表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北海の魔女  作者: CK/旧七式敢行
9/20

フリーフライト

 王都近郊 ファーンバラ航空基地 201X年/11/24 13:52


 エプロンに降り立った鷲は汗で湿った手袋を外してフライトスーツのポケットにねじ込む。

「こってり絞られてくるとするよ」

 整備兵から荷物を受け取って右肩に提げるとエプロンに降りてきた魔女に向き直る。

「また週末に」

 魔女は左脇にヘルメットを抱えたまま流れるように敬礼する。

「おう」

 鷲はくだけた敬礼を飛ばして魔女と別れる。彼の向かう先は国防情報本部だ。

「ハヅキ中尉ですね、着替えが終わりましたら空軍司令部へご案内します。荷物は軍服と貴重品以外こちらでお預かりします」

 軽偵察車に乗ってきた若い下士官がかっちりした敬礼をし、魔女もそれを返してヘルメットを手渡す。ゴムを解くとジェット燃料の臭いが交じる風が艶やかな漆黒の髪を広げた。

「出発は1430時です……あ」

 一瞬下士官が凍りつく。

「何か?」

 魔女は訝しげな表情で軍服の入った袋を受け取る。冷たい大気の中で冷やされた感触が火照った手を心地良く冷やしてゆく。

「あ、いえ。伝達事項は以上です!」

 魔女は首を傾げながら迎えの車に乗り込む。空の上とは違う、陸上を走る車の細かな振動に揺さぶられながら魔女はようやく下士官が固まった原因を理解した。

「……ちゃんと奥に入れたのに」

 緩んだ袋の口から飛び出した下着の紐を押しこむと魔女は御世辞にも座り心地がいいとは言えない座席に深く身を沈めた。


 

「おぉ、揃っていたか」

 左胸にびっしりと略綬を並べた空軍司令官が入室すると魔女もリーデル中尉も椅子から立ち上がって敬礼する。

「まずは、二人の英雄に敬礼!」

 その場の全員の視線が二人に突き刺さる。

「既に連絡を受けているはずだが、日曜日のショーでは君たちにもデモンストレーションをしてもらう。詳細はカニンガム中佐から説明を受けたまえ」

 天井からスクリーンが静かに降り、立体的に描かれたファーンバラ基地の全体図が表示される。紫と砂色のFS‐04のモデルが空中に表示され、それぞれが低空での鋭い切り返し軌道を描く。紫の機体は、旋回してきた砂色の機体と軌道を絡ませあう。

「大まかな動きはご覧頂いたとおりです。搭載するのはスモークポッド。ルート飛行後は編隊を再び解いて模擬空戦をしてもらう」

 一任されているとおぼしき将校が付け加える。

「空戦ね、いいじゃない」

 やる気十分、といった様子でリーデル中尉は頷く。

「残念ながら、そちらもダンスだ。そういう名前になっているだけでな」

「そうなんですか……」

 魔女も肩を落とす。

「下には大勢の観客、空域は狭い。二人とも入れ込んだら何が起こるかわからん。振り付けは用意してある……出来るかね?」

「もちろんです」

 空軍指令からの質問に魔女とリーデル中尉は同時に答える。

「その息の合いようなら今から当日が楽しみだよ。明日から早速訓練に励んでくれたまえ」

 空軍司令は満足そうに頷いた。

 

 王都 新市街 201X年/11/24 14:32 国防情報本部



 王国の国章である北極星の真ん中に不釣り合いに不気味な目玉の描かれた金色のレリーフが大理石の壁に埋め込まれ、ロビーを行き交う職員をじっと見下ろしている。

 その無言の圧力に息苦しさを感じながら鷲は首から下げたIDカードを提示し、端末に右手を載せて指紋を認証させる。

「確認しました、どうぞお通りください」

 電子音と共に防弾ガラス製の厚いドアが開き、サブマシンガンを抱えた警備兵が慇懃無礼に頭を下げる。

「お勤めご苦労」

 嫌味たっぷりに言った鷲は敷居を跨ぎ、IDカードを上着の内ポケットに戻す。

「14階、D-6号室か」

 鷲は携帯端末を開いて呼び出された先を確認した。



「失礼します、224飛行隊、ヘンシェル大尉です」

「入りたまえ」

 ドアの中は実用的かつ上品な内装の施された会議室。中央に大きな長方形のテーブルが置かれ、正面のディスプレイでは情報局のマークがぐるぐると回っている。

 鷲がすっと敬礼すると、部屋の中で最高位の階級章をつけた壮年の将校が立ち上がって敬礼を返す。

「ヘンシェル大尉、早速だが、君たちを攻撃した兵器について状況をわかる限り説明して欲しい」

「はっ、我が隊は予定通りのポイントでタンカー及び他の部隊とランデブーし、その後無線封止を保ったまま敵艦隊に接近、攻撃予定ポイント目前でデルタ隊の4番機がバードストライクを起こし、リカバリー動作の際にレーダーに補足されました」

