックにはねられた。そして死を覚悟したが次の瞬間、異世界カマセーデに居た。カマセーデは剣と魔法の世界で、私は神に与えられた力で無双をしてきた。元々帰還する予定は無かったが、カマセーデで悪行を働く魔王の力でこちらの世界に戻されてしまい向こうに帰る手立てを失ってしまった。だから私はカマセーデに仲間達を送る事にした」


そう言った異世界からの帰還者の言い分はカマセーデに行けない自分の代わりに向こうの世界を救いに行ける人間を探していること、要するに自身と同じ体験をしてカマセーデに行けと言い出した。


これに国は喜んで飛びついた。

最早存在の不確かな異世界なんて関係ない。

「トラックにはねられて異世界に行ってきた男」が居て「トラックではねて殺しても実は存在のよくわからない異世界に行けているから問題ない」と言う話があればそれでよかった。


異世界からの帰還者はこれを事業にした。

1人送るたびに国に金銭を要求する。

国は端金で口減らしをしてくれるのならとWIN-WINの関係になる。


これも簡単な話で、安楽死や尊厳死を認可しても案外消えて欲しい人間はしぶとく残る。


まだワンチャンスあると信じて疑わない。

逆に有能な人間から我先に名乗り出て消えていった。


これにより働く意思のない労働適齢期の若者や働くことのできなくなった人間を合法的に間引けるようになった。


それも自選他選は問わない。

働く意思のない者や働けなくなった者は周りからの推薦が有れば異世界に送られる事になった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



妻に裏切られた男は壊れたままだった。

妻は老紳士の援助と自分の稼ぎで男を養ったが段々と邪魔になってきた。


ここで線引きに困るのが、男は壊れていたが要介護では無かった。

食事を出せば自分で食べて排泄も自分の意思でトイレに行く。

風呂も沸かしてやって道具を渡せば1人でやれる。


これではいくらこの世界でも殺せば罪になる。

男の処遇を悩んでいる時、飛び込んできたニュースは異世界カマセーデに送る戦士を募るモノだった。

条件は働く意思のない者と働けなくなった者。

ただ戦士として送るので年齢制限等の条件は設けられていたが男は後1ヶ月すれば働けなくなった者としての条件を満たせるとあって女は喜び、老紳士はおめでとうと祝福をした。


男はそれを眺めながら何を思っていたかは誰にもわからなかった。


久方ぶりに男が気付いたのは雨の降りしきる屋外に居た時だった。

滑走路のような場所だが周りを背の高い金網に囲まれていて前にはトラックが3台程アイドリングをしていて、そのトラックには「異世界トラック」と極太のゴシック体で書かれていた。

周りを見ると自分と同じ年恰好の連中が居て爪を噛んでブツブツ呟く者や「まだ働ける。これは労働災害で動かなくなっただけだ」「私には妻も子供も居るんだ」等と言っている。

他にはまだ二十歳そこそこの子供と言っても過言ではない連中が「やめてよ!」「異世界なんてウソだろ!無いんだろ!」「殺すなんてふざけんなよ!」と言って泣き叫んでいた。



皆色んな言葉を発している。

男は何が何だかわからずに居ると金網の上に置かれたスピーカーから男の声で「ご安心ください。カマセーデはあります。こちらでは動かなくなった身体もカマセーデでしたら動きます。今、意欲の無いあなたもご安心ください。大魔法ハリッター・カマセーデを放ち尊敬の念を向けられれば魔王討伐にやる気になります。何しろカマセーデに行けば無双がお約束されています」と聞こえた後でトラック3台が一斉にクラクションを鳴らすと飛び込んできた。人で埋め尽くされた滑走路の中では逃げ場なんてものはなくすぐに酷い衝撃と共に男は体内から聞こえてくる肉のひしゃげる音と骨の折れる音、そして悲鳴と絶叫を聞きながら意識が遠のいていった。



男が目を覚ますと不思議な部屋にいた。

足元は鏡のような水面だが足も尻も濡れていない。


目の前には見渡す限りの青い空、だが上は星空だった。


男が俯いてここはあの世かと呟くと「いいえ、違います」と聞こえ視線を前に向けると、そこには金眼金髪の女が居た。


男が聞く前に女は「私は救済の女神」と名乗る。


話を聞くとあまりに救いの無い人生だった男に救済をしたいと思い手を出したと言う。


女神は男が心を閉ざしてから先程の死ぬまでの間に何があったかを語る。

男が妻に裏切られ絶望している間に、異世界はあると言う触れ込みで働く意思の無い若者や働けなくなった若者を合法的に異世界に送るとしてトラックで轢き殺すようになった世界。

男が働けなくなり妻がその場に男を送り込んだ事。


この事実に男は怒り女神に天罰を頼むが女神は優しく微笑んで「大丈夫ですよ。間も無く罰は下ります。あの男は介護が必要な身になり耐えきれなくなった女が殺してしまいます。そしてもうあなたは居ない。女は助けてくれる存在もなく孤独です」と言う。


だが男の心は晴れない。

自ら天罰一つ下せない結果に仰向けになって絶望すると無駄な生だったと呟き、結婚もダメ、異世界送りなんて言われて殺されてもダメなんて情けないと呟く。


ここで女神が「安心してください。カマセーデ等と言う世界はまだありません」と言う。

男が疑問を口にする前に「あの帰還者を名乗った男は詐欺師です。ただ殺人に正当性を持たせただけです。そしてそれを金儲けに使いました」と言ってしまった。


だったらただ殺されただけ。

それこそ何の価値もない一生だったと落ち込むが女神が「ですのであなたには世界を救って貰いたいと思います」と言い出した。


「勿論、生きて今の世界に戻るのではなく私の作った世界、バトラバトルズに勇者として赴いてください」


男は何を言われたかわからずに困惑してしまうと女神は「今、バトラバトルズには魔王が生まれてしまいました。まだ名もない魔王ですが魔物達は誕生に喜び徒党を組みます。人間達に害を成す前にあなたに止めて貰いたいのです。その為にそちらの世界にお邪魔をしてあなたを助けました」と続けてきた。


なぜ魔物がいる世界を生み出したのか?

その疑問に女神は「魔物は世界の汚れのようなもの。世界を綺麗に保つと溜まった汚れが魔物になります。それが溜まりすぎると魔王になります」と答えなんとなく説得力はあった。


「あの男が言った無双が何を指すかは曖昧ですが、私もあなたに力を授けます。その力で世界を守り、変えてください」


守り、変える。

何事かと思って聞けば守りは世界を守り、変えるは無理に世界に合わせずに生きやすいように変えて構わないと言う事だった。


男が納得をしたところで女神はもう一つ言った。


「バトラバトルズはまだ未来ある若い世界。万一の保険をかけさせてください」


それは何かと聞いたら万一魔王討伐が成し遂げられなかった時の為に先程の殺人の被害者の中から別に勇者を募りたいと言うもので、男は「構わない」「別に世界を思えば普通のことだ」と言った。


女神はそれを聞き安心してから「あなたをバトラバトルズに転移させます」と言うと男は不思議な空間から大草原の真ん中に座り込んでいた。

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