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北海の魔女  作者: CK/旧七式敢行
5/20

鷲とマホウツカイ

 北海 ルドルフ飛行場 201X年/11/13 12:41



 轟音と共に、三機のライアーがルドルフ飛行場の上空を飛び抜けていく。武装は自衛用の短距離AAMと増槽、尾翼に鷲のマークをつけた一番機パイロットが口を開いた。

「アドラーよりルドルフタワー、方位210からアプローチ中、着陸許可を」

「ルドルフタワーよりアドラー、ランウェイクリア、ウインド40、4ノット。視程14マイル」

 管制官は進入してくる機体を確認する。くすんだ空色に塗られた軽量合金と複合材の猛禽がフラップをいっぱいに下げて灰色の路面に舞い降りる。彼らはこれから始まる狩りのためにはるばる隣の基地からここまでやってきたのだ。

「…来たか」

 整備長は聴きなれたジェットエンジンが複数重なって聞こえることに気づくと格納庫の外に目を向ける。

「俺、あの人達苦手なんですけど」

 若い整備兵がため息混じりにごちる。あの人達、とは魔女の所属する飛行隊の本隊のパイロットたちのことを指している。腕はともかく、プライドが高い上に細かいところまで注文をつけてくるので整備からは嫌われている。

「好きになれるわけないじゃない。あんなの」

 魔女は吐き捨てるように言うとインカムに添えていた右手を操縦桿に戻した。



 ブリーフィングルームに集められた6人のパイロットは椅子に腰掛け、それぞれがクリップボードなり自分の膝なりを下敷きに、メモの準備をしている。魔女は眉間に皺を寄せて真っ白なスクリーンを睨みつけている。カールは大欠伸をしながらメモ用紙の端に落書きを描き、ジークはそれを見て呆れている。

 基地司令が参謀を連れて入室すると部屋の照明が落とされ、全員が明るく照らし出されたスクリーンに注目する。

「諸君、顔を合わせるのは久しいだろうが、まぁ仲良くやってくれ」

 基地司令が大袈裟に咳払いをして口上を述べると参謀が作戦説明を引き継ぐ。

「今回の獲物は大物だ。メインは敵の大型巡洋艦、艦名はロマノフ、その他、巡洋艦2隻、駆逐艦6隻が確認されている」

 薄暗いブリーフィングルームの正面に置かれたスクリーンの画像が切り替わり、共和国で最も火力のある戦闘艦を写す。

 灰色の艦体に中世の古城のような巨大な構造物と、監視塔のような巨大なマストが鎮座している。左右に張り出した防空システムはさながら獅子の前足といったところ。チョコレート色の甲板にはタイルのようにミサイルの垂直発射機が並んでいる。

「今回は海軍のUボート部隊と連携して海空一体の襲撃となる、なお今回の作戦にあたっては諸君ら224飛行隊以外にも312飛行隊、273飛行隊が攻撃に参加する」

 参謀は淡々と作戦説明終えた。

「以上だ、質問は?」

 すっと鷲が手を挙げる。

「ヘンシェル大尉、話したまえ」

「敵の防空網突破にあたり、低空で侵入する必要があります。ですが果たしてこのルドルフ基地の分遣隊は本隊に追従できましょうか? 怖気付いて高度を上げ、見つかってしまうようでは困るのですが」

「それは私のことでしょうか?」

 魔女は湧き上がる感情を抑えきれず立ち上がる。水上機のゼーヴィントは今回の作戦には哨戒機の護衛という形でしか関わらない。

 つまり、この基地に配属されている隊員のうち直接対艦攻撃に加わるのは魔女しかいない。

「自覚があるだけマシ、か」

「私は単機でも構いませんが」

 鷲が魔女を睨んだ。

「機体にキルマークの一つもない事に無頓着な演習のエースの皆さんの足手まといにならないよう、努力いたします」

「そのやる気は敵艦隊……いや、海賊にでもぶつけたまえ。以上、今日はこれで解散だ」

 基地司令は大きくため息をついた。










 

 北海 ルドルフ飛行場近海 201X年/11/15 9:38

 FS-04 09-2027号機 "アドラー"



「全機、編隊を維持し高度200フィートまで降下」

 カナードの付け根から鋭い風切音を鳴らしながら四機のライアーが降下してゆく。

 最後尾の魔女は他機との間隔を保ったままそれに追従する。先日の禍根はまだ消えるそぶりを見せず、これ以上舐められないために慎重にスロットルを操作し、ダイヤモンド編隊の最後尾を維持したまま増速する。

 高度250フィートで機首上げを始め、機体を徐々に水平に戻す。

「ブレイク!」

 隊長機の指示と同時に魔女はスティックを軽く右に傾けながら手前に引き、ラダーを踏んで横滑りを押さえながら編隊の右へ出る。手を伸ばせば届きそうな距離を波頭が駆け抜けてゆく。

