希望の星
「なんであそこで攻撃しないんですか。あそこで前に出ていれば今より負傷者が減っていたのではないですか?」
理解できないとでも言いたげにオレンジ色の目を細める天は、後輩にきっぱりと言い放った。冷たい口調で後輩に詰問する天に対し、周囲の同僚達はまただよと呆れたた目を向ける。
今にも雫を落としてきそうな厚い雲が東の空を覆っており、下弦の月を隠している。本日王都軍の兵士達は王都周辺の獣退治に駆り出されていた。徒党を組んで襲ってくる獣達は一筋縄とはいかず、兵士達も無傷とまではいかなかった。新人達の初陣を注意深く見守りながら自らも戦っていた天は、後輩兵士の粗を見つけて注意したところだった。
先輩に注意された新人は、びくびくしながら天を見る。
「す、すみません!以後気を付けます!!」
「気を付けるだけですか?具体的に何をしてくれるんですか?」
正論ではあるが、今ここでそこを追求する時ではないだろうに。新人に優しくない天に、そろそろ止めるべきかと先輩同期誰もが考えていたところ、間に割って入るように声がかかった。
「象儀。お前また後輩相手に偉そうな口を聞いてんの?偉そうに説教たれてるけど、お前はそれができてるのかって話だよね。お前も新人の傍に居たんだよね?じゃあお前もそれをできてないってことだよね?自分ができてないこと後輩に言ったって説得力なんて皆無だよね?そんなのでお前についていこうなんて思う後輩居ないよね~」
「うわ、面倒臭いのが来やがった」
青の瞳を楽しそうに細めてやって来たのは、辰也である。
「ごめんね、こいつ鬱陶しいでしょ?嫌ならいやって言っていいんだよ?」
「鬱陶しいのはお前だ"希望の星"様?」
「なになに?自分が"希望の星"になれなかったこと僻んでんの?」
数年前、儀式によって召喚された悪霊と兵士達が激闘した。霊体と実体を操るソレは何人もの兵士を負傷させた。死人が出てもおかしくない状況だったが、この戦いによる死者は0人だった。この戦いで治癒魔法に目覚めたとある兵士が、負傷した兵士達を片っ端から治癒してまわったおかげである。致死に至る怪我を負った優秀な兵士が、彼の魔法のおかげで命をとりとめた。全体の士気も上がり、最後は優秀な兵士による光の特大魔法によって悪霊は霧散。戦いは収束した。
その治療者こそ天であるのだが、悪霊にトドメを刺したのは紛れもなく辰也。結局辰也の"希望の星"としての名がますます売れる形になり、治療で名を上げた天は民衆から"希望の星"と呼ばれることは無かった。
が、この一件から軍内における天の評判が変わった。
「マジで戦場の看護師すぎる。その分魔力の消費も激しいから普段は治癒魔法使ってないけど、激戦の時ほど惜しみなく使ってくるから、戦ってるこっちは「怪我したから休みます」なんてことができないんだよな。激戦時に持ち場を離れるのがヤバいことくらい頭では分かってるけど、馬車馬のごとく働かされるからマジでヤバい」
「あいつがどんな傷も片っ端から治していくから、廃阿さんが流星閃打つこともなくなったもんな」
「流星閃使わなくても無双するんだからチートすぎるんだわあの人」
「でも、流星閃使わなくなったから性格が『はずれ』で固定されちゃったよな」
「流石にあの性格にももう慣れたけどね」
周囲の同僚達が天や辰也の前で好き勝手に言ってくる。辰也は呆れた表情で彼らを見た。
「君ら無神経すぎない?」
「お前自身が無神経なんだから無神経で返されても文句言えないだろ。この幼児が」
「言っとくけどお前が一番オレに対して無神経だからね」
軽口の応酬をしてから、辰也がふと口を開く。
「……そういえば、お前昔も"希望の星"って呼ばれてたって話を聞いたことがあるんだけど本当?」
天の目が少し見開かれた。まさか辰也がその話を知っているとは。
「……どこで知った?」
「前にどっかで小耳に挟んだんだよね」
別に隠すほどのことでもないと判断し、天は過去を話始める。
