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北海の魔女  作者: CK/旧七式敢行
16/20

老兵と鶴

 北海 ルドルフ空軍基地 201Y/3/18 11:30 



 パーテーションの中に、キーボードを打鍵する音が静かに響く。魔女は時折指を止めて特記事項を思い出しながら哨戒飛行の記録を作成してゆく。

 こちらに近づいてくる足音に気付いた魔女がディスプレイから視線を上げて後ろを振り返ると鷲が魔女の左肩に右手をのせた。

「224飛行隊は全員ブリーフィングルームに集合、5分後だ」

「……わかりました」

 魔女は一瞬怪訝そうな目を鷲に向けてから頷いた。

「先に行ってる」

 鷲は魔女の方から経を話すと踵を返して部屋をあとにする。魔女は文書を上書き保存すると端末の電源を落として腰をあげた。



「失礼します」

 魔女が重い鉄のドアを開くと、ブリーフィングルーム内にいた全員の視線が魔女に向けられ、再び部屋の中央にある白いままのスクリーンに戻った。

 そこには既に既に魔女以外の全員が揃っていた。烏は不機嫌そうに組んだ脚を何度も組み直している。いつも陽気な黒猫でさえ、腕組みをしたまま苛立たしげな目でスクリーンを睨んでいる。

「何があったんです?」

「すぐにわかる」

 魔女は鷲の隣の席に座るとポケットからメモとペンを取り出す。

 再びドアが開き、基地司令と参謀が入ってくる。

「揃っているようだな。ではまず現在の状況を説明からだ。中佐」

「先ほど中東派遣軍が駐屯するアル・ラジフ空軍基地において、大規模な爆発があった」

 ――ラジフ。

 聞き覚えのあるその名を思い出し、心のなかで繰り返した魔女ははっと息を飲んだ。あの『中東の狂鳥』ことリーデル中尉がいた基地だ。

「被害は甚大で、基地施設のほぼすべてが喪失、飛行中の少数の機体を除き駐留していた部隊は壊滅したものと思われる」

「クソッ」

 黒猫が椅子の肘掛けに拳を叩きつける。

「現在共和国から宣戦布告はされておらず、目下調査チームが向かっている。状況は以上だ。司令、どうぞ」

 参謀は言葉を締めくくると基地司令に場所を譲った。

「224飛行隊に命令。第1小隊、ヘンシェル大尉およびハヅキ中尉は本国への移動準備をし、 別命あるまで待機。第2小隊、レント少尉およびヴァグナー少尉はアラート待機とする。何か質問は?」

 魔女が手を挙げる。

「ハヅキ中尉」

「用いられたのは核弾頭ですか?」

「その可能性は極めて高い」

「そう、ですか……ありがとうございます」

 魔女は視線を下ろすと指先が白くなるまで拳を固く握った。



 

 王国 国防総省 201Y/3/18 12:05



 タカ派で知られる陸軍の将軍は次々に更新されるインターネット上のデマや予測情報が表示されるモニターをいらだたしげに睨みつけると、ピカピカに磨き上げられた会議テーブルに拳を打ち下ろす。隣の海軍の退役間際の将軍のグラスの水が怯えるように震えた。

「これは明確な我が国への攻撃です!」

「しかし共和国が黙っている以上こちらから動けば世論が黙ってはいないでしょう」

 穏健派の空軍の将軍がたしなめる。

「だが、空軍はアフガンとの国境で不穏な動きがあったと掴んでいるそうだが?」

 問い返された空軍の将軍は言葉に詰まる。

「その件に関しては私から説明しましょう」

 それまで黙ってやり取りを聞いていた情報局の将校が立ち上がる。

「君は確か……」

「お初にお目にかかります。しかし事態が切迫しておりますゆえ、自己紹介は割愛させて頂きます。……発端は先週に遡ります。我々はこちらへの亡命を望む共和国空軍の将校と接触をとり、彼の握る情報と引換にこちらへの亡命を受け入れました」