 おつきの情報士官が静かに鷲の言葉と戦闘記録を照らし合わせて頷く。

「その後敵艦が中距離ミサイルを発射。ECMを行いながら接近したところ、我々の手前数マイルの地点でミサイルは空中分解」

「続けたまえ」

「その後レーダーを通常に戻したところで、前方にオレンジ色の光る壁が出現し、レーダーが完全にホワイトアウト、列機に赤外線センサーへの切り替えを指示しましたが、赤外線もカバー範囲のほぼ全域がホワイトアウトしていました。デルタ隊はそのまま針路を保って光る壁に突入し、その後は通信が途絶しました」

「ヘンシェル大尉、君は被弾しながらも帰還した」

「はい」

 鷲は小さく頷く。

「敵の素性を知りたくはないか?」

「私たちよりもあなたがたが知っているはずでは?」

「こっち宛にこんなものが送られてきたよ」

 将校が手元の端末を操作すると部屋の照明が暗くなり、ディスプレイの映像が切り替わる。

「ネオユニバーサルエンジニアリング社が満を持してご紹介させていただきます」

 自信たっぷりに語る中年のスーツ姿の男が写される。軍事に携わる者で知らないものはいない、シェア第二位の巨大軍産複合体の名前に鷲は眉をひそめた。

「死の商人か」

「あなたの空を守る魔法のような防空システム、アウロラ・エアディフェンスシステム」

 映像が切り替わり、上昇してゆくミサイルが大きく映され、ズームが引きになってブースター分離の様子が表示され、開いた回転翼を回しながらホバリングするミサイルが映される。

「マルチバンドに対応したチャフや、フレアカーテンの展開、さらに曳光弾や焼夷弾も装填でき、欺瞞から緊急回避、さらに迎撃まで複数の用途にご利用いただけます」

 ミサイルからデモンストレーション用のフレアが放出され、多彩な弾頭の画像が切り替わってゆく。

「一般的なあらゆるミサイルランチャーからの運用が可能なよう、複数のサイズを取り揃えております」

 列強各国の艦艇用VLSの図とそれぞれに対応したミサイルの図が重ね合わさって表示される。鷲は腕を組んでじっとそれを見ている。

「昨日の敵を打ち倒し、明日を守る。手助けさせていただくのは私たちネオユニバーサルエンジニアリング…」

「今までの中で最高にイカしたコマーシャルだ」

 鷲は皮肉を漏らす。

「上層部ではこれがある限り敵艦隊への航空攻撃は危険と判断した」

 回避するために高度を上げればレーダーの陰から対空ミサイルで狙い撃ちされるのは明白。文字通り飛んで火に入る夏の虫だ。それよりは水上艦艇を増やしたほうが得策だ。

「我々を呼んだのは何のためです? これを見せたいだけであればデータを転送すればいいだけでは?」

「問題はそこからだ。アウロラの残骸は回収している。君たちの隊の水上機乗りたちのおかげでな」

「あれの焼夷弾には黄燐が使われていた」

 黄燐がその非人道的な化学的性質から対地攻撃用の兵器から姿を消して暫く経つが、まさかこのような使われ方をするとは誰も考えていなかった。

「対抗策を練らねばならんのだ。君にも協力願う」

 その『協力』が大嫌いな鷲は大きくため息をついてから頷いた。


 

 

 王都近郊 ファーンバラ航空基地 201X年/11/26 13:52



「ヘクセ、今のターンをもう少し切り込め、ハンターはもう少しバンクを緩めろ」

 展示飛行担当の中佐が滑走路端に設置された指揮所から指示を飛ばす。

「了解っ」

 魔女は操縦桿に加える力をわずかに強める。カナードと尾翼の角度が大きくなり、硬いシートに背中と腰を押し付けられる。

 ぎりぎりと下肢をGスーツが締め付け、反動で頭に血が上る。自身の心臓の脈打つ音がやけに大きく聞こえる。前方を往く狂鳥はもうこの空にすっかり慣れたのか素早い旋回で魔女の目の前から姿を消す。

