死にたがり召喚される
ある世界にて、もっとも古くから伝わる一番有名なお伽話がある。
神がこの世界を作った時のお話。
世界が生まれ、星が生まれ、人が生まれてすぐの時代。
内容自体はよくある話である。
魔王が生まれ人族に害をもたらし、それを勇者が仲間を集め討伐する話。
ここで終わればよくあるお伽話なのだが、この話はここで終わりではない。
勇者達は魔王を生み出した元凶である創造神を倒すのだ。
そして勇者達はそれぞれ神から創造の力、信仰の力、不変の力を奪い倒すことに成功する。
そして、創造の力を手に入れた勇者ヘルガルドは王国を作り建国王として名を馳せた。
信仰の力を得たセレスはヘルガルドの、妻となり神のいなくなった世界の安寧を守った。
最後に不変の力を得たカステルは表舞台から姿を消し、今もどこかで生き続けている。と。
その世界には実際にヘルガルド王国が存在し今も勇者の血脈を途絶えさせていない。それがこの話をただのお伽話であると言わせない所以である。
そのほかにも聖遺物として神を切ったとされる刀や、なぜか人々の心を掴む杖、永久に腐ることのない血など三英雄になぞらえた遺物が出土されているのである。
それらは全てヘルガルド王国が買占め王国博物館にて厳重に保管されている。
一つ一つが手にするだけで莫大な力を与えてくれるものばかりではあるが、それを個人で使おうとすると力に押し潰され死ぬ。
そのためこれらは呪遺物と影で呼ばれている。
ーーーーーーーーーー
少女は1人駆ける。
辺りはすでに真っ暗でどれほど走ったかもわからない。
すでに脚の感覚はなく、呼吸をするたびに血の味が滲む。
それでも少女は止まれない。
今止まってしまえばこれまでの犠牲が全て無駄になる。
彼女を守るために死んだものたちが無駄死にになってしまう。そのことが彼女の脚を突き動かす。
後ろには追っ手が迫り、止まれば確実に死が待っているだろう。いや、死だけで済めばマシでそれ以上に悲惨な未来が待っている。
「そろそろ限界じゃ無いのか。王女さまよぉ。」
「痛くしねぇからヨォ。一緒に楽しもうぜぇ。」
後ろからは、そんな声とともに下卑た笑い声が聞こえてくる。
(クズどもめ。絶対に貴様らなんぞに捕まってやらん。もしも捕まるような事になれば…)
そう思い、少女は自らの腰にかかる剣に目を向ける。
(いや、ダメだ。そんな事を考えては行けない。絶対に生きるんだ。私の命は私のものだけでは無い。それにあと少しで合流地点。絶対にそこまでは…!)
その思いを胸に少女は走り続ける。
…しかし無残にも少女の希望はそこで打ちのめされる。
森を抜け少女の近衛騎士団が待っているはずの所にいたのは、死体と剣を肩に担いだ1人の男だった。
「何故だ。何故そこにいる。ローウェル!!!答えよ!!」
少女が乾ききった喉で精一杯に叫んだ。
男は振り返り、少女にゆっくりと歩み寄っていく。
少女はとっさに剣を構えるが、ここまで走り続けた疲労で切っ先は震え、今にも倒れそうになる。
それをグッと気合いで押し込め、何とか構えを維持する。
「それ以上近づくな!私の質問に答えよ!貴様は私が城で待機を命令したはずだ!」
「いやー。実はですね、近衛騎士団では役不足かと思いまして増援に来た次第なのですよ。そしたらこの有様で。俺は何もしてないんですよ?」
その言葉は少女が求めた甘い回答であったが、そんなものが嘘だと少女は分かっている。
何より男の話し方が明らかに悪ふざけをしている時そのものであったからだ。
「ローウェル。私は。私は最後まで貴様を信じたかった。兄のように私の道標となって最後までともにいてくれるのだと信じていたのだぞ!」
それは怒りではなく悲しみ。もっとも信じた者の一人からの裏切り。
だが、どこかで覚悟はしていたからこそ耐えられた。
「ふ、ふふふ、ははははははははははは!俺が兄?笑わせるぜ!俺は根っからの殺人鬼でな。その顔、信じた者に裏切られ死んでいく顔を見るのが堪らないんだよ。」
裏切りに次ぐ裏切り。味方だと信じた人間に裏切られ続けた少女の心は誰も信じることができなくなっていた。
