無自覚強者と七味唐辛子
「アルバート・フォルター。お前とは今日でお別れだ」
「え」
ダンジョンへ向かう前の朝食を兼ねた打ち合わせの席。いつもと違うパーティーメンバーの様子に悪い予感はしていた。
言われた瞬間は驚いたものの、直ぐに落ち着くことができた。いつか来る言葉だと思っていたからだ。
「一応、理由を聞いても良いか?」
「すまない。敢えてはっきり言わせてもらう。……クズスキルすら持ち合わせていないお前はこの『旋律の風』に必要ない」
主にダンジョンでのアイテム採掘を生業とするパーティーである『旋律の風』のリーダーであるヴァンク・デカルマはその黄金の髪と瞳で多くの女性を虜にしてきた。
一方俺は凡庸な黒髪茶眼。しかし、このパーティーメンバーに容姿や出自で態度を変える者はいなかった。
ステータスオープンできるのはほとんど貴族階級の血筋の者のみ。そして冒険者、時には勇者と称される者を輩出する国営の養成学校の入学条件の一つはステータスオープンできること。
結果として所謂冒険者パーティーと呼ばれる者の中には跡継ぎ以外の貴族階級の血筋の者が多く平民は少ない。
ステータスを開示できるとスキルや魔法を所持・使用できる可能性が高く、そうでない者はダンジョン攻略には向かないとされ、身に着けた技術を便利屋等に生かすことが多い。
俺は例外だった。
俺はオルスタット村の農夫の子で、12歳の時に受ける成人前検査で指示に従って自分でステータス開示できることが判明した。
既定に従い、選択肢が提示されてこの道を選んだ。冒険者として成功すれば、親や村の生活を楽にできるかもしれないから。
しかし国営の養成学校に入学して蓋を開けてみればスキルすら持ち合わせてはいなかった。唯一<所持品>にあったのは七味唐辛子。そしてこの世界でステータスという才能は後の伸びしろと比例するらしい。
ステータスは謎の文字で記されていて、その言語の解読も養成学校で習う。貴族階級の者は事前に学んでいる場合もあるらしいから、平民であるからこその不幸だった。知っていたらこの道は選ばなかったと思う。
養成学校で散々馬鹿にされたが、なぜか俺を気に入ったらしい講師から謎の根性論で励まされ、二年間剣と魔法の理論と技術を叩き込まれた。
努力の成果は無くも無かったが、数値的に養成学校の卒業生の中では中の中だった。
何か光る物をと思い、ダンジョンのアイテム研究に勤しみ、講師からは一目置かれたような気がするが、スキル無しの剣と魔法の成績中位者で平民出身。
卒業後を見越してパーティーを組む際、講師の仲介が入ってやっとこのメンバーに入れてもらえたのだ。
その割にはメンバーの態度はまともだった。少なくとも最近までは。
皆の態度からそろそろだよな、とは思っていた。
「もう少しこのパーティーにいたかったけれど……。分かったよ。今までありがとう」
物わかりの良い返答にほっとしたように主に前衛を担うメンバーのダルトン・ホルスと回復魔法が得意なナンシー・パネットが肩を叩いてくる。
「残念だよ。寂しくなる」
養成学校で魔法弓の成績首位だったレイエ・バルデラスと攻撃魔法が得意なジェイ・ゾンフトが後に続くように別れの挨拶をしてくる。
「やっぱりあなたって冷静なのね。元気でね」
「またな」
「これ、少ないけれど退職金替わりと思ってくれ」
パーティーのリーダーであるヴァンクは硬貨が入っているであろう麻袋をテーブルの上に置いた。俺にも生活があるので辞退するつもりはない。
立ち去ろうとしている皆の背中に声を掛けた。
「さよなら」
「あ」
しばらく茫然としてしまっていたが、大切なことを思い出した。
『旋律の風』は長期休暇に入る予定だったところを急遽ひと稼ぎすることになったところだった。
冒険者ギルドでは否定されたので俺が間違っているのかもしれないけれど、元仲間には伝えなくては。
今追いかければ、ダンジョンへの転移ポイントに間に合うはず。
俺は急いで会計を済ませ元仲間を追った。
「い、いた……おーい! 待ってくれー。って、ええっ!?」
『旋律の風』のメンバーに追いつく前に俺に気付いたらしいダルトンが何故かアイテムボールをこちらに向かって投げつけてきた。
