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北海の魔女  作者: CK/旧七式敢行
18/20

One bird, two heart.

中東 ルート砂漠 201Y/3/19 19:34



終わりの見えない砂漠に、二人分の足跡が点々と続く。

会話の種はとっくに使い果たし、どちらが先に言い出すでもなく風化して柱のようになった岩の横に腰を下ろし、機械的に携帯食料を咀嚼して飲み込む。

それが終われば防寒毛布を被って静かに目を閉じる。心が荒むような時間を過ごしていても口論にはならなかった。たった一人で砂漠を越える心細さと危険を知っているからだ。

「ランク、ランク」

「うん? まだ起きてるよ」

「寒いでしょ」

精一杯の廻りくどい好意を察したランクが狂鳥の方に近づく。二人分の体温で防寒毛布の中が徐々に温まってゆき、ゆっくりと瞼が重くなる。

「ねぇ」

「うん?」

狂鳥に小突かれたランクが気だるそうに目を開ける。

「あんたはさ、こういう状況でそういう気持ちになったりはしないの?」

「そういうって?」

「……気づけよ」

狂鳥はぷいっと顔を背ける。

「あぁ……そういう。でも昨日のアレで種なしになってるかもしれないし」

ようやく彼女の意図を汲み取ったランクは申し訳なさそうに謝る。

――いつもと同じだ。気が利かない自分に嫌気がさす。

「でもね、あんたには感謝してる」

狂鳥が口調を和らげ、ランクははっと顔を上げる。

「ほら、わたしさ、航法とか地図とかそういう細かいの苦手だったじゃない」

「そういえば気象とかも苦手だったよね、昔っから」

訓練生時代の、彼はよく狂鳥の自習に付き合っていた。

直感で空を飛んでいる彼女は百時間の座学より一時間の操縦練習のほうが好きだった。

「でも実技はピカイチだったよね。なんでか教官には嫌われてたけど」

狂鳥の操縦は技量はともかく、同乗者からすれば寿命が縮む飛び方だった。

「好きに飛んでいいって言われたからやってみただけなのに」

「練習機でコブラをやるって言ったときは流石にびっくりしたけどね」

コブラ機動は、最適な空力設計と高度な機体制御があって初めて成り立つ機動だ。狂鳥はそれを高等練習機で訓練中にやろうとして、教官にこっぴどく叱られた。

「あの時はなんかこう、いろんな飛び方を試してみたくてしょうがなかっただけ」

狂鳥は肩をすくめて笑う。

「ハヅキ中尉と模擬戦やった時もやったよね」

不思議と、会話の種は途切れなかった。

「そうそう、あれは振り付けだったけど、本当の勝負もしてみたいな」

「その時は僕とヘンシェル大尉も入ってダブルスでね」

ダブルス、という言葉に狂鳥ははっとした表情を浮かべる。

「そう考えると、わたしたちって結構長いペアだったんだね」

「気づいてよ」

意地悪そうにランクが返し、狂鳥は頬をふくらませる。

「むぅ、反抗的な奴め。再教育してやる」

狂鳥はランクに飛びかかり、彼の脇の下で両手の指をわさわさと動かす。

「ちょ、やめ、ミリィ!」

「ほらほら~、参ったか! この! この!」

狂鳥はくすぐったそうに身を捩るランクに馬乗りになり、さらに責め立てる。

「やったな!」

「きゃっ」

されるがままだったランクが身を起こし、狂鳥に掴みかかる。暴れたせいで二人を支えた砂山が崩れ、二人はそのままごろごろと砂の上を転がる。

「うぅ……降参」

ゆるやかな砂のすり鉢の底で止まった時、さすがの狂鳥も音を上げた。すこし身じろぎすれば額がぶつかりそうな距離で二人の視線が合う。

ランクは少し戸惑ってから、優しくその名を呼んだ。

「ミリィ……」

「うん……んっ」

狂鳥は静かに瞼を閉じ、相棒のキスを受け入れる。

「……いいよ」

か細い承諾の声が砂に吸い込まれる。

微かな月明かりだけが、重なる二つの心を照らしていた。



 


