中東の狂鳥
中東 201X年/11/20 15:35 FS-04 09-0596号機 "ハンター"
「ハンター、ドローンが移動中の敵車両を発見した。どうやら連中は引っ越し中らしい。方位180、距離20マイル。携帯SAMに警戒せよ」
「了解した、サンダー、バックアップを」
管制機からの指示に頷き、操縦桿を倒してラダーを軽く踏むと濃淡の褐色と薄いグリーンで塗り分けられたFS‐04が翼を翻す。尾翼にはショットガンのマークが描き込まれ、オレンジ色のラインが垂直尾翼の端に引かれている。主翼下のパイロンには爆弾がずらりと並び、出番を待ちわびている。
「サンダー了解」
もう一機のFS‐04が機体を傾けてそれに続く。こちらは尾翼に黄色のラインと雷のマークが入っている。こちらは主翼下にレーザー誘導爆弾を吊るしている。
「テクニカル複数とトラック、装甲車を確認」
サンダーと呼ばれたパイロットが車列の巻き上げる砂埃を確認する。急峻な山肌にへばりつくように伸びる道路の先には長さ40メートルほどの鉄橋があるのが見えた。
「車列前方に橋がある。落として足止めしよう」
彼は指先で地図情報を確認する。この付近に民間人の集落はない。どうやら落としたところで困るのは反政府軍だけのようだ。
「ナイスアイディア、橋は任せる。ヴァルチャー、ドローンのレーザー誘導は使える?」
ハンターと呼ばれたパイロットは転送されてきた地図情報と視界に映っているものが正しいことを確かめる。
「可能だ。アルファ21にレーザーを照射させる」
管制機からの入電と共にそれまで車列を監視していた無人機の機首の下に据え付けられたセンサーターレットがぎょろりと旋回し、橋に向かって誘導用のレーザーを照射する。
雷のマークの入った機体が増速して橋へと向かう。オーブンのように照りつける太陽の光をキャノピーが反射してきらめく。橋と機体の軸線を重ね、誘導爆弾のシーカーが反射するレーザー光を捉えた軽快な電子音が鳴ると同時にリリースボタンを押下する。
「サンダー、投下!」
主翼下に吊るされた1000ポンド爆弾が切り離され、軽くなった機体の勢いをそのままにスロットルを開いて離脱する。切り離された爆弾はレーザー光を照り返す橋の路面に目がけて重力に引かれるままに落下してゆく。着発と遅延に設定された二発の炸薬が橋の表面を覆うアスファルトを吹き飛ばし、それを支えていた鉄骨を引きちぎる。
「着弾を確認」
無人機からの映像で橋の破壊を確認した管制機からの報告に雷のマークをつけた機体のパイロットは胸をなで下ろす。
「止まれ! 橋が落とされた!」
先頭車両の助手席に乗っていたリーダー格の男は悠々と上昇していく攻撃機の空色に塗られた腹を睨みつける。その目の前でもうもうと破片と砂埃を舞い上げながら橋が崩落してゆく。
「クソ! 王国軍の攻撃機だ!」
車列は混乱に覆われ、怒声とクラクションの音が谷に反響する。
「落ち着け、対空ミサイルを出せ、もう一機来るぞ!」
リーダー格の男は近寄ってくるターボファンエンジンの響きに耳を澄ませ、自らもテクニカルの機銃座につく。
ターバンで顔を覆った戦士達の肩に担がれた無誘導ロケットや虎の子の装甲車の機関砲も埃っぽい空に向けられる。
「サンダー、警戒よろしく。南西から仕掛ける」
雷のマークをつけた機体のパイロットは尾根に沿って低空で侵入するもう一機を横目で確認し、ゆるやかな右旋回で崩落した橋と車列を遠巻きに監視する。
もう一機は緩やかに高度をあげて山肌を超えながら機体を右にロールさせ、天地が逆転したところで軽く操縦桿を引いて機首を下げる。携行対空ミサイルが2発打ち上げられるが、狩人は構うことなくフレアを撒いてそのまま機体を右にロールさせて突っ込む。フレアに誘われた二発の対空ミサイルがその背後で白昼の花火と化す。
狩人は視界のほとんどが褐色の山肌で埋まったところで機体を水平に戻す。車列からは対戦車ロケット弾に加え、軽機関銃の曳光弾までが襲いかかる。
「ハンター投下! 投下!」
断続的な電子音が一続きになったところで投下ボタンを押す。翼下に吊り下げられた爆弾が次々に切り離され、重荷から解放されて上を向こうとする機体をカナードが抑えつける。
「撃て! 落とせ!」
機関銃から吐き出された薬莢が砂だらけの路面に落下し、乾いた金属音を立てて転がる。
攻撃機からたっぷり1ダースの黒い粒が切り離され、鋭い風切音と共にまっすぐに車列目がけて殺到する。
「あぁ、神よ!」
轟音と火焔が車列を包む。テクニカルがひっくり返り、もがれた戦士たちの手足や首が宙を舞う。金属と肉の欠片がわずかに茂った草木に降り注ぐ。
爆炎と粉塵が収まったとき、動ける者はほとんど残らず、ただ燃料の燃える音とまだ息がある者の呻き声、肉の焦げたおぞましい悪臭がたちこめるのみであった。
「サンダーよりハンター、敵の車列は壊滅」
雷のマークをつけた機体が大きく旋回して戦果を確認する。
「ヴァルチャーよりハンターおよびサンダー、こちらでも確認した。帰投せよ」
