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北海の魔女  作者: CK/旧七式敢行
3/20

魔女と使い魔

 北海  201X年10/26 14:13  

 N2K2-r 03-8631号機 "カッツェ"



「ったく、なんであのドケチの共和国……じゃなかった、海賊がコンボイ組んでんだよ。いい加減俺ァ待ちくたびれたぞ」

 ゼーヴィント水上戦闘機の大きく張り出したストレーキに腰掛けたまま短距離通信で二人の男が愚痴り合う。

 片方は漆黒、もう片方は退色と日焼けで灰色に見える機体の尾翼には黒猫とカラスのマークが描かれている。

 彼らの仕事は魔女に楽をさせるための囮だ。

 とはいえ敵艦隊はジグザグの航路をとりながら移動しているので効果的に罠に嵌めるためにはチャンスを待つほかない。

 不測の事態に備えて翼下には短距離・中距離用の対空ミサイルと70ミリロケット弾が吊るされている。

「我らが魔女さまは、いつおいでになるのかねぇ。どう思うよ、ジーク」

 黒猫のマークのある機体に座っているカールがもう片方に話しかける。

「知るか。お祈りでもしてろ」

「魔女が来るのを神様に祈るのかよ!」

 それには答えず、ジークはムスッとした顔で釣り糸を垂れる。

 いつでもエンジンを始動できるよう補助動力装置をアイドリングし続けているため、音に驚いたのか魚が寄り付く気配はない。腰掛けた機体は小刻みに振動している。



 

 ――今頃二人ともヒマを持て余しているのかな。

 そんなことをぼうっと考えながら魔女は壁にかけられた時計を見上げる。

 列機のジークとカールは日の出と共に出撃し、罠を仕掛けた。

「海賊」は巡洋艦と駆逐艦に護衛された輸送船。

 敵船団はかく乱のためか、何度も進路変更繰り返しながら北東へ向かっている。司令曰く、共和国軍の戦力増強を防ぐためにも失敗できない作戦だという。

 敵も同様で、比較的新しい巡洋艦を引き抜いてきた。

 それがなんだか意地を張り合う子どもの喧嘩に思えてきて、魔女はふっと笑いがこみあげた。

『お互い譲り合わないからこうなる』

 半年ほど基地に侵入してきて反戦を訴え、兵士に引きずられていった男の掲げていたプラカードが思い出された。

「哨戒機より入電、敵艦隊発見。仕事の時間だ」

 それまで沈黙していたスピーカーが思い出したように指示を伝える。魔女は手に持っていた紙コップを握りつぶしてベンチから立ち上がる。

「直ちに離陸し、敵艦隊、否、海賊を阻止せよ」

「ヤボール」

 魔女はインカムに流暢な王国語で返しながら待機室のドアを開ける。乾燥した熱風が頬に当たる。

 甲高いエンジンをカマボコ型のハンガー内に反響させながら、魔女の翼がその中央に鎮座していた。コクピットの脇には真新しい撃沈マークが三つ。

 機体に繋がれていた機器を取り外した整備兵が敬礼を向ける。魔女は足早に機体へ向かいながらそれを返し、フライトスーツのジッパーを上げる。台車の天板に置かれたところどころ塗装の剥げた帽子をかぶる。技術の進歩で軽量化されたとはいえ、女性にとって戦闘機用ヘルメットはまだ重い。

 魔女が梯子を登って操縦席に収まると整備兵が翼下に吊るされた兵装の安全ピンを抜いていく。

 主翼端から見て一番外側のハードポイントに自衛用の対空ミサイルが二発、その内側に対艦ミサイルが四発。機体中央にはロケット弾ポッドが懸下され、エンジンの下に小容量の増槽がぶら下がっている。

 魔女はハーネスを固定して酸素マスクをつける。軽く親指を立てて整備員たちに合図する。整備兵たちが帽子を振り、魔女はキャノピーを下ろす。

 ギアブレーキを解除し、誘導路へ出る。

「ヘクセ、ランウェイ33へタキシー許可、ウインド60、7ノット。視程12マイル」

 キャノピーロック。フライトコントロール、エンジン、マスターアーム、ナビゲーション。すべて異常なし。魔女は最後の確認を終えて復唱する。

「了解。ランウェイ33」

 赤と白の鮮やかな吹流しは時折吹く風に揺れている。雪と枯れた芝生のまだら模様の平原に伸びる誘導路をまっすぐに滑走路へ向かう。

 今日は雲が低い。雲の割れ目からかすかに太陽の光が漏れる。

「ヘクセ、クリアードフォーテイクオフ」

 管制塔からの離陸許可に頷くと、スロットルを最大まで押し込む。背後から聞こえるエンジンの甲高い唸りが轟音に変わり、紫色のアフターバーナー炎が広がる。

「ヘクセ、テイクオフ」

 いつもより重い機体はゆっくりと機首を上げ、滑走路端間際でようやく空中へ飛び上がる。魔女はすぐにギアを格納し、ヘッドアップディスプレイの速度表示がいつもより1割ほど大きい数字を表示したところでフラップを上げた。

