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北海の魔女  作者: CK/旧七式敢行
7/20

良いニュースと悪いニュース

 北海 ルドルフ空軍基地 201X年/11/21 11:23



「さて、君たちには首都へ飛んでもらう」

 会議室に集められた二人のパイロットは二重窓越しにエプロンで待機している飛行艇を一瞥する。汎用飛行艇はカラフルな救難塗装ではなく、輸送用の地味な塗装に身を包んでいる。

 脱出した2番機のパイロットは医療設備のある港湾都市へ運ばれていった。3番機は昨日ホームベースへと帰還している。

 共同攻撃を仕掛けるはずだった潜水艦部隊は敵の護衛艦に損傷を負わせたものの、本命の巡洋戦艦を取り逃がし、海賊船団は意気揚々と共和国奥深くにあるアルハンゲリスクのドックへ向けて航行中。

「そして、良いニュースと悪いニュースがある」

 司令は二人に向き直る。

「悪い方から」

 諦めの混ざった声で鷲が答える。

「ヘンシェル大尉、君は国防情報局から呼び出されている」

「理由は……聞くまでもないですね」

 鷲は大きく肩を落とす。

「そしてハヅキ中尉、おめでとう。君の叙勲が決まったよ」

「あぁ、そうですか……はい?」

 魔女も鷲も首をかしげてお互いに顔を見合せる。

「通算撃沈数21隻。上層部は君のこの戦果を評価している。航空ショーで授与式が行われるそうだ」

 司令は机の上に置かれたパンフレットと書類を魔女に渡す。ファーンバラ基地で行われる航空ショーの案内と、受勲の知らせ、命令書が添えられている。

 鷲よりも深い溜息をついて魔女は頭を抱えた。

「あの石頭軍団の巣窟で缶詰の俺よりマシだろう」

「ヘンシェル大尉、移動用の機体は手配できないので君もライアーで移動してもらう」

「ロンドンまでお前の膝の上か」

 鷲は視線を魔女に向け、その太ももへと下ろす。

「……隊長、今のセクハラですよ」

 魔女は凍てつくような視線で鷲を睨みつける。

「ゲフン、中尉の予備機がある。通常塗装に戻せばいいだろう」

 司令は大きく咳払いをすると煙草を胸ポケットから取り出して火をつける。鷲はもう一度司令に敬礼をすると足早に司令室を立ち去っていった。

 魔女は司令から受け取った書類にひと通り目を通し終わるってから小さくお辞儀をして部屋を出た。



「ちょっと埃っぽくないか?」

 操縦席に乗り込むなり鷲はコンソールの上にうっすらと積もった埃を指でなぞる。

「点検の時以外はずっと引きこもりですからね」

 ノーズギアの点検をしていた整備兵がリストから顔を上げる。機体の周囲には足場や作業台が置かれ、塗料の溶剤の匂いが埃っぽい空気と混ざり合っている。

 鷲はコクピットをひと通り確認し終わるとおもむろに立ち上がり、左主翼を振り返る。もう少し高いところから見下ろせればとんがり帽子をかぶって不敵な笑いを浮かべる魔女が描かれているのが見えるだろう。

 ふと見上げると当の魔女本人が渡り廊下の手すりに寄りかかりながら作業の様子をぼんやりと見下ろしていた。鷲は渡り廊下へ続く階段を登る。かんかんと響く乾いた金属音に魔女が振り向いた。

「ボサッとするなんてお前らしくもない」

 魔女は何も言わずにポケットから書類を取り出して鷲に渡す。

「なになに、終わったあとにパーティーだと。うらやましすぎて殺意が湧いてきた」

 本文を眺めた鷲が手紙を折りたたんで魔女に返す。

「ま、楽しんでこい」

「私がそういうところ苦手なの、知ってて言ってるんですか?」

 魔女は心底うんざりした表情で書類を縦に折る。

 鷲は魔女の手のひらの中で形を変えていく手紙を目で追う。単純な長方形から五角形へと変わり、もう一度開いて端の部分を立てる。

「オリガミってやつか? それ」

 完成した五角形の物体をいぶかしげに見ながら鷲が首を傾げる。少なくとも本で見たオリガミはもう少し凝った形をしていた。

「そんなところ」

 魔女は五角形の下に飛び出した細い部分をつまみ、そっとを空中に押し出す。

 小さな翼が空気を掴み、緩やかな滑空を始める。

「なんだ、紙飛行機か。俺の知ってる奴とはだいぶ違うな。もっと尖ってるもんかと思ったが」

 緩やかな右旋回をしながら高度を落としていく紙飛行機を二人の視線が追う。

「翼面荷重が低いほうが有利だもの」

 魔女が静かにつぶやく。

「ま、身も心も軽いほうが飛ぶのは楽だからな」

 

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