「その情報とは?」

 陸軍の将軍はあご髭を撫でながら怪訝そうな目を向ける。

「共和国は……中東に核を持ち込んでいました」

「なんだと!」

 会議室にざわめきが広がり、それまで抑える側だった海軍の将軍も声を荒げる。

「もちろん彼らに使うつもりなど毛頭なかったのでしょうが、これは明確な条約違反です。これをダシに共和国への揺さぶりをかけるべく、輸送機を空軍機に追跡させ、同盟国内の基地に強制着陸させる予定でした」

「……だが、その輸送機は現地の武装勢力により撃墜された」

 空軍の将軍が情報将校の言葉に付け加えた。このあたりについては彼も聞き及んでいるらしい。

「えぇ、まったく。全くのイレギュラー、想定外です。幸い共和国のパイロットがうまく不時着したようで放射能漏れは確認されませんでした」

「で、核弾頭は?」

「共和国の回収部隊が到着したときには、既に持ち去られていたようです」

「あの野蛮人共が核を!」

 陸軍の将軍がロイヤル訛りで罵声をあげる。

「その後複数の組織を経由してラジフに持ち込まれた核がどう使われたかは皆様がご存知のとおりです」

 情報将校は静かに締めくくると腰を下ろした。

「そうなると、武装勢力の掃討作戦をより強化すべきか……」

「恐らくそれは無意味かと。我々の確認した限りでは共和国が持ち込んでいたのはあの一発だけの筈です」

「この混乱に乗じて共和国がヨーロッパ侵攻に踏み切る可能性もある。海外展開部隊を即刻撤収させ、航空機だけでも本国防衛のためにそろえておかねば」

 空軍の将軍は壁に貼られた世界各国に展開する部隊の配置図を眺めて唸る。

「航空機だけかき集めて何ができる! いつだって戦争を終わらせるのは歩兵だ!」

「まだ戦争が始まると決まったわけではない。今いたずらに部隊を動かせば逆に共和国を刺激することにもつながりかねん」

「しかし……」

 将軍たちが頭を抱え全員の視線の視線が国防大臣に集中したその時、会議室のドアが勢い良く開いた。

「皆の者、待たせたな」

「閣下? 敬礼!」

「うむ、ご苦労」

 敬礼を返して三代目となる王国の事実上の最高権力者は中央の椅子に腰を下ろした。

「状況は聞き及んでいる。報告はいらぬ」

「閣下、では……」

「先ほど共和国の総書記長とホットラインでの会談が終わったよ。彼らは我々以上に混乱しているようだ」

「盗まれた核によって過激派が基地を攻撃したことを認め、犠牲となったこちらの将兵に対し謝罪と哀悼の意を表す、とのことだ」

 部屋の中を見回し、異論がないことを確認して再び口を開く。

「現在の紛争を平和裏に収束させるため、我が軍と対峙する共和国軍の在外駐留部隊を段階的に完全撤退させ、中東を始め複数の地域での資源採掘権などをこちらに委譲する考えらしい。彼らなりの最大限の譲歩だろう」

 その場にいる全員が事態が収束に向かいつつあることに安堵する。コップの水を一口飲むと、閣下と呼ばれた初老の男は続ける。

「我々は、世界の覇権を求めている訳ではない。我々に必要なのは、管理された危機の下で『冷たい平和』のもとで制限された繁栄を謳歌すれば良いのだ。初代総統閣下が、敢えてロイヤルと事を構えずに、欧州を平定したように……これで財界の飢えた犬共に損をさせずに、かえって餌を与えられる。変革を除く口うるさい連中もこれで少しは……」