 魔女は狩場へと向かう。災厄をその翼に乗せて。



 同じころ、網を張っていたカールとジークも離水準備を整える。

 飛び込むようにしてコクピットに体を押しこみ、ハーネスで機体と一体になる。

 APUの回転数を上げ、エンジンを始動する。海水を吸い込まないように機体上面にある補助インテークが開いた。

「さぁいくぜ。北の海にいるのは魔女だけじゃないって教えてやろうぜ」

「寒中水泳はするなよ?」

 二機ともキャノピーをロックし、アフターバーナーに点火して速度をあげる。胴体下とエンジンの下のフロートが波を散らし、ゼーヴィントの禍々しく突き出した前進翼が冷たい風を掴み、動翼がせわしなく動いて機体を最適な姿勢に保つ。

 慎重に操縦桿を引いて機首を上げる。遅ければ波に叩き潰され、早ければ反動で海面と熱い接吻をすることになる。

 機体を揺さぶる振動が止み、風切音とエンジン音だけがコクピットに響く。カラスはフロート収納レバーを引く。胴体とエンジンの下に斜めに張り出していたフロートが引きこまれ、ぽっかりと口を開けた開口部に収まると、フロートの曲線が水鳥のようにゆるやかに湾曲した機首と繋がる。

「ヘクセ、クレーエだ。たったいま離水した。予定通り仕掛ける」

 魔女は離水の報告を受けてメインディスプレイを操作して彼我の位置関係を確認する。

 カッツェとクレーエは北東から、魔女はいつものように南から攻撃を仕掛ける予定になっている。

 敵艦まで150マイル、敵が巡洋艦ならばもうそろそろこちらの存在に気づくだろう。



「南方に不明機、本艦を目指しながら接近中です」

「魔女のお出ましだな。花火を打ち上げろ」

 船団の先頭を行く巡洋艦の艦長はほくそ笑みながら指示を出した。

 ―そう何度も同じ手にかかるものか

 船団中央の貨物船のハッチがゆっくりと開き、カタパルトに固定された灰色の無人戦闘機が姿を表す。カタパルト射出のために武装こそ短射程のミサイルしか搭載できないが、撃墜できなくても単機で複数機の相手をしながら対艦攻撃を行えるはずがない。

 使い捨てだが、船団の被害が減るのなら安いもの。

「1号機から5号機、発射スタンバイ」

「搭載機発進!」

 カタパルトから次々に無人機が発進していく。

 ――魔女め、たっぷりと塩水を飲ませてやる。



「おぉ? なんだぁ? なんで敵機がこんなところにいんだよ!」

 僚機の素っ頓狂な声もどこ吹く風、烏のエンブレムのパイロットは冷静に増えた敵機の動きを観察する

「VTOL……ではなさそうだな。グレッチャー、敵機が5機敵船団から上がってきた」

「こちらでも敵機の発進を確認した。敵はおそらく無人機」

 ―面白くなってきた。

「よっしゃあ! ひと暴れするぜクレーエ!」

「言われなくとも!」

 二機のゼーヴィントは一気に機首を上げて高度を稼ぐ。



「北東にさらに敵機! 機数2、100マイル!」

 まんまと嵌められた艦長は拳を握りしめる。

「どうなってる、魔女は単機じゃないのか! 無人機を3機そっちに回せ! 追い込んで射程に捉え次第対空ミサイルを発射しろ!」

 それまでV字編隊を組みながら南へ飛んでいた無人機が二手に別れた。



 重い対艦ミサイルを搭載した魔女に比べれば、水上機というハンデを持っていてもゼーヴィントのほうが速い。

 緩やかな曲線を描く機首に内蔵されたレーダーが無人機を捉え、ヘッドアップディスプレイに四角いコンテナを表示する。ロックオンを示す菱形のマーカーがそれと重なり、小気味良い電子音が鳴る。 