「ハンター了解。さぁ帰ろう」
中東 201X年/11/20 15:35 アル・ラジフ空軍基地
「おめでとうリーデル中尉、君の叙勲が決まったよ」
帰投するなり司令室に呼ばれた二機のパイロットはお互いに顔を見合わせる。リーデルと呼ばれた女性士官はしばらく考え込んでから口を開く。
「どういう事ですか?」
小首を傾げると淡い金髪が揺れ、小麦色に日焼けした肌と鮮やかな対比を描く。
「確認戦果だけでテクニカル50両、トラック20両、装甲車10両。君は自分が反政府軍から何と呼ばれているか知っているかね?」
司令はクリップボードにまとめられた分厚い戦闘報告書をめくりながらリーデル中尉に問いかける。最近は戦果確認も管制機や無人機からの報告のほうが多い。もちろん友軍機からのものもあるが先の大戦のそれに比べれば大幅に減っている。高速化した現代の戦場では既に打ち破った敵の数を数えるよりも次にやってくる脅威への警戒のほうが重要性を増したからだ。
「いえ、わかりません」
リーデル中尉はゆっくりと首を左右に振る。健康的に日焼けした腕が熱帯用の略式軍服から伸びている。
「反政府軍からの呼び名は……『砂漠の狂鳥』」
横に立っている雷のマークのついた機体を操縦していたパイロットが吹き出した。
――砂漠の狂鳥か、これは一本とられたな。
「ランカスター少尉、君にも命令が来ている」
司令に呼びつけられ、慌てて背筋を正す。
「はい!」
青年士官は気をつけの姿勢で命令を待つ。
「君はリーデル中尉の護衛だ。本国まで式典に同行しろ」
司令はもう一つの書類を突きつけた。
「はいぃ?」
まさか自分まで本国に行く羽目になるとは思っていなかったランカスター少尉は素っ頓狂な声を上げてよろめく。今度は狂鳥が腹を抱えて笑った。
王都近郊 201X年/11/21 13:52 ファーンバラ航空基地
「なぁおい聞いたかよ」
カメラを構えた青年が航空雑誌のページを風でめくられないように抑えている連れに話しかける。
「うん?」
小気味よい音と共にシャッターが切られ、悠々と上昇していく四発の大型輸送機の勇姿を大空から切り取る。もちろん太身の胴体と主翼の裏には北極星のマークが描き込まれている。王都郊外の航空基地には来週からの航空ショーに備えて各地から続々と参加する機体が集結している。
「今度は北海と中東からエースが来るらしいぜ」
表向きには王国と共和国は戦争状態にはない。よって正規の戦闘ではエースは誕生し得ない。
だが中東の反政府勢力が共和国から武器の供給を受けていることは誰もがニュースで知るところであるし、各国で親共和国派に対して支援を行っていることだってインターネットで検索すればすぐに分かる。
「どこ情報だよ、それ」
ボタンを操作して先ほどの写真を確認する。納得のいく画が撮れたのかカメラを折りたたみ椅子に置いてバックパックからタブレットを取り出して手渡す。
「ほらよ、デイリーエアディフェンスのトップだ」
ロックを解除したディスプレイには『北海と中東のエースが凱旋!』という見出しの記事が表示されている。
「ファーンバラタワー、こちらエコー1。リクエストランディング」
エアバンドから流れる通信に顔を見合わせる。
「聞かないコールサインだな」
「ちょっと待て、エコーつったら北海封鎖線の……ライアーだ!」
めったに飛来しない機体を撮影しようと慌ててレンズを曇り空へと向ける。もう一人の方もカメラのレンズを空に向け、慌ただしくシャッターを切る。
「あっちにもう一機いるぞ!」
着陸する鷲を見下ろしながら魔女は最後の旋回に入る。ギアダウン、フラップダウン。大きく翼を広げたFS―04 のノーズギアのライトが点灯する。
着陸禁止帯をふわりと乗り越え、白鳥のように灰色の路面に舞い降りる。カナードが垂直に下を向いて機体を押さえつけ、ギアブレーキで残った運動エネルギーを削ぎ落とす。
「あら?」
魔女はフェンス際でこちらに向けられたレンズの反射する光に気づいた。二人の青年がこちらに大口径の望遠レンズを向けて撮影しているようだ。
つい一週間まで自分たちに向けられていたのは砲口だというのに本国の何と平和なことか。
指定された駐機位置へ機体を移動させながら魔女は溜息をつく。酸素マスクを外して自然の湿気を帯びた空気を肺に吸い込むといくぶん気も楽になった。
「コンドル1よりファーンバラタワー、リクエストランディング」
――コンドル? どこの飛行隊だろう。
魔女が無線の声に気づいて滑走路を振り返ると、ちょうど褐色の砂漠迷彩に身を包んだFS‐04がフラップとギアを下ろして着陸してくるところだった。
魔女や鷲と同じく、胴体中央にはトラベルポットを吊るしている。かなりの長旅なのか大型の増槽が主翼の下に見えた。
修正動作がオーバー気味に感じられるのは緊張か、それともただ単に北の空の空気の濃さに慣れていないからだろうか。
――そうか、彼らも呼ばれたんだ。
魔女は視線を正面に戻し、鷲の隣について機体を停止させた。