『閣下、王都から緊急声明が発表されています』

 遮るように中央のスピーカーが声を発する。

「予定にないぞ。中央のスクリーンに出してくれ」

『はっ』

 天井から吊るされたプロジェクターが王都に本拠地を置く放送局のチャンネルを映し出す。

『数時間以内に我が臣民諸君も知る事となると思うが、先ほど中東にある我が軍の基地が共和国に核攻撃を受けた。騎士道精神を踏みにじるこの卑怯極まりない攻撃は屈辱の極みであり、到底堪えられない。よって我が王家の名に於いて共和国に対して宣戦を布告し全軍による反撃を指示する。これは勅命である!』

 会議室の空気が一瞬にして凍りついた。政治的なトップがこちらだとしても、国家の象徴たる国王からの勅命は国民、特にロイヤル出身者には上官の命令よりも強い強制力を持つ。

「すべてのミサイル基地と潜水艦に連絡をとり命令系統を再確認、戦術核弾頭を保有する空母および基地の武装親衛隊には核弾頭を監視させ、20分ごとに連絡を取らせろ!」

「了解しました!」

 第三代総統は右腕を大きくふりあげて命令し、三軍のトップは踵を打ち合わせて敬礼した。



 

 王国 爆撃機基地 201Y/3/18 12:56 B格納庫



 その頃、中央ヨーロッパの爆撃機基地は国王派の部隊が彼らの上官以上に尊敬する言葉を聞き、自らの忠誠心を示すべく活気づいていた。

 巨大な格納庫に一機ずつ収められている50年の長きに渡って運用されてきたロイヤル製の重爆撃機は今、有終の美を飾るべく最後の戦装束にその身を包もうとしている。

 つい30分前まで、617飛行隊の主任務はこの辺鄙な基地で機種の改変または解隊が決定するまで特異なシルエットを持つ巨大な王国軍……否、ロイヤルの誇りともいえるこの老鳥の世話をすることだった。

 この老鳥に魅せられたものは多く、特にロイヤル出身者はわざわざ志願してまでこの部隊に勤務している。

 前世紀の渡洋作戦の際には急造の給油機として改造され、給油機設置のため木造の櫓とベイを流麗なテイルコーンに設置されてはいるものの、それでも爆撃用装備は全て残され、重爆としての体面を保持していた。

 機付長がパイロットスーツ姿の部隊長に敬礼する。

「中佐、インフィニティの搭載、完了です。各部の点検は異常なし。すぐに飛び立てます」

「ありがとう。最後に花を咲かせられてこいつも本望だろう」

 かつて核弾頭を吊下げるべく準備されたハードポイントには大型の空中発射巡航ミサイルが装備されている。弾頭にはロイヤル語で共和国の指導者に宛てて『粛清してやるぜ』とグリースペンで書かれている。

 格納庫に集合した乗員たちを振りかえると、力強く息を吸った。

「諸君、ヨーロッパの空を飛ぶのは赤色空軍でも、ルフトバッフェでもなく、我々王立空軍だ。陛下への忠誠心を示せ。以上だ。出撃!」

 分厚い主翼内に内蔵された4基のエンジンが唸りを上げ、灰色と濃緑色でまだらに塗り分けられた機体を優雅に押し出す。

 機体に描かれた王国空軍所属を示す北極星の中央にはヨーロッパ統合前の旧ロイヤル軍の国籍マーク、垂直尾翼には矩形の稲妻が描かれている。

「バスター1より各機、離陸後は誘導のライアーに従え」

「バスター2了解」

「バスター3、了解した」

 先導する複座型のFS‐04が離陸し、湿った空気を丸みを帯びた翼端でスライスしながら高度を上げていく。



 

 東欧 国境付近 201Y/3/18 14:08 王国軍物資保管所



 コンクリート造りの監視塔に立つ監視兵は身体を震わせるとフィールドジャケットの襟を立てる。初春の風が頬を撫で、ピリピリした冷気を伝えてくる。

 彼のここでの仕事は日がな一日この監視塔から下界を見下ろし、異常がないことを確認することだ。国境近くにあるとはいえ、この基地の仕事は共和国に脅しをかけるというより、必要な物資を有事に備えて備蓄しておくことに重きを置いている。