 魔女はバレルロールで緩上昇して速度を位置エネルギーに変え、機体を水平に戻して狂鳥を追う。砂色のFS‐04は素早く左右に機体を横滑りさせて魔女の射線から逃れる。

 狂鳥は操縦桿と機体の傾きを中立に戻すとスロットルを限界まで絞って操縦桿を引く。カナードと水平尾翼が大きく動いて機首を一気に上に向けると視界から王都の街並みが消え、薄曇りの空が視界を埋めつくす。機体背面の気圧が下がって白い翼を広げる。

「っぐぅ……」

 魔女は機体を左にバンクさせて操縦桿を引き、左に急旋回する。コブラ機動から復帰した狂鳥がアフターバーナー全開で旋回で速度を失った魔女に喰らいつく。

 不快なアラート音が鳴り響き、魔女は段階的に操縦桿を引き、スロットルを最低よりも少し開いた状態まで絞る。

 狂鳥と同じようにFS‐04は一気に鼻先をそちらへ向ける。だが今度はその機首上げの勢いを残したまま機首を真後ろに向け、機体を上向きに一回転させる。狂鳥が横に並んだところで時間切れを意味するアラームが鳴った。

「今日はここまでだ。二機ともお疲れ様」

 二機のFS‐04は横並びになるとそのままの編隊を維持して場周飛行に入り、ファーンバラ基地の幅の広い滑走路にほぼ同時に接地した。

 ファーンバラ航空基地は魔女と狂鳥だけの遊び場ではない。各地から運ばれてくる物資を満載した輸送機やショーに参加するために飛来した皇国軍機も着陸を待っている。

「おかえり、ヘクセ、ハンター。23番と24番だ。」

 空の決闘がよほど眼福だったのか管制官の声も弾んでいる。

「ソーヘイ2、ランウェイクリア。着陸を許可する」

 管制塔からの許可を待っていたらしきデルタ翼の翼端に前進翼を取り付けた異形の艦上戦闘機がフラップを一杯まで下ろして進入してきた。



 訓練後の打ち合わせと確認が終わり、魔女はフライトスーツを脱ぎ捨ててシャワーの栓を捻り、熱い流れに身を任せてしばらく眼を閉じる

「いいなぁ、白い肌」

 魔女が二の腕に感じた違和感に目を開くと生まれたままの姿のリーデル中尉が魔女の二の腕をつまんで悔しそうに口を曲げていた。

「や、何!?」

 魔女の腕をすりすりと撫でながら狂鳥は口を開く。

「キメも細かいし……わたしなんかSPF50塗ってても真っ黒なのに。いいなーいいなー」

 自分の小麦色の肌と魔女の肌を見比べながら駄々っ子のようにごねる。

「離れてっ!」

「ねぇ、化粧品は何使ってるの?」

 魔女の腕に豊満な胸を押し付けながらリーデル中尉が食い下がる。空の上にいる時よりも素早い動きに魔女は困惑する。

「あ、あとで教えるから!」

 魔女は顔を真赤にしながらリーデル中尉を引き剥がし、個室から押し出す。

「約束だよ?」

 リーデル中尉は仕切りの影から顔だけ突き出して付け加える。

「はぁ……」

 魔女は溜息をつく。ようやく離れたリーデル中尉は鼻歌を歌いながら淡い金髪にシャンプーをかけている。飛び方よりも先の読めない行動のほうが彼女を狂鳥たらしめているのではないか。

 そう考えながら魔女はスポンジに石鹸を泡立てた。




 

 

 王都 新市街 201X年/11/23 11:25 

 国防情報本部ビル



 新市街のビル街の窓ガラスをアフターバーナーの爆音がビリビリと震わせる。一通りの報告と調書の作成、最終確認から解放された鷲は大きく伸びをしてファーンバラ基地のある方へ目を向ける。