 200フィートほど離れたところで先ほどとは逆に操舵して機体の傾きと針路を元に戻す。

 先頭を行く隊長機は水色に塗られたイナート弾を翼下に吊るし、まっすぐに北東目指して飛ぶ。鷲は時折後方を振り返り、編隊が同じ高度であることを確認する。

「エンテ、遅れてるぞ。ちゃんとついてこい」

 遅れをとりはじめた三番機に激を飛ばし、二番機との距離を確認する。最後に右端の最後尾にいる魔女の粗探しをするが、魔女は先ほどと変わらない位置に占位している。

 当の魔女は低空を飛ぶことへの抵抗は薄かったうえ、フロートを抱えたゼーヴィントと編隊を組んで行動することもあるのでむしろ同一機種で編隊を組んでの飛行は簡単なくらいだった。

 プライドの高い隊長は何とか魔女を屈服させようと様々なマニューバを試みるが、魔女はフォーメーションを崩さず、むしろ本隊の列機よりも正確に隊長機の機動をトレースしてくる。

 隊長は唇を噛み締めながらレーダー画面に視線を向け、手元のセレクターで対艦モードを選択、水平線の彼方にある目標を選択する。

 水平線の先には敵艦に見立てたフリゲートがいる。

 演習は模擬弾と電波で行われる。誤ってもフリゲートに被害が及ぶことはない。それはパイロット達だけではなく、大役を担ったフリゲート艦の乗組員たちも同じだ。

 今回のメニューは低空侵攻と敵の対空ミサイルによる迎撃への対処。

 一機でも海面のレーダー反射の影から飛び出せばたちまち長距離ミサイルによって木っ端微塵にされてしまう、だからといって高度を下げすぎれば凍てつく北の海に沈んでしまう。

 空と海の境界線を駆け続けることがパイロットたちには求められる。

「北方よりアンノウン、距離100マイル、機数4」

「まもなく迎撃圏内」

 CICでは刻々と変化する戦況が表示され、レーダー画面が中央のディスプレイに表示されている。

「対空戦闘用意」



「各機、まもなく目標が射程圏内。」

 断続的だった電子音が高まり、ついに一続きの一定のトーンになる。

「アドラー、ブルーザー」

 隊長機は発射ボタンを軽く押しこみ、残る三機がそれに倣う。

「エンテ、ブルーザー!」

「カナリエン、ブルーザー」

「ヘクセ、ブルーザー」

 四機のライアーから放たれた都合十六本の電子の矢がレーダーに表示され、標的目がけて疾走する。

 入れ替わりに耳障りな警報音と共に全機のディスプレイにレーダー警告が表示される。敵艦のレーダーに見立てられた照準波が編隊を照らし出す。

「ブレイク!」

 手のひらをぱっと開いたように機体の間隔が広がり、それぞれが電子防御を開始。魔女もレーダーを対艦攻撃から電子妨害モードに切り替える。

 電子の目はその役割を盾へと変える。

 フリゲートが仮想空間へミサイルを発射し、散らばった編隊目がけて画面上を進む。

 ――まだ、まだだ。

 ミサイル警告音が頭の中で反響する。魔女は操縦桿をいつでも倒せるよう備え、回避のタイミングを待つ。

 早すぎればミサイルも針路を変えてしまうし、遅すぎれば高性能炸薬の爆風と金属片の熱烈なタックルを受けたことになってしまう。

 ――3、2、……今!

 機体を右に倒し、チャフを放出しながら機首を上げる。ストレーキの付け根から水膜のヴェールをたなびかせ、右上方へのブレイク。

 ほかの三機もそれぞれバレルロールや垂直旋回でミサイルの軸線と機体の軸を直角に立て、ミサイルの針路から逃れる。

「ヘクセ、回避成功」

 判定が管制機からコールされる。

 警報音が鳴り止み、ゆっくりと機体を水平に戻す。レーダー上からもミサイルの影は消えている。

「アドラー、回避成功」

 隊長機も左に傾いていた機体を水平に戻し、高度を上げる。

「管制機ミステルより各機、フリゲート艦ゼーオッターはミサイル14発を発射、2発命中。大破判定」

 オペレーターの読み上げた報告に二番機と三番機のパイロットは大きくため息をついて肩を落とす。

「グレッチャーより各機、状況終了、帰投せよ」

 魔女は軽くラダーを踏んで隊長機の後ろから三番機の右斜め後ろへ機体を滑らせる。四機の水鳥は隊長機を先頭にV字編隊を組み直す。

「二人とも、あとで回避のタイミングをもう一度確認しておけ。それとヘクセ……言うだけのことはあるな。アドラー、アウト」

 魔女は目を見開いて隊長機を追う。冷たい空に青紫とグレーに塗られた鷲がゆったりと浮かんでいた。


「ヘクセ、インサイト」

 管制官は進入してくる魔女を目で追う。先に降りた三機はすでにエプロンに移動しており、一番端に駐機している機体はキャノピーを開放してパイロットが整備兵と何か相談している。

「今日の着陸はいつもより穏やかだな」

「やっぱりそう思うか」

「何かあったんだろうな」


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