まさか非モテ婚約者から婚約破棄を言い出されるとは思ってもみませんでした
婚約者が急に屋敷を訪ねてきたというので、ルース・シモンズ伯爵令嬢は驚いた。
「何かしら?」
急いで客間へ降りて行こうとして、「あっ」と思い鏡を見た。仮にも婚約者に会うのだもの。身だしなみは大丈夫かしら。
うん、大丈夫。髪は侍女がちゃんと結ってくれた盛りヘアで乱れていないし、お化粧もパッチリメイクで崩れていない。仕立てたばかりの赤いドレスは全く見事で、シワひとつない。
今日はこのドレスを着ていてよかったわ。彼に見せたかったのよね。
ルースは少し捲れていた肘元のレースを直すと、さっと部屋を飛び出した。
アレックス・ウォグホーン侯爵令息。ルースの同い年の幼馴染にして婚約者。引っ込み思案なアレックスの方から訪ねてくるなんて、とても珍しい。
いつもルースの方からお誘いしないと、社交界になかなか顔を出さないおとなしい人。口数も少なくて、お茶会などに顔を出したとしてもほとんど喋らず、ルースの横で突っ立っているだけ。でもルースが誘えば、嫌そうな顔をしつつも、きちんとついてきてはくれるのだけれど……。
そんな人が、一体、今日はどんな用件かしら。
客間へ着くと、執事が恭しく頭を下げて部屋の扉を開けた。
扉の向こうには、緊張した面持ちのアレックスがいた。上着も取らずに立ち尽くしている。そしてアレックスは、ルースの顔を見ると、急に落ち着かないようにソワソワし出した。
ルースは駆け寄った。
アレックスが、「あ」といった顔をする。
しかし、ルースは、その前にアレックスの格好が気になって、思わず叱ってしまった。
「もう、またしわくちゃな服を着てきて!」
ルースは手を伸ばして、アレックスの立ったままの襟を直し、かかりきってないボタンをとめて、飛び出した上着のポケットを畳んで中に戻し、髪の寝癖を撫でてやった。
「ちゃんと鏡見ました? あなたの執事のジェイミーさんは何をしていたのかしら。髪の毛も少し伸びましたわね、切った方がよろしいわ」
ルースはため息をついた。
まあ、アレックスが見た目に無頓着なのは昔からですから、もう慣れっこですけどね。このやり取りも、もう何度やったことか……。
アレックスは、ルースの勢いに気圧されてタジタジとしつつも、
「ご、ごきげんよう、ルース様……」
と挨拶をした。
「あっ、ごきげんよう、アレックス様」
ルースも、挨拶がまだだったことに気付いて、慌てて言った。
アレックスは、身支度には無頓着だけど、挨拶だけはうるさいのよね。一度一緒に街に出かけたときも、私がレストランの支配人にお辞儀をしなかったのを、後で「あれは良くなかったよ……」ってボソッと言われたっけ。
「それで、急にどうなさったの?」
とルースは聞く。
急にアレックスの顔色が青白くなった。もともと血色の良い方ではないけれど。
「アレックス様?」
ルースはもう一度聞く。
「あ、あの……!」
アレックスは喉が開かず、口をパクパクさせながら、辛うじて声を絞り出す。
「はい」
ルースはこういうのにも慣れっこで、アレックスが言葉を発するのを待った。
まあ、3分もすれば、ちゃんと人間みたいに喋れるようになるわ。
しかし、今日は3分経っても「あ」とか「お」とかが出るだけで、アレックスからは言葉が出てこない。
さすがにルースも、「何かしら、今日は特別変ねえ?」と思った。
「あ、ひ、人払い……」
アレックスは消え入りそうな声で言った。
あら、やっと喋った。
ルースは微笑むと、執事に軽く合図した。
執事は心得たように会釈すると、部屋の者を皆従えて、扉から出て行った。
「さあ、アレックス様、もう大丈夫ですわ。安心してお話しくださいまし」
ルースは笑顔を作る。
しかし、アレックスは唇をギュッと噛んだ。
あれ? まだ、ダメ? 今日はよほどねえ。ルースは呆れた。
すると、アレックスが、ようやく今日の用件を口にした。
「ル、ルル、ルース様! あ、あの、婚約を、あの、婚約を、婚約を! は、破棄してもらっても、い、いい、ですかっ」
ルースはポカンとした。
「はい?」
何かの聞き間違いかしら。
今日は特別口が開いてなかったものねえ?
