代替わり
「廃阿さん」
兵舎への帰り道は人っ子一人居なかった。道の傍らではスズムシが鳴き、涼しい空気を肌で感じる。前を歩いていた辰也が振り返れば、その表情は「面倒臭い奴がついてきた」とありありと語っていた。
「……何?まだなんかあんの?」
拒絶するような態度をとられるが、それで怯むような天ではない。
「一度気になったことをそのままにしておくのは気持ちが悪いので」
天は辰也の目を真っ直ぐ見据えるが、辰也は顔をこちらに向けたままで、体ごとこちらを向こうとはしない。
「オレはお前に話すことなんて無いね。どうせ上司に何も伝えず抜け出してきたんでしょ?早く戻りなよ」
適当にあしらおうとするような態度をとる辰也に、天はイライラする。
「それは廃阿さんも同じでは?お強いお力を持つお方は、敵を倒せば後片付けをしなくても許されると?羨ましいですね、どんな敵も一撃で倒せるような技を持っている人は」
「……は?」
そこで初めて辰也の体がこちらを向いた。目は完全に据わっており、青い目に怒りの炎が燻る。しかし天の方も怒りスイッチが入って止められない。
「以前、夜の任務へ赴いた時に廃阿さんおっしゃってましたよね、『日が昇った後の自分は役にたたない』と。ですが、そうでなくとも元々魔力も武力も知力も高くて、嵐の昼でも並の兵士以上の力があるじゃないですか。なぜその恵まれた力を惜しみなく使わないのか俺には全く理解できません。流星閃だって、デメリットは『性格が変わる』程度のものしかないじゃないですか。なぜ出し惜しみするのですか。もっとバンバン使ったらいいじゃないですか。底辺の俺からしてみれば、貴方の能力が心底羨ましい。大したデメリットもなく炎竜もゴーレムも一撃で貫けるその能力が。なぜ安売りしないのですか。今までだって何度も俺らがピンチになったというのに、なぜ打ちまくってくれなかったのですか」
天才に対する思いが溢れて止まらない。天才に対する妬み僻みそして羨みが濁流のように渦巻いて止まない。
「性格変わる程度の損で済む技を後生大事に温存してんじゃねぇですよ」
吐き出すように言い捨てたその瞬間、ガッと胸倉を掴まれた。こちらを向く真っ青な瞳は憎悪に濡れている。恐怖を抱いてもおかしくないほどの憎しみの目を向けられた天だが、「この人こんなに真っ青な目の色してたっけな」と呑気に思った。
「そんなちっぽけな代償じゃないんだよコレは!!コレは……小さな代償じゃない!!」
至近距離で同じ事を二度繰り返す辰也は辺りに怒声を響かせる。こんなに怒りの感情を剝き出しにする辰也も天は初めて見た。
「何度でも言わせてもらいます。性格が変わる程度の代償なんて、小さいです。貴方には分からないでしょうね……血が滲み血反吐を吐くような努力をしても、天才の足元にも及ばない下民の気持ちなんて」
天はどれだけ努力を積み重ねても、炎竜やゴーレムなどの硬い物質を砕く力は手に入れられなかった。それらを砕ける辰也の才能を、どれほど欲していると思っているのか。
それでも辰也は手を緩めることなく、むしろ一層強く握りしめた。服に皺がついてしまいそうだ。
「努力ができるだけありがたいと思いなよね!!お前には分かんないでしょ……どれだけ努力をしても、その努力を他人に奪われる気持ちなんて!!努力だけじゃない!!今まで築いた人間関係も、これまで築いた思考すらも……全てを奪われる気持ちなんて!!」
それまで無感動な気持ちで辰也の言葉を聞いていた天の心に初めて雲がかかる。辰也の言っている言葉の意味がよく分からない。まるで、"己の全てを失った事がある"と言わんばかりの言い回しが引っかかる。
「状況が特殊すぎて分からないですね」
それでも冷めた声で言葉を返せば、辰也は掴んでいた天の胸倉を引き寄せて、叫んだ。
「ああそうとも分かるわけないよねぇ!!――代替わりしてるオレの気持ちなんて!!流星閃打つたび死んで代替わりしてる奴の気持ちなんて!!分かるわけないよね!!!!」
「…………え……?」
辰也の瞳に、阿呆面をした天の顔が映った。涼しい空気が素肌に触れて、知らず肌が泡立つ。
「流星閃は、とてつもない力を発する技なんだよね。この技を出す代わりに、自分の命を捧げてるんだよ。そして、新しい命が生まれる。前の奴の姿・形・記憶諸々全てを受け継いでね。流星閃を打つたびに性格が変わってるんじゃない。流星閃を打つたびに、別人になってるんだよ。だから、オレは前のオレとは違う。前のオレはオレじゃない。先代や先々代のオレと同じように接するお前のこと……オレは、大っっっ嫌いなんだよね」
胸を押すように胸倉を掴んでいた手を離すと、今度こそ辰也はその場を立ち去る。その後ろ姿を、天はただ茫然と眺めた。
代替わり。辰也は流星閃を打つたびに死んでいて、新しい辰也が誕生している。
突然のカミングアウトに頭がぐるぐる回って咀嚼しきれない。そんな頭を無理矢理整理する。
(今の廃阿さんの話が本当なら、廃阿さんは流星閃を打つたびに亡くなっているということになるのか)
天は今年度入軍したため、今まで辰也が何回流星閃を打ってきたのかは知らない。もしかしたら、入軍する前も流星閃を打っていたかもしれない。その回数分、辰也は死に、そして新しい辰也が生まれているということになる。
ずっと同一人物だと思っていた人は実は別人であり、技を使用するたびに命が挿げ替えられていたという事、数分前の辰也と今の辰也が別人であるという事に、天は少なからずショックを受けたし、混乱した。
それからもう一つ……この事象に対して思うことが、一つ。
(廃阿さんは、流星閃を打つ時に亡くなる。――つまり、俺が入軍した時出会った廃阿さんは、炎竜を倒したあの瞬間に、亡くなっていた……?)
天の頭に、あの日の辰也の言葉が蘇る。
――……"オレ"が居なくても、ちゃんとやっていくんだよ
その言葉の意味を、今初めてちゃんと理解した。
入軍してすぐに出会ったあの辰也は、孤立する天を見捨てないおせっかいな人だった。が、次に生まれる新しい辰也も天におせっかいを焼くような辰也になるとは限らない……それを想っての、あのセリフだったのだろう。
あの時の辰也は、もう二度と戻ってこない。
そう、二度と……戻ってこないのだ。
日が完全に沈んだ空を見上げる。空には星がちらほらと見え、涼しい風が静かに吹いた。
(流星閃を打つことによって人が亡くなっていると知ってしまった以上、安易に「流星閃を打て」、なんて言えなくなったな)
天は、新たに決意する。
(もう、廃阿さんに今後一生流星閃は打たせない。廃阿さんに流星閃を使わせる場面を0にしなければならない。そのために、俺はもっと、強くならなければならない )