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北海の魔女  作者: CK/旧七式敢行
12/20

暗黒大陸の怪鳥

 共和国 首都 201X/12/26 10:20 空軍司令部



 共和国空軍のミハイル・サフォーノク大尉は空軍司令のオフィスの前に立ち、意を決するとドアをノックした。

「352飛行隊、サフォーノク大尉です」

「入りたまえ」

 ミハイルが敬礼すると年季の入った椅子から立ち上がった空軍総司令が敬礼を返す。

「サフォーノク大尉、君の名声は聞き及んでいるよ。先日も偵察機を追いかけてきたハエ共を追い払ったそうじゃないか」

 ミハイルは10日ほど前に味方の偵察機を追ってきた王国空軍機のことを思い出す。敵対的な行動に発展しなかったのは彼らが素直に転針してくれたおかげでもある。

「はい。ありがとうございます、同志大将」

「遠慮せずに座りたまえ。君には新しい訓練プログラムに加わってもらう。第6実験航空団……なに、そんなに苦い顔をするな。最高の人材と機材が用意してある。それに模擬戦の機会も十分用意するつもりだ」

 大将はデスクの引き出しの鍵を開けて書類の束を取り出す。 

 はじめに聞こえた訓練プログラムという言葉からてっきりシベリアにでも送られるものとでも思っていたミハイルは安堵の息をつき、次いで模擬戦の機会が十分という言葉に競争心を燃え上がらせる。大将は書類のうちの何枚かを大尉に渡した。

「そして何より、きみは新型戦闘機によって編成される最初の部隊を指揮するのだ」

 重要機密らしく複製の不許可と持ち出し厳禁の印が押されている。いくつかの図面と、複数の機体が描かれた戦闘中と思しき情景の模式図。そして最後の1ページには世界第2位の軍産複合体のロゴがあった。

「とても魅力的です」

 最後のページを読み終わると綺麗にまとめて司令に返す。

「よろしい。明後日の輸送機で実験場へ向かってくれ。正式な命令書の類は追って用意する」

「はっ!」

 サフォーノク大尉は椅子からさっと立ち上がり、踵を揃えて敬礼した。

「北極星のマークを付けた戦闘機が北の海を飛び回るのはもう終わりだ。君は最高の結果を出してくれると信じているよ、サフォーノク少佐」

「光栄です、同志大将」


 アフリカ 201X/12/28 14:37

 ネオ・ユニバーサル・エンジニアリング社工場



 灰色に塗られた中型輸送機が荒れた盆地の中に広がる滑走路に降り立つ。その翼と胴体には黄色く縁どられた赤い星が描かれている。

 滑走路の周囲に並び立つ建物はどれも巨大だが、周囲は延々と広がる荒野と山肌だけで、どこか場違いな感じさえ抱かせる。

 輸送機から降りた共和国のパイロットたちを乾燥した熱風と突き刺すような日差しが出迎えた。

「うっ……」

 何人かが呻いて帽子をかぶり直し、または顔を覆った。

「大丈夫か?」

「はい。予想以上でした」

 ミハイルは苦しそうに目を細めたシェスタコフ少尉の肩を支える。

 ――ずっと北方に配置されてきたのが今になってこんな灼熱地獄に放りこまれたのだ、無理もない。

 迎えのバスが輸送機の脇に停車し、ドアが開く。案内役とおぼしき社員が降りてきて大きく手を振る。

「皆さんお疲れ様です。中央ハンガーへご案内いたします」

 きつい空調の効いた車内に乗り込んだパイロットたちは制服の裾をゆるめ、冷気と風を取り込もうとバタつかせる。空軍、海軍の種別を問わず選抜された若いパイロットたちは総勢20名あまり。

 バスが動き出し、ミハイルは窓ガラスにもたれながらエプロンを見渡す。これから各国に兵器を運ぶのであろう輸送機が数機、カーゴドアを大きく開けて輸送用コンテナを飲み込んでいるのが見えた。