「あの、アレックス様、もう一度よろしいかしら?」
ルースは笑顔で聞き直す。
「あ……え、あの……」
アレックスは動きを止めてしまった。
「え?」
ルースは笑顔のままだったが、背筋がヒヤリとした。
まさか?
さっき『婚約破棄』って言ったわよね? もしかして、本気? アレックス様が?
黙って俯いてしまったアレックスを見て、ルースは「これは本気だわ」と確信した。
でも不思議と悲しい気持ちにも怒る気持ちにもなれない。ただ、絶対的にルースの心を占めるのは「何故?」だけ。
社交界に顔を出さないアレックス様に恋人ができたなんてあり得ないし、ウォグホーン侯爵が王宮で何か下手なことをしたとも聞かないわ。領地経営の不手際の噂も聞かないし……。まさか、アレックス様が本当の息子じゃなかったとか、そんな爆弾設定とかでも発覚したのかしら? でも、アレックス様のお母様は別に普通で、挙動不審なところなんてなかったし……。
まさか、実はとんでもない趣味を隠し持っていて、それを今まで言い出せずに、とか? でも、とんでもない趣味って何かしら。
ルースは困った顔をした。
もしかして、私? 私のことが嫌いになったとか、そっち系?
誰か、私、挨拶忘れた人とかいたっけ?
いや「そもそも君のことは趣味じゃない」とか? そりゃ趣味じゃないわよねえ。残念だけど、私は派手好きよ。
友達が多いのも嫌、とか? でも仕方ないじゃない! 喋ってたら楽しくて、ついつい友達とか増えるんだもの。
ルースはごくりと唾を飲んだ。
もしや「シモンズ伯爵家では、ウォグホーン侯爵家には相応しくない」とか……?
お父様、何かやらかした? いや、むしろお母様かしら。そりゃあ派手に買い物なさるもの。こないだも、豪華な馬車を一台買えるくらいの値段の犬を買ってたわ……。血統が違う、とか言ってたけど、私にはただの犬にしか見えなかったっけ……。絶対騙されてるんだと思ったけど。
ルースは頭の中で、考えつく理由をグルグル思い巡らせた。
でも、全く分からない。
ええい。もう、直接聞いた方が早いわ!
あ、早いは疑問ね。アレックス様の口下手だと日が暮れるかもしれないわ……。でも。
「あの、アレックス様。ちゃんと言ってくださらないと、分かりませんわ。なんで急に婚約破棄とか仰るの?」
ルースはアレックスの目を覗き込んで、ビシッと聞いた。
アレックスはビクッと怯えた。
ええ〜? そっちが怯えるの〜? ルースは戸惑った。
「あ、あの、すませ、すみません!」
アレックスは半泣きになりながら謝り出した。
泣くの!? この状況、泣きたいのはこっちよ!? ルースは困った。
アレックスは拳を握って、肩に力を入れた。
そして思い切って言った。
「う、浮気をしてしまいました!」
「はあっ!?」
ルースは変なところから声が出た。
浮気!? アレックス様が? え?
どうやって?
「あの、アレックス様、浮気って何かご存知ですか?」
ルースは一応聞いてみた。
「は、はい!」
アレックスはぎゅっと目を瞑って答える。
「人間の女の人とどうにかならないと、浮気はできませんのよ?」
ルースは丁寧に説明する。
「は、はい!」
アレックスは恐縮してキヲツケした。
「ど、どうにかなってしまいました!」
ルースは、今度こそ頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
私と手を繋いだこともないアレックス様が、浮気?