「クレーエ、FOX3」

「カッツェ、FOX3!」

 二機の主翼下に吊るされた中距離AAMが切り離されて一気にマッハ2まで加速してゆき、無人機めがけて飛翔する。

「まったく、騒がしいんだから」

 子供の喧嘩を見守る母親のような笑みを浮かべながら魔女は指先でエンジン直下のパイロンを選択し、底を尽きかけた増槽を切り離す。

 マスターアーム、オン。

 対艦ミサイルのASM-3を選択。

 巡洋艦に2発、無人機を射出した偽装貨物船としんがりの駆逐艦に1発ずつ。

「ヘクセ、ブルーザー」

 ミサイルを切り離し、身軽になった魔女はスティックを緩やかに引いて上昇を始めた。

 四本のミサイルはそれぞれ目標へ向けて白煙を吹きながら加速してゆく。

 敵艦から発進してきた機体はこちらへ二機向かってきている。

 パネルを操作してマスターアームを対艦攻撃モードからドッグファイトモードへ切り替える。

 右側のサブディスプレイに表示される短射程ミサイルのアイコンが緑色に輝く。

 魔女は発射した対艦ミサイルの情報が更新されることを横目で確認し、視線をすぐに正面に戻す。

 四角い目標コンテナがヘッドアップディスプレイに表示されてはいるが、自衛用の短射程ミサイルしか搭載していないのでこちらからは手出できない。

 ぎり、と歯が鳴る。

 おそらく敵は小型の使い捨て無人戦闘航空機。貨物船から出てきたところを見るに、軽量ないしは中量級。敵が戦闘機と渡り合えるレベルの無人機を完成させたという情報はない。

 ――なら、負けはない。



 先に接触した水上機の2機は撃墜した敵機の吐く黒煙が見える距離にまで接近していた。

「カッツェ、一機撃墜」

 レーダー上に表示された敵機のシンボルがミサイルのアイコンと重なり、三つから一つへと数を減らす。カッツェと呼ばれたパイロットが口元を上げるのと暗転するモニターに無人機のオペレーターが拳を叩きつけるのはほぼ同時だった。

「敵機撃墜をこっちでも確認した。こっちに来るぞ」

 黒猫とカラスも編隊を解いて二手に分かれる。二機のゼーヴィントは翼根からヴェイパーを吐きながら緩やかなバレルロールで左右に散開する。

「下駄履きだからってなめんなぁ!」

 先行した黒猫を捉えようと切り欠きのある灰色の三角定規が翼端のエレボンをひくつかせ旋回する。カラスはゆっくりと高度を上げて位置エネルギーを蓄える。

「猫じゃらし! 落されたら基地まで遠泳だからな」

 カラスは緩やかに降下しながら増速する黒猫を見送り、レーダーで敵機を追いかける。

 その先には黒いレーダー吸収塗装の施された前進翼の水上戦闘機と、それを追いかける灰色の幾何学的な飛行物体があった。

 無人機が目の前を飛ぶ黒い機体に照準を合わせてミサイルを放つ。

 警報音に舌打ちしながら黒猫はスティックを斜めに引いて緩やかな左ハーフバレルロールを描き、横滑りさせながらフレアを放出する。胴体後部にあるフレアの放出口が開き、寒空に本物の花火を打ち上げる。

 一気に膨れ上がった熱反応にミサイルは困惑し、寄り集まったフレア目がけて突進し、虚空にもうひとつ大きな花火を散らす。

「クレーエ、FOX2」

 軽い音と共に翼端のパイロンから赤外線誘導ミサイルが切り離される。

 群青の海上に鮮やかな白い曲線が二本。

 ミサイルは無人機の上から覆いかぶさるように接近し、近接信管が作動して無数の破片を撒き散らす。

「ナイスキル、クレーエ! 共同撃墜だな!」

 敵機は右翼を根元からへし折られ、血のように細かい部品をばらまきながら堕ちてゆく。

「寝言は寝て言え。これはおれのスコアだ」

 黒猫にカラスは冷ややかな言葉を返した。



 戦闘は空の上にとどまらず、巡洋艦の中、液晶ディスプレイの中でも行われていた

「よし、いいぞ。迎撃範囲へ誘い込め!」

 一機だけ残った無人機の操作コンソールの隣に立った上官からの指示を受け、オペレーターはプレッシャーと恐怖に足を震わせながら頷く。

 巡洋艦のミサイル発射機が回転し、魔女に狙いを定める。轟音を鳴り響かせながら防空ミサイルが発射され、南の海目がけて加速してゆく。

 近接防空システムが作動して対艦ミサイルに短射程ミサイルと30ミリ弾を撃ちこむが、海蛇のように左右に軸線をずらしながら突進してくる弾体の周りに盛大な水柱が上がるばかりで当たる気配がない。

「ミサイル接近! 衝撃に備えろ!」

 巡洋艦を狙った二発のうち一発はホップアップして艦橋に飛び込み、もう一発はそのまま艦尾付近の喫水線に突き刺さり、隔壁を吹き飛ばす。

 衝撃が艦を揺さぶる。

「18ブロック、16ブロックに大破孔! ダメージコントロール急げ」

 警報音が鳴り響き、それをかき消す大音響をたてながらマストが倒壊し、艦橋のそばに整列する対艦ミサイル発射管を押しつぶす。

 傾斜を抑えるために逆側の区画に海水が注水され、重量増と破孔の巻き起こす渦によって先頭の巡洋艦が速度を落とす中、船団の中央にある貨物船と最後尾を守る駆逐艦にもミサイルが命中する。

 第二陣の無人機の発射準備をしていた輸送船は悲惨だった。船倉に突入したミサイルの爆発に航空燃料に引火し、五つあるハッチが盛大に宙を舞う。爆風で吹き飛んだカタパルトの支柱がブリッジを直撃し、航海士の体をみぞおちのあたりで斜めに分割する。絶叫は倒壊するクレーンの音でかき消された。



 その頃、魔女もまた無人機に追われていた。一機はすでに落としたが、こちらがエネルギーを失った隙にもう一機に上を抑えられ、海面近くまで引き摺り下ろされていた。

 敵機は攻撃を仕掛けるでもなくぴったりと真後ろについてくる。左に動けば左に、右に動けば同調して右に動き、こちらの逃げる方向を塞いでくる。

 バックミラーで食いついてくる敵機のカメラに向けて怨念じみた視線を向けながら魔女は機体を左右に振る。

 唐突に敵機がぐらついた。先ほど発射した対艦ミサイルからの信号は消えている。母艦か操縦をしている艦に命中したのだろう。

 ――もらった

 魔女はスロットルを一気に緩めてスティックを右下に引き、機体を斜め右に起き上がらせる。フレアを射出しながらのハイGバレルロール。FCSが魔女の意図を理解し、各動翼を最適な角度に保つ。

 幅広のストレーキと扁平な機体中央部で風を受けて機体は急速に減速する。飛び散ったフレアが海面に触れ、ぽんぽんと海面を跳ねる。

 これまでぴったりと食らいついてきていた敵機はゆらゆらとダッチロールしながら魔女を追い抜く。

 ヘッドアップディスプレイの中央に敵機を捕らえ、敵機を捉えたことを確認すると発射スイッチを押し込む。右翼に残っていた最後のミサイルが白煙を吐きながら猛然と加速してゆく。

「ヘクセ、FOX2、ガンズ!」

 魔女はこれまでのお返しとばかりにトリガーを引いて機関砲を浴びせかける。曳光弾は虚空を裂いたかに見えたが、榴弾が当たったのか小さな爆発が敵機の翼端を飲み込む。大きく右側に傾いだ敵機の尾部にミサイルが突き刺さり、エンジンと複合材のモノコック構造を破壊する。

 息つく間もなくミサイル警報がコクピットに鳴り響き、魔女は素早くパネルを操作してECMモードを起動。接近するミサイルは三発。レーダーアレイから目に見えぬ電子の奔流を叩きつけられ、先頭のミサイルはがっくりとうなだれるようにして海面に没する。

 残りのミサイルも酒に寄ったように不規則に振れはじめる。

 魔女はミサイルと交錯する5秒前にチャフをばら撒き、機体を左に倒してラダーを踏み込み、スティックを軽く引く。フライバイワイアのバックアップを抜きにしても横滑りのほとんどないない精密な旋回で軸線を60度ほどずらす。機体を水平に戻すとすれ違うミサイルに鼻を鳴らし、魔女は敵船団に向き直る。

 魔女の瞳には水平線上に黒煙が上がっているのがはっきりと映っていた。

「カッツェ、クレーエ、私の獲物は残ってる?」

「ポンコツごときにやられはしません」

「あんな三角定規のバケモンなら、あと二杯はおかわり出来るぜ!」

 船団の反対側にいる二機はすぐに応えた。 

 残念なことに黒猫とカラスの望みは叶いそうにない。先程まで点滅をしていた船団中央の船影はレーダー上から消えていたのだから。

 警告音と共に微かなノイズが聞こえる。

「こちら哨戒機ウーフ。ヘクセ、大物はいただくが、小物はくれてやる。狩りを楽しんでくれ」

 どうやら敵艦の射程ギリギリから様子を伺っていた哨戒機も加勢してきたらしい。

 レーダー上に新たな反応が四つ。全て東側からやってくる。敵艦からのレーダー照射はないが、近接防空システムと赤外線誘導のSAMは生きているだろう。もう二発ほど当たれば完全に無力化できるはず。

 ――随分と騒がしい狩りになった。

 笑みを浮かべながら魔女はレーダーで敵艦隊へ向かう輝点を見つめた。



 巡洋艦は艦橋と船体後部に被弾し、生きているセンサーを総動員して攻撃に備える。

「正面からミサイル!」

 辛うじて破壊を免れた捜索用レーダーと近接防空システム、そして艦首の連装両用砲までが虚しい抵抗をするが、火器管制システムを潰され火線の集中すらままならない状態では焼け石に水も同然だった。生き残った艦首の防空兵器が吹き飛び、発射管に収まっていた対艦ミサイルの炸薬を叩き起こす。

「おっかねぇなぁ」

 誘爆の火球に黒猫が舌を巻き、カラスはほうと頷く。魔女は無線を繋ぎ、哨戒機に礼を述べる。

「ウーフ、攻撃支援に感謝します」

 哨戒機は水平線の彼方の魔女に翼を振る。若い下士官がコンソールに頭をぶつけ、悲鳴と罵声が後席から湧き上がった。

「なぁに、いいってことよ」

 魔女は再び大きく旋回して輸送船を正面に捉える。

「ヘクセ、ロケット発射」

 70ミリロケット弾が胴体下のポッドから吐き出され、安定翼を展開して輸送船に殺到する。遅延信管と着発信管がそれぞれ半分ずつ混ぜられた鉄の雨は船倉を火炎地獄に変え、隔壁をねじ切り、クレーンをなぎ倒す。最後の2発がとどめになった。

 すでに空いていた破孔から飛び込んだロケット弾が竜骨を粉砕し、船底を突き破ったもう一発がそれを切り離す。さらに運の悪いことに竜骨の折れた部位は船体の重心位置とぴったりだった。

 二つに別れた船体の両端からオレンジ色の救命艇が投下される。

「クレーエ、ロケット発射」

「ロケット発射ぁ!」

 他の二機も翼下に吊るしたロケット弾の雨をもう一隻の輸送船に浴びせかける。

 燃料タンクと機関部にロケット弾が突き刺さり、船腹の破孔からどうどうと海水が流れ込む。五箇所も大穴があいてしまえば岩礁に耐える二重底も、厳重に仕切られた水密区画も意味を成さない。

「よっしゃあ! 撃沈っ!」

 左側に大きく傾いていく輸送船を見ながら黒猫はスロットルから左手を離してガッツポーズを決める。

「調子のいい奴だ」

 カラスは呆れたようにため息をつきながら高度を下げて敵艦の様子を再度確認する。その視界の端を緩やかな左旋回をしながら魔女が飛び抜ける。左主翼に描かれた魔女はまんざらでもない笑みを浮かべているように見えたが、すぐに吹き上がる黒煙の影に隠れてしまった。

「海賊船団は全艦撃破ないしは撃沈。あとは海軍に任せる」

 いつものように低空を一周して戦果を確認すると魔女は高度を上げ、南へ進路を取る。重荷を全て振り払った機体は機敏に反応し、捨てられない浮輪を背負ったゼーヴィントを引き離してゆく。

「おいおい、置いてかないでくれよ」

 黒と灰色の水上戦闘機がそれに追いすがった。

 








 

 北海 201X年/10/26 18:07   駆逐艦"ノーフォーク"



 "人道的救助"のために王国海軍所属の駆逐艦ノーフォークは駆逐艦三隻を伴って沈没した海賊船団のもとへ向かっていた。

 もちろん人道的救助というのは建前で、外交交渉を有利にすすめるための手札集めの口実に過ぎない。

「沈没する敵艦、何か信号を送っていたな。SOSか?」

 薄暗いCICに紫煙がたなびく。艦長は沈没直前に敵巡洋艦の送信した暗号が気がかりになっていた。あの状況ならば平文で救援を求めるはずだが、わざわざ暗号化して送っていた。

「不明です、ノイズが酷く解析不能でした」

 通信士官が申し訳なさそうに艦長の質問に答える。

「断片的でもいい、上に送っておいてくれ」

「了解しました」

 ――魔女、か。

 吐き出した煙がゆっくりとダクトに吸い込まれていった。


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