形状からするとおそらく効力に期限があるタイプの時限式拘束アイテムだ。分かっていても不意を突かれて避け切ることはできなかった。
「はぁ? なんでだよ」
「数時間後には解除される。それまでに冷静になってくれよ」
なるほど、元仲間は俺がパーティーに未練が有って追いかけてきたと思ったらしい。
「違うって、ちょっと話を」
「急ぐから。またな」
元仲間は足早にその場を去り、ダンジョンへの転移ポイントへ向かってしまう。
行ってしまった……。
いやぼーっとしている場合ではない追いかけなければ。と、その前に。
ブンッ。
メンバーの背中をめがけて護身用にと持っていたジャンクアイテムを改造した物を投げかける。
アイテムは発動したようだが今は待機状態にある。これは自分を縛る拘束アイテムと同じく、時限式だ。こちらは発動までに時間がかかるタイプだ。
案の定、元仲間は俺の静止を聞く気も無いようで、ダンジョンへと転移してしまった。
「この拘束アイテムなぁ……」
緊急事態だから養成学校の流儀を守っている場合ではないよな。
ダンジョンに駆け付けると、そこは近年見慣れたダンジョンの様子と様変わりしていた。
明らかにモンスターが多い。
「やはりそうだったか……」
一人でダンジョンに入るのは危険極まりないが、誰も見ていないのなら養成学校で叩き込まれる『冒険者パーティーに属する者の流儀』に拘る必要はない。もちろん法律の範囲でだが。
打ち合わせの内容を思い出しながらダンジョンを進むと、そこには嘗て自分を馬鹿にした者たちの屍があった。
「急がなければ……」
「ギャーッ!」
「!? ジェイか」
聞きなれた声だ。聞こえてきた声を頼りにダンジョンの入り組んだ道を掛ける。
開けた場所に『旋律の風』のパーティーメンバーはいた。
リーダーのヴァンクと目が合った気がしたが、少しの猶予も無くS級モンスターが元仲間達に向かって火を噴いた。
しかし、先程仕掛けたアイテムが功を奏したようで、淡い光に包まれた元仲間達は全員無事なようだ。
「ジェイ!水属性の攻撃魔法だ」
「……」
ジェイは茫然としていて攻撃魔法を仕掛ける様子が無い。ダンジョンに生息するモンスターに火属性が少ないこともあって今まで知らなかったが、ジェイは火が苦手なのかもしれない。
俺は小声でジェイのステータス画面を呼び出す。あたかもジェイが発動したように水属性の魔法を発動した。
これも養成学校で気付いたことだが、周囲が誰も他人の魔法を他人の魔力で発動することをしないので、控えていたのだ。
「ジェイ! ありがとう」
俺はジェイと連携している素振りで剣を振り上げたが、その前にヴァンクの大剣がS級モンスターに止めを刺した。
「さすがヴァンク」
「ちょ……。ちょっと待って、アルバート!?どうしてここに」
多発するモンスターとの遭遇に力を使い果たしていたらしい回復魔法が得意なナンシーが声を上げた。
俺は周囲に目を向けた。今の状況的に一旦撤退をしてギルドに報告なり何なりするつもりでいたはずだ。
しかし力を使い果たしたパーティーメンバーはしばしの休息が必要だ。
ジェイは俺が勝手に魔法を発動したことで意識が朦朧としているようだ。申し訳ないが、緊急事態だったのでこの状況を利用してジェイが無意識に魔法を発動したということで押し通してしまうつもりだ。
幸い元仲間に仕掛けた分と、ダンジョンに来る前に自身に使用した分のアイテムの有効時間はまだ続く。
俺は休息場所の算段をしながら答えた。
「いや、伝えたいことがあって。ちょっと時間ある?」
先人が築いた隠された休息地を発見することが出来たので。そこでしばしの休憩となった。
「なぜこんなにもモンスターが多いのだ。これではまるで五年前に戻った……いや、それより悪い状況ではないか」
実は近年のダンジョンの状況変化は過去の俺の行動が大きく関係していた。
俺は国営の冒険者養成学校時代からギルド所属以降も平民故に目立つ行動を控えるようにと先生や先輩諸氏から釘を刺されていた。
だからこそ、こんな自分を受け入れてくれたパーティーメンバーに恩義を感じていた。
そんなメンバーのピンチの時。一刻の猶予も無い中で、以前から推測していた『沈黙のアイテム』の使用方法を試したのだ。