いやいや、信じられない。
「あの、別に、女性と握手したとかダンスしたとかでは浮気にはなりませんよ?」
「は、はい」
アレックスは頷く。
「女性と二人きりで一緒にお食事したとかですと、流石に理由や状況は聞きたくなりますけど、それでも頭ごなしに『浮気だ』とは私も言いません」
ルースは確認した。
「はい」
アレックスはまた頷く。
「じゃあ、なんなんですか? まさか、本当に、女性と手を繋いだとかキスしたとか言うんですか?」
ルースはごくりと喉を鳴らした。
「い、いえ、そんなことはしてません!」
アレックスは慌てて答えた。
ルースは、本当ならホッとするところだったけれど、今のアレックスの発言で『浮気』が何なのかさっぱり分からなくなって、
「じゃあ、何なんですか!」
と逆に声を荒げてしまった。
「す、すみません!」
アレックスはまた泣きそうになって謝った。
ルースは言葉が強かったと気付き、ハッとして口を押さえた。
「あ、すみません。あの、謝ってばかりでは分かりませんので、いい加減、何があったのかお話しくださいませ」
ルースは今度は柔らかく聞いた。
「あの、私は、さ、最低なんです……」
とアレックスは小さい声で言った。
「最低だなんて」
ルースは言う。
「私は、じ、実は、あなたと手を繋いだり、キスしたりしてみたいって、ずっと思ってました……」
アレックスは急に爆弾発言をした。
アレックスにそんな人並みの男子のような願望があったなんて! ちっとも知らなかった! ルースは愕然とした。
私も手を繋いだり、キスをしたいって思ってましたよ。でも、アレックス様がさっぱりそういう態度をお示しにならないので、全く興味がないのだと思ってましたわ。
「そ、それはお聞きできて嬉しゅうございますわ……」
ルースは少し照れながら言った。
「でも、わ、私はあなたを裏切ってしまったんです」
アレックスは絞り出すように言った。
え? さっき、手を繋いだりとかキスとかはしてないって言ったじゃん! ルースは混乱した。
「ど、どなたですの? 相手の方は」
ルースはドキドキしながら聞いた。
「エ、エイミー・マッカーシー様です」
とアレックスは答えた。
エイミー・マッカーシー……侯爵令嬢か。ルースは頭の中でエイミーの姿を思い浮かべた。
私より年下だったわね。地味だけど、可愛らしい人。結構真面目で責任感強そうで、礼儀正しそう。決して人の婚約者を誑かすような人には見えないわ。
もしかして、アレックス様と地味同士、通じ合うものがあったのかしら!? もしそうなら、浮気じゃなくて本気じゃないの!? 地味な子が好きって言われたら、私もう絶対に敵わないわ!
ルースはどんどん妄想が膨らみ、胸が苦しくなった。
「……エイミー様と何がありましたの?」
ルースは一応聞いておかねばと思い、勇気を振り絞って聞いてみた。
アレックスは目を伏せた。
それから、胸を押さえたかと思うと、アレックスは一気に話し始めた。別にアレックスは、普通に話せない訳ではないのだ。
「わ、私の姉が、マッカーシー侯爵家に嫁いでいるのはご存知ですよね」
それはルースもよく承知している。アレックスの姉は、マッカーシー侯爵家の長男、つまりエイミーの兄の元に嫁いでいる。
ルースは頷いた。
アレックスは続けた。
「姉は今、マッカーシー領の方にいるのですが、その夫、私の義兄ですね、が裁いた市井の揉め事で『悪人に甘すぎる、被害者が泣き寝入りをして可哀想だ』と騒いだらしいんです。大方被害者と顔見知りだったか、被害者から直接訴えを聞いていたのでしょう」
「お義姉様はそういう方ですね」
とルースは相槌を打った。
アレックスも軽く頷いたが、その後ため息をついて、
「ただ、義兄も別に勝手に裁いたわけではなく、マッカーシー領の慣例に従って裁いただけです。でも姉は納得しなかった。それで義兄が、ウォグホーン領での慣例はどうなっているのかと問い合わせてきたのです」
とめんどくさそうに言った。
「はあ」
とルースは生返事をした。
お義姉様のせいで、ウォグホーン家にめんどくさい仕事が一つ押し付けられたわけね。
アレックスは続けた。
「使者としてやってきたのはエイミー様でした。彼女は、私が過去の判例を探すのを手伝ってくれると言いました。正直、エイミー様がこういったことに慣れていらっしゃるのか、私は不安でした。しかし、わざわざお越しになり、手伝うとまで言ってくださっているのに、断るのもなんですから、お手伝いをお願いしたんです」
ルースはごくりと唾を飲んだ。
この流れで『浮気』になるのね。
ルースが緊張したのがアレックスにも伝わったらしく、アレックスも少し表情を強張らせた。
「ところが、彼女は少しも役に立たなかったんです。まあ、資料は膨大ですし、私みたいに普段から見慣れていないと難しい、というのはあるんですけれども。資料の整理番号や識別記号について説明したんですが、何分彼女は頼んだ資料に到達できない……」
アレックスは思い出しただけでイライラするといったように、苦々しい顔をした。
それは、エイミー様が気の毒だわ、とルースは思った。そんなの私もできないし!