稜線から顔を出し始めた太陽が褐色の大地を照らし始め、震える寒さがやわらいでいく。

「う、ぐぅ……」

 狂鳥は目を閉じたまま防寒ブランケットをどける。アルミコートがこすれて乾いた音をたてた。

隣ではランクが穏やかな寝息をたてている。

「ねぼすけ」

 左頬を指でつつく。反応はない。

「起きろー」

 軽く頬をはたくが、やはり反応はない。

「起きろ! ランカスター少尉!」

「うわっ何っ! えっ?」

 耳元で名前を叫ばれたランクは慌てて起き上がろうと両手で砂を掻くが、慌てているのと目の細かい砂のせいで再びバランスを崩し、顔面を砂にめり込ませる。

「げほっ、ぐほっ……あぁ、おはよう、ミリィ」

身を起こして口の中に入った砂を吐き出したランクは両手で顔についた砂を払って立ち上がる。

「おはよう、ラルフ」

「え……」

上半身だけを起こした狂鳥にファーストネームで呼ばれ、ランクは耳を疑う。

「そっちだけファーストネームで呼ぶのってズルイでしょ。だから二人だけのときはラルフって呼んだげる」

「これからもよろしく、ミリィ」

「こちらこそ」

 ランクの伸ばした手を掴んで立ち上がる。

「さて、と。今日の朝食は?」

 尻についた砂を払った狂鳥は大きく伸びをする。肩にかかっていた淡い金色の髪がさらさらと流れ、太陽の光を受けて輝く。

「ごめんミリィ、その前に服を着てくれるかな。理性が保てそうにない」

「きゃーえっちー」

 わざとらしい演技で胸元を隠した狂鳥は中に入り込んだ砂を掻き出しながらフライトスーツを着直す。

 何かに気付いた狂鳥が反射的に身を伏せる。

「なにか聞こえる」

「何の音だろう」

狂鳥は目を閉じて意識を集中する。微かなモーター音のする方向に顔を向けて目を開く。

「いた、あそこ!」

「あれは……無人機?」

 狂鳥の指差す先にランクが目を向けると砂色の色味がかった雲ひとつない空に灰色の鳥が浮かんでいた。

「味方の偵察ドローンだ、なんでこんな所に?」

 主に市街戦などで使用される小型の無人偵察機は品定めするように頭上をゆっくりと旋回し始める。

 狂鳥からやかましい電子音が鳴り響き、二人は顔を見合わせる。狂鳥は全身のポケットを探り、ようやく電子音の元をポケットから取り出す。

「え、嘘……」

 数度画面を操作した狂鳥の表情が驚きに変わる。

「どうしたの?」

 狂鳥は何も言わず、画面を怪訝そうな顔のランクに向ける。ランクの表情も驚きに変わり、 狂鳥の顔と携帯電話の画面を見比べる。画面上端の電波感度を表すインジケーターのアンテナマークの横に棒が二本立っていた。

 発信元は文字コードが違うためか、おかしな表示になっている。

「出るよ?」

「う、うん……」

 狂鳥の言葉にランクも頷く。

「もしもし」

「あー、君たち、無事かね」

 聞き覚えのない声に狂鳥は首を傾げる。

「はい? どちら様でしょうか?」

「ケルマーン基地のマッケンジー中佐だ。無人機を中継して発信している」

「あ、はぁ」

「間もなくそちらにヘリが到着する。そのままの位置で動くな。以上」

「了解しました」

 通話はそこで途絶え、無人機は翼を振って西へと引き上げていった。



 連絡から十分後、マッケンジー中佐の言った通り汎用ヘリが砂丘の影から姿を現した。

「来た、あそこ! ランク、信号弾!」

「わかった」

 ランクは頷くと信号拳銃を取り出して斜め上に向けて構え、引き金を引いた。間の抜けた発射音と共に赤色の信号弾が打ち上がり、煙を吐きながら砂漠の空に放物線を描く。

「気付いた!」

 ゆっくりと旋回しながら砂漠を捜索していたヘリが二人に機首を向け、ゆっくりと砂埃を巻き上げながら近づいてくる。

 ヘリからロープがたらされ、砂漠迷彩の戦闘服に身を包んだ兵士が二人、降下してくる。ガスマスクに阻まれてその表情をうかがい知ることはできない。

 兵士は着地するなり肩からかけた幅広の紐をランクと狂鳥にそれぞれ渡す。

「このハーネスを巻いて下さい」

 くぐもった声に言われるがままに、ランクはハーネスで兵士と自分の体を固定する。狂鳥ももう一人の兵士のハーネスに身体を固定する。

「上げてくれ」

 兵士が手信号で合図するとロープが引き上げられ、釣り針にかかった魚のように空へと引き上げられる。

「チャーリー・キロより作戦本部、パイロット二名を回収。これより帰投します」

「了解チャーリー・キロ」

 狂鳥とランクが席についたことを確認したパイロットがスロットルを開き、ヘリは高度を上げて機首を西へと向ける。機内にいるものはランクと狂鳥以外の全員が防護服に身を包んでいる。

