大はずれの人格
次に流星閃を打つ機会は、あの日からそれほど経たずにやってきた。
軍内でゴーレムの試作品を作っていたところ、配合を間違えゴーレムが暴走した。ゴーレムを作った兵士は間違いなく始末書を書かされる未来が待っているだろうが、今はそんなことを言っている場合ではない。暴れるゴーレムをなんとか基地から離してだだっ広い訓練場まで連れてきたはいいが、その暴走を止められる者がいなかった。動きは鈍いが、とにかく体が硬い。そして、振り下ろされる拳の一撃が、とんでもなく重かった。その拳が空を切る度に空気が揺れ、地面に叩きつけられる度にクレーターができた。姿は全く違うものの、その暴力的な強さと硬い体が、以前対面した炎竜を思い起こさせる。それと同時に、あの時炎竜を一人で倒した男の顔も、天の頭を過った。
(また遅刻かスーパースター様は)
今回も流星閃の力が必要だという事は、この場にいる全員が思っていることだろう。初めて流星閃を見た日、辰也は「流星閃を打つためには許可が必要」だと言っていた。今回も許可を貰いに行っているところだろうが、目に見えて来るのが遅い。前回は場所が山奥だったため登場が遅れた事にも納得がいくが、今回は軍の施設内だ。雲の殆どかかっていない、夕暮れから夜になり始めた空。辰也の出勤はこれからであり、まだ施設内に居るはず。
(許可を取るのに多少時間がかかるにしても、遅すぎる)
天はイライラを魔法に変えて、八つ当たりのようにゴーレムへとぶつけた。ゴーレムはその巨体をよろめかせ、大きな隙を見せる。しかし、体へのダメージがあまり入っていないので、ゴーレム自体を倒すことができない。ゴーレムの体勢を崩し、動きを止める……天がゴーレムに対してできることは、それくらいだった。
魔力が底を尽きるまで魔法を撃った天は、一旦前線から退きポーションを飲む。ゴーレムから目を逸らし基地の方を向くと、タイミングよく向こうから歩いてくる辰也と上司の姿を捉えた。
ようやく来たか、と辰也に嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、しかし開いた口が言葉を発することはなかった。
どこか虚ろな目。
天の方を向いているその瞳は、天を映していないように見える。
あっけにとられている天の目の前を通り過ぎた時も、こちらに目線を移すことは一切なかった。
「『転瞬・流星閃』の発動が許可された!!全員ゴーレムから10m以上距離をあけろ!!」
辰也の隣に居た上司が声を上げ、それまで戦っていた兵士達がゴーレムから距離を取る。
「前回の流星閃からそんなに時間空かなかったな」
「あの性格の廃阿さんとお別れするの早くて良かったわ」
「次は『あたり』だといいんだけど」
好き勝手言う兵士達を一睨みし、天は上司へと声をかけた。
「隊長、廃阿さんのあれ……『洗脳』されてますよね?」
目を見開く上司。それは図星と言っているも同然だった。天はそのまま上司の目を真っ直ぐ見ていれば、上司はふっと息を吐き、「そうだよ」と洗脳を認めた。
「流星閃を一度でも見れば分かると思うが、あの技はとんでもなく強い。流星閃を打っても性格が変わるくらいしか支障はなく、廃阿の身体には何も問題が起こらない。だから好きに打ってもらいたいんだが……基本的にどの性格の時でも流星閃を打つことに否定的なんだ。『どうしても打つ必要がある敵にしか使いたくない。どんな兵士でも敵わないような敵が相手だと上層部が判断した時のみ流星閃を使う』って宣言しててな。特に今回の性格の廃阿は流星閃を打つことを凄く渋って……。あのゴーレムは酷く暴走しているうえに、変に耐性が高いから、どうしても流星閃を打ってもらいたくて、強硬手段を取ったというわけだ」
天がゴーレムの方に目線を向ければ、丁度眩い光が上空へ飛び上がったところだった。そこから、一閃。刹那的な光の筋は、今回も美しい軌道を描いて地に落ちた。あれだけ硬かったゴーレムは、綺麗にコアを打ち抜かれたようで、ずぅんと重たい音をたてて地に伏せる。
流星閃は本当に何でも貫けるようだ。竜の硬い鱗も、ゴーレムの頑丈な体も。
(それなのに、なんで安売りしないんだ)
今まで辛い戦いを強いられた時もあった。巨大な肉食植物と戦ったこともあったし、気が立ってる鳥の群れとも戦ってきた。しかし、それらのいずれでも流星閃が打たれることはなかった。天自身、植物に食べられかけたこともあったし、全治2週間の怪我を負ったことだってあった。他の兵士達だってただでは済まなかった。……それでも、流星閃は打たれなかった。
強い力をもったいぶるその気持ちが、天には微塵も理解できない。
そんな悶々とした気持ちを抱える天の横から離れた上司は、流星閃を打ち終えた辰也の元へと向かう。
「ご苦労だった」
周囲の兵士達は、辰也の第一声を、固唾を飲んで見守った。
辰也は、そんな周囲の兵士達に目を向け、その目を細める。
「この力に頼らないとこんな雑魚も倒せないなんて、お前らってすっごい無能だよね」
吐き捨てるような言葉。やはり、天にとっては違和感のある物言いだった。
辰也の言葉を聞き、周囲は一気にざわめく。
「うわっ、『最悪』。『大はずれ』だ」
「あーあ、アレとしばらく一緒に仕事しなきゃいけないのかよ」
「またすぐ流星閃打つような状況にならないかなぁ」
ひそひそと、しかし辰也にも聞こえるであろう声量で吐き出される本音の陰口。その陰湿な空気がどうしても許せず、気が付けば天は辰也の前に立って声を出していた。
「あなた方に言いたいんですけど、性格変わったことに対してその言い草は無いんじゃないですか?性格が変わろうと、廃阿さんは廃阿さんじゃないですか」
なぜ性格が変わっただけでそこまで除け者にしてくるのか分からず言った天だったが、そんな天の頭を誰かがガッと鷲掴みにする。
「お前、ウザいんだよ」
背後から吐き出される、心底ウザいです臭ぷんぷんの声。振り返らなくても、その声の主が誰かなんて嫌でも分かる――辰也だ。
「オレのことかばってるつもり?オレの何を知っててかばってんの?それ、何もかばえてないんだよね。あいつらの言う通り、オレはもう別人だよ。前までのオレとは違うから」
嘲笑うようにそれだけ言うと、辰也はそのまま兵舎へと向かってしまう。周囲は、辰也をかばった天に対しても酷い態度でいる辰也を見て、『はずれ』だと口々に言った。怒ってますオーラを放ちながらこの場を去る背中を見ていたら、ふつふつとした怒りが天の中から湧き出てくる。
(は?性格否定を肯定??意味分からん。……貴方は、周囲との関係を大事にしてきてたじゃないか)
入軍したばかりの時に出会った辰也は、性格に難のある天にもコミュニケーションをはかってきた。その姿を見てきたからこそ、今の辰也の態度に違和感が出る。
(確かに性格は変わった。でも、根本的な考え方まで変わってしまうのか……?)
気付けば、天は辰也の後を追っていた。