「そうか、ヘンシェル大尉。君の部下も今日の予定だったな」

「はい」

 鷲は荷物をまとめながら答え、ノートPCを閉じる。滅多に使わない書類用の鞄にそれを放り込むと金具を留めて肩にかける。

「それでは、私はこれで失礼します」

「あぁ、はるばるご苦労だった」

 敬礼のやりとりが終わり、鷲は会議室のドアを閉じた。


 金属のこすれあう不快な音と共に進入してきた列車が減速して停止する。

「5番ホームに列車がまいります。なお本日はファーンバラ基地方面行きの列車は混雑が予想されます……」

 鷲は後続の乗客に押し込まれるように車内に乗り込んだ。

「ぐえっ」

 妙な体勢のままドアが締まり、鷲は身体をよじるが逃れようはない。

 ――15分の辛抱だ。

 


 空軍司令官の演説が終わると、楽隊の演奏と共に二機のFS‐04がエンジン音を大きく轟かせ始める。

「出番だ。ヘクセ、ランウェイ24へのタキシングを許可。ハンターはそれに続け」

 魔女がブレーキを開放すると、機体はゆっくりと前進を始める。誘導路の曲がり角で大きくフットペダルを踏み込んで機体を転回させ、滑走路の向きと機体の向きを合わせて待機する。フラップを離陸位置にセットする。

 程なく砂漠迷彩に身を包んだ狂鳥の機体が現れ、滑走路手前で停止する。

「ヘクセ、クリアードフォーテイクオフ」

 離陸許可がおり、魔女はスロットルを最大まで叩き込む。同時にブレーキを解除し一気に加速する。いつものような重荷はない。生まれたままの姿の水鳥は軽々と加速して大地に別れを告げる。

「通してくれ。おっと、これは失礼」

 鷲は人波をかき分けて基地の中央に設けられた士官用の閲覧席に向かう。時折肩がぶつかった相手に軽く詫びながらようやく閲覧席たどり着く。

「ちょうど上がったか!」

 轟音、ではない。熱された空気の塊をそのまま地面に叩きつけて魔女が空に舞い上がる。キャノピーが雲間から顔をのぞかせた太陽の光を反射して輝く。

 それに続いて砂漠迷彩に塗り分けられたFS‐04がフラップと脚を引き込み、滑走路すれすれで加速してゆく。

「あいつが例の狂鳥か」

 聞き取りの合間に聞いたところによると今回の受勲には中東からも対地攻撃のエキスパートが呼ばれているらしい。何でも派遣先で反政府軍側の車輌を三桁単位で潰した凄腕だそうだ。エプロンの端には熱心なファンが警備兵と押し合いながら機体にカメラを向けている。

「元気なもんだな」

 時折口論をしながらそれでもレンズを向け続けるあたり、気合が入っている。

「隣を失礼」

 鷲は適当な空席を見つけると隙間に体をねじ込む。

「あ、どうぞ」

 黒髪の青年士官が足を引いて通路を開ける。

「あんたも仲間か。どこの隊だ?」

 士官の胸のウイングマークに気づいた鷲が話しかける。

「405飛行隊です。中東方面派遣軍でうちの相方が呼び出されました」

「俺も似たようなもんさ。今飛んでった紫色のほうがこっちのお姫様だ」

 そう言いながら鷲は高速上昇を続ける魔女を追う。

「お姫様……あのパイロットも女性なんですか」

「も? ということは例の狂鳥ってのは」

「女性です」

「こいつは奇遇だな。224飛行隊のヘンシェルだ」

 鷲は右手を差し出す。

「405飛行隊、二番機のランカスター少尉です。もっぱら省略されてランクって呼ばれますけどね。よかったらどうぞ」

 ランカスター少尉はその手を握り返すと紙袋に入ったフィッシュアンドチップスを鷲に渡す

「お、悪いな。ランク少尉」

 鷲はそのうちの一つをつまみ上げて口に運ぶ。

「飲むかい?」

 鞄からスキットルを出した鷲がそれを勧める。どうやら昼酒と洒落込むようだ。

「悪魔の勧誘ですね」

 迷うことなくそれを受け取るとランカスター少尉は軽く口に含み、鷲にスキットルを返す。

「うちの魔女どのはとっくに契約済みだがね……」

 おどけて空を見上げた鷲の視界に編隊を組んで基地上空を航過するFS‐04が映った。

「3、2、1……ブレイク!」

 それまで編隊を組んでいた魔女と狂鳥が分かれ、魔女は降下して位置エネルギーを運動エネルギーに変えてゆく。狂鳥はそのままの高度を維持して機体を80度近くまで倒し垂直旋回を始める。湿気を含んだ空気が純白のヴェールで砂色の翼を彩る。