アレックスは、そういった文書を管理したり、必要な文書を引っ張り出したりするのはたいそう得意なのだ。そして、できない人の気持ちは分からない。
アレックスはため息をついた。
「正直実は物凄く迷惑で、早くいなくなってくれないかなって、申し訳ないけど、ずっと思っていました」
「はあ……そんなに迷惑?」
ルースは流石にひどい言い草だな、と思いながら言った。
「はい。この番号の資料をあたってもらえますかって頼んでも違うものを取ってくるし、違うから戻すとなっても別の場所に戻すので資料がどこにいったか分からなくなるし」
「そりゃ、残念ですけど、エイミー様、邪魔をしているかもしれない」
とルースは呟いた。
アレックスは拳を握った。
「運良く正しい資料に辿りついてもですよ、『その内容はどうですか?』と聞くと、『書いてある内容が分かりません』と言うんです」
「あ、いや、それは多分私もさっぱり分からないと思うので、ノーコメントで」
とルースは手を振った。
「でもね、それなら、彼女はいらないんですよ……一人でやった方が気楽なんです」
アレックスはずいっと体を乗り出して、訴えかけるように言った。
ルースは気圧されてしまった。
アレックス様ってこういうところ、あるのよね……。何かするとなると、効率的にやりたがるというか。
しかし、
「そ、それが、どうして浮気になるんです?」
と、思わずアレックスのペースに巻き込まれそうになったのを自制して、ルースは聞いた。
アレックスはハッとした。
アレックスは浮気のことは一瞬頭から抜けていたようだ。
「あ、ああ、あああ、はい……」
アレックスは『浮気』を思い出して、またお通夜のような暗い顔をした。
アレックスはまた小声で説明し出した。
「それが……その時ふと、あの資料かもって思いついたんですね……。それでエイミー様に『この番号の資料ありますか』って頼んだんです。半分無理だろうなと思っていたし、顔にも出ちゃってたと思うんですが……」
「顔に出た……」
とルースは繰り返した。
アレックス様なら出すだろうな……。そして、エイミー様は物凄く不安になったに違いない。
「ええ……。でも彼女、ちゃんとその資料を見つけて、一読してから、『アレックス様、これですわ』って言ったんですよ。私はやっと目的の資料が見つかったのと、エイミー様も最後の最後にできたじゃないかと思って、思わず彼女にガッツポーズをして見せたんです」
とアレックスは言った。
「あら、すごいわ! よかったじゃないですか!」
ルースはほっとした声を上げた。
しかし、アレックスの顔は曇ったままだ。
「いえ、すると、彼女急に震え出したんです。ええっ、どうしたんだ、私は何かしてしまったのか、と狼狽えていたら、彼女、『初めて褒められて嬉しかった』って、肩を震わせて泣き出したんです。『ずっと迷惑そうな顔をされていて悲しかった』って。『邪魔になってたの分かってました、すみませんでした』って。小さくて白い手をぎゅっと握って……」
「あらまあ、可哀想に……」
ルースは口元を手で覆った。
「小さくて白い手……。たぶん、私はその手ばかり見ていたんだと思います……。その手を見ながら、私は申し訳なくて、申し訳なくて……。彼女のその手を握りたくなってしまったんです……。そう感じた時、私はハッと我に返って、自分にギョッとしました。なんでそんなこと思ったのか……私にはあなたという人がいるのに……」
アレックスは頭を振った。
「それで、手を握って差しあげましたの?」
ルースは、すっかりエイミーに感情移入していたので、心配そうに聞いた。
「握って……あげた?」
アレックスが、怪訝そうに目を上げる。
「え? だって、エイミーさんは辛かったんですよね?」
ルースは聞き返した。
「はい?」
「辛かったけど途中で投げ出すわけにもいかず。でもやっと笑顔を向けてもらえて、ホッとなさったでしょうね。アレックス様も慰めて差し上げないと」
ルースは、キョトンとするアレックスを諭した。
アレックスは訳が分からないといった顔をする。
「え……でも私は別の女性の手を握りたいと思ってしまったんですよ。それは……」
「あー、それは、浮気ではなくて、罪悪感なのではないかと思うのですが……」
ルースは控えめに言った。
「浮気では、ない?」
アレックスはそう口に出した。ホッとしたようにへなへなと肩の力が抜けた。
「浮気だと思いましたの?」
「は、はい。だって、私はずっとあなたの手を握りたいと思っていました、でも言い出せなくて……。それなのに、他の女性の手を握りたいと思ってしまったから……もう自分が許せなくて……」