 ネオ・ユニバーサル・エンジニアリング。

 その製品は各国の例にもれず共和国軍にも採用されている。設計やカタログスペックはともかく、電子装備の陳腐化の激しかった共和国軍が近代化を進められたのもこの企業が改修に名乗りを上げたからだ。ジュラーヴリクに搭載されていたアナログ式レーダーは最新モデルにアップグレードされ、捜索範囲も追尾性能も飛躍的に向上した。

 景色の変化が止まり、運転手が慣れない共和国語で降車を促す。

 パイロットたちが降ろされたのは工場群の中央に位置するハンガーの前だった。周囲の工場設備に負けず劣らず巨大な格納庫の横にぽつんとある小さなドアが開き、カッターシャツとスラックス姿の男が手招きをしている。

 格納庫の中は暗く、入り口から少し離れた先は闇に覆われている。スイッチの動作音と共に、天井の照明が点灯した。

「こいつは……」

「NFX‐26レイピア、我が社の航空機計画の集大成です」

 ミハイルをはじめ、共和国のパイロットたちは目の前に現れた黒塗りの大型戦闘機の姿に息を呑んだ。

 黒塗りの猛禽、いや怪鳥と呼ぶほうがふさわしいだろう。幅広の胴体の横に菱形の境界層分離板のない菱形のインテークが黒い口を開けている。その上からカナード翼が飛び出し、薄く金のコーティングのされたキャノピーの中には射出座席が縦列に並ぶ。胴体の後部から三角形の主翼と台形の垂直尾翼が生えている。

「複座か……」

「これは量産3号機。来週には8号機も完成する予定です」

 バスでパイロットたちを出迎えた男が機体の前に進み出て説明を始める。

「すでに一通りのテストは終えています。優秀なパイロットさえいればすぐにでも実戦に投入できますよ」

 男は優秀な、の部分を強調し、パイロットたちの顔を見渡す。誰もが新たな翼に目を輝かせ、あるいは異質な機体への畏怖の混じった目を向けている。怪鳥の複合センサーユニットがパイロットたちの姿をじっと見つめていた。



 

 

 アフリカ 201Y/01/05 14:37



「それにしてもすごいな、こいつは」

 緩やかに機体をロールさせたミハイルは感嘆の息を漏らす。

 この施設に移って一週間ほどがたったが、レイピアは今までに乗ってきたどんな機体よりも素直にこちらの意志を汲みとって機動する機体だった。ジュラーヴリクも運動性に優れた戦闘機だったが、この怪鳥には敵わないだろう。この機体の操縦桿を握った他のパイロットたちも一様に同じ意見を述べている。

 ステルス性能に特化したという説明通りなら本来機動性など不要なはずだが、操縦桿に力を込めればカナード翼が素早く上を向き、こちらが操作するのを知っていたかのように機首が上に持ち上がる。

 パイロットならば誰もが受ける操縦練習の基本科目をこなすだけでも新鮮味が感じられる。その挙動にはあくまで自然な補正のみが加えられ、操縦者は自分の思ったとおりに自由に空を舞うことが出来る。

 ――あのイカレ野郎、とんでもないオモチャをつくったな。

 機体の紹介のあと開発責任者だと名乗って進みでてきた男は白衣でも包み隠せないほどの狂気と知性を滲み出させていた。彼は機体の概要とその設計の素晴らしさについて大演説を行ったあと、他の研究員に引きずられるようにして連れて行かれた。

「……少佐、サフォーノク少佐!」

「すまない、ちょっと考え事をしていた」

 後席のシェスタコフ中尉が心配そうに声をかけてくる。彼女もまた352飛行隊から引き抜かれてこの部隊に転属された。性能と引き換えに煩雑化した兵器システムの操作を彼女に任せることでミハイルは機体の操作に集中できる。

「まもなく訓練空域です」

「わかった。マップオープン」

 操縦者の声を認識したコンピューターが地図と飛行経路を表示した。訓練空域を示す緑色のエリアに自機の位置を示す三角形が重なる。

「レーダーコンタクト。11時方向、150キロ、ダガー2機、敵」

「エンゲージ」

 シェスタコフ中尉の報告を受けるとミハイルは兵装システムを起動する。中距離ミサイルを選択。電子音とともにレーダーが遥か先の敵機の姿を捉え、ヘッドアップディスプレイに四角い枠二つが表示される。電子音のトーンが高くなり、それぞれに菱形の枠が重なる。

