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流星閃




 空高く上がる真っ赤な炎の渦は、新月の暗い夜を眩しく照らす。木々は鋭い斬撃で薙ぎ倒され、耳を劈くような咆哮が山にこだました。

「おい!!救護隊!!早く来てくれ!!こいつの出血が多い!!」

「ブレスが来るぞ!!構えろ!!」

 あちこちで怒号が飛び、様々な攻撃が一点に降り注ぐ。その攻撃の先に居るのは、赤い鱗で覆われた巨大な竜。口から吐き出される炎のブレスと、硬いものも真っ二つにする凶悪な爪が特徴的な炎竜(えんりゅう)だ。巣穴から出てきて暴れまくっている。このまま街へ下りられたら、街に甚大な被害が出てしまう。何としてでも山で食い止めなければならない。

 天も当然のように前線に出て戦い、鱗の隙間を狙うようにレイピアを突き立て魔力を流しているが、致命的なダメージを与えられずにいた。歯がゆい思いをしながら戦う中、見慣れた金髪がこの場にいないことに舌打ちする。

(どこに行ってんだあのスーパースター様は。こういう時の為の人間じゃないのかよ)

 上を見れば、全体的に雲が広がっていた。晴れと言える空模様ではないが、悪天候というほど天気は悪くない。

(この程度の天気なら現場来いよ。アホか。調子に乗ってるのか)

 天の血管が切れるんじゃないかというくらいイライラが頂点に達しそうになったその時、街の方から箒に乗って飛んでくる一つの影を見つけた。それが誰なのか視認できるほど影が近づくと、天はブチギレしそうになるのと同時に知らず安堵の息を吐く。

「遅いじゃないですか。ヒーローは遅れて登場するとかふざけたこと言い出したらぶん殴りますよ」

 自分の近くに降り立った遅刻者――辰也に、天は憎まれ口をたたく。炎竜と戦っていたために辰也の方へ視線を向けていなかったのだが、返事がなかったので訝し気に振り向く。

「……廃阿さん?」

 その、普段は見ない表情に、天の眉間に皺が寄る。


 無表情にも見えるけど、それだけではないような、形容し難い表情。


 しかしそれも一瞬で、天に呼びかけられた辰也はいつもの優しい表情に戻った。

「あー、ごめん。コイツを倒すための切り札っていうのは上司から許可が下りないと使えなくてね」

 それから辰也は天の頭にぽんと手を置く。慈愛に満ちた表情で天の目を見つめた。


「……"オレ"が居なくても、ちゃんとやっていくんだよ」


「は?」

 その言葉の意味を問おうとした時には、辰也はすでに別の人の元へと行ってしまったあとだった。

(は?え?何?死ぬの?遺言??絶大な力と引き換えに自らの命を差し出す的な??自分の中の魔力全開放して倒す的な?ていうかそんなことしたらここら辺一帯更地にならないか?)

 そもそもとしてさっきの辰也の言葉に深い意味があるのかすら不明である。意味が分からず混乱していると、上司の大声が飛んできた。

「『転瞬・流星閃(りゅうせいせん)』の発動が許可された!!全員炎竜から10m以上距離をあけろ!!」

 その声を聞き、兵士達は即座に炎竜から距離をとる。初めて聞く指示に、天は戸惑いを覚えた。

「流星閃……?」

 近くに居た天の同期がぽつりと呟けば、近くに居た先輩兵士がそれに気が付く。

「ああそうか、お前は初めてだったな。廃阿さんの秘儀だよ。あれさえあればどんな強い竜だろうと一撃さ」

 また別の場所では先輩兵士達が何やらひそひそと話している。

「ねえ、次は『あたり』だと思う?」

「えー、今回はわりと『あたり』寄りで、前は『大当たり』だったでしょ?じゃあ『はずれ』の確率の方が高くない?」

「だよねぇ~」

 辰也が『転瞬・流星閃』という技を打つと聞かされた瞬間、一気に兵士達の緊張の糸が緩んだ。未だ目の前では炎竜が暴れているというのに。顔を強張らせているのは新兵くらいだ。天はといえば、辰也からかけられた言葉や先輩兵士がしている『あたり』『はずれ』の話の意味が分からず困惑するばかり。

(なんだ、あの意味深な言葉。それに、『あたり』と『はずれ』?この状況で出るあたりとはずれって何の話なんだ。棒付きアイス食べてるわけでもあるまいし。これから一体何が起こると――)

 ぐるぐる巡る天の思考は、突然の光によって中断された。

 近くから放たれる眩しいほどの光。位置でいえば、辰也が立っていた場所あたりだろうか。転瞬・流星閃なるものがすでに発動されていて、辰也の体自体が光っているのだろうと天は推測する。

 炎竜の視線が光へと向けば、その光は炎竜の真上まで飛んでいく。炎竜の首も真上を向き、光に向かってブレスを吐こうと口を開いた、その瞬間。




 ――ズドンっ!!




