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第8話

 持ち込んだ資料もイクスの資料もあらかた目を通す。

 ほとんどが見覚えのあるもので、それほど時間もかからなかった。

 ただ小さな文字を見すぎたせいか、目に疲れを感じ手に持った資料を置き、目を閉じた。


「なんとなく状況は分かったわ」

「……」


 異常な理解スピードにイクスは驚くことなく私を見つめる。


「さすがイヴァンね。自分の死はある程度予測していたんでしょう。引継ぎがスムーズにいくようにちゃんと準備されてる」


 さすが公爵領というべきか、財政面では今のところ全く不安は見えないように見える。

 公爵領の持つ穀倉地帯は他の領と比べても別格だ。

 適した天候、広大な平地。穀物は公爵家の大きな収入源の一つだ。


 ただイヴァンにだって分からないことはある。

 それは未来のことだ。

 私は知っている。

 数か月後長期的に雨が降る。その雨による雨害で麦の収穫量は大きく減り飢饉が起こる。


 かつてその飢饉によって公爵家は大きな影響を受けた。

 私はその時の対応ができず、当主としての立場を弱くしてしまった。

 今度はそんな事させない。


「イクス、麦を大量に買ってほしいの。公爵領の領民からじゃなくて他の領から買い取るようにして」

「何故か聞いてもよろしいですか?」

 

 彼が私の言葉を疑問に思うのも当然だろう。大規模な麦の購入など費用を莫大であるし、経済界にも多少は影響を与える。なんの根拠もなくこんなことを行うなど、正気の沙汰ではない。

 未来を知ってるなて言って彼は信じてくれるだろうか。


「……信じられないかも知れないけど、数か月後に国全土が雨害によって飢饉が起こるの。そんなことが起これば公爵家もただでは済まない。だからその時に備えて麦を買っておきたいの」

「信じるも信じないも奥……当主様がおっしゃるならその通りにするまでです。きっと当主様にも考えがあるのでしょう。すぐに麦を買うように手配しておきます。ただ突然買い占めてしまえば不審がられ、買取を断られる可能性もあります」

「そうね。いろいろな所から少しずつ、長い期間をかけて買ってちょうだい。2カ月くらいすれば雨も降り始める。それまでにお願いね」

「かしこまりました、私はこれで……」

「待ってイクス」


 部屋を出ようとするイクスを引き留める。

振り返ろうとしたイクスは不思議そうにこちらを見た。


「少しこの屋敷で働く人たちを見直したいと思っているの。もしかしたら何人かいえ、何十人くらい大規模にやめさせる時が来るかもしれない」

「……」

「たとえあなたに反対されてもこれを変えるつもりは無い。けど一応伝えたくて」

「反対などいたしません。それに他の物にも伝える気はありません。きっとあなたなりの考えがあるのでしょう。私は貴方を見誤っていました。貴方はヴァロアの当主としてふさわしい方。どうぞ思う存分、私をお使いください」


イクスはひざまずくと最上級の敬意と忠誠を示す姿勢をとり、頭を深々と下げる。

 その姿に私は椅子を立ち上がり、イクスの前に立つ。


「私はイヴァンの守ろうとしたヴァロアを必ず守る。貴方の忠誠心、信頼させてももらうわ」

「はい」


 イクスは短くそう答えるだけだったが、その言葉に強い意志が宿っていることがわかる。

 彼は返事をすると静かに立ち上がり執務室を出ていく。

 部屋にはまた私一人となる。


「ふふ、久しぶりにイクスと話したけど、相変わらずの忠誠心ね」


 彼の忠誠心はヴァロアで1番と言っても良い。

 仕事を頼むなら彼が一番だろう。


 雨害に対する対策は取り敢えず大丈夫だろう。

 あとはヴァロアに仕える人間たちふるい分ける作業。

 スパイに裏切り、忠誠心にかけるものたちはこのヴァロアに多く紛れ込んでいる。すぐさま見つけ出して追い出さないと。





「ジャンヌお嬢様」

「なあにリリー?」

「そろそろ家庭教師の方がいらっしゃるお時間です」

「お勉強……」


 侍女のリリーが時計を見ながら言う。

 お勉強は嫌い。椅子の上で座ってペンを握るだけなんてつまらない。

 そんなことするぐらいなら、馬に乗って野をかけた方が楽しいに決まってる。


「ヴァロア家の長女としてお勉強に励むことは、お嬢様がどこかのお貴族様の家に嫁いだ時のためです。それに叔母さまも貴方がお勉強を頑張っていることを知れば喜んでいただけますよ」

「叔母さまが……そうね。わかったわ、家庭教師がいらしたら通して」


 叔母さまが望んでいるなら頑張らないと。


「そういえばアニエス叔母さまはいつこのお屋敷にいらっしゃるのかしら?」

「そうですね……その、やはりイヴァン様が亡くなり、本家にはいらっしゃりにくいそうです。それに今の当主はクロエ様ですから」

「クロエ、ね」


 クロエ。

 突然お父様が連れてきた再婚相手。血のつながりも何もない赤の他人。

 クロエという女は突然家に来たかと思えば、私たちのお父様との時間を奪った。

 私だけじゃないお兄様たちだってあの女を嫌っている。

 お父様だって、なぜお兄様じゃなくてあんな女を当主に選んだのかしら。


 私が不機嫌そうに頬を膨らませると、その様子にリリーは少し笑うと教師を呼びに部屋を出て行ってしまった。


 お母様もいなくなってお父様までいなくなって、家族がどんどんといなくなってしまった。

 お母様は私が生まれると同時に亡くなったと聞いている。

 お母様と会ったのは、屋敷に飾ってある人物画だけ。


「どうしてお父様までいなくなってしまうの……」


 目頭が熱くなり涙が一筋流れる。

 しかし流したままにしておくことはできない。すぐに涙を手で拭う。


「私はあの女が当主なんて、お母様だなんて認めない。絶対に」


遅くなてしまいしまいました……

申し訳ありません……

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