「発射」

 サフォーノクは躊躇なくコールし、同時に発射ボタンを押す。怪鳥の腹に設けられたウエポンベイの扉が開き、中距離ミサイルが放り出される。白とオレンジの噴射炎を吹きながらミサイルが加速していく。

 レーダー上に新しく現れた二つの輝点が敵機を示す三角形のマーク目指して進んでゆく。その距離は静かに縮まってゆき、やがて四つの輝点が重なった。

「目標撃墜」

 画面上から三角の輝点が消失する。

「レーダーをアクティブにして再走査」

「了解」

 後席に座るシェスタコフ中尉が怪鳥の目を開かせる。機首に内蔵された何千ものレーダー素子が暗黒大陸の空に電子ビームを放つ。

「ピクチャークリア。目標達成です」

「帰投する」

 ミハイルは操縦桿を右に倒して軽くラダーを踏み込む。黒塗りの怪鳥が首を北東へ向け、歪に膨らんだ機首にレーダーを載せた三機の無人機がそれに続いた。



 黒塗りの怪鳥が荒野の中央に都市遺跡か地上絵のように広がる基地に降り立つ。エプロンに並ぶ輸送機には全てネオユニバーサルエンジニアリングのロゴが入っている。

 ミハイルは機体を中央のハンガーの前で停めるとメインパネルを操作してエンジンを切る。機体の上げる唸りと振動が小さくなり、猛獣が眠りについたように静かになる。

「エンジン停止」

 後席のシェスタコフ中尉が静かに報告する。すぐに牽引車両がやってきて怪鳥の前脚を捉え、一番手前の整備スペースへと押しこむ。

 格納庫では整備員が他の怪鳥にケーブルを挿したり、あるいは整備記録をつけたりと忙しく動きまわっている。

 ミハイルはキャノピーを開放し、システムを整備モードにセットした。大きく息を吐いて酸素マスクを外す。燃料とまだ新鮮な塗料の匂いの混ざった空気が肺に満ちる。

 梯子が機首にかけられ、整備クルーがミネラルウォーターの入ったボトルをさし出してくる。

「どうぞ」

「俺はいい。まずは中尉に飲ませてやってくれ」

 手でそれを制して後席に目を向ける。額に汗を浮かべたシェスタコフ中尉は小さく礼を言うと喉を鳴らして水を飲んだ。

「少しもらってもいいか?」

「はい、どうぞ……あっ」

 シェスタコフ中尉はボトルの中に3分の1ほど残った水とミハイルの顔を困った顔で見比べる。

「気にしないさ」

 彼女の言わんとしていることを察したミハイルは構わず中身を飲み干す。

「この機体には慣れたかね、サフォーノク少佐」

 不意に声をかけられたミハイルは後ろを振り返る。白衣の技師がクリップボードで首筋を仰ぎながら立っていた。

「お陰さまで」

「それは結構。レポートを楽しみにしていますよ」

 少佐が先ほどまで乗っていた機体、レイピアの設計主任は不気味な笑いを浮かべる。

 ――頭がいいのは分かるが、どうかしている。

 それが少佐のこの技師に抱いた第一印象だった。そのイメージはすぐに"とてつもなくどうかしている"に上書きされた。

 何しろフラフラと現れて職員や技術者に助言を与え、再びどこかへ忽然と姿を消してしまう。専用の実験室からは常に有機溶剤の匂いが漏れ、一部の職員からは有機溶剤の吸い過ぎで脳がやられたのではないかと噂されている。

 その話を聞いたミハイルは天才と何とやらは紙一重という言葉の意味を改めてかみしめた。

 設計主任は整備クルーに二言三言質問をし、満足げに頷くと格納庫を後にした。

「いつもあんな感じですね、あの人」

「やるべき以上にやってるからいいんじゃないですか」

 シェスタコフ中尉が不思議そうに首を傾げ、整備クルーの一人が答えた。


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