 最近は暇な時に双眼鏡で近くの森にやってくる鳥の観察をするのが彼のささやかな楽しみだった。

「よ、ホットな補給物資の差し入れだ」

「ありがとうございます、軍曹」

 湯気を立てるマグカップを受け取った監視兵が軽く頭を下げる。

「まだ冷えるからな」

「ん?」

 空気を震わせる異質な存在に気付いた軍曹が周囲を見回す。黒い逆T字型のシルエットがこちらめがけて近づいてくる。

「不明機接近。かなり低空です」

「借りるぞ……ありゃ空軍の戦闘機と……爆撃機だな。こんな所で何を?」

 双眼鏡を番兵から取り上げて曇りかけの空を覗く。本国製のFS‐04とロイヤル製の重爆撃機が三機、稜線をかすめるように低空を飛んでいく。轟音に驚いた野鳥が怒声の大合唱をしながら森から飛び立つ。

「変ですねぇ。なんだってこんな低高度を? それにあっちは共和国です」

「タワー2、シュタインマン軍曹だ。司令部、今味方の爆撃機が方位80へ向けて飛び越えていった。これは訓練か?」

 軍曹は無線機を取り上げると

「シュタインマン軍曹、もう一度機種と方位を報告してくれ。」

 監視兵が機種識別表のページをめくり、なめらかなデルタ翼の重爆撃機を指で示す。

「機種は……先導がライアー戦闘攻撃機、フルカン爆撃機が三機です」

「当該機は逃亡機と確認した。報告に感謝する」

「逃亡機だとさ」

 無線のマイクを元に戻した軍曹が訝しげにつぶやく。

「共和国に亡命でもするんですかね?」

「あのオンボロで?」

 二人は首を傾げて謎の爆撃機が飛び去った空をしばらくぼんやりと見つめていた。



 第二の国歌とも呼ばれるクラシック音楽を空いている周波数に乗せて流しつつ、老鳥は濃緑に塗られた先導機を追う。

「中佐、まもなく国境を越えます」

「このまま先導機に続くぞ。バスター各機、機体を再確認せよ」

「バスター2、問題なし」

「バスター3、機体もプレゼントも異常なし」

 後続の二番機、三番機共に異常がないことを報告してくる。

 それに遅れること50マイル、灰色の制空迷彩に塗られたFI‐05が限界までエンジンノズルを絞り、音を超える速さで重爆撃機を追っていた。

 ――まさか、味方相手にスクランブルするとはな。

 離陸準備の間に説明された任務内容を思い出して、編隊長のシュミット大尉はため息をいた。つい先ほど王都からの緊急放送を聞いて血の気の多い部隊が有事の際のプランを実行に移したのだ。

「リッター1より各機、目標編隊捕捉。間もなく目視圏内」

「リッター2、了解」

 4機のオイレがそれぞれ爆撃機編隊の前後左右に遷移し、二番機が針路を塞ぐ。

「バスターズ、こちらリッター1、貴機らは重大な命令違反を犯している。直ちに進路を変更し、我々の指揮下に入れ」

 シュミットは爆撃機編隊に交信を試みる。

「ようやくビールの給油が終わったようだな、ファシストめ」

「なん……」

「陛下の言葉を聞かなかったのか? ふん、貴様などに用はない。邪魔立てするな!」

 口汚い罵倒の言葉にシュミットは言葉を失う。老鳥は未だ針路を維持し、共和国との境界性を超えようとしている。いかに低空を飛んでいるとはいえ、もうすぐレーダーの影に気づいた共和国軍の戦闘機が迎撃にやってくるだろう。