結果は想像以上だった。ダンジョンのモンスターは激減。仕事が減ったことによって自分がメンバーから外されたのかもしれないが、そのことでは後悔していない。
自分の行動は所属ギルドに報告したが、平民がモンスターを激減させたというのは表沙汰にしたくないことらしく、ギルドの方から口外禁止と今後同じアイテムへの関与と使用禁止と取得した際の提出を言い渡された。
なのでメンバーには話せないこともあり、どう説明すれば良いか迷っていたが、モンスターを人間の活動域から追い出す効果が切れるタイミングが来るのではないかという予測を伝えたかったのだ。
ただの推測だが、アイテム使用時の状態からするとあり得るとギルドにも伝えたけれど、信用されなかった。
自分自身、否定され続けている内に自分の意見を伝えることを躊躇するようになっていた。
ちゃんと話すことで、もう一度メンバーに加えてもらえるかもしれない。
「そのことなんだけど」
説明しようとした瞬間、地鳴りがした。
「何だ!?」
「お、おい。あれ、ガルラントじゃないか!?」
先程まで壁だった部分にひびが入り、封印壁が姿を現している。
さらに封印壁も一部壊れ、おそらく先人が封印したのだろうSS級のモンスターであるガルラントの特徴的な鱗が見えている。
中途半端に他のモンスターに見つかり封印だけ壊されると厄介なので分からないように封印ごと隠したのだろう。
それが見えるほど壊れているということは、ガルラントが封印を破るまでそれほど時間は無いということだ。
ヴァンクが俺の肩を叩いて囁いた。
「お前なら何とかできるんじゃないか」
「は?」
聞き返すより先に休息地から突き飛ばされた。
「皆行くぞ、アルバートに何か考えがあるらしい!」
「えぇ?」
「早く!」
皆ガルラントの恐ろしさは知っている。ためらうより走り始めた。
パーティーメンバーからすれば頼もしいリーダーだろうけれど、俺は『旋律の風』メンバーに裏切られ、囮にされたということだ。
ガルラントが封印を破り、俺をめがけて飛びかかってきたが何だかもうどうでも良い気がしてきた。
「ガッ!?」
どういうわけか、ガルラントが硬直する。先程までの封印とは別種のようだが、再び封印されてしまったようだ。
「……何が起きている?」
「おい、大丈夫か?」
そこに現れたのは、人間に擬態しているとされるA級モンスター『ヒトモドキ』だった。
「話を聞いてくれるか」
「ああ」
「おいおい、もっと警戒しなくて良いのかよ」
あっさり近づく俺に向こうが慌てたようだが、こちらは半ばヤケになっていたところを助けられたのだ。しかもヒトモドキは喋れなかったはず。
彼らはヒトモドキと思われただけの可能性が高い。
話を聞くと、このモンスターの正体とは、異界の人間だった。
彼らのリーダーは敷島晴臣と名乗った。
同時に5人の人間が転移したらしく、彼ら彼女らは皆ステータス表示ができ、スキル所持や魔法が使えたため、生き延びることができたらしい。
その後、以前俺が使ったアイテムの効果で元の世界に帰れるようになったらしい。
しかし、彼らの居場所は大きな変化を遂げていて、こちらの世界もまた居場所と思わざるを得なくなっていた。
彼らは二つの世界を行き来する生活をしているらしい。
一部のギルド幹部が平和主義のモンスターを過激化させ、ギルドに所属するメンバーに狩りをさせていたらしく、王家に知られるのを恐れてそれを見た異界の人間をヒトモドキの一種としていたらしい。
面倒だからこちらの世界の人間との関りを避けていたらしいが、異界の人間は以前から俺の行動が他と違うことに気付いていた。
「これは打算もある。けれどアルバートにも損はさせない。仲間にならないか」
「ああ」
「そんなあっさり。いいのかよ」
「もちろん」
はぐれ者同士パーティーを組むことになった。
お近づきのしるしにと言われ、インスタント蕎麦なる物を食すことになった。
「あれ?左利きなのか」
「ああ。いつもは右手を使うんだが、つい」
『冒険者パーティーに属する者の流儀』に反しないように気を付けていたが、養成学校出身者がいないこの場所では気が抜けていたようだ。
「いや、素手じゃあるまいしどっちでも良いだろ。てか箸の使い方上手いな」
異界でサッカーというスポーツとやらをしていたらしい佐伯良哉が覗き込んだ。
