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庭園にて


 それから時々、ライラは彼と、その庭園で会うようになった。

 

 いつもここに来ている訳ではない、と言っていたものの、ライラが庭園に足を運んだ時、かなりの確率で彼はそこにいた。

 庭園には小さなベンチが1つだけあり、2人は一緒にそこに座って、しばしの会話を楽しんだ。


 といっても、ライラは元々おっとりした性質で、彼は寡黙(かもく)な性質だ。

 2人ともおしゃべりというわけではなかったので、傍から見れば会話が弾んでいるようには全く見えなかっただろうし、むしろ、明らかに貴族然とした男といかにも下働き風の少女がベンチに並んで座っている光景に、何か異様な雰囲気を感じたかもしれない。


 しかしライラは彼がもともとそういう人であるということを知っていたし、庭園に流れる静寂(せいじゃく)を愛してもいた。

 何より、今再び彼の近くにいられるということだけで、大きな幸せを感じていたのである。

 そのため彼女はこの、かつての婚約者と過ごす静かな時間を、心から楽しんでいたのであった。


「……ここは、婚約者がよく好んでいた場所だった」


 ある時、彼はそんなことをつぶやいた。

 ライラはハッとする。

 彼が、自分の婚約者――ライラがライラになる前の少女について話すことは、これが初めてだったのだ。


「俺の婚約者は、聖女だった。分かるか?」

「はい。神殿にいらっしゃる、癒しの力を持つ女性たちのことですね」

「そうだ。彼女は特に力の強い聖女で、次期大聖女とも目されていた。孤児の出で、それで苦労していたこともあったようだ。……尤も、俺がそれを知ったのは随分後の事だったが」


 彼が目を伏せる。しばらくして、再び彼が口を開いた。


「大きな力を持っていても、彼女はそれを驕ることもなかった。むしろいつもどこか遠慮がちで、申し訳なさそうにしていた。まるで自分は場違いなのだと思っているかのようだった。しかしこの庭園では少しだけ、リラックスした顔を見せていた」


 言葉がまた途切れる。目線を上げ、庭を見回す。

 その瞳は庭を見ているようで見ていない。

 まるでそこにいない誰かを探すように、彼はぼんやりと視線をさまよわせる。


「……今でも、彼女がここにいるような気がする。そんな訳はないのに。彼女は、俺の目の前で、消えたというのに」

「殿下……」

「……殿下はやめろ。俺はもう王太子でもなければ王族でもない」


 レグルスが視線をライラの方に向ける。ライラは少しほっとした。

 先ほどまでの彼はあまりにも痛々しく、後悔で押しつぶされてしまいそうに見えたから。

 彼がふと苦笑する。いつも仏頂面の彼にしては珍しい表情だった。


「すまない、こんなことを話す気はなかった。……君は不思議だな。自然と、話を聞いてもらいたくなってしまう。普段は、こんなことは滅多にないんだが」

「いえ……」


 ライラはただ、首を振る。

 何と言ったら良いのか分からなかった。


 貴方が悔やむようなことは何もないのだと伝えたかった。

 私は幸せでした、貴方が生きていてくれて良かったと。

 ああ、でも、今のライラに何が言えるだろう? 婚約者でもない、ただの下働きに。


 彼女はもはや聖女ではなく、無力な15歳の少女でしかない。

 そんな自分が、彼に何か言える資格などないように思えた。





「……イラ、ラーイラ! ちょっとどうしたのよあんた、今日はいつも以上にぼんやりしてるわよ?」

「……メーア」


 その日の夜。


 ライラが自分に割り当てられた部屋で悶々としていると、同室のメーアがそんな風に声をかけてきた。


「もう。最近うきうきしてると思ったのに、そんなこの世の終わりみたいな顔して。何か相談事?」

「……えっと、えっとね、メーア。私の所為(せい)で落ち込んでいる人に、どう声を掛けたら良いのか分からなくて」

「どういう状況よそれ? あんた、なにか失敗しちゃったの?」

「そういう訳じゃないんだけど……いいえ、そうとも言えるのかしら……?」

「何か前提がふわふわしてるわね? ……普通に考えれば、謝れば済む話じゃない? その原因は私です、ごめんなさいって」

「ええと、でもね、事情があって、私だって名乗ることが出来ないの」

「ますます妙な状況ね……? じゃあ、それとなく元気づけるしかないんじゃない? そうね、その人の好きなものを持っていく、とか」

「……そうね、とりあえずはそうしてみようかしら。ありがとう、メーア」

「良いアドバイスができなくて悪かったわね。あんまり気に病むんじゃないわよ? あんた優しいから、一人で抱え込むんじゃないかって心配だわ」

「うふふ、心配してくれてありがとう。私は大丈夫よ?」

「そうだといいんだけどね……。まあ、おやすみ」

「ええ、おやすみなさい」


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