 光は、目に見えぬ速さで上空から地上へ落ちた。光の軌道は炎竜の口の中へ入った後から見えなくなっているが、おおよその想像はついた。


 光は炎竜を縦に貫いたのだ。


 炎竜の口から放たれるはずだった炎が出てくることはなく、代わりに血飛沫が吹き出す。そのまま炎竜は地面に斃れたのだった。あんなにも硬かった鱗も貫かれ、あれだけ苦戦していた炎竜はたった一筋の光であっけなく息絶えた。


 まさしく、一瞬。空を流れる星のように、短い時間での決着だった。


 あまりにも淡泊な幕引きに、天は不完全燃焼な気持ちを抱くほど。本当にこれで決着がついたのかと疑心暗鬼な気持ちまでもが渦巻く。しかし、現に炎竜は血を吐いて斃れているし、ピクリとも動かなくなっている。


(これが……廃阿さんの実力……)


 雲泥の差を感じながら、天は徐々に小さくなっていく光を見つめた。

 炎竜を貫いた光は落ち着いていき、完全に消える頃には辰也の姿をしっかり捉えることができた。流星閃を打つ前の辰也のセリフがあまりにも遺言っぽかったので多少心配もしていたが、どうやら杞憂に終わったようだ。

(なんだ、死んでないじゃん)

 天が息を付くその近くでは、先輩兵士のひそひそ声がする。

「さて、今回は『あたり』か?『はずれ』か?」

 またしても聞こえた『あたり』と『はずれ』という単語。結局これの意味が解明されていない。

(だから何なんだ、その『あたり』と『はずれ』って)

 訳の分かっていない単語にモヤモヤイライラしていると、上司が辰也の方へ向かって歩いていくのが見えた。

「廃阿、ご苦労だった。怪我は無いか?」

 労いの言葉をかけられた辰也は、しかし上司に顔を向けることなく、周囲の兵士達の顔を見回して心底不服そうな表情を見せる。その、見たことの無い表情に天が違和感を覚えると同時に辰也が口を開いた。


「ねえ、興味深そうにジロジロ見られんの不快なんだよね」


 聞き慣れているはずの声。なのに、聞き慣れないと感じる違和感。

 周囲の先輩達が落胆しながら口々に言う。


「うわ、『はずれ』だ」


 困惑するのは天含めた新兵だ。

「どういうことですか?」

 天の同期が先輩兵士に聞く。

「ああ、えっと、さっき見た通り、あいつ流星閃っていう一撃必殺の超強い技が使えるんだけど、あれ使った後は毎回人格が変わるんだよ」

「さて、後片付けしますかー」

 緊張状態の解けた兵士達は、斃れた炎竜の片付けをするために動き出す。各々が各々の仕事をするために移動する中、辰也に労いの声をかける者は誰一人としていない。

 天は辰也へ近寄る。

「廃阿さん、お疲れ様でした」

「象儀。ありがとね。もっと褒め称えてもいいんだよ?」

 違和感だらけのその言葉が慣れない。自分を前にこういう物言いをする辰也に、本当にこの人は性格が変わったんだと実感する。少なくとも、天の知っている辰也は自ら褒めてくれなんて物言いはしない。

「……本当に性格が変わるんですね」

 思わずぽろりと漏れた天の言葉を聞き洩らさなかった辰也は、「驚いた?」と天に聞く。

「お前、流星閃見るの初めてだもんね」

「あの技チートすぎません?あんなのあったら俺らの出番ないじゃないですか。廃阿さん一人で充分じゃないですか」

「……万能ではないけどね。こうやって性格変わっちゃうわけですし?」

 それって困るようなことですか、と尋ねようとした天だったが、現在進行形で爪弾きにされているので口を結んだ。代わりに別の事を口にする。

「それにしても、性格が変わっただけで人ってこんなにも態度が変わるものなんですね。……性格が変わろうと、廃阿さんは廃阿さんなのに」

 性格ってそんなに大事だろうか。性格が変わって接し方は変わっているが、それでも辰也は天との関係性を変えることなく、こうして話をしてくれる。辰也は天の性格に難があることを知っているのにも関わらず、だ。なら、性格が変わろうと態度を変えることなんてないんじゃないか。


 竜を一撃で倒せるような技を、「性格が変わる」というデメリット一つだけで打てる辰也のことが、天は心底羨ましかった。


「……ま、"オレ"は"オレ"、だよ。オレはオレ以外の何者でもない」


 真剣な声が正面から聞こえる。見れば、辰也が腕を組み真面目な顔で空を見上げていた。どこか含みのあるその言葉は、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。





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