「大尉、国境を超えました。方位090よりこちらに接近する機影四!」

「チッ、バスターズ、すぐに針路を変更せよ。貴機らはすでに共和国の領空に侵犯している!こちらに従わない場合は実力行使もやむを得ない」

 二番機からの引きつった報告の声に舌打ちすると編隊長はもう一度爆撃機に向かって怒鳴り、編隊の前に出て荒々しく翼を振る。

「撃てるものなら撃ってみろ。ジャガイモ食いの青二才が」

「このクソジジ……」

 威嚇射撃のために編隊長が機関砲の安全装置を解除したその時、広域周波数で共和国の訛りの強い警告通信が入った。

「こちらは共和国防空軍所属機である。貴機らは我が国の領空を侵犯している。所属を明らかにせよ」

 水平線上に輝く点が四つ。西日を受けた共和国戦闘機のキャノピーが光を反射しているのだ。

「こちらは王国空軍339飛行隊、我が軍の逃亡機を追跡中。交戦の意思なし。繰り返す。こちらに交戦の意思なし」

「おうおう、今度はウォッカ飲みが酔い覚ましに飛んで来おったか。『魔女の婆さんに呪われてくたばっちまえ!』」

 最後にこの日のために考えておいたとっておきの罵倒語を共和国語で叫ぶと無線機のスイッチを切り、再びクラシック音楽を流しはじめる。

「王国軍機へ、針路を変更せよ。これが最後通牒である」

 苛立たしげな共和国軍機からの通信が入る。

「リッター各機、武装を投棄し、共和国軍機の指示に従……」

 部下に武装投棄と共和国軍機への帰順を指示しようとした矢先、爆撃機がミサイルを切り離した。

「爆撃機編隊、巡航ミサイル発射!」

「クッソ! ミサイルの撃墜を優先する。リッター3、4、共和国軍機になんとか釈明しろ。リッター2、援護してくれ」

「了解」

 武装を素早く切り替え、増速してゆくミサイルにロックオンする。オイレの腹に設けられたウェポンベイの扉が素早く開き、中から四発の中距離空対空ミサイルが姿を表す。

 ――頼む、当たってくれ。

 短く祈ると発射ボタンにかけた指に力をかけた。

 白煙を引きながら四つに分かれた矢が逃げる巡航ミサイルを追う。

 全弾が巡航ミサイルを巻き込んで爆発して四つの火球を生み出し、周囲の大気を震わせる。

「ミサイル撃墜を確認!」



「わはははははははは! ジャック! コイツはいい冗談だと思わないか」

 老兵は計器盤に拳を打ち付ける。翼下に搭載された巡航ミサイルは発射装置か、通電回路のどこかに問題を生じ、今だコバンザメのようにフルカンの翼にぴったりと寄り添っている。