アレックスはまだ申し訳なさそうな顔をしていた。
「アレックス様……」
ルースはそっと手を差し出した。
アレックスはビクッとなって、また顔を青くした。そして、そろそろと手を差し出しては引っ込めて、を繰り返す。
ルースは痺れを切らして、アレックスの手をギュッと捕まえて引き寄せた。
「あっ」
アレックスが小さな声を上げて、今度は真っ赤になって俯いた。
アレックスは、普段エスコートはしてくれていたから、ルースがアレックスの手に触れることはよくあった。でもこうして、手に触れるために触れる、というのはルースもドキドキした。
私の手より大きな、アレックスの温かい手。思ったより力強い。やっぱり男の人、なんだな。
「私まで浮気して、あなたを傷つけたんじゃないかと思って、本当に苦しかったです」
とアレックスは呟いた。
「アレックス様、あなたはそんな人じゃありませんわ。だから、私はあなたを選んだの」
とルースは言った。
「そう信じてもらっていたのに、裏切ったのではないかと」
アレックスは吐き出すように言った。
「浮気じゃないわ。婚約破棄なんて言わないで」
とルースは言った。
アレックスはほっとしてように大きな息を吐いた。
ルースは心が落ち着くのを感じた。
そう。こういう人だから私はこの人を選んだの。
そう、ルースには、トラウマがあったから。
それは、2年前。ルースは別の男性と婚約していた。その人はイケメンでよくモテた。そして、その男性は当然のように浮気して、そっちこそが本命だからと、ルースに婚約破棄を言い渡したのだ。
そのとき、その男は言った。「ルース、お前こそそんな派手な成りして、浮気してんじゃないのか」と。
その頃、ルースの父親も家の中で大きな声で「ああ、ときめきたい、恋とかしたいなあ!」と憚りもせず言っていた。
ルースは「男って最低だ」と思った。もう男なんて信用できない。こんな思いをするなら結婚なんてしたくない! 一人で生きていく!
そうしたら、幼馴染のアレックスが慰めにきてくれた。
アレックスは昔から地味で「ぼ、僕なんか」が口癖の、いるかいないか分からないような子だった。だけどそういえば、肝心な時は何か言いに来てくれていたような気がする。
アレックスは自分のことは無頓着だったけれど、いつも相手を心配して、尊重し、嫌がるようなことは絶対にしない。
アレックスと一緒にいると、ルースは「男なんて信用できない」という気持ちが和らいでいくのを感じた。この人はあったかい。この人と一緒にいたいなあ。アレックスなら、きっと大丈夫……かもしれない。
だから、ルースはアレックスに逆プロポーズしたのだ。
「アレックス様、私と結婚してください!」
婚約破棄された私なんかと結婚してくれるかは、一世一代の大博打!の気分だった。
その言葉で、アレックスはピシッと固まった。
それから、ゆーっくりと真っ赤になった。
そしてアレックスは、
「わ、わた、私でいい、い、なら……」
と言ってくれた。
「ぜ、絶対に、ルース様を裏切らない。あ、です! 絶対に幸せにし、します!」
相変わらず、金魚みたいに口をパクパクさせていたけど。
よっしゃーーっとルースは心の中でバンザイしたのだった。
アレックスと婚約したと噂が流れると、何故かルースには女友達が増えた。
派手な女がイケメンと婚約してたら、いけすかない感じが漂うようだが、ルースの今の婚約者は人間かどうかも怪しい、家具に近いアレックス。さっぱり同性から敵認定されなくなったらしい。
私が好きな人と婚約して、その人が大事にしてくれて、周りにまで祝福されている。ルースは幸せだった。
そして2年経った今も。
やっぱり今でもアレックスはルースに優しく、こんなことでもルースを傷つけたんじゃないかと心配してくれる。
少し大人になった今は、父の「トキメキたい」は願望であって、母を裏切っていない証拠だということも分かってきた。
私は、もう大丈夫。
「今、この部屋は人払いしてありますよ。キスします?」
ルースはイタズラっぽく笑った。
「そ、そそ、そんなの、む、むむ……」
アレックスは真っ赤っかになった。
ルースは笑って、
「冗談ですよー」
と言った。
そして、
「婚約破棄なんて絶対しませんからね」
とアレックスに囁いた。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
もし少しでも面白いと思ってくださいましたら、感想・ご評価など、よろしくお願いいたします。