 魔女はそのまま高度を下げて滑走路ギリギリで機体を引き起こす。翼に踏み潰されて滑走路に押し付けられた空気がFS‐04を押し返し、カナードが下を向いて補正する。逃げ場を失った空気の塊は芝生を吹き飛ばす。

「おい、まさか」

 魔女は再び機首をあげると翼を地面すれすれまで下げて45度バンク旋回を始める。機首が観客席を向いたところで素早く機体を水平に戻し、軽くラダーを踏んで横滑りを打ち消す。高度をそのままにまっすぐに観客席の真上を魔女が飛び抜けた。

 これには鷲も舌を巻く。隣のランカスター少尉が何か言っているが爆音にかき消されて何も聞こえない。

「こんな……ご……すね!」

「聞こえねーよ!」

 ランカスター少尉の耳元で叫ぶ。言われた方も耳が馬鹿になっているのか返事はなく、ただ首を傾げるばかりであった。二人の耳がようやく聴力を取り戻したとき観客席は地面を震わせる大きな拍手と賞賛の声、そして子供たちの泣き声で満たされていた。

 上空では狂鳥がしっとりとした冬の風と戯れている。こちらは先程から地上展示されている王国軍の機体を挑発するように攻撃アプローチを様々な角度やパターンで見せつけている。機体に群がっていた航空ファンもカメラを空に向けて狂鳥の勇姿を収めんとシャッターを切る。

「あいつら……完全に遊んでるな」

「やはりそう見えますか」

 高度を上げた魔女は今度は狂鳥と巴戦をはじめる。

 ショウとはいえ、二人の背中を預けるものと背中を守るものはそれぞれのパートナーに心のなかで声援を送る。

 魔女は操縦桿を素早く切り返して機軸を狂鳥の操る機体の先からずらす。

 エルロンが空気を叩き、右へ素早いローリング。

 これはアドリブ。

 耳元からは不快な警告音が鳴り続けている。

 振り付けより激しい動き。

 魔女は操縦桿を鋭く引き、一気に機首を持ち上げて高度と進行方向をそのままに急減速して機首を狂鳥に向けるが、それに気づいた狂鳥は素早く機体を左に傾けて魔女の射界から逃げる。

 踊りとわかっていても、パイロットとしての本能が口惜しがる。

 魔女は柄にもなく舌打ちすると機体をさらに垂直方向に半回転させて機首を進行方向と同じ向きに戻す。

 今のクルビットでかなりの速度を失った。狂鳥は緩やかな旋回上昇で速度と高度を稼いでいる。

 魔女は恨めしげな目線を狂鳥に向け、再び正面から向き合う。機銃の照準がヘッドアップディスプレイに表示され、レーダーと赤外線センサーが捉えた狂鳥の機体の周囲に四角い枠を表示する。

 警告音。魔女は構わず機体のズレを修正して照準の中央に狂鳥を捉え続ける。小刻みにラダーとエルロンを操作して真っ直ぐに突っ込んでくる。

 軽快な電子音と共に照準と狂鳥の機体が重なる。

 魔女と狂鳥は同時にトリガーを引いた。

 狂鳥は右へ、魔女は左へ機体を傾けてすれ違う。

 クライマックスは振り付けのとおりポッドから白煙が吹き出す。

「見たか今の。アクロチームの連中が悔しがるな」

「こんなの初めて見ましたよ」

 魔女と狂鳥はお互いに翼を並べる。魔女は釈然としない表情で風防越しに狂鳥を見やる。

「本気の勝負はまたいずれ!」

 狂鳥は演技が終わったあとのダンサーのように屈託のない笑顔を浮かべ、左手の親指を立てる。

 二機はそのままもう一度大きく基地上空を旋回して滑走路に舞い降りた。

「引き続き我が国を代表するアクロバットチーム、ポーラースターの展示飛行をお楽しみください」

 アナウンスが終わると魔女たちと入れ替わりに滑走路端に鮮やかな濃紺と金色、そして白色に塗り分けられた高等練習機が姿を表す。

 魔女と狂鳥の舞は彼らのための前座でもあった。



 正装に着替え終わった二人のパイロットは肩を並べて赤絨毯を一歩ずつ進んでいく。

 壇上に上がると国旗と来賓に一礼し、観客に向き直って胸を張る。

「かつて、空は男の戦場でした。しかし時代は変わりました。今、戦いの空には女性もいます。戦うことだけが国益につながるではありません。ここに集まった国民一人ひとりが自らの職務を全うすることこそが我が国の発展へとつながるのです!」