「ラジフは、どうなったんです?」

 ランクは隣の兵士に問いかける。

「聞きたいか?」

「いえ」

 ランクは俯いて言葉を濁す。

「基地に着いたらいくらでも教えてもらえるさ。そんなことよりもっとヤバイことが起こってる」

「いったい何が起こったんです?」

 兵士は静かにランクの質問に答えた。

「第三次世界大戦だ」

「どういうこと?」

 それまで窓の外を流れる砂漠を横目で眺めていた狂鳥がはっとこちらに顔を向ける。

「共和国が宣戦を布告した。基地は大忙しだ」


中東 ケルマーン空軍基地 201Y/3/18 11:04



 基地に着くなり、二人は全身をガイガーカウンターでチェックされ、押し込まれるようにして真っ白のテントに案内された。入り口には放射性物質の存在を示す黄色いマークが描かれていた。

 テントの中では防護服に身を包んだ四人の人影が待ち構えていた。

「物々しいなぁ」

 テントの中を見回したランクは小さく溜め息をつく。まるで産業廃棄物か何かのような扱いには温厚な彼にもいくらかの反感を抱いた。

「リーデル中尉、及びランカスター少尉だな」

「はい」

「何か身分を証明するものは」

「これで大丈夫かな?」

 ランクはドッグタグを外して手渡す。書類とドッグタグを見比べた兵士が頷いて書類のチェックボックスをマークする。

「確認できました。こちらの方は処分させて頂きます」

 無造作に放射性廃棄物と書かれた厚手の袋にドッグタグが入れられ、金属のぶつかる硬い音を立てる。

「あ、それ捨てちゃうんですか」

「万が一、放射性物質が付着していたとして、君はそんなものを兵舎に持ち帰るのか?」

「いえ……」

「いいよ、後からまた貰えるんだし」

 狂鳥もドッグタグを外して軍医に手渡す。

「ご協力、感謝します」

「では、これから幾つか質問に答えてもらおうか。ラジフ基地を攻撃を受けたとき、君たちは何をしていた?」

「国境周辺の哨戒飛行を終え、着陸態勢に入るところでした」

狂鳥が質問に答えると軍医の隣に立っていた記録係がクリップボードに状況を書き取る。

「ラジフ基地上空をしばらく飛行した後、指示に従いバンダルアッバースへ飛行中に燃料がなくなり、不時着。シャダードへ向かっていることころをヘリに救助されました」

「ふむ。その間に怪我や傷は負ったりは?」

「あれって内出血に入るのかな?」

「うーん、どうなんだろう」

除染担当の四人は何事かささやき合うと二人に向き直った。

「……まぁ、大丈夫でしょう。除染作業を適切に行えば健康への影響はありません。服を脱いで裸になって下さい」

「裸に?」

 投薬程度で済むと見込んでいたランクは首を傾げる。

「流水で全身をすすいだ後に洗剤で体を洗って頂きます」

「なるほどね。ま、いっか。もう見られちゃってるしね」

「……うん?」

 狂鳥の意味深な言葉に軍医は頭を捻り、ランクはばつの悪そうな表情で視線を逸した。

除染に使われるらしき小部屋には簡易型のシャワーが二つ天井からぶら下がっていた。特に仕切りといったものはない。

「はいどーぞ」

 狂鳥はフライトスーツを脱ぎ捨てて兵士の一人に押し付け、下着ごとタンクトップを脱ぐ。

それまで抑えつけられていた彼女の豊かな乳房がたわわに実った果実のように揺れた。

 その刺激的な光景に除染係の誰もが息を呑む。

「ちゃんと捨てといてね」

 砂漠の太陽より眩しい笑顔を浮かべた狂鳥が肌着と下着を兵士に渡す。その笑顔の中にある『変なことしたら容赦しない』という意味合いを知るランクはこれ以上狂鳥の不興を買わないよう口を閉ざすことにした。

