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努力




 日がそれなりに昇った時間帯、昼間でも大分涼しくなった空気を感じるようになった今日この頃、天は基地近くの森にやってきていた。昨夜はこの辺りで暴れ猪の討伐があり、周囲の木々が傷ついている。

 非番の日にわざわざこの場所へやってきた天は、きょろきょろと周囲を見回す。と、低木に隠れたウサギを発見した。足を怪我しているのか、逃げるウサギの走り方がおかしい。そんなウサギを容易に捕まえた天は、暴れるウサギの足にそっと手を添えた。

 そのまま集中しながら魔力を注ぐ。……しかし、しばらくと経たない内に手が震えだした。無意識に舌打ちが出る。

(大丈夫、意識を集中させろ)

 なんとか気持ちを持ち直し、そのままウサギへ魔力を注ぐ。ほどなくして、ウサギの足にあった傷はきれいさっぱり無くなった。跡がないかを確認し、ウサギをそっと地面へ下ろす。

 天から解放されたウサギは、元気にとびはねて森の中へと消えていった。その背中をそっと見送る。


「治癒魔法の練習?いいよね、努力が自分のためになる奴は。オレは努力をしたところで次のオレの肥やしになるだけだし、どれだけ頑張ったところで昼間のオレは夜のオレを超えられないからね」


 突然、背後から声をかけられた。よく知っているこの声は、振り向かなくても誰だか分かる。

「ストーカーですか?わざわざ非番の日に俺を追いかけてくるなんて、お前、よっぽど俺のことが好きなんですね?」

 一応振り向いてあげれば、そこには予想通りの金髪が立っていた。辰也である。辰也は天の言葉を聞いて鼻で笑う。

「この間は散々煽られたからね。オレもお前の努力が実らない様を嘲笑ってあげようと思ってね」

「良い性格をされてるんですね」

「でしょ」

「嫌味なんだが?」

「知ってる」

(くっっっっっそ腹立つ)

 にやにや笑いながらこちらを伺う青い瞳を睨みつけた。

「人の性格を『あたり』か『はずれ』かで分けて言うのは嫌いなんですけど、流石にお前は『大はずれ』ですね」

 人の嫌がることを普通にやってのけるその神経を疑う。生まれたての命とはいえ先代たちの記憶は継いでいるはずなので、一般常識は入っているはずなのだが。そして先々代は性格に難のある天とも打ち解けようとしたコミュニケーション能力があったのだから、人との付き合い方は備わっているはずなのだが。

 お前は俺のこと嫌いなんでしょ?俺もお前のこと嫌いなんですけど?オーラを放ちながら辰也を見る天だったが、辰也から出てきた言葉は天への嫌味ではなかった。


「オレが代替わりしてること知ってる奴、お前しかいないんだよね」


 予想だにしていなかった返答に、天は思わず目を見開く。

「え……。……それは、同僚も、上司も、上層部すらも」

「知らないね」

 食い気味に返され狼狽えた。

「え、なんで言わないんだ?」

 思わず素で返してしまう。流星閃を打つたびに死んでるんです、なんて重要な事項、普通は伝えるだろうに。

 それに対して辰也はあっけらかんと答えた。

「言ったよ。だけど誰も信じてくれなかったんだよね。同僚も上司も上層部も……友人や親ですら。つーか逆に何でお前は信じてるんだよ。ピュアか」

 言われて確かに、と天は思う。「技を使ったら死んで新しい自分が生まれるんです」なんて、普通は信じない。辰也に指摘され、何故この事象を信じているのか考える。

「……まあ、胸倉掴まれて迫真の表情で言われれば、流石に信じちゃうんじゃないですかね」

 自分でも何故信じているのか確信的に言えないのだが、少なくともあの時の辰也は本気に見えたし本音を吐き出しているように見えた。あれが演技と言われたら、辰也は軍人なんかじゃなくて役者に転向した方がいい。

 天の言葉を聞いた辰也は自分から聞いてきたくせに「ふーん」と興味なさげな返事をした。

「用事はそれだけですか?俺は自分の休暇を自分の時間に当てたいんです。お前を構っている暇はないので早く帰ってくれませんか」

 天は今の辰也が嫌いだ。好き好んで嫌いな奴と一緒に居ようと思う協調性なんて、天の心には微塵も無い。さっさと消えてくれないかなと思う天だったが、"良い性格"をしている今の辰也がそんな簡単に帰るわけがなかった。天の体を上から下までしげしげと眺めた辰也が口を開く。