「さぁ。王女様。何か言い残すことはあるかなぁ?」
後ろから追いついたのだろう、三人の粗暴な男が森から出てきた。
(ここで、やるしか無いのか…)
少女は自らの身に宿る根源の力をひた隠しにしてきた。それは神の力。誰かに知られることは許されなかった。
創造の力。勇者王家に伝わる初代勇者のみ使う事が出来たとされる伝説の力である。
しかし彼女の力は不完全で、存在しないモノを生み出したり、命あるモノを造ることも出来なかった。
それゆえ彼女は存在しうる最強のモノについて調べ続けた。そして、遂に見つけたのだ。
しかし、それを使うには大変な犠牲が伴う。
(ここで私は神の力を失うのだろうな。)
『冥府の門』
それは、彼女が求めた力の中で最強のモノを呼び出す可能性が一番高い魔法だった。
自らの差し出す代償に対して冥府と呼ばれる別の世界からモノを召喚できる魔法である。
何が召喚されるかは分からないが彼女の家に伝わる歴史書によればこの魔法を使った術者は総じて他者を隔絶した力を得、最後にはその身を破滅へと導いたとされる。
(この魔法の最後に破滅が待っているとしても、私は今死ぬわけにはいかぬのだ。)
少女は自らの根元の力へと意識を向ける。
これが本当に発動するのかも分からない。
しかし、今彼女にはこれに縋るしか道はない。
自らの覚悟が揺らぐのを押し込め、意思を固めた。
「我が呼びかけに依て、応えるものよ、我が前に姿をあらわせ。冥府の門に与える贄は我が創造の力!」
少女は天に咆哮する。
「おいおい。嬢ちゃん。突然叫んでどうしたってんだ?気でも狂ったか?そんな魔力も篭ってない詠唱じゃなんも起きるわけ…」
ローウェルがそう言いかけると空に巨大な、禍々しいオーラを出す門が現れた。
その場にいた五人は空に現れた門に目を奪われる。
門がゆっくりと開き始め、中からは瘴気が溢れ出た。
門から一体どんな怪物が現れるのかとその場の全員が固唾を飲んで見守っていたが、中から現れたのは人であった。
少女はその姿を見た瞬間自らの運命を悟り、地面にペタンと座り込んでしまった。
「はっはっは!!!巨大な門が現れたかと思ったら、中から出できたのは大したことなさそうだなぁ!」
少女を後ろから追いかけていた三人組がケタケタと笑い声を上げ彼女を罵った。
(私の命運もここまでか…。メイサ、ロナウド、クリウス。すまない。貴方たちの想いを繋げることは出来なかった。)
少女は、これまで自分のことを支え、そして命を落としていったものたちへと後悔の念を抱き、腰の剣に手をかけた。
しかしその剣が抜かれる事は無かった。
少女が抜かんとした剣の柄をローウェルが押さえていたのだ。そして、そのままローウェルは少女の手を押さえつけ拘束した。
「嬢ちゃん。自害はいけねぇなぁ。俺の楽しみが減っちまうだろぉ。」
少女は自らの無力さを嘆いた。この国の運命は愚か、自らの死に方さ選べないのかと。
「その顔だよ。その悲壮感に満ちた顔。それこそが俺に生を実感させてくれる。」
ローウェルは自分の顔を手で覆いキヒキヒと独特の笑い声を上げていた。その口元は三日月のように歪み、その姿はまるで…
「悪魔め。」
そう呟く事が少女にできる精一杯の抵抗だった。
「そうだなぁ。現代に悪魔がいりゃ、俺のようなやつだろうさ。そしてその贄はお嬢ちゃんな訳だがな。」
「ローウェルさん。俺たち先に楽しみたいんだがいいですかい?言っちゃ悪いが、俺たちには死体に興奮するような性壁はないんでさぁ。」
そう言って、三人組は下卑た笑みを浮かべながら少女に近寄る。
「いいだろう。その方が嬢ちゃんの絶望に満ちた顔が見られるからよぉ。こいつらのモノにどれだけ耐えれるか見ものだよなぁ。」
男たちは自らのズボンに手をかけ、まさに少女に襲い掛かろうとした時、その場に似つかわしくない声が聞こえてきた。
「あー。取り込み中すまんのだが、俺を喚んだのはそこの女の子で間違いないか?」
声の主は無遠慮にそして面倒くさそうに、その場の全員に尋ねた。
灰色の外套にフードを被っており、その顔は殆どが暗闇に隠れ見えない。だが、声音と背格好から20〜30代ほどだろうと推測はつく。