 空軍司令の言葉が終わると基地全体が割れるような拍手に包まれる。

「224飛行隊、ハヅキ中尉、前へ」

「はい」

 まず魔女が左足を踏み出す。

「おめでとう。中尉」

 差し出された空軍司令の右手を魔女が握る。堅く大きな手にその細い手のひらが包み込まれ、お付きの武官が化粧箱を開く。国章に描かれているものと同じ北極星の紋章に金色の縁取りのついた勲章が低い太陽の光を鮮やかに反射する。

 ピン止めが外され、紺と赤のリボンに吊り下げられた勲章が魔女の軍服の左胸に留めつけられる。ずしりと左肩が重くなった。

「405飛行隊、リーデル中尉、前へ」

「はいっ」

 狂鳥が魔女に並び、同じように勲章が授与される。

「さぁ、正面に向かって」

 空軍司令が二人の肩を叩く。最前列に並んだカメラが一斉に二人に向けられる。フラッシュの奔流が叩きつけられ、魔女は反射的に目をつぶる。一方の狂鳥はじっと正面を見据える。北海の弱い日差しに慣れきった魔女には辛くても砂漠の突き刺すような太陽光の下で戦ってきた狂鳥にはこのくらいどうということはない。俯きかけた魔女の脇腹を肘で突いて顔をあげさせる。

 その上を北極星を胴体下面に大きく描いたアクロバットチームが飛び抜けていった。



「さて、と」

 ショウも後半にさしかかり、鷲は大きく伸びをするとゆっくりと立ち上がった。

「何か縁があればまた会うだろ」

 ポケットから端末から取り出して連絡先を表示する。ランカスター少尉もポケットから端末を取り出して鷲のものと重ね合わせる。

「あ、これはどうも」

 電子音と共に連絡先情報が交換され、鷲の軍籍ナンバーと顔写真が表示される。

「んじゃ」

 鷲は後ろ手を振りながら席を離れる。

 ――さて、人が増える前におさらばして昼寝しよう。

 鷲は会場案内図を開き、帰りのルートを考える。ここからだと企業の展示ブースを通ればすぐにゲートを抜けらそうだ。

 企業スペースには王国のみならず皇国やその他の中立国の兵器メーカーのブースがずらりと並び、各社が軍用品や民間向けモデルを展示している。

『……の敵を打ち倒し、明日を守る。手助けさせていただくのは……』

「ん、これは」

 聞き覚えのあるキャッチコピーに鷲は足を止める。

 ネオ・ユニバーサル・エンジニアリング社、通称

 NUEはかつて暗黒大陸と呼ばれた地を本拠とする多国籍企業で、下はライフル弾から上はイージス艦まで取り扱う巨大軍産複合体だ。数年前に世界初の完全自律型無人航空機を実用化し、列強各国に衝撃を与えた。今や世界の無人機の三割はNUE製とも言われている。

「おや、軍人さん。うちのドローンは役立っていますか?」

 ブースに立っていた広報担当とおぼしき男が声をかけてきた。

「おたく様のアウロラとやらに身内がやられたよ」

 鷲は握りしめた拳を震わせる。

「おっとこれは失礼」

「それがアンタらの本業だろ。俺たちの血で食う飯は美味いか?」

 怒りを抑え、皮肉たっぷりに聞き返す。

「いえいえとんでもございません。我が社の技術は生かす技術にも使われております」

「そいつは初耳だな」

「例えば、暴徒鎮圧ガスの組成を変えれば安全で副作用の少ない鎮痛薬に。電子部品は医療機器メーカーにも採用されておりますし、無人機は災害即応等のお役に立っております」

 平積みされていたパンフレットを開き、民生用製品のページを開いて鷲に見せる。

「生かすも殺すもあんたらの製品次第か。ぞっとしないね」

「我が社のパンフレットです。よろしければどうぞ」

 差し出された資料を手で制止し、鷲はずれた鞄の肩紐をかけ直す。

「もう貰ったよ」

 ――情報部からな。

 心のなかでそう付け加えると鷲は踵を返す。パンフレット分だけカバンが重くなったような気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