「お前はさぁ、努力してるって言ってるよね?努力して天才の足元にも及ばないとか言ってるけど、それって大した努力してないだけじゃないの?」



「……は?」

 天の眉毛がぴくりと動いた。辰也はそのまま言葉を続ける。



「凄い努力してるんだよね?それなのに努力してない天才の足元にも及ばないんだよね?それって本当に努力してるの?」



 その言葉が、天の怒りを買った。


「お前、俺がどれだけ努力してここまで来たのか分かってんの?」


 自分でも驚くほど、感情の籠らない声が漏れた。頭は一気に冷えたのに、心が沸騰する感覚がする。

 天はおもむろに服を捲った。露になった腹には、無数の傷が付いている。比較的新しい痣もあれば、線の残る古い切り傷も見られた。

「お前の生まれ変わって綺麗な体にはこういう痛々しい傷一つ無いんだもんな?先代の脛齧ってイキってるだけだもんな?」

「てめぇ!!言っていいことと悪いことがあるよね!?」

 辰也が天の胸倉を掴む。あの時と同じ、怒りに燃えた青い瞳が目の前に来る。天はふつふつと煮える己の心を感じた。

「俺はお前の強さが羨ましいって言った時、お前は強さに対する大きな代償の話をしてくれた。だから俺は努力が良いことばかりじゃないと教えたまでだ」

「だからって『先代の脛齧り』は言い過ぎだよね!!?」

 甘っちょろいことばかり言うひよっ子に、ついに天の心が噴出した。胸倉を掴み返して引き寄せ、額がくっつくほどの至近距離で、叫んだ。






「じゃあお前は代替わりを(・・・・・)しないための努力(・・・・・・・・)をしてきたかよ!!」






「――っ!!」

 辰也の表情がはっとする。その「盲点だった」みたいな表情も今の天には腹が立つ要因にしかならない。


「代替わりしたくないんだろう!?お前はお前で居たいんだろう!?なら、お前がお前で居られる努力はしてきたのかよ!!?流星閃打たずに済むくらい強くなる努力はしたのかよ!!?」


 元々キレやすい性格の天だが、声を張り上げてキレることはなかなか無いことだった。慣れない大声で目の前が白み頭がぼーっとして、感情の濁流に飲まれそうになる。言葉を続けようとして、逡巡し、奥歯をぎりりと噛んで、それから口を開いた。


「お前は……っ、元から、強いだろ。俺と同じくらいの努力をすれば……簡単に強くなれるほどのポテンシャルがある」


 絞り出すように言った後、やっぱり言うんじゃなかったと後悔の滲む目を下に向ける。


「……本当は、言いたくなかった。俺は本当に弱いから、人の何十倍何百倍の努力をしないと上には行けないから。だから、天才に努力をされたら……、俺は、本当に、追いつけなくなってしまうから」


 胸倉を掴んでいた手をそっと離し、距離を取るように一歩下がった。辰也は未だ胸倉を掴んだままだが、その手に力は入っていない。下に向けていた目をもう一度上げれば、阿保面の辰也と目が合った。


「でも、俺は軍人だ。できるだけ多くの人を助けるように言われて訓練してきた。お前が技を打つたび死んでいると知ってしまった以上、見過ごすことはできない。俺もできるだけ頑張るけど、限界はある。だからお前も、……努力して、流星閃を打たなくても済むくらい強くなってくれ」


 屈辱的だといわんばかりの表情で、それでも天は言い切った。辰也はその青い目が零れ落ちそうなほど目を見開いている。

「お前……。オレ、お前のこと嫌いって言ったのに、それでもオレの味方をするの……?」

「そもそもとして同じ軍に所属してる奴を敵とみなしたことは無い。ただ、あの一件でお前の株は俺の中で下がったし、今ここに来ての第一声が最悪すぎて嫌いになった」

「はーかわいくないよね。入軍したての頃はかわいかったのに」

「お前は俺が入軍した時の俺と関わってないだろ。入軍時の俺に関わったのはお前の先々代だ。あーあ、先々代はいい人だったな」

「くっそコイツ、マジかわいくないよね」

 腹立つ、と悪態をついてくるが、そんなことは天の知ったことではない。いい加減、自主練の続きをしたいのでどこか行ってくれないだろうかと待っていれば、辰也は言葉を続けた。

「……お前はさ、これだけ努力しても天才の足元にも及ばない現状が、つらくないの?」

「つらい」

 被せ気味に即答する。

「辛くて苦しくて悔しくて虚しくて。自分が努力して得た力を、他の人はその半分の努力で手に入れられてるんだと思うと、この費やしている時間は一体何なのだろうって毎回思う」

 それでも、天は努力をやめない。追いつけなくても虚無を感じようとも、それでも努力を止めたことは一度も無かった。

 そんな天の姿勢に、辰也は一つの疑問をぶつける。

「それでも強くなろうとしてんのは何でだ?お前の原動力は何だ?」

 天は辰也の目を真っ直ぐ見つめた。オレンジの瞳がはっきりと辰也の姿を映した。




「本物のスターになるため」




 辰也はきょとんとした表情になる。きっと、彼の中で想像していた回答からずれていたのだろう。しかし、天は本気だ。

「お前じゃない、俺が本物の"希望の星"になる。だから、"希望の星"と呼ばれているお前が目障りだし消えてほしいとも思ってる。でも、本物のスターは人の死を望まない。だから、お前は死ぬな。でも"希望の星"にもなるな」

 これ以上辰也とも話すことは無いと、天はその場を後にした。棒立ちでぼーっとしている辰也に止められることもないだろう。


(そう、俺は本物の星になる。そのためにも、現スターであるあいつは絶対に超えなければならない壁だ)


 辰也の戦いを見るたびに、これを超えられるのはいつになるのだろうと気が遠くなる思いがする。今回不本意にも努力を勧めてしまったため、本人がその気になってしまえばさらに強くなってしまうだろう。天は助言したことを心底後悔している。


 それでも、誰も死んでほしくない気持ちは本当だから。


(――だから、俺が"希望の星"にならなきゃいけない)





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