愛とはなんぞと尋ねられ
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「愛」から派生した短編シリーズ第一編
私は考える。尋ねられたのは愛についてだ。愛とは一体何なのか。私に欠けた重要なものだと彼は私に訴える。なぜなんだ。なぜ私はそんなことを言われているんだ。
いやだ。いやだ。いやだ。
「君はそう言うのだと思っていたよ。だから、僕はそれも覚悟で言ったんだ。君は僕がこう言っても無視するんだろうけど、僕は中途半端が嫌いなんだ。君はあまりにも中途半端すぎる。信号機の黄色みたいに危うい。車道の真ん中で立ち止まるように危険だ。でもだからって触らぬ神にたたりなしのようにするのはおかしいだろう?」
「なんだよそれ。そんな理屈が通用するなら私は触られぬ神になっちゃうじゃない。なんで今になってそんな話をするの。私、そういう話が一番嫌いなんだけど。」
私は目の前に浮く彼に言う。
後悔先に立たずとはよく言ったもので、文字の通り悔いというのは過ぎた後に得るものらしい。
「あなたはそもそも死んでいるじゃない。生者である私に一体何を求めるの?中途半端と言うのならあなたの方が中途半端じゃない?死んでもなお生きる者に干渉するあなたは中途半端の塊よ。私があなたに中途半端と言われるまっとうな理由が見つからないのだけど?」
彼は表情を変えずにまるで機械のように言葉を紡ぐ。
「君はそう言うのか。まあ、確かに僕は死んでいる。死してなお君に話を振っている。でも僕は考える
んだよ。僕が生きていて一体何が変わったのか、僕が生きていたところで世界に何の影響があったというのか。僕はそうやって考えるんだ。つまり、僕は価値がなかったんじゃないかと考えていたんだ」
「つまらない考え方ね。そんなことばかり考えてて人生楽しかった?」
「そうだね。楽しくはなかったよ。でも僕は後悔してないよ。だって、いまこうして生きているんだから」
「死んでるでしょ」
「生きてるよ。だって僕は僕だって知ってるし、僕がここにいると君が認識してるじゃないか。世界の如何なるものはすべてどこかの誰かに認識されることで存在が証明されるんだ」
「どこかの天才さんが言ってたのを聞いたことがあるわ」
私の頭の中には彼と会話することよりも大事なことがたくさんある。しかし思考は彼と会話していると同時に鈍っていく。淀んだ泥がドロドロと流れてくるように考えがまとまらなくなってくる。
幽霊の特徴なのかはわからないいが、現実と乖離した存在というのは現実に則して生きている私に少なくともよい影響は与えてはくれないようだ。
「....でも、誰だったかは忘れてしまったけどね」
忘れてしまった。私はそれが誰かわからない。ついさっきまで覚えていたのにもかからわず、私は覚えていない。
少年は再び尋ねる。
「愛とは一体何だろうか?」
「私にはその答えが見つかりそうもないわ。嫌いだもの考えるのが」
少年は笑った。開いた口の中は赤いが透けて奥に広がる空間が見えた。そういえばここはどこだろう。今更になって疑問に思う。私はここがどこか知らないのだ。そのことすら私は知らなかった。なぜだ?なぜ知らなかったんだ?
「ここは天国だったりする?」
私はここがどこかを知らない。なぜか知らない。どうやって来たのかも知らない。どうやって立っているのかも知らない。今がいつなのかも知らない。もともとどこまでいたのかも知らない。
無知であることは救いであるが、それはそれであるとも限らない。時にそれは恐怖に変わる。
怖い。怖い。恐怖に私は押しつぶされる。
少年は言った。なるほど、と。そして続ける。
「君は怖いんだよ。これまでそんなことを考えもしなかったのに何で君は今になってここがどこかなんて思ってしまったんだい?なぜか?君は怖いんだ。僕の質問に答えるのが。だって君は今までずっとこの質問を毛嫌いしながら生きてきたんだもんね。でも考えた方がいいよ。もう逃げる時間は終わったんだ。もう逃げられる時間は終わってしまったんだよ。早くしてよ。もうここにいられるのもわずかだよ」
私の周囲が微妙に明るくなってきた。
「ここはもうおしまいだから早くしてくれ。ここが終われば君はまた後悔するよ。そして後になって思い出すんだ。僕の存在について。そんな後味の悪いおしまいを君だって迎えたくないだろう?」
「でも答えなんてないわ。愛なんてどうでもいいし、ここがなくなったって私は後悔なんてしないわ。だってここに思い入れなんてないんだもの」
少年は哀れむように言う。
「それじゃあ、思い知るといいよ。君がどれだけ最悪な状況なのかを。ほら、もうそろそろ世界の幕が上がるよ。さあ、行ってきな。君の人生の終盤戦の始まりだ」
少年が言うのと同時に私の視界が強い光に染められる。白く何も見えない中、少年の声が響く。
「僕は愛について考えること自体が愛おしいと思うよ」
その言葉の意味は私には全く理解できなかった。
異界は沈んだ。視界は歪んだ。そして来るのは愉快な結末。
『さあ、君はどっちを選ぶの?』
差し出されたふたつの手、ひとつは血だらけ、ひとつは泥だらけ。
さあ、君はどっちを選ぶの?
ここは風呂場、目の前にはふたつの手があった。
ふたつの手は私に向けられていた。私を責めるようにしていた。
ああ、これが彼の言っていた現実か。ああ、これが彼の言っていた愛か。
そして、彼の言っていた通り私は後悔していた。私がこうなっているのは彼が悪いのだ。彼が、彼らが悪いのだ。
私は手を取って踊る。
「ちゃんちゃんちゃ~ん♪」
最期のダンス最期のダンス。
最初で最後の死後のダンス。
最後は死んで、さようなら。
手を振りかぶって投げる。ふたつのうちのひとつの手はぽーんと、はいかず、壁にぶつかって血しぶきをべちゃりと壁につける。
「愛っていうのはこういうことでしょ?」
私は少年に告げる。
「私は後悔なんてしてないわ」
鏡に書かれた『言葉』は赤く赤く赤く爛れていった
テーマ「狂愛」