「は、はははははっハイッ!」

 兵士は裏返った声で答えて首を縦に振る。狂鳥がパイプから飛び出したコックを捻ると、太陽の熱で温められたぬるい湯が彼女の肌を叩いた。

「この状態で何分?」

 同じようにぬるま湯を頭からかぶりながらランクが疑問を投げかける。

「十分間です。さらに五分間洗剤で全身を洗浄。さらに十分間すすぎです」

「な、なにー!」

 ランクの叫びは冷たくなり始めたシャワーの水音にかき消された。



ようやくテントの外に出ることを許可されたランクと狂鳥は真新しい熱帯仕様の褐色の軍服に着替え、機材の収まったコンテナの上に腰掛けて髪を乾かす。

 乾燥した風は天然のドライヤーのように髪に残った水分を奪い取っていく。

「うえぇ、鼻がもげて死ぬかと思った」

 首元にタオルをかけた狂鳥が口元に手を当ててテントに恨めしげな視線を向ける。

「まさかあんな臭い洗剤だとは思わなかったよ」

 ランクもため息をつきながら使い捨てのタオルで髪に残った水気を拭き取る。

 シャワー自体は素晴らしかった。なにせ三日三晩着の身着のまま砂漠をさすらっていたのだから面白いように垢や埃がとれた。が、問題は全身を洗うための洗剤にあった。

 狂鳥曰く『生ゴミをトイレで煮込んで熟成させたような臭い』のする緑色の洗剤はちょっとした化学兵器並みの威力を発揮した。

「あのガスマスク連中の口に詰めてやればよかった……うぅ、髪に臭いついたらどうしよう……」

「大丈夫だって、何度かシャワー浴びたら臭いは落ちるって言ってたし」

 しきりに生乾きの髪の匂いを嗅いで顔をしかめる狂鳥をランクがなだめる。男勝りな彼女が年頃の少女のように髪や臭いに気を遣う様子はどこか本能をくすぐるものがあった。

「リーデル中尉、ランカスター少尉」

 横から近づいてきた下士官に呼ばれ、狂鳥が顔を上げる。

「基地司令がお呼びですので、こちらへどうぞ」



案内されたケルマーン基地の司令室は程良く冷房が効いていた。壁には基地周辺の味方の布陣が書き込まれている。

「504飛行隊、リーデル中尉及びランカスター少尉です」

「まずはご苦労だったな」

 メッケンジー中佐が椅子から立ち上がり、二人の肩を叩く。

「カイロの中東派遣軍本部から先ほど君達あてに辞令が来たよ。504飛行隊は解散。リーデル中尉、及びランカスター少尉は本日付でヨーロッパ中央軍に編入。アレクサンドリア、マルタ経由で本国へ向かえ。とのことだ」

「はっ」

 姿勢を正した狂鳥が了承の意志を示す。

「機材についてはFS‐04が用意できている。残念ながら複座型の一機だけしか手配出来なかったがね。アサインは君たちに一任されている。明朝には出発の準備ができるだろう。何か必要なものがあればその辺にいるものに言ってくれ」

「了解しました。あの、ところで……」

 狂鳥の言葉が終わる前に彼女の胃袋が盛大に鳴った。彼女の顔に朱色がさす。

「食事だな。手配させよう。腹が減っては戦は出来んというしな。昨夜のアレでは腹も減るだろう」

――昨夜? まさか

 ランクが昨夜の出来事をひと通り思い出し、何故それをこの司令官が知っているのかを理解した。

 大型の無人機であれば、高空を飛ぶことでエンジン音を悟られずに近づくことができる。赤外線であたりをつけたエリアに無人機を飛ばして通信を中継する。

――昨夜既に追跡されてた。つまり……昨夜の出来事は『全部』見られていた

「んなっ!」

全てを理解し、マッケンジー中佐に殴りかかろうとする狂鳥をランクが慌てて後ろから羽交い締めにする。狂鳥の拳が空を掻く。

「離して、ランク! こいつは女の敵なの!」

 耳まで真っ赤にした狂鳥が豪快に笑う司令を指さす。

「いやぁ久々にイイモノを見せてもらったよ。ランカスター少尉と仲良くな」

「ふ、ふぇぇ……」

 恥ずかしさと怒りとがないまぜになり、狂鳥は顔を覆った。

「あ、このことは知ってるのは私と当番の四人くらいだから安心していいぞ」

 マッケンジー中佐は親指を立ててウインクする。まったく安心できない、むしろ逆に不安を煽るような口調だった。

 


