王太子レグルス・1
本編開始前、レグルスが王太子だった頃のお話です。
婚約者が変更になった、と聞かされたのは、レグルスが15歳になったばかりの頃だった。
「……なんだと? それはどこからの情報だ、ロイ」
「勿論、上からのちゃんとした情報ですよ。でもおかしいですよねえ、殿下とアマリア姫との縁談は、ずっと前から決まっていたっていうのに」
「……」
レグルスは沈黙する。
この側近が「ちゃんとした情報」というからには、本当の事なのだろう。彼の情報収集能力は本物だ。だからこそ彼を側近に置いている。
しかしその情報はあまりにも予想外すぎて、頭の中が混乱していた。
彼の婚約者は、あらゆる面を鑑みても未来の国母となるに全く相応しい少女であったし、何よりレグルスと気が合った。少女の身ながら勤勉であり、王太子であるレグルスに全く物怖じしないその度胸を、彼は気に入っていた。
彼女となら、この国をもっと良い方向に導いていけると、そう疑わなかったのに。
「新しい婚約者というのは」
「市井出身の聖女で、大神官ビストラ公の秘蔵っ子だとか。名前は……確か、ラウ、だったかな。いかにも町娘って感じの外見だったかと。その辺はリサーチ不足で、すみません」
「いや、十分だ。……ビストラ公の秘蔵っ子、か」
大神官ビストラ。彼の事を、レグルスは個人的に尊敬している。
下級貴族出身でありながら、その人柄と実力のみで大神官まで上り詰めた、神官の鑑と言われる人。レグルスの事も変に特別扱いすることもなく、一人の人間として向き合ってくれる。
その彼が目を掛けている聖女、と聞いて、少しだけ納得する。けれど、やはり違和感は拭い去れない。
(いったい何を考えているのですか、父上)
レグルスは心の中で、小さく呟いた。
「ちょっと、どういうことなのよレグルス!?」
その日のうちに、婚約者――正確には、「元」婚約者の少女が怒鳴り込んできた。
「アマリア。公衆の面前だぞ」
「何言ってんのよ、ここにいるのはロイだけじゃないの」
「それでも、ここは王宮だ。人の目がいくらでもある」
「はいはい。相変わらず堅いわねえ」
はああ、とため息をつき、彼女は来客用のソファーにどっかりと腰を下ろす。
そのままがしがしと頭を掻きむしりそうな程彼女が混乱しているのを察し、レグルスは書き物を切りあげ、彼女の向かいに腰を下ろした。
「俺もロイに聞いたばかりでな。まだ良く分かっていないんだ」
「……ってことは、私に隠していた訳ではないのね」
「当たり前だろう。こんな重大事、当事者の君に隠したりはしない」
「……まあ、そうよね。ごめんなさい、頭に血が上っていたみたい」
アマリアはもう一度、深いため息をつく。
「どうなってるのよ……。このままじゃあ、今までやってきた勉強がパアじゃない。お父様達は何を考えているのかしら。貴方、新しい婚約者が誰か、知っていて?」
「ああ、それこそ君に訊こうと思っていたんだ。市井出身の聖女で、ラウというらしい。知っているか?」
「ラウ? ……ああ、ビストラ公の養女だっていう、あの。そうね、噂で知っているくらいだけど。……あんなぼんやりした地味な子が、未来の王妃? ちゃんちゃらおかしいわね」
アマリアが納得のいかなそうな表情を浮かべる。
彼女は聖女の素質があり、少し前からその修行の為に大神殿に通っている。もう少し何か情報を持っているかと思ったが、手に入ったのは「ぼんやりした」「地味」な人物であるという、どう考えてもプラス要素にはならなそうな話であった。
「今まで王妃修行だと言ったら幾らでも図書館に通えたし、貴方は女が勉学に励むことに偏見が無かったし。嫁ぎ先としては最善だと思っていたのに……ああああ、私の人生計画が」
「……まあしかし、逆に考えれば良かったんじゃないか。君の結婚相手は白紙に戻ったわけだし、もしかしたら彼との縁が」
「本気で言っているの?」
アマリアが刺すような視線を向け、レグルスは思わず閉口する。今のは殿下が悪かったですねえ、とロイが呟き、レグルスは決まりが悪くなって目をそらした。
アマリアに幼い頃から恋い慕う相手がいることを、レグルスは彼女自身から教えられている。
貴方とは人生を歩む同士になるのだから、腹の内を一切合切打ち明けておくと。
相手は貴族出身でもなんでもなく、ただの商家の息子であると聞いたときには驚いたものだが、彼女に敬意を表し、レグルスはその秘密を誰にも打ち明けなかった。これを知るのはアマリアとレグルス、そしてその場にいたロイの3人だけである。
アマリアは大きくため息をつき、美しく整えられていた金の髪を結局はぐしゃぐしゃにしながら、ぽつりとつぶやいた。
「……貴方との婚約が解消されたって、また別の人とすぐ婚約を結ぶことになるでしょう。勿論、お父様の利となる相手とね。……それは間違っても、商人の息子なんかではないわ」
「……アマリア」
「まあ、お父様の言いなりになるのもなんだか癪だし。しばらくは聖女の修行に専念することにしようかしら。ああ、いっそ大聖女を目指すのも良いかもしれないわね? あれは原則、未婚の女性がなるものだし。……うん、そうね、そうするわ。邪魔したわね、レグルス」
「ああ。……アマリア。君と婚約者ではなくなっても、俺は君を、同士だと思っている。何かあったら頼ってくれ」
「あら、たまには気の利くことも言ってくれるのね。……ありがとう。またね」
アマリアは笑うと、ひらりと手を振って部屋を出ていった。
少し無理をしながら、それでも誇り高く前を向く彼女に、レグルスはほろ苦い心地がしたのだった。




