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第7話

 イヴァンの葬儀から1週間。

 この国のしきたりとして家族を亡くした場合、1週間は喪に服し、故人が無事神の審判により死後の楽園へと行けることを願う。

 一日に3回祈りを捧げ、食事は経典により決められたものを食べるというように、一週間の生活が事細かに経典に記されている。

 家族と楽しく過ごすと故人の魂が未練によって離れがたくなると考えられているため、家族と過ごす時間は極力排除するようになっている。

 そのため葬儀から一週間ほとんど誰かと話すことも無かったためうまく声が出るか、発声練習がてら「あーあー」と声を出してみる。


 その時誰かが私の部屋の扉を叩く。入室を許可すれば入ってきたのはメルだった。

 一週間顔を合わせることはあれど、言葉を交わすことは少なかった。


「奥様、お勤めお疲れさまでした」

「おはよう。久しぶりねメイ」

「……」


 メルはイヴァンを亡くした私が心を痛めていると思ったのか、辛そうに目を伏せる。

 しかし、実際の私の頭の中はイヴァンの死は過去のことであり、次に起こすべき行動を考えることでいっぱいだ。

 イヴァンの死は二回目のことであるし、何より今回はイヴァンとの別れは済ましてある。


「さあ、仕事が溜っているわ。イヴァンからヴァロアのことを頼まれたんだから、しっかりその役目を全うしないと!」

「そうですね!それならまずはお着替えをなさらないと。こちらのドレスなんかいかがですか?」


 メルは少しうるんだ瞳をごしごしと手で拭くと、駆け足でクローゼットに向かいドレスを引っ張り出す。

 コルセットのない、ゆったりとした青色のドレスだ。


「じゃあ、そのドレスにしましょうか。それと支度が終わったらイクスを呼んできてもらってもいいかしら」


 イクスとはこのヴァロア家の執事長であり、イヴァンのそばで仕事を手伝っていた男だ。


「かしこまりました。奥様、気合が入っておりますね!私も頑張らないとっ」


 メルが私の腰の紐を力いっぱいにひっぱる。

 突然きつく腰の紐を締められ私は小さく悲鳴を上げる。

 メルはその悲鳴を聞くと、慌てて紐から手を放すし勢いよく頭を深々と下げる。


「も、もうしわけありません、奥様!」

「……だ、大丈夫。気を付けてね」


 メルは何度も謝りながら、今度はこちらを気遣うように優しく腰の紐を締める。今度はむしろ緩すぎるんじゃないかと心配になるほどだ。





「お呼びでしょうか、奥様?」


 20代後半ほどに見える茶髪の男が、扉をノックをし私の返事を聞くと扉を開け部屋に入る。

 確か今のイクスの年齢は36だったはずだが、10歳ほど若く見えてしまうほど童顔かつ整った顔立ち。

 前の人生でそのことを彼に言えば、童顔は彼のコンプレックスだったようで目に見える態度で不機嫌になっていた。


「久しぶりね、イクス。早速だけどイヴァンの手がけていた事業の資料に、領地の運営報告書、民たちからの嘆願書、その他もろもろすべての資料を見せてもらいたいのだけど」

「!」


 イクスは驚きの表情で私の顔を見る。

 口では何も言わないが顔には「どうして奥様がそのことを知っているんだ」と書いてある。

 顔に思っていることが出てしまうことは相変わらずのようだ。


 先ほど言った資料の存在はイヴァンの生前から聞いてはいたし、実際に前の人生では目も通している。

 ただ今現在の状況確認も兼ねて、資料には目を通しておきたい。


「イクス?お願いしてもいいかしら?」

「は、はい!すぐにお持ちいたします。ただ多くの資料はイヴァン様の執務室にございます。ですので執務はそちらの部屋でされた方が良いかと」

「そうね、そっちの方がいいわね。それじゃあ私は執務室に向かうから、執務室に無い資料を持ってきてもらってもいいかしら」


「かしこまりました」


 イクスは軽く一礼すると部屋から出て行く。

 私もすぐに執務室へと向かおう。




 執務室は誰も使っていなかったはずなのに、ほこり1つ見つからないほど綺麗に掃除されている。掃除はされているようだが執務机の上には乱雑に筆が置いてあり、物の配置はイヴァンの生前のままにしてあるようだ。


 私は本棚から必要な資料をを持ち出し机の上に置くと、そっと執務机の黒い椅子に腰かける。私のお尻は椅子のクッションに大きく沈み込む。やはり私の座高に対して少し高すぎる机。普通なら使いにくいはずなのになぜか不便に感じない。むしろ懐かしさすら覚える。


「この羽ペン、イヴァンが使っていたものだったのね。今更知るなんて……」


 かつては見るのも嫌になった羽ペン。イヴァンが使っていたと知ればそんな羽ペンにも愛着が湧く。

 少しなつかしさに浸っていれば、コンコンとまた扉を叩く音が聞こえ現実に引き戻される。

 入ってきたのは予想通りイクスだった。


「奥様、ご要望の資料をお持ちしました」

「ありがとう、イクス。聞きたいこともあるから、少しこの部屋にいてもらってもいい?」

「……はい」


 私の姿にいまだ疑問を持っているようだが、静かに私の目の前に直立不動で立つ。

 私はその姿に小さくうなずき資料に目を通した。


「……イクス、私の顔に何かついているかしら?」

「はっ!申し訳ありません」


 じっと私を見つめていたイクスは、私の声に慌てて視線を逸らす。

 私はその慌てた姿に少し微笑むと、また資料に目を戻す。


「聞きたいことがあるなら答えるわ」

「……失礼を承知でお伺いします。すべての資料は奥様が理解するには、その……難しいと、思われます」

「んふふ、ホントに失礼ね」

「いえ、申し訳ありません……今の言葉はお忘れください」


 イクスは深々と頭を下げる。

 しまったわ。前の人生では彼とも軽口を言えるくらい仲が良かったけど、今は違うものね。


「冗談よ。この資料が私に理解できるかだったわね。答えはイエス。イヴァンからいろいろと叩き込まれているから理解は簡単よ」


 それと前の人生の経験もあるから、と心の中でそう付け加える。

 イクスも私がイヴァンからいろいろと教えられていたことを知っているため、彼の顔から疑問は消えた。


「問題はそれを理解した後にどう問題を解決するか。そこが不安なの。だからあなたの力も借りたい」


 そう言うと資料から言ったん目から離し、イクスを見上げた。

 先ほどまでのイクスの疑問を浮かべた顔は、驚きの表情へと変わっていた。


「よろしくね、イクス」

「……仰せのままに」


 イクスは静かにそう答えるだけだった。


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