「それ本当にギルドに所属している者全体に課されていたのか?」
異界の日本人とアメリカ人との間の子だという中野慧人が首を傾げた。
「どうだろうなぁ」
「おおらかか」
彼らのリーダーである敷島晴臣がすかさず突っ込んでくる。
「ってゆうか、利き手じゃない方で剣も扱っていたの?」
「ぱねぇーなお前」
「すっごーい」
7人兄弟の次女だという伊藤紗季は以前俺の剣裁きをよく見ていたらしい。こちらの世界では兄弟が多いことは珍しくはないが、先に生まれた兄や姉はしっかり者が多い。彼女もしっかり者なのかもしれない。
佐伯と、学生とアイドルという職業を掛け持ちしていたらしい各務愛理に囃し立てられて照れくさくてわざとそっけなく答えた。
「いやいやそんなことは」
それにしても美味しいなこの蕎麦って食べ物。
「あ、そうだ。七味唐辛子、かける?」
この食べ物には合う気がしてならない。
「なんでそんな物持ってんだよ」
「かけるかける」
「お前の前世ぜってー地球人だよ」
「私達、出会う運命だったのよ」
「いや全然記憶に無いけど」
「地球のこと沢山教えていたら、思い出すかもしれないわね。まぁどっちでも良いけど」
「これな、このタイミングで食べるそばのことを年越し蕎麦って言うんだぜ」
「一旦向こうに帰るけどな、次に会った時はこう言うんだ」
そんなこんなで次に会う約束をしてから新たな仲間は一旦異界に帰ることになった。
どうやら転移ポイントを彼らなりの方法で使用すると異界とこの世界を行き来できるらしい。そしてこれはこちらの世界に自然転移した者にしかできないらしい。
「今度アルバートもやってみよう」
「今度な」
俺はその後、所属ギルドへ報告に向かったが、ギルドはすでにもぬけの殻だった。
所属しているのは貴族階級の血筋の者が多く、今の状況……。一大事と王都に連絡と仲間の救援に向かったか、あるいは……。
どちらにしろ、俺一人ではどうにもならない。俺は一旦その場を去ることにした。
その後、養成学校時代に俺に目を掛けてくださった恩師にお会いして問題ないようにぼかして相談させていただいたり、色々調べたりして仲間に会うまでの時間を過ごした。
講師の先生から正体を明かされた。どうやら先生も異界からの転移者らしい。
先生は俺の新たな仲間と同郷の可能性が高いらしく、ジョー・センドーとは元々の名前である千堂譲からこちらの世界になじむ発音で名乗ったものらしい。
正直それほど驚かなかった。彼は他の先生や養成学校出身者と何か違うと思っていたからだ。
先生の方も、俺の考え方や研究内容から俺に目を掛けておこうと思ってくださったらしい。
先生は同郷の者の存在に目を輝かせて彼ら彼女らの居場所の確保に協力すると言ってくださった。
そもそも先生が転移したらしい場所カテルナでは、転移者は縁起が良いとされていて、協力者も多くいるそうだ。
そもそもかつて王家は地球世界からの転移者については保護対象としていたらしい。転移者が長年いない間に人々から忘れ去られたが、先生が転移した場所では転移者やその子孫が多く活躍したために縁起物扱いが続いた。
カテルナでは、冒険者ギルドを設置する予定らしい。養成学校出身の貴族階級以外もギルドに所属でき、ミッションによっては混合パーティーを組む計画らしい。
次に仲間と合流したら、どうするか相談しよう。
今まで所属していたギルドは俺のことを契約顧問として雇いたいと打診してきた。これも先生や仲間に相談して進退を決めようと思う。
嘗ての仲間はどうなったか聞こうとしたが止めた。
あまり良い状態とは思えない状況が整い過ぎている。俺は別に嘗ての仲間の不幸を望んでいるわけではないがお人よしでもない。
裏切られてもその人物の不幸を望まずにいられるのは、自分が孤独ではないからかもしれない。
しばらくして、新しい仲間と合流する日がやって来た。
ダンジョンの一角にある転移場所が淡く輝く。
見覚えがある人影が鮮明になっていく。
俺は今から言う言葉を心の中で確認する。
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
―END―
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