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第3話

 刑の執行日前日、今まで恨まれることしかなかった私の元に訪れた人間は数人。

 一組目はキリアンとジャンヌ。

 檻の向こう2人は恨みのこもった瞳でこちらを睨みつけた。


「お前のせいで……お父様は死んだんだな。よくものうのうと俺たちの母を名乗れたな」

「私たちのお父様を返してよ!」

「……私は殺してないわよ」


 涙ながらに訴えるジャンヌの姿は少し私をつらくさせるが、弁明するだけの気力は私に残っていなかった。

きっと信じてもらえないだろうが、私が言えるのはこれだけ。


「……まだそんなことを言うのか?叔父上が訴えて下さらなければ、お前のような公爵家の寄生虫を取り除くことはできなかっただろう」


 そう吐き捨てるようにキリアンは言うと、ジャンヌを連れて私の檻を後にした。


 二組目は私を訴えた叔父だった。

 叔父はにやにやと笑いながらこちらを見つめてくる。


「いいざまだ。全く兄上はなぜこんな女狐に公爵家を任せたのか……」

「ふふ、きっと貴方みたいな男から公爵家を守りたかったのでしょうね」

「なんだと!」


 叔父は私の言葉に怒りをあらわにすると、檻につかみかかる。

 私はそんな姿におびえるでもなく、静かにその姿を見つめるだけだ。


 結局のところイヴァンからの期待もすべて裏切ってしまったのだ。

 私が処刑されればこの叔父はきっと公爵家の当主の座に就くだろう。

 しかし死んでしまえば私には関係ないことだ。どうでもいい。


 そんな私の姿に嫌気がさしたのか「くそっ」と悪態をつくと牢獄を出て行ってしまった。


 三組目はアランだった。

 なぜ彼は他の兄弟たちと一緒に私の元に訪れなかったのだろうか。

 私が公爵家にいる間アランの私に対する態度は、他2人の兄弟たちと少し違った。

 アランは基本私に対してずっと無関心を貫いていた。

 そんなアランが私の元に1人で訪れたものだから、さすがの私も少し身構えてしまう。


「お久しぶりです」

「ええ」


 短い挨拶の後、静かな沈黙が続く。

 その沈黙を破るようにアランが静かに話し始めた。


「僕が成人するまでは、取り敢えず叔父上が公爵家の代理の当主となるらしいです」

「そう」

「きっと公爵家は乗っ取られてしまうのでしょうね」

「……貴方も私を責めに来たの?」


 アランの言葉は今まで来た誰の言葉より私を責め立てる言葉だった。

 すべての役割を投げ捨て、裏切った私をアランは恨んでいるのだろう。


「違います!そうじゃない。そうじゃない……」


 いつも冷静なアランは珍しく取り乱したように声を荒げた。

 彼は父親譲りの金髪を手でぐしゃぐしゃと掻くとくやしそうに下唇を噛む。


「貴方は絶対にお父様を殺していない。僕は貴方がそんなことできる人間だとは信じられない」

「え……」


 アランの思わぬ言葉に私は顔を上げる。

 彼は今何と言ったのだろうか。私が公爵様を殺していない、ですって?


「なぜ貴方は何も言わないのですか?いつも一人で抱え込んで、今だって貴方が抱え込み続けたせいでもう後戻りができないところまで行ってしまった」


 アランの悔しそうに歪んだ目元はどこか悲し気で、今まで訪れたよう人々の様に私を恨んでいる様子は全くなかった。


「どうして僕たち家族に頼ってくれなかったのですか?」


「家族?家族ですって?」


 今までの公爵家での生活が頭に思い出される。

 1人での食事、何度もささやかれる陰口、孤独。


「私を認めなかったのは貴方たちじゃない!私は認めてもらえるよう努力したわ。でも、でも誰も見てくれないの!ほめてくれない!お母様と呼んでくれなかったじゃない……」


 私は今までため込んでいたすべてのどろどろとした感情を吐き出すように叫んだ。

 目頭が熱くなってくる。

 涙があふれてくる。


「貴方はそのように思っていたのですね」

「何?私だって人間よ。あんな場所にいれば誰だってそう思うわ」

「そうですか……今まで申し訳ありませんでした。僕はこれで失礼いたします」


 アランはそれだけを言い残すと牢獄を出て行った。


 今更心配されたってもうどうにもならないのだ。

 彼が出て行った扉を茫然と見つめ、力なくうなだれた。


 何で今更私の元に訪れたのだろうか。

 彼はいったい何を考えているのか、さっぱり分からない。


 どうせ考えたって明日死んでしまうのだからどうでもいいことだ……。




 処刑の日、私は手首をきつく縄で拘束され、処刑台へと連れていかれる。

 処刑台の周りには人々が集まっている。

 元公爵家の当主が処刑されるということを聞きつけた野次馬たちが集まってきたのだろう。


 野次馬の声、私の罪を読み上げる執行人の声、私には何の音も聞こえなかった。

 私は茫然とギロチンを見つめる。


 私はこのギロチンで首が切られ死んでしまうのか。

 死んだらイヴァンに会えるのだろうか。


 突然グイっと手首を拘束した縄を引っ張られ、私は思わずバランスを崩しギロチン前に倒れこんだ。

 見上げると集まった人々の顔がよく見える。

 人の首が飛ぶところを見たいなんて奇特な人間が多いものだ。


 少し遠い席に貴族が座る席が見え、イヴァンの子供たちや叔父がいることも分かる。

 皆、私に対して憎悪の視線を向けている。

 そんな視線に私はポロリと言葉をこぼす。


「家族になりたかっただけなのに……」


 死ねばこの地獄から解放される、そう思うと顔には自然と笑みが浮かんだ。

 その様子に執行人は少し不気味そうに顔を歪めた。

 そして執行人は私の首をギロチン台の上に抑えつけ固定する。

 私が静かに瞳を閉じると、視界は真っ暗になる。

 そしてそこに光がさすことはなかった。



ストックが……

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