「昔、族が街に来たこと知ってるか?あれ、俺の家の近くがもろに被害喰らったんだよ。で、族の中に「記憶操作」ができる奴がいて。専門家が言うには、術にかかった人達は術をかけられた前後1カ月くらいの記憶が変になってるらしい。だから、俺の記憶も当てにならない。俺の記憶として残っていることは、族に襲われる数日前に引っ越してきたこと、それから街の人達の怪我を魔法で治していたら"希望の星"って呼ばれ始めたこと、族に襲われて両親が切り刻まれたこと、それを魔法で治そうとしていたこと、街の人達が押し寄せてきて「傷を治してくれ」って言われて魔法をかけたのに全然効かなかったこと。……その事件後から、俺は"偽物の星"って呼ばれるようになったこと。記憶の混濁が無くなってからも"偽物の星"と呼ばれ続けてたが、かつての自分が本当に"希望の星"って呼ばれてたのかは定かではない。記憶操作によって、術に嵌まった全員が捏造されてるのかもしれない」
族は全員処刑されたが、記憶操作の魔法をかけた奴は最期まで魔法を解かなかった。非常に強力かつ術者が死してなお解けないところをみると、禁術に手を出していた可能性も高い。
引っ越してきて間もなかった天が本当に"希望の星"と言われていたのだとすれば、それを言っていたのは天の近所に住んでいる人くらいだろう。その近所の住民のほぼ全員が記憶操作の術にかかってしまった今、天が実際に"希望の星"と呼ばれていたのかどうかを確認する術は残っていなかった。
話を振った当の本人は「ふーん」とどうでもよさそうな返事をした。聞いてきたくせにどうでもよさそうな返事をするなよ、と思っていると、さらに質問を重ねられる。
「お前さ、やたら"希望の星"になりたがってたよね?」
「やめろ、俺の黒歴史を掘り返すな」
「でもさ、入軍してすぐ孤立したお前に、先々代が絡みに行ってたよね。あの時どんな気持ちだったわけ?消えてほしいとまで思ってた相手だったよね?そのわりには先々代に懐いてたよね?」
(忘れてほしいことを覚えてるんじゃねぇよ)
天が辰也の目を見れば、別にからかっている様子は見られなかった。純粋な疑問として聞いているらしい。相手が真面目に質問している以上ふざけて返答することもできず、天は渋々口を開く。
「……人間結局、情には勝てないもんなんだな。確かに俺は"希望の星"が目障りだと思っていたし消えてほしいとも思っていた。でも、優しくされたら絆されもする」
変に照れればからかわれると思って至極真面目に答えたが、辰也は目を丸くした後「ぶはっ!!」と思いきり吹き出した。
「チョッロwww」
「うざい。だから言いたくなかったんだ。……今まで優しくされたことなんてなかったんだ、本当に」
後ろに付け足した言葉は小さくこぼす。引っ越し前までは仲の良い友人も居たが、こちらに引っ越してからは除け者にされることしかなかった。自分の性格に難があることは自覚していたし、"偽物の星"とまで呼ばれていた自分と仲良くしようなんて思ってくれる人間なんてそんな簡単に現れるわけないだろうと思っていた。
そんな中、一番強く当たっていた「廃阿さん」だけは、めげずにずっと話しかけてくれた。どれだけ冷たく接しても態度を変えずにずっと話しかけてくれた廃阿さんに、天はどれだけ救われたことだろう。
辰也は最後に付け足された天の言葉が聞こえなかったのか、あえてスルーしたのか、そこに触れることは無かった。ただ一瞬、本当に一瞬だけ、慈愛に満ちた表情を見せた気がした。その表情をちゃんと確認しようとしが、瞬きをした次の瞬間にはからかうような笑みに戻っていたので、もしかしたら気のせいだったかもしれない。
「チョロ天君~。きみそんなにチョロいんなら、今度からオレ優しくしちゃおっかな~」
「気持ち悪い」
「本気で受け取る方がキモいんだよね」
再び軽口を叩きながら、肩を並べて歩き出す。今の辰也は無神経でムカつく奴だが、気軽に悪口を叩き合えるこの距離感が、何よりも心地よかった。
偽物の星は所詮偽物。本物の星に敵うことはない。
だからと言って偽物の星が美しく輝けないのかと問われれば、それは「否」だ。本物には無い強みが偽物にはある。
未だに近所の住民の中には天のことを"偽物の星"だと指差す者がいる。だけど、それでいい。自身が偽物だろうと、そんな自身を受け入れてくれる仲間がここにはいるのだから。
雲の無い西の空、ほうき星が流れていた。
プラネタリウム、これにて完結です。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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