その声に呆然としてその場の全員の時が止まり、数秒のち我に帰り武器を取った。
男たちが武器を取るより早く反応したのは少女だった。
「私はアメリア!アメリア・ルーク・ヘルガルド!お願い。私を助けて!」
少女はどうしようも無い現状に我を忘れて叫ぶ。その叫びは、今までの皇女然とした態度ではなく年相応の少女そのものであった。
少女が今まさに襲われようとしている状況から助けてほしいのか、それとも置かれている状況全てから助けて欲しいのか、少女の心の叫びだったのだろう。
「分かった。ここに契約は完了した。俺は君を助けよう。」
男はニヤリと笑いそう言うと、フードを外しその顔を露わにした。
ボサボサに伸びた髪に、無精髭。今から少女を助ける王子様には全く見えない外見であった。
しかしその外見、声、体格その全てに少女は見覚えがあった。それは原初の記憶。創造の力とともに受け継がれた断片的な記憶だった。その記憶から少女は一人の男の名を思い浮かべた。
しかしそれはあまりにも現実離れしていた。
御伽噺の中にしか存在せず、それは人々を戒めるためだけに存在しているとすら言われていた名前だった。
「カス…テル…?」
少女が漏らした名前に男はピクリと体を震わすと顎に手をやり頷いた。
「そうか。ルーク。そう言うことか。」
男は一人勝手に何かを納得したようでウンウンと頷く。
「これは、助ける理由が増えちまったなぁ…」
そう呟くとカステルは自らの得物を抜き肩に担ぐと無遠慮に男達へと近寄って行った。
「刀なんて、珍しい物もってんじゃねぇか。お小遣いが増えちまったぜっ!」
そう言いながら三人組のうちの一人がカステルに斬りかかる。
その太刀筋は、粗暴な男からは想像もつかないような鋭いモノだった。
その剣をカステルは防御もせずただ受ける。
少女は一瞬男の死を確信する。それほどにその一撃は洗練された物だった。
しかし現実はそうならなかった。
ガキンッと金属音がし、男の剣が弾かれた。
「じゃあ、まず一人」
そう言って肩に担いだ刀を振り下ろした。
男はとっさに剣でその一撃を防御するが、カステルは防御などお構いなしに剣ごと男を両断した。
ローウェルはその一連の攻防を見て男に対する警戒度を上げた。
(なんだ?何が起こったんだ。あいつの剣はかなりのレアリティの剣だった筈だ。それを紙切れの様に切るだと?それに、その前確実にあいつは斬られていた筈…)
「ボザ!てめぇよくも!」
残りの二人がカステルに飛びかかる。
激昂して飛び出した様だが、二人の攻撃は実に冷静だった。投げナイフの投擲を囮にしてからの上段下段に分かれての連携攻撃。
それは男達の必勝パターンの一つだった。
カステルはそれを見切りあえて受ける。
「いい攻撃だな。練度も高い。だが、相手が悪かったよ」
そう言ってカステルは刀を二振り、それだけで男達はコト切れた。
「さて、あと一人だが…」
そう言ってカステルは振り返るがそこにローウェルの姿はなかった。
カステルが何処に行ったかと探そうとしたときその胸を剣が貫いた。
カステルは自らの胸を貫いている剣を確認し、冷静に状況を判断する。
ローウェルは、男達がやられている隙にカステルの背後に回り込み渾身の一撃をお見舞いしたのだ。
「こいつは、神殺しの剣だ。こいつで刺せば流石のお前でも死ぬだろ。元英雄カステル様よぉ。どうやって嬢ちゃんがこんな大物を連れてきたから知らんが、これ以上の奥の手はねぇだろぉ?」
ローウェルは自らの勝利を確信し、顔からは笑みが溢れ、自然と笑い声が漏れる。
「あー。確かに俺の体を貫くとは中々だが、これぐらいじゃ俺は死なんぞ?」
「は?」
その一言にローウェルは思わず間のぬけた声を上げた。
「それにこれは神殺しの剣だが、随分劣化してるな。ルークの聖剣を模倣して作ったモンなんだろな」
そう言いながらカステルは自らに刺さる剣を抜き地面に投げ捨てる。
「じゃあ、これ以上の奥の手はお前には無いだろうから…」
そして、刀を振り上げ。
「死ね。」
一言だけ言うとそのまま刀を振り下ろした。