しばらく後、食堂には非番の兵や手すきの者が集まって遠巻きに『よそ者』を見ていた。金髪の女性士官と黒髪の青年士官はこれでもかと言うほどトレーに料理を載せ、テーブルマナーなどといった文化的な慣習に気をかけることなく食事をとっている。

「おい、なんだあの二人組」

「知らないのか? 例のラジフの生き残りだとよ」

 食堂の中央に向き合って座る二人組を見ながら周囲の兵士たちが声を潜めて噂話を始める。

「女のほうが狂鳥だったか」

「にしてもよく食うなぁ」

 当の二人組はそんな周囲に気を配る余裕などなく無く、本能の求めるままにアフターバーナーに点火したジェットエンジンよろしく並んだ料理を次々に平らげていく。

「うまい! やっぱりうまい!」

「生きててよかった……」

 スパイスの効いた豆のシチューをかきこんだランクが紙皿を右にどけ、まだ脂身が音を立てて弾ける厚切りのベーコンがのった皿を手元に引き寄せる。

テーブルを挟んで向かいに座る狂鳥は五個目のロールパンを片付け、低脂肪乳を喉を鳴らして飲みはじめる。こちらは半分ヤケ食いじみた様相を呈している。

「にしてもよく食うな、アイツら」

「三日三晩砂漠をふらふらしてたんだとよ」

「そりゃ腹も減るわな」



中東 ケルマーン空軍基地 201Y/3/20 06:04  



 まだ肌寒い無人の格納庫の中で翼を休める複座のFS‐04を見上げたランクはすぐに機体に感じた違和感の理由に気付いた。

――そうか、いつもの機体じゃないんだな。

 尾翼には慣れ親しんだ雷やショットガンのマークはない。愛機は今頃黒焦げになって砂の中に埋もれていることだろう。

 不意に扉の開く音が響き、ランクは音のした方向に目を向ける。

「あ、いた」

「ミリィ」

 狂鳥も既に新しいフライトスーツに着替えて新品のヘルメットを小脇に抱えている。

「準備はいいの?」

「準備もなにも、荷物はないしね」

 お手上げといった感じで、ランクは両手を軽く上げる

「それもそっか」

 そう言うと狂鳥はランクの隣に腰を下ろして足を伸ばす。まだ出発までは一時間ほど時間がある。整備作業や点検は昨夜のうちに済ませてあるので飛行前に再度チェックをするだけで良い。

「あ、そうだ」

 思い出したように狂鳥はポケットの中をまさぐる。

「新しいの、昨日渡すのわすれちゃった」

「ありがとう」

 狂鳥が再発行されたらしきIDカードをランクに渡す。

「それに、これも。これがないと落ち着かないでしょ?」

 狂鳥は真新しい光沢を放つドッグタグをランクの目の前に垂らす。

狂鳥は立ち上がってランクの前に屈み込む。

「ミリィ?」

「つけてあげるから、動かないで」

 ランクは言われるがままにじっと待つ。首にひやりとした感触があたり、ドッグタグがかけられる。機体を受領し、身分証を受け取った二人は名実ともに戦線復帰する準備を整えた。

 



王国 ヴィットムントハーフェン航空基地 201Y/3/21 10:32



 丸一日かけた強行軍の末、砂漠の水鳥と二人の生き残りは本国の基地にたどり着いた。

「タワー、こちらコンドル1。着陸許可を」

「コンドル1、ランウェイ26への着陸を許可する」

 FS‐04のフラップが開き、格納されていた脚を降ろす。狂鳥は接地の直前に静かにスティックを引き、空気をクッションにしてそっと滑走路に機体を降ろした。

「コンドル1、スポット35へ移動せよ」

「了解。35番」

 減速を済ませた所で管制塔から駐機場への移動指示が下る。狂鳥がラダーペダルを踏んで機体を転回させ、滑走路と平行に伸びる誘導路をゆっくりと進む。

「エコー隊、滑走路への進入を許可。離陸後はゴライアスの指示に従え」

「ラルフ、今エコーって聞こえた?」

 聞き覚えのあるコールサインに狂鳥は共に翼を並べた青紫の機体を探す。

「そう言ってたよ」

 後席のランクも頷く。

「アヤメも、来てるんだ……」

 狂鳥が滑走路に目を向けると、めいいっぱいの武装を吊るした青紫のFS‐04が二機、翼を並べて離陸していく様子が目に入った。その片方の翼には、とんがり帽子をかぶった魔女が描かれていた。


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