「中佐、どうします?」

 副操縦手が悔しそうに拳を握る。

「決まっている。このまま手近な基地まで飛んでいって直接プレゼントをぶち込む。フルスロットル!」

 もはや彼と老鳥を動かすのはジェット燃料でも、共和国への憎悪でもなく、ただひとつ、王への忠誠だけであった。



「隊長、フルカンが一機増速していきます。翼下にミサイルを確認」

「俺がやる」

 増速して追いかけようとした所でロックオン警告が鳴る。

「くそっ、邪魔だ!」

 スロットルを緩め、左斜め上方へ急旋回しつつ敵機の方向に視線を向ける。ヘルメットと連動したセンサーが敵機を捕らえる。躊躇なくミサイルを発射する。

 オイレの横腹から飛び出した短射程ミサイルがジュラーヴリクめがけて急旋回し、ロケットモーターから吐き出した白煙で鮮やかな弧を描く。

 背部のフレアディスペンサーから火球を散らしながら灰色単色のジュラーブリクが回避運動をとる。当たらなくても、時間稼ぎになればいい。

 横目でその様子を確認すると低空を這うように進むフルカンに狙いを定める。

「FOX2!」

 フルカンの尾部から盛大に煙と火花が撒き散らされる。巨大な熱源に惑わされたミサイルはふらふらと稜線に突き刺さり、小爆発を起こす。

「くそっ」

 もはやミサイルはない。僚機は敵機をこちらから遠ざけるのに精一杯だ。安全装置解除。機関砲の砲口を覆っていたカバーが開く。

 ヘッドアップディスプレイに照準と予測軌道が表示される。

 ――許せ。

 短く謝ってトリガーを引く。が、27ミリ弾は爆撃機の操縦席の脇を掠める。

「外した!」

 フルカンはこちらの意図に気づいたのか、更に高度を下げ、巨体に似合わぬ機敏な動きでオイレを振り払おうとする。

「いい加減、諦めやがれ!」

 短い間隔で弾をばら撒き、プレッシャーをかけて操縦ミスを誘うが、相手も老練なだけあってこちらの動きを読んだかのように巧みに地形を利用してこちらの攻撃を回避する。

 真後ろにつこうにも素早く切り返すために軸線を重ねることができない。

 シュミットは素早く高度を上げ、再び機首を下げるとバースト射撃で重爆を狙う。数発が右主翼に命中し、炸裂弾が燃料タンクに穴を開ける。漏れ出た燃料に火がつき、翼から黒煙と炎が吹き上がる。フルカンはゆっくりとバランスを崩し、右へ傾いてゆく。

「God save the King!」

 爆発音と共に音声が途切れ、無数の破片を散らしながら高度を落としてゆく。緩やかな曲線を描く機体が火球に包まれるのを見届けると。ようやくシュミット大尉は胸をなでおろした。

「撃墜……」

 爆炎を突っ切り、ミサイルが姿を表す。

「まだミサイルが……!」

 スロットルを再び開こうとした瞬間、突き飛ばされたような衝撃が走り、機体が大きく身震いする。

「しまった!」

 サブティスプレイの左エンジンの状態を示すアイコンが赤く点滅をしている。左後方を振り返ると機体後部、垂直尾翼と水平尾翼がずたずたに引き裂かれている。

 味方のオイレが最後のジュラーヴリクを追い詰め、短射程ミサイルで撃墜する。

「こちら空中管制機メルクール。リッター各機、それ以上の共和国内での戦闘は許可できない。帰投せよ」

「しかし、ミサイルが!」

「戻りましょう、大尉」

「クソ……」

 遠ざかるミサイルを悔しそうに一瞥し、翼を翻して母国へ進路を向ける。



 

 東欧 共和国軍航空基地 201Y/3/18 15:05



 先ほどスクランブル機を出撃させた基地は迎撃機全滅の報告を受け、第二陣の出撃準備に追われていた。慌ただしく先行する二機が大気を震わせながら飛び立つ。

「118、108、離陸確認」

 次のジュラーヴリクが各翼の点検を実施し、滑走路端で離陸許可を持つ。

「621、623、離陸を許可する」

「了解。離陸する」

 離陸許可を受けたパイロットがスロットルを開いて機体が加速を始めた時、小高い丘の影から白い影が姿を表した。

 巡航ミサイルは滑走路の上空に可燃性の霧を撒き、一瞬のうちに周囲数百メートルまで広がる。空が真夏よりも明るくなり、爆風と圧力、高熱がすべてを飲み込んだ。



 

 北海 ルドルフ空軍基地 201Y/3/18 15:37 待機室



「畜生!」

 鷲は空になった紙コップを壁に投げつける。乾いた音を立てて転がった紙コップの口から数滴残っていた水が床に溢れる。壁に設置されたテレビからは緊急番組が放送されている。

『――繰り返しお伝えします。本日15時ごろ共和国の領空内で我が国の爆撃機と共和国軍の戦闘機が交戦、我が方の護衛戦闘機と交戦状態に突入した模様です。え、更に? はい、ただいま入った情報によりますと先ほど共和国領内の基地で我が国のミサイルによると思われる大規模な爆発があったようです』

 ニュースキャスターが憔悴しきった様子で原稿をめくる。

『共和国はこの事件を受け緊急声明を発表。我が国に宣戦を布告しました。市民の皆さんは冷静に行動してください……』

「始まったん、ですね」

 横に腰を下ろしていた魔女は静かに肩を落とした。



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