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北海の魔女  作者: CK/旧七式敢行
19/20

ワルシャワ防衛戦

 王国 ワルシャワ近郊  201Y/3/21 12:16



 開戦から96時間後、共和国軍は国境から150キロほど進軍、王国東端の要衝であるワルシャワを包囲しつつあった。

 ワルシャワ上空では昼夜を問わず王国と共和国の航空機が飛び交い、激しい鍔迫り合いを繰り広げている。

「メルクールよりホーク各機、方位045から敵航空機が接近中。ジュラーヴリク四機」

「ホーク1了解。お客さんだ、行くぞ!」

 管制機からの指示を受け、灰色のFS‐04が機首を東北へ向ける。

「エコー隊、聞こえるかエコー隊。応答せよ」

「エコー1だ、聞こえている」

 管制機からの呼び出しに鷲が応じる。

「南西の部隊が敵機の攻撃にさらされている。敵機を排除せよ」

「エコー1了解、行くぞ」

 鷲の機体が増速し、魔女もスロットルを開いて後を追う。厚い雲が前方に立ちふさがる。

「回避してる暇はない。突破する!」

 鷲の機体が雲に呑まれ、魔女も鷲に続いて雲に飛び込む。

 濃密な水滴の壁に飛び込んだ衝撃が機体を揺さぶり、視界が白く染まる。

 雲中の視界は殆ど無いに等しい。計器はまだ機体が水平であると主張しているが、水平線上を飛ぶことに慣れた魔女は不安を覚えた。

 敵国との戦争状態にあり、いつミサイル飛んでくるかもしれないことよりも機がちゃんと飛んでいるか判別できないことへの恐怖のほうが大きい。

 何度もヘッドアップディスプレイの表示と水平儀を確認する。スロットルを握っている左手が震えているのが自分でもわかる。

 おぼろげに光る鷲の機体の編隊灯だけを頼りに雲の中を進む。

 ふいに視界が開け、水色の空と緑色と茶色混じったの地面が視界に飛び込んできた。

 ――抜けた。

 魔女は周囲を見回して鷲の機体を探す。空に半分溶け込んだ水色の腹を見せながら鷲の機体が前方右上を真っ直ぐ飛んでいるのが見えた。僅かに操縦桿に力をかけ、鷲の右後ろにつく。

「迷子になったかと思ったぞ」

「ちゃんとここにいます」

「前方、ツーバンディット。かなり低空だ。レーダー誘導で撹乱しろ。ヒートシーカーで仕留める」

「了解」

 鷲は機体を裏返して急降下する。彼の狙いを悟った魔女は中距離ミサイルを選択し、前方の二機を狙って発射ボタンに乗せた指に力を込めた。

 主翼下に装備された二発のミサイルが切り離され、ロケットモーターとレーダーを起動する。GPS信号による中間誘導が当てにならなくなった今、このミサイルは自前のレーダーで敵機を捕らえなければならない。

「ヘクセ、FOX3」

「アドラー、FOX2」

 魔女の発射コールに続き、鷲も赤外線誘導ミサイルを発射した。



 

 グライダーのような長い翼の下に爆弾や対戦車ミサイルをじゃらじゃらとぶら下げた対地攻撃機が我が物顔で陣地上空を遊弋し、時折高度を下げてついばむように地上を爆撃する。

 30ミリ弾が降ってくる度に土嚢が弾け、鋭い音ともに兵士がボディアーマーごと引き裂かれる。

 防空にあたるはずだった自走対空砲と移動式SAMは露払いにやってきた無人攻撃機に吹き飛ばされ、炎を上げながら無残な姿を晒している。

「くそ、ルフトバッフェは昼寝中か? お茶の時間までに来なかったらぶん殴るぞ」

「またこっちに来ます!」

 塹壕に兵士たちが伏せようとした瞬間、機銃掃射のため陣地に機首を向けたシュトルモビクの右エンジンに短射程ミサイルが突き刺さり、翼下の爆弾を巻き込んで花火さながらの火球を生み出す。

「ざまぁみやがれ!」

 運良くチャフとフレアの両方を放出したもう一機のシュトルモビクは爆弾を捨てて機首を東へ向け、貧弱なエンジンをめいっぱいに回して離脱を始める。

「空軍の戦闘機です、援護要請が通じました!」

「見りゃわかる! フント隊に連絡しろ、昼寝は終わり、散歩の時間だ。それと空軍に感謝の一文を添えておけよ」

 カービン銃を手にした指揮官が立ち上がり、塹壕から這い出した。足元に誰のものとも知れぬ左腕が転がっている。

 それを拾い上げると、手の中に何か白いものが握られているのがわかった。まだ暖かさの残る指を開く。

「くそったれめ」

 指揮官は毒づいてそれを再び手に握らせた。まだ生まれて数ヶ月しか経っていないであろう赤子と、母親らしい女が写った写真には、生乾きの血が僅かに残っていた。

 空に響く低いエンジン音が高くなり、指揮官が顔を上げると上空から降下してきたライアーが逃げる敵機に食らいつき、真後ろからミサイルを発射するところだった。

 外しようのない一撃。敵機は左翼をもがれ、断末魔の爆発音を残して砕け散った。

 降下してきた機体が緩く左旋回しながらもう一機のライアーと合流して編隊を組み直す。

「なんだありゃ……魔女……か?」

 その左翼に紫色のローブととんがり帽子をかぶった魔女が見えた気がした。

 聞きなれたディーゼルエンジンの音のする方を振り返ると農家の納屋からぬっと120ミリ滑腔砲の先端が突き出し、続いて砲塔に傾斜装甲を身につけた戦車が出てきた。

 ペリスコープがくるくると左右に回転し、周囲の安全を確認した戦車長がハッチの中から頭を出して無線機のマイクを握る。

「フント1より各車、損害を報告せよ」

「4号車がエンジンに被弾、行動不能。7号車がやられました。その他の車両は無事です」

「よし、これより南へ進み味方部隊の支援へ向かう」

 キャタピラから土塊を飛ばしながら今まで頭を押さえつけられていた戦車隊が前進を始めた。



 

 東欧 ワルシャワ近郊上空 NFX-26 263号機



 もう少しで星に手が届きそうな深い紺色の空に歪な黒い影が1ダース浮かんでいる。大きい影はレイピア四機と、小さい方はXナンバーのとれたMQ‐99が八機。MQ‐99の主翼には不釣り合いなほど大きなミサイルが吊るされている。

 戦域到着までの時間と予定されている時刻に十数秒ほどしか誤差がないことを確認すると、ミハイルは背後を振り返った。

 高輝度のディスプレイに空が写っている。薄いハニカム構造の仕切りの向こう側ではシェスタコフ中尉が文字通りカンヅメになっている。

「中尉」

 後席のシェスタコフ中尉は戦闘空域の情報が次々に更新されていくメインディスプレイから顔を上げた。

「なんでしょう」

「バリスタの射程まではどれ位だ?」

「あと五分ほどです」

「そうか。ありがとう」

 再び静寂がコックピットに戻り、シェスタコフ中尉は静かに息を吐いた。レイピアの後席から空を直接見ることはできない。ほとんど胴体と一体になった膨らみの中に座席があり、上半分は全て高解像度のディスプレイとレーダー吸収塗料を塗られたフェアリングで覆われ、下半分は電子戦や無人機の管制に必要な操作パネルやスイッチ類が並んでいる。

 かつて戦闘機のことを空飛ぶ棺桶と呼ぶものがいたが、まさにその通りだ。今メインの電源がなくなれば、暗闇だけが彼女を包むだろう。

 この前まで乗っていたジュラーヴリクの座席が懐かしい。少々古臭い計器や硬い座席には少なからず不満を感じることもあったが、あの機体の座席からは空を自分の目で見ることができた。

 ――偽物の空ではない、本物の空を。

 操作パネルから手を離し、カメラ越しの青空を映すディスプレイに左手の先を当てる。手袋越しにディスプレイの発する冷ややかなぬくもりが伝わってきた。

 電子音が鳴り、怪鳥の視覚が敵を見つけたことを彼女に知らせた。メインパネルを操作してミサイルの射程に入っていることを確認し、前席のミハイルに伝えた。

「バリスタの射程圏内です」

「レーダーを捜索から追跡に切り替えろ」

「了解。バイスタティックレーダー、追跡モード。データリンクオンライン。敵編隊捕捉、誘導よし」

 無人機のレーダーが敵機をロックオンしことを確認し、前席のミハイルに報告する。

「バリスタ発射!」

 レイピアの胴体中央に設けられた巨大なウェポンベイの扉が開き、大柄なミサイルを希薄な大気中に放り出す。ミサイルの安定翼と動翼が広がり、尾部から白煙を吹き出して加速を始める。ほかのレイピアやMQ‐99からも同様にミサイルが切り離され、白煙を噴きながら南西へ飛翔を始めた。

 対艦超音速ミサイルとして設計されたものの、大型機でなければ運用出来なかったために倉庫で眠っていたミサイルの推進部は、新兵器のために再利用されている。

「バリスタ、点火しました。誘導開始」

「命中まではどれくらいだ?」

「およそ3分です」

 ――まるでビデオゲームだな。

 ミハイルはレーダー上の輝点が遥か先の輝点の群れに向かってまっすぐに進んでゆくのを確認すると静かに目を閉じた。あと数分後には輝点の群れは半分ほどに減っているだろう。

「バリスタ、順調に飛行中」

 シェスタコフ中尉が淡々と報告を読み上げた。



 

 今日の戦果は上々で、王国軍は一時的であれ航空優勢を確保することに成功した。今のうちに負傷兵の後送や補給を行い、防衛線を強化することができるだろう。

「市街地へ向かう機体は全機撃墜。残りの敵機も撤退を確認した。エコー、ネーベル各機は帰投せよ」

 増援でやってきた味方機と合流し、エコー隊の二機も編隊を組みなおす。

「了解、帰投するぞ」

 鷲が機体を傾けようと操縦桿に力を込めた時、アラート音が静寂を破った。

「ミサイル警告! どこからだ?」

 ライアーの垂直尾翼に取り付けられたレーダー警戒装置が警報を発し、獲物を狙う狩人の銃口が自機に向けられていることを警告する。

「ミサイル、空中で分裂。このパターンは……」

 管制機の報告を聞いた鷲の脳裏を炎の壁の姿がかすめた。

「アウロラだ! ブレイク!」

 鷲の指示が出る前に、魔女は機体を右に横転させ、味方の編隊から離れる。管制機にも探知できない攻撃の相手と戦うためのいかなる手段も今の彼女にはない。

「2番機がやられた! 応答しろ! クソ、何があったん……」

 二回目の爆発音と共に罵声が途切れ、機首をもがれたオイレが炎と黒煙に包まれて堕ちてゆく。

「ヘクセ、ダイブだ。カウンタメジャー放出後高度2000まで急降下」

「りょ、了解!」

 言われるがまま、魔女はチャフとフレアをばら撒き、機体を裏返して操縦桿を引く。ぐっと座席に押し付けられ、息が詰まる。思考を維持させるために下肢をGスーツが締め上げる。緑色にところどころ茶色の混じった地面が眼前に広がり、エンジンが唸りを上げる。

 視界が一瞬白く染まり、振動が魔女だけでなく機体そのものを揺さぶる。重力とエンジンの生み出す推力によって音の壁を越えたのだ。

「引き起こすぞ」

「はい」

 鷲が機体を引き起こすと魔女もそれに続いて操縦桿を引き、機体を水平に戻した。速度がゆっくりと失われてゆき、カナードの付け根の立てる鋭い風切り音が小さくなっていく。

「このまま低空で飛べ」

 鷲の言葉に従い、丘を掠めるように低く飛ぶ。鷲の機の後流に揺られた麦が揺れるのが見えた。

「メルクールより各機、状況を報告せよ」

 ようやく冷静に戻った管制機に次々に損害報告が舞い込む。

「ホーク隊だ。2と3がやられた」

「ネーベル隊です。隊長機と3番機が落とされました……パラシュートは確認できず」

 隊長機を失い、おぼつかない編隊を組んだライアーが魔女の横を追い抜いていく。

「エコー隊だ、損害なし。このまま低空を維持し帰投する」

「了解した。制空隊はそのままヴィットムントハーフェンへ向かえ」

 わずか数分の間に半分にまで数を減らした制空隊は息を殺して西へと引き上げていく。



 レーダー上で重なった輝点が小さな電子音と共に次々に消えてゆき、残った点が西へと動き始める。

「敵機、後退を始めました。損耗率は55%です」

「大したものだ。263より各機、作戦終了。帰投する」

 シェスタコフ中尉の報告に満足げに頷いたミハイルが操縦桿に僅かに力を加えると、レイピアの翼が静かに希薄な空気を切り裂いた。

「少佐、護衛の無人機はどうしますか? 使い捨てにしてかまわないとの命令ですが」

「市街地の南にはまだ抵抗している王国軍の部隊がいるはずだ。マッドドッグモードで突入させろ」

 ――これでネオユニの連中も気を良くするだろう。

 ミハイルはそう判断した。ネオユニ開発部は自分たちの製品が売れるかどうかよりも、どう使われてどんな結果を残したかの方をずっと気にかけているからだ。

「了解。UCAV管制システム、マッドドッグモード。戦域はワルシャワ南方、燃料切れの際には自爆または体当たり攻撃を行います」

 シェスタコフ中尉の指がメインパネルに表示された最終確認メッセージの確定ボタンに触れると、それまでレイピアに付き添っていたMQ‐99が編隊を離れ、南西へと進路を変える。

 彼らは灰色の複合材でできた体を動かす燃料が尽きるまで戦うことをやめないだろう。

「進路080で帰還する」

 ミハイルは横目で離れていく無人機を見送ると、快適さはロイヤルサルーン並と内装担当の豪